カービィ達がゼロ達と戦い始めるほんの少し前。
廊下を身を潜めながら進む、二つの影。
慎重に、しかし素早く先へ進んでいく。
だが、辺りにダークマターの姿はない。
ただただ不気味な静寂だけが一帯を支配していた。
シッテムの箱 内部――
『ダークマターの姿が見当たりませんね……』
『うーん……さっきまでは、この辺りに反応があったんですけど……』
『いないことに越したことはありません。ですが……何かが起きているのかもしれません』
プラナがそう言った、その時だった。
シッテムの箱の内部が大きく揺れる。
『わっ!!』
アロナは思わず後ろへひっくり返り、プラナもわずかに体勢を崩した。
「地震……!?」
ナギサは反射的に身を屈める。
先生も同じように姿勢を低くしながら、静かに耳を澄ませた。
「いや……地震というより……」
シッテムの箱の内部にまで伝わってくるほどの激しい揺れ。
耳を澄ませると、かすかに銃声や何かを叩きつけるような音が響いてくる。
さらに、聞き取ることはできないものの、どこか聞き覚えのある小さな声も混じっていた。
(……戦闘音? 皆が戦ってるのか……?)
先生はすぐにシッテムの箱を起動する。
「二人とも! 今、皆がいる場所までの最短ルートは?」
『さ、最短ルートですか!? それだとダークマターに見つかってしまうのでは……』
「ここまで来る間、一度もダークマターとは遭遇しなかった。この音からして、戦力はほとんどあっちへ集まってるはず」
『な、なるほど……!』
アロナは納得したように頷く。
一方、プラナはすぐさま画面へマップを展開した。
『先生。この先の通路を左へ曲がり、そのまま道なりに進んでください。そのルートが最短で到着できます』
「わかった! ありがとう!」
先生はシッテムの箱の画面を閉じると、そのままナギサの手を取った。
「せ、先生!?」
突然のことに、ナギサの頬がみるみる赤く染まる。
「ナギサ、走るよ!」
「えっ!? ええっ!?」
先生はそのままナギサの手を引き、一気に駆け出した。
事情を飲み込めないまま、ナギサも慌ててその後を追い、二人の足音が静かな廊下へ響いていった。
「また、何処かで会おう」
静かな別れの言葉とともに、ゼロはゆっくりと剣を振り下ろす。
シロコたちは誰一人として動けなかった。
叫びたくても、足は前へ出ない。
目の前で起ころうとしている結末を、ただ見つめることしかできなかった。
絶望が、静かに胸を締め付けていく。
対照的に、周囲を取り囲むダークマターたちは勝利を確信したように、不気味な笑みを浮かべていた。
その時だった。
――カチリ。
どこかで、小さな音が鳴る。
あまりにも小さく、あまりにも短い音。
誰の耳にも届くことなく、その音は静寂へ溶けていった。
……そう思われた。
「……っ?」
突如、ゼロの身体が小さく揺らぐ。
視界が大きく歪む。
まるで世界そのものが捻じ曲がったかのように景色が波打ち、身体から一気に力が抜け落ちていく。
「な……!」
振り下ろそうとしていた剣が止まる。
刀身へ集束していたエネルギーが激しく乱れ、制御を失った光が四方へ飛び散った。
輝きは音もなく霧散し、ゼロの手から剣が滑り落ちる。
カランと、乾いた金属音だけが、静まり返った戦場へ響いた。
《な、何が起きた……!?》
《ゼロ様!?》
ダークマターたちの間へ一斉に動揺が走る。
先ほどまで勝利を確信していた表情は消え去り、ざわめきだけが広がっていく。
「えっ……?」
「な、何!? 何が起きたの!?」
シロコたちも目の前の光景を理解できず、思わず声を漏らした。
誰も、この異変の理由が分からない。
ただ一人だけ。
「何故……だ……」
ゼロだけが、確かな動揺を滲ませていた。
――パチ、パチ、パチ。
静まり返った戦場へ、不自然なほど軽快な拍手が響き渡る。
先ほどまで命のやり取りが繰り広げられていたとは思えないほど、場違いな音。
その乾いた拍手だけが、静寂をゆっくりと切り裂いていく。
誰もが思わず動きを止め、その音の主へと視線を向けた。
「ブラボー、ブラボー」
楽しげな声が響く。
まるで芝居でも見終えた観客のような、どこか余裕すら感じさせる口調だった。
「……っ!」
ゼロの表情がわずかに歪む。
その声を聞いた瞬間、何かを悟ったように瞳が揺らいだ。
「あっ!!」
モモイが目を見開き、大きな声を上げる。
「えっ……!」
ミドリも息を呑み、ユズも驚いたように顔を上げた。
「流石ハ、ダークマターノ親玉」
黒いローブを揺らしながら、その者は肩をすくめる。
その声には、いつもの悪戯好きな笑みが含まれていた。
「妨害サレテモ、意識ヲ保ッテいらレルナンテ、驚きダネェ」
その言葉とともに、濁っていた黄色い瞳へ再び光が宿る。
虚ろだった瞳は生気を取り戻し、黒く染まっていたローブも、闇が剥がれ落ちるように鮮やかな青へと戻っていく。
その姿は、誰もが知る"いつものマホロア"だった。
「貴様……っ!」
ゼロが苦しげに顔を上げる。
その声には先ほどまでの余裕はなく、明らかな焦りが滲んでいた。
「な〜んて カオしてるんダィ?」
マホロアはクスクスと肩を震わせながら笑う。
そしてゼロを見据え、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ ゼンブ教えてヤルヨ」
その笑みは、悪戯が成功した子供そのものだった。
「ボクガ目ヲ覚ました時、丁度キミ達ニ運ばレテル途中デネェ」
指(?)を一本立て、得意げに話し始める。
「『コレハ使えル』ッテ思っテサ。上手いコト操ラレタフリをしてタラ、ミンナ見事ニ騙されテくれたっテワケ!」
《なっ……!?》
《そんな、馬鹿な……!》
ダークマターたちの間に動揺が走る。
誰一人として疑っていなかった。
だからこそ、その事実は信じ難かった。
マホロアはそんな反応を楽しむように笑みを深める。
「キミ達カラ命令されルノハ正直面倒ダッタケド……オ陰デ収穫は大きかっタヨォ」
ゆっくりとゼロを指差す。
「アリスト、キミノ情報ヲ全部見させてもらっテネ。ダカラ、キミトアリスノ繋がりヲ断チ切ル方法も、モウ全部分かってるンダ♪アトハ…言わなくテモ分かるヨネ?」
その一言で、ゼロの表情がさらに険しくなる。
マホロアの横では、大きなため息が聞こえた。
「はぁ……ったく」
デデデ大王がゆっくりと立ち上がる。
肩や腕を回し、身体についた埃を乱暴に払い落とした。
「やるのが遅ぇっての」
首をゴキリと鳴らしながら、苦笑交じりにぼやく。
「あと少し遅れてたら、本当に危ねぇところだったぜ」
「デモ、大王はサッキカラ気付いてタジャン?」
マホロアが振り向いて笑う。
デデデ大王は鼻を鳴らした。
「当たり前だ」
ニヤリと口元を吊り上げる。
「あんな不自然な戦い方をされたら、気付かねぇ方がおかしいわい」
そう言うと、カービィへ絡み付いていた黒い影を乱暴に掴み、そのまま力任せに引き剥がす。
影は嫌な音を立てながら千切れ、拘束から解放されたカービィはデデデ大王の腕の中へ転がり込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「ぽよ!」
カービィはすぐに立ち上がり、大きく頷く。
その元気な返事を聞いたデデデ大王は、小さく口元を緩めた。
その一方で。
「くっ……あっ……!」
ゼロは苦しげに胸を押さえ、その場へ膝をついた。
先ほどまでの圧倒的な威圧感は、もうそこにはない。
思うように身体へ力が入らないのか、立ち上がろうとしても腕が震え、わずかに身じろぎすることしかできなかった。
「無理シナイ方がイイヨォ」
マホロアはそんなゼロを見下ろしながら、余裕たっぷりに肩をすくめる。
その表情には、先ほどまで操られていた者とは思えないほどの余裕が浮かんでいた。
「キミト、アリスノ接続を断チ切っタカラネェ。今ノキミハ、ソノ体を満足ニ動かスコトスラ難しイハズサ」
「ぐっ……!」
ゼロは歯を食いしばる。
身体を動かそうと力を込めるたびに、全身へ激しい痛みが駆け巡った。
まるで自分の身体ではないかのような感覚。
その事実が、ゼロの表情をさらに歪ませた。
――その時だった。
静まりかけていた空間へ、慌ただしい足音が響く。
「マホロアーーーーッ!!!!」
勢いよく飛び込んできた一つの影が、そのままマホロアへ飛びついた。
「チョッ!? モモイ!?」
ぎゅうううっ、と抱き締められる。
「良がっだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
モモイはそのまま感極まった様子で、マホロアを前へ後ろへ、右へ左へ、さらには上下へと勢いよく振り回し始めた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!」
「揺らしすぎ……!」
ミドリとユズが慌てて止めに入る。
しかし、興奮したモモイの耳にはまるで届いていなかった。
「本当に……本当に心配したんだからぁぁぁ!」
「ワ、ワカッタ! ワカッタカラ止メテェェェ!」
ぶん、ぶん、と振り回されるたびに、マホロアの角(?)がふらふらと揺れる。
ようやくモモイが我に返り、慌てて手を離した。
「……あっ」
腕の中では、マホロアがぐにゃりと力なく伸びている。
「マ、マホロア……?」
「…………」
一瞬の静寂。
「と、とりあえず……無事でよかった!」
モモイは慌てて笑顔を作る。
すると、ぐったりしたままのマホロアが、かすれた声でぼそりと呟いた。
「今無事ジャナクナッタ気ガスルンダケドナァ……?」
その一言に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
思わず何人かの口元に小さな笑みが浮かぶ。
そんな中、おずおずとユズが一歩前へ出た。
「ア、アリスちゃんも無事……なんだよね?」
その声は小さい。
だが、その瞳には今一番知りたい答えを求めるような不安が浮かんでいた。
マホロアは伸びた身体を何とか起こしながら、小さく頷く。
「ウン。ソロソロアイツがアリスの体カラ出ていクハズサ」
その答えを聞いた瞬間、ユズは胸へ手を当て、大きく息を吐いた。
「よ…良かったぁ…」
ユズの肩から力が抜ける。
アリスの身体は無事だった。
その事実だけで、胸を締め付けていた不安が少しだけ軽くなった。
その様子を横目に、デデデ大王はゆっくりとハンマーを肩へ担ぎ直す。
先ほどまでの安堵とは打って変わり、その眼差しは鋭くゼロを射抜いていた。
「おいゼロ、さっさとアリスの嬢ちゃんの体から出ていけ」
低く、静かな声だった。
怒鳴るわけでもない。
だが、その一言には王としての威圧感が宿っている。
「そうすりゃ……ボコボコにはするが見逃してやらんでもないぜ?」
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白の世界。
今はその半分が黒く染まり、白と黒の境界に二つの存在が並んで腰を下ろしていた。
一人は、小柄な少女。
もう一つは、ふわりと宙へ浮かぶ白い球体。
「それで、先生がアリスに言ってくれたんです!『君がなりたい存在は君自身が決めていいんだよ』って!」
「ほぅ……それでアリスは何と答えたのだ」
「アリスは、『勇者』になりたいと答えました! 日々特訓中です!」
誇らしそうに胸を張るアリス。
その姿を見て、ゼロは思わず小さく笑みを浮かべた。
「それは何よりだ」
二人の間には、奇妙なほど穏やかな時間が流れていた。
ふと、何かを思い出したようにアリスがゼロの方へ身体を向ける。
「そういえば、ゼロさん。聞きたいことがあります!」
「……む? 何かあったか」
「ゼロさんには仲間はいますか?」
その問いに、ゼロは少しだけ目を細める。
「アリスには、モモイやミドリ、ユズにユウカ、それに先生もいます! 他にも、ケイや、ちょっと怖いですがネル先輩、シーフ王にヒナ先輩、それから……」
指を一本、また一本と折りながら、楽しそうに名前を挙げていく。
「まだまだいます! 皆さん、とっても優しくて、アリスの大切な仲間です!」
その声は弾み、表情は自然と笑顔になっていた。
一人ひとりの名前を口にするたび、その誰もがアリスにとって掛け替えのない存在なのだと伝わってくる。
そんな屈託のない笑顔を見つめながら、ゼロは静かにその言葉を反芻した。
「仲間……か」
答えは、すぐには出なかった。
脳裏へ浮かんだのは、一匹の小さな桃色の戦士。
その周りには、いつも多くの者たちが集まっていた。
敵だった者さえ、やがて肩を並べて戦っている。
更には自分と同じ一族の者でさえ、その輪に入っている。
それに比べ、自分はどうだ。
ダークマターたちは確かに存在する。
だが、それは命令を下し、従わせるだけの関係。
忠誠はあっても、共に笑い、共に歩む存在ではない。
仲間――。
そんなものを、自分は持ったことがない。
今、そのことに気が付いたのであった。
(私には……)
その続きを口にすることはできなかった。
ふと気付くと、アリスが不安そうな表情でこちらを見つめていた。
「ア、アリスは何か聞いてはいけないことを聞いてしまったでしょうか……」
申し訳なさそうに肩をすぼめる姿を見て、ゼロは静かに首(?)を横へ振る。
「いや、気にすることはない。」
少しだけ目を伏せる。
「我ら一族は、こうやって生きてきた。恐れられ、憎まれ、遠ざけられる。それが当然の存在だ」
淡々と語るその声に、諦めはあっても悲しみはない。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
しかし。
アリスは真っ直ぐゼロを見つめると、ぱっと表情を明るくした。
「じゃあ、アリスがなります!」
「…………何?」
思わず聞き返す。
「アリスがゼロさんの仲間になります!」
迷いのない声だった。
「辛いことがあったら一緒に悩んで、悲しいことがあったら一緒に泣いて、楽しいことがあったら一緒に笑いましょう!」
「……我の所業を聞いていただろう」
ゼロは静かに問い返す。
「我は闇の一族。アリスたちを脅かす存在なのだぞ」
だが、アリスは首をぶんぶんと横に振った。
「光だとか闇だとか、そんなことは関係ありません!」
一歩前へ踏み出す。
「アリスは、アリスのしたいようにします!」
そして、少しだけ照れくさそうに笑う。
「……もちろん、悪いことはいけません。でも、アリスはゼロさんともっとお話したいです!」
その瞳には、一片の偽りもなかった。
どこまでも澄み切った、真っ直ぐな眼差し。
その姿は、不思議と――あの者を思い出させた。
ゼロは何かを言おうと口(?)を開く。
だが、言葉にならない。
その瞬間だった。
ピシリ、と。
二人の間へ一本の亀裂が走る。
「わ、うわっ!?」
白と黒の境界が音を立てて裂け、その隙間から、何もない虚無がゆっくりと広がっていