申し訳ございません...
「ふぁぁぁ……」
張りつめた空気など意にも介さず、大きなあくびが漏れる。
その隣ではイオリが銃を肩にかけ、周囲へ鋭い視線を巡らせていた。
「ちょっとちょっと、イオリちゃん。そんなに気を張らなくても大丈夫だよ~」
「いつ奴らが現れるか分からないんだぞ。それなのに、そこまで気を抜けるホシノさんの方がすごい……」
呆れたようにため息をつくイオリ。
その時だった。
背後の扉がゆっくりと開き、静かな軋み音が響く。
「っ!」
イオリは反射的に振り返り、銃を構える。
しかし、その姿を確認するとすぐに銃口を下ろした。
「……なんだ、あなたか」
「お疲れ様。様子を見に来たよ」
セイアは穏やかな笑みを浮かべながら二人の元へ歩み寄る。
「お~、セイアちゃん。お疲れ~」
ホシノは軽く手を振ると、また一つ欠伸を漏らした。
「それで……どうだい?」
セイアが静かに尋ねる。
イオリは表情を引き締めた。
「昨日みたいにダークマターが攻めてくる気配はない。……だけど」
一度、空を見上げる。
「昨日よりも、もっと濃い"何か"を感じる」
「何か……か」
セイアも同じように視線を空へ向けた。
黒い星の姿は昨日と何も変わらない。
だが、その奥にある得体の知れない気配だけが、静かに膨れ上がっているように感じられた。
「大丈夫だよ~」
不意にホシノが口を開く。
二人の視線が自然とホシノへ向いた。
「カービィちゃんもいるし、ヒナちゃんもいる。それに、噂でしか聞いたことないけど、とっても強いミカちゃんも一緒なんでしょ?」
眠たげだった瞳が、ゆっくりと黒い星を見つめる。
その目には、不思議なくらい迷いがなかった。
「だから大丈夫」
小さく笑って、ホシノは言い切る。
「みんな、絶対に勝って帰ってくるよ」
「左!」
シロコが短く叫ぶ。
その声に合わせ、ヒナの銃口が素早く向きを変えた。
乾いた銃声が連続して響き、横合いから飛び掛かってきたダークマターが次々と黒い霧へと変わる。
「助かったわ」
「ん」
短いやり取りだけで、再びそれぞれの敵へ照準を向ける。
休む暇などない。
前を倒しても、すぐ後ろから次の群れが押し寄せてくる。
「やあっ!」
シグレがビームサーベルを振るう。
最初はぎこちなかった動きも、少しずつ様になってきていた。
赤い光刃がダークマターを斜めに切り裂き、その身体が音もなく霧散する。
(本当に力を入れて振るだけでいいんだ……)
シグレがビームサーベルを見つめる。
その隙を狙った一体へ、バンダナワドルディが飛び込んだ。
水玉模様の傘をくるりと回し、勢いよく突撃する。
『パラソルドリル!』
パラソルに貫通されたダークマターが大きく吹き飛び、そのまま後続を巻き込みながら壁へ激突する。
「まだ来るよ!」
モモイの叫びと共に銃撃が始まり、ミドリとユズも続く。
爆発と銃声が途切れることなく戦場へ響き渡る。
(数が多い……)
シロコは冷静に周囲を見渡す。
一体一体は決して強くない。
だが、この数だ。
一瞬でも隙を見せれば、すぐに包囲される。
だからこそ、前だけを見続けるわけにはいかなかった。
その時だった。
「……っ」
思わず視線が前方へ吸い寄せられる。
デデデ大王とマホロアが激しくぶつかり合っている。
轟音と衝撃波が何度も空間を揺らしていた。
しかし。
シロコの目を奪ったのは、そのさらに奥。
玉座の前で、静かにカービィと向かい合う白い髪の少女だった。
あれがゼロだということは理解していた。
(……何?)
ゼロは一歩も動いていない。
それなのに。
まるで世界そのものがゼロを中心に歪んでいるかのような圧迫感が、この空間を支配していた。
空気が重い。
息を吸うだけで胸が締め付けられ、肺がうまく膨らまない。
背筋を、冷たい何かがゆっくりと這い上がっていく。
(この感じ……)
シャーレの前で初めてゼロと遭遇した時。
あの時感じた禍々しい気配を、更に何百、何千倍にも濃くしたような感覚。
本能が警鐘を鳴らす。
――近付くな。
――逃げろ。
そう叫び続けている。
思わず足が止まってしまう。
視線を周囲へ向ける。
ヒナも、ミカも、ゲーム開発部も。……ダークマターの一部も。
皆、額に汗を滲ませながらゼロを見つめていた。
誰一人として、その圧倒的な存在感から目を逸らせない。
だが、その中で一人だけ。
シロコの目に映ったのは、真っ直ぐゼロを見据える小さな背中だった。
ゼロと最も近い場所に立ちながら、その背中は少しも揺らいでいない。
自分たちよりも遥かに強い圧を受けているはずなのに、一歩も退くことなく、剣を握り続けている。
(……そうだ)
出会って数日しか一緒にいないが、それでもあの背中は、いつだってそうだった。
巨大なゴリアテへ立ち向かった時も。
ゲヘナへダークマターが襲来した時も。
どんな強敵が相手でも、決して一歩も退かなかった。
その小さな背中を見つめているうちに、不思議と震えていた身体へ少しずつ力が戻ってくる。
その時だった。
「皆! 今は自分たちのやることに集中しよう! ゼロはカービィに任せて、目の前の敵を倒すんだ!」
バンダナワドルディの力強い声が戦場へ響く。
その声には迷いがなかった。
きっと彼も、自分と同じようにカービィの背中を信じているのだろう。
シロコは銃を構え、引き金を引く。
放たれた弾丸がダークマターを正確に撃ち抜き、その身体を黒い霧へと変えた。
(私にも、できることがある。)
そう思った瞬間、胸を締め付けていた恐怖が少しだけ薄れていく。
再び周囲を見渡す。
「お姉ちゃん! 後ろ!」
「任せて!」
モモイが素早く振り返り、迫っていたダークマターへ銃撃を浴びせる。
「あなたは左をお願い。私はこのまま右を見るわ」
「おっけー!!」
ミカも笑みを浮かべながら飛び出す。
「シグレ!無理しないでね!」
「大丈夫!こっちは任せて!」
赤い光刃と水が周囲に広がる。
誰ももう、立ち止まってはいなかった。
カービィが地面を強く蹴る。
小さな身体が弾丸のように一直線に駆け、二者の距離は一瞬で消えた。
「ぽよっ!」
裂帛の気合いとともに、ソードを横薙ぎに振り抜く。
鋭い斬撃は空気を切り裂き、一直線にゼロへ迫っていく。
しかし――。
ゼロはほんのわずかに腕を動かす。
黒い剣が静かに持ち上がり、カービィの刃を真正面から受け止める。
耳をつんざく金属音が空間全体へ響き渡った。
激しく火花が散る。
衝突の余波だけで床石が砕け、細かな破片が宙へ舞い上がる。
互いの剣が一歩も譲らず押し合う。
「……っ!」
カービィは歯を食いしばり、両腕へ力を込める。
だが、押し返せない。
ゼロは表情一つ変えず、片腕だけで剣を支えていた。
まるで大人が子供を押し返すような、圧倒的な力の差。
じりじりと、カービィの足裏が床を滑る。
石畳へ二本の筋がゆっくりと刻まれていく。
ゼロの瞳が静かに細められたその瞬間だった。
目には見えない衝撃が剣から解き放たれる。
「ぽよっ!」
カービィは押し飛ばされる寸前、自ら後方へ飛んだ。
身体を小さく丸めるように一回転。
衝撃を逃がしながら、軽やかに着地する。
床へ滑り込むように足を着け、すぐさま剣を構え直す。
一瞬たりとも視線は逸らさない。
ゼロも追撃には出ない。
ただ静かに立ち、黒い瞳だけがカービィを映していた。
その直後。
カービィの背後でズズズと、床が蠢く。
まるで生き物のように石畳が脈打ち、黒い闇が滲み出していく。
「!」
振り返るよりも早く、無数の黒い棘が床を突き破った。
一本一本が槍のような鋭さを持ち、逃げ場を塞ぐように四方八方から襲い掛かる。
カービィは剣を構え力を込めると、高く跳び上がる。
身体を横に回転させ、その勢いへ剣を乗せる。
『たつまきぎり!!』
高速回転する刃が風を巻き上げる。
最初の一本が真っ二つに裂ける。
続けざまに二本、三本。
回転は勢いを増し、迫り来る棘を次々と切り伏せていく。
黒い破片が雨のように降り注ぎ、切断面から噴き出した闇は粒子となって霧散した。
回転を終えたカービィは軽やかに着地する。
その勢いのまま剣を天へ掲げた。
刃が淡い光を帯び始める。
やがて光は眩いピンク色のオーラとなり、剣全体を包み込んだ。
『スカイエナジーソード!!』
カービィは裂帛の気合いとともに剣を振り抜く。
刃から放たれた巨大な斬撃は、空気を震わせながら一直線にゼロへ迫った。
それと同時にゼロの足元から黒い闇が溢れ出し、大地が唸りを上げる。
轟音とともに地面が隆起し、分厚い黒い壁が行く手を塞いだ。
しかし。
ピンク色の斬撃は速度を落とすことなく壁へ到達する。
触れた――その瞬間。
まるで豆腐を断つかのように、巨大な壁は何の抵抗もなく真っ二つに裂けた。
切り裂かれた壁が崩れ落ちる。
その奥では、ゼロがすでに剣を構えていた。
静かに一歩踏み込み、黒い剣を振り抜く。
黒と桃色、二つの斬撃が真正面から激突した。
激しい閃光が空間を白く染め上げる。
衝撃によって床石が砕け、暴風が戦場全体を駆け抜けた。
やがて光が弾けるように四散し、斬撃は無数の粒子となって静かに消えていった。
静寂が訪れる。
ゼロはゆっくりと視線を上げた。
その先に――カービィの姿はない。
だが、その表情は微動だにしない。
探す素振りすら見せず、ただ静かにその場へ立っていた。
「ぽよっ!」
次の瞬間。
頭上から小さな声が響く。
カービィはいつの間にかゼロの真上まで跳び上がっていた。
身体を縦に高速回転させ、風切り音を出しながら一気に急降下する。
『スピニングソード!!』
轟音とともに回転斬りがゼロへ襲い掛かった。
ゼロの足元から再び闇が溢れ出す。
隆起した地面は瞬く間に分厚い黒い壁となり、カービィの前へ立ちはだかった。
回転する刃がそのまま壁へ叩き込まれる。
だが――。
「ぽよっ!?」
手応えが違う。
先ほどまで容易く切り裂けていたはずの壁が、今度は違った。
刃は深々と食い込んだまま止まり、まるで獲物を捕らえたワニのように剣を離さなかった。
カービィは咄嗟に剣を引き抜こうと力を込める。
しかし、どれだけ引いても刃は壁へ深く食い込んだまま動かない。
その一瞬。
ゼロの視線がわずかに動いた。
カービィの真横。
壁そのものが生き物のようにうねり始める。
「!」
気付いた時にはもう遅かった。
巨大な黒い壁が横殴りに弾け飛ぶ。
ガードを構える暇も無く、小さな身体はまともに叩きつけられ、弾丸のような勢いで吹き飛ばされた。
背中から石壁へ激突する。
凄まじい衝撃が全身を貫き、その反動でボールのように何度も床を跳ね転がる。
ようやく勢いが止まった、その時。
カービィの頭から帽子がふっと消え去った。
同時に、小さな星が一つ、身体から零れ落ちるように飛び出す。
キラリと儚く輝くと、そのまま空気へ溶けるように消えていった。
地面へ落ちた影がゆっくりと蠢く。
まるで意思を持つ生き物のように細長く伸びると、触手となってカービィの身体へ絡み付いた。
「ぽよっ……!」
抵抗する間もなく、小さな身体は宙へ持ち上げられる。
そのまま影はゼロの足元まで滑るように伸び、カービィを眼前へ引き寄せた。
ゼロは静かに見下ろす。
「……ふん」
感情のない声が漏れる。
「愛の力も、妖精の加護も無ければ……所詮はこの程度か」
薄く目を開けたカービィは、かすかにゼロを見上げる。
意識は朦朧としている。
それでも、その瞳の光だけはまだ消えてはいなかった。
「だが」
ゼロは剣を静かに持ち上げる。
「久方ぶりに退屈を忘れさせてもらった。」
ほんのわずかに口元が緩む。
「礼は言っておこう」
剣先がゆっくりと天へ向けられる。
その刀身へ、光とも闇ともつかぬ異質な力が集まり始めた。
世界の色を塗り潰すような、底知れぬ"零"のエネルギー。
周囲の空間が歪み始める。
その時だった。
「待ちやがれぇぇぇぇぇっ!!」
怒号が空間を震わせる。
巨大な影が一直線に飛び込んできた。
両腕でハンマーを握り締め、全身全霊の一撃をゼロへ叩き込もうとする。
しかし。
「……っ!」
その一撃は届かなかった。
あと一歩という距離で、巨体が強引に地面へ押さえ付けられる。
「ぐっ……!」
デデデ大王の背には、黒く染まったマホロアが乗っていた。
両手から放たれる紫色の魔力が鎖のように絡み付き、デデデ大王の身体を床へ縫い付ける。
「くっ……!」
歯を食いしばり、力任せに起き上がろうとする。
床にはひびが入り、筋肉は悲鳴を上げる。
それでも、あとわずかに届かない。
「このっ……くそぉぉぉっ!!」
叫びだけが虚しく響く。
ゼロはその様子を一瞥すると、興味を失ったように視線を戻した。
「……くだらぬ時間稼ぎだ」
振り上げた剣へ、さらに力が集束していく。
やがて刀身が漆黒とも純白ともつかない輝きに包まれた。
ゼロは静かに告げる。
「終わりだ」
「カービィィィィッ!!」
その叫びが、戦場に虚しく響いた。