眼前には、一際大きな黒い扉が静かに佇んでいた。
その向こうからは、嫌というほど、あの禍々しい気配が伝わってくる。
「この先に……奴が……」
デデデ大王の額を、一筋の汗が伝う。
先ほどまで威勢よく先頭を歩いていたその足が、自然と止まっていた。
目の前の扉一枚を隔てた先にいる"何か"が、本能へ直接恐怖を刻み込んでくる。
「……先生も、ここにいるのかな」
シグレが静かに呟く。
「ん…」
「今まで通ってきた部屋にはいなかったわ。ここにいる可能性が一番高いと思うけど……」
ヒナはそこで言葉を切り、ゆっくりと扉を見据えた。
「先生だけじゃない。ナギちゃんも、アリスちゃんも……それにマホロアも。その三人は、ここにいると思う」
いつもの軽口はどこにもない。
ミカは真剣な眼差しで黒い扉を見つめていた。
「何が何でも、絶対助ける!」
モモイが力強く拳を握る。
「そうだね」
「う、うん……!」
普段は大きな声を出すことの少ないユズも、強い決意を込めて頷いた。
「ぽよ!」
カービィも負けじと声を上げる。
仲間たちの声を聞いたデデデ大王は、額の汗を乱暴に拭い去ると、両手で自分の頬を勢いよく叩いた。
「…大王様!行きましょう!!」
「……よし!」
気合いを入れ直し、大きく息を吸う。
「行くぞ!!」
その雄叫びと共に、デデデ大王は勢いよく黒い扉を蹴り開けた。
ドアを開くと、そこには広大な空間が広がっていた。
最奥の玉座には、一人の白い髪の少女が腰掛けている。
その周囲には、これまで嫌というほど見てきたダークマターが無数に浮かび、まるで主を守るように静かに漂っていた。
「来たか」
少女には似つかわしくない低い声が、一帯へ響き渡る。
「ぽよ!」
カービィの表情が鋭く引き締まる。
その時、皆の視線は少女の隣に立つもう一人へ向いた。
青いローブは黒く淀み、黄色い瞳からは光が失われている。
「マ、マホロア……!」
思わずユズが声を漏らす。
その姿を認識した瞬間、バンダナワドルディは叫んだ。
「お前!マホロアに何をした!」
「バ、バンダナ君……」
「その体の人も、捕まえてる他の人も今すぐ返せ!」
少女はその叫びを受けても眉一つ動かさず、静かに顎へ手を添える。
「……返せ、か」
まるで聞き慣れぬ言葉でも耳にしたように、小さく呟いた。
「ならば、一つ問おう」
漆黒の瞳がゆっくりとモモイを見据える。
「なぜ、返さねばならぬ?」
「何言ってるんだ!! それは――」
言い返そうとしたモモイの声を遮り、少女は淡々と続けた。
「我らは、この宇宙が今の姿になる遥か以前より存在してきた。生きるために世界を喰らい、器を得て、力を増す。それが我ら一族の在り方だ」
少女はゆっくりと玉座から立ち上がる。
「お前たちは獣が獲物を喰らうことを罪と呼ぶのか?嵐が町を壊すことを悪と裁くのか?」
「なっ……!」
「隕石が故郷の星を砕いた。その隕石へ責任を問うのか?」
わずかな間を置き、静かに言い放つ。
「違うだろう」
その声に怒りも嘲りもない。
ただ、この世の摂理を語るような、あまりにも平坦な響きだけがあった。
「我らはこの娘を器として選んだ。お前たちはそれを奪われた。ただ、それだけのことだ」
「このっ……!」
バンダナワドルディが飛び出そうとした、その時だった。
「っ…!」
いつの間にか喉元に鋭い棘が地面から伸びている。
「力無き者は淘汰される。それは、どの世でも同じことだ」
一歩後ろに下がると、棘は地面へと沈んでいく。
「そこまでだ」
低く響く声が、その場を制する。
デデデ大王だった。
「難しい話はやめようぜ。こいつらは最初からそういう奴らだ。理屈を並べて、自分たちのやることを『当然だ』って言い張る」
少女の視線がデデデ大王に向く。
「だが、それは俺様もカービィも大して変わらねぇ。腹が減ったから飯を食う。眠いから寝る。仲間が傷付けられたら怒る。態度にムカついたら喧嘩する。結局は、自分がそうしたいからそうするだけだ。」
その瞬間、再び鋭い棘が地面を突き破り、デデデ大王へ襲い掛かった。
しかしデデデ大王は眉一つ動かさない。
肩からハンマーを下ろすと、そのまま豪快に振り抜く。
重々しい風切り音が響き、飛び出した棘は真正面から叩き砕かれる。
砕け散った破片がパラパラと床へ降り注いだ。
「俺様達が今やりたいことは……」
ハンマーを構え、少女を真っ直ぐ見据える。
「――お前をぶっ倒して、全部取り返す。それだけだ」
少女はその言葉を聞くと、小さく鼻で笑った。
「……では、やってみるがよい」
その声と同時に、少女は静かに片腕を掲げる。
すると、周囲の壁が轟音を響かせながら次々と崩れ始めた。
「なっ……!?」
瓦礫が崩れ落ち、土煙が舞い上がる。
その向こうから姿を現したのは、部屋をぐるりと取り囲むように浮いている無数のダークマター。
壁の中に潜んでいたのか、それとも最初から息を潜めていたのか。
数え切れないほどの赤い瞳が、一斉にこちらへ向けられる。
「わーお……すごい数」
ミカが思わず苦笑を漏らす。
「か、囲まれちゃった……!」
モモイの声に焦りが滲む。
逃げ道はない。
完全に包囲されていた。
だが、それでもデデデ大王の表情は微塵も揺るがなかった。
「嬢ちゃんたち!バンダナ!」
ハンマーを肩へ担ぎ直し、後ろを振り返る。
「後ろと横のダークマターは任せたぜ!」
「わかったわ」「ん」「おっけー!」
ヒナ、シロコ、ミカがそれぞれ武器を構える。
「ミ、ミドリ! ユズ! 私たちもやるよ!」
「分かった!」「う、うん!」
ゲーム開発部も頷き、表情を変える。
「えーっと……シグレ! これを使って!」
「えっ……わっ!」
慌てて受け取った次の瞬間、柄の先端から真紅の光刃が勢いよく伸びた。
「うわっ!? な、何これ……!」
思わず両手で握り直す。
「ビームソードだよ! 切れ味はすごいから気を付けて!」
「ビ、ビームソード?」
聞き慣れない名前に戸惑いながらも軽く振ると、赤い光の刃が鋭く空気を切り裂いた。
「で、でも私、剣なんて使ったことな――」
そこまで言いかけて、シグレは隣へ視線を向ける。
バンダナワドルディが手にしていたのは、水玉模様の可愛らしい傘だった。
「え、えっと…バンダナ君は……それで戦うの?」
思わず聞き返す。
「うん!」
返事と同時に傘をくるりと一回転させる。
何気ない動作だったが、その構えには一切の無駄がない。
前に見た槍を構えた時と何ら変わらない自然さで傘を握るその姿を見て、シグレは思わず言葉を失った。
次の瞬間、部屋中を埋め尽くすダークマターたちが、一斉に動き出した。
「来るわ!」
ヒナの一声と同時に、戦場へ銃声が轟く。
轟音と共に放たれた弾丸の嵐が先頭のダークマターを撃ち抜き、その身体を黒い霧へと変えた。
「左をお願い!」
「ん!」
シロコが短く頷くと、ヒナのカバーできない範囲から襲い掛かるダークマターに銃を向ける。
時折手榴弾を投げながら、正確無比な射撃を連続で叩き込む。
そうやって撃ち落とされたダークマターが次々と霧散していく。
「こっちは任せて!」
ミカは笑みを浮かべると、大きく跳躍した。
「いっくよー!!」
勢いよく腕を振り下ろした瞬間、天井付近に光が集まり始める。
次の瞬間、眩い光を纏った小さな隕石が空中から降り注いだ。
小さいとはいえ、その大きさはミカの身長の二倍近くもあるだろうか。
轟音とともにダークマターの群れへ墜落すると、衝撃波が周囲へ広がり、巻き込まれたダークマターが次々と吹き飛ばされる。
包囲網に、大きな穴が穿たれた。
「お姉ちゃん!」
「分かってるよ!」
モモイとミドリが、前方を埋め尽くすダークマターへ弾丸を浴びせる。
「そこっ!」
放たれた弾丸が、包囲の穴を埋めようと飛び込んできたダークマターの急所を正確に撃ち抜いていく。
「ユズ!」
「ま、任せて!」
ユズは静かに照準を合わせ、引き金を引いた。
放たれた榴弾は大きな放物線を描き、ダークマターの群れへ向かって飛んでいく。
だが、その瞬間。
群れの中から一体のダークマターが飛び出し、自ら榴弾へと体当たりする。
「あっ!?」
軌道を変えられた榴弾は、そのまま味方目掛けて勢いよく跳ね返ってきた。
「あわわっ……!」
ユズが思わず身をすくめた、その瞬間だった。
「僕に任せて!」
バンダナワドルディが一歩踏み込み、水玉模様の傘を大きく振り上げる。
飛来した榴弾を傘で受け止めると、そのまま器用にくるくると回し始めた。
傘の上で榴弾が独楽のように回転し、遠心力に合わせて勢いを増していく。
『だいどうげいなげ!!』
掛け声とともに傘を大きく振り抜く。
甲高い金属音を響かせ、榴弾は一直線に打ち返された。
先ほどとは比べ物にならない速度でダークマターの群れへ突き進み、その中央へ着弾する。
次の瞬間、眩い閃光と轟音が一帯を包み込んだ。
炸裂した爆風は周囲のダークマターをまとめて吹き飛ばし、包囲網へさらに大きな穴を穿つ。
「今よ!」
ヒナの声が響く。
その一瞬だけ、玉座へ続く一直線の道が開けた。
「ぽよ!」
「感謝するぜ!」
カービィとデデデ大王が地面を蹴った。
二人は撃ち合いの隙間を縫うように一直線に玉座の元へ向かって突き進む。
そして包囲の穴を抜けた。
だが、次の瞬間、進路を塞ぐように一つの影が静かに降り立った。
「……」
黒く染まったローブ。
光を失った黄色い瞳。
「チッ……!」
マホロアは何も言わず、ただ静かに両手を広げ、二人の前へ立ちはだかった。
その瞳には、かつての面影は一切残っていない。
デデデ大王は歯噛みすると、迷うことなくハンマーを肩から振り下ろす。
「どけぇぇぇっ!!」
轟音と共に振り抜かれた一撃を、マホロアは星型のバリアで受け止めた。
激しい衝撃波が周囲へ広がる。
デデデ大王が叫ぶ。
「カービィ!お前は先へ行け!コイツは俺様がぶん殴って目を覚まさせる!」
「ぽよ!」
カービィは一度だけ頷く。
迷うことなく二人の横をすり抜け、そのままゼロへ向かって一直線に駆け出した。
「お前の相手は俺様だ!!」
カービィがゼロへ向かって駆けていく背中を横目で見送りながら、デデデ大王は再びハンマーを振り下ろした。
轟音を伴う一撃。
しかし、マホロアはその瞬間にはもうそこにいなかった。
身体がふっと掻き消え、次の瞬間には別の場所へ姿を現す。
「ちぃっ!」
振り向きざまに追撃を叩き込む。
だが今度は紫色のバリアが展開され、ハンマーは鈍い音を立てて弾かれた。
まるでこちらの攻撃をもて遊ぶように、瞬間移動と障壁だけで軽々と捌いていく。
デデデ大王は奥歯を噛み締めた。
時間をかければかけるほど、自分の体力だけが削られていく。
本当なら今すぐカービィの援護へ向かわなければならない。
それなのに目の前のマホロアは、息一つ乱していなかった。
「おりゃあぁっ!!」
デデデ大王はハンマーを構えたまま身体を大きく回転させ、その勢いのまま突進する。
マホロアは軽く宙へ跳び、デデデ大王の背後へ音もなく降り立った。
――その瞬間。
「そこだぁっ!」
デデデ大王は振り返ることなくハンマーを手放す。
『ばくれつデデデハンマー投げ!!!』
遠心力を乗せた巨大なハンマーは凄まじい勢いで後方へ飛び、マホロアへ一直線に迫っていく。
マホロアは慌てる様子もなく、再び紫色の障壁を展開した。
激突と同時に、ハンマーが眩い光を放って爆発する。
轟音と煙が周囲を包み込み、跳ね返ったハンマーは弧を描いてデデデ大王の手元へ戻ってきた。
煙がゆっくりと晴れていく。
その向こうに立っていたのは、わずかにひびの入った障壁と、その内側で無傷のまま立つマホロアだった。
「チッ……」
思わず舌打ちが漏れる。
焦りを覚えた、その時だった。
「……ん?」
「久しいな」
玉座の前へ立つ少女が、静かにカービィへ声を掛ける。
「ぽよ」
「そちらはどうであった、あの小さな妖精の星は?」
「ぽよ、ぽよ!」
「……そうか」
その短いやり取りに気付く者はいなかった。
誰もが目の前の敵へ意識を向けている今、この場で交わされた会話へ意識を向ける余裕などなかった。
そんな短いやり取りが幾度か交わされた後。
「……無駄話が過ぎたな」
少女がゆっくりと片手を差し出す。
その足元から闇が渦を巻き、一振りの剣が静かに形を成していく。
「ぽよ!」
カービィも帽子を深く被り直し、剣を構えた。
「では――始めよう」
パラソル
うえからの こうげきをふせぐ!
しぶきがとびちり こうげき!
ふわふわ おちることもできる!
てきをかさのうえで もてあそぶ!
そしておハダを ひざしからまもる!!
ビームソード
刃の部分がエネルギーで作られた光の剣。威力はあまり高くないが、その分リーチが長く、攻撃によって剣の長さがそれぞれ変化する。中でも、横スマッシュ攻撃はものすごく伸びる。その性質をいかして、混戦中の相手を離れた場所から狙ったり、復帰しようとしている相手を反撃されない距離からふっとばすといいだろう。
「よ、横スマッシュ?復帰?何のこと?」
「要するに力込めて振ればいいんだよ」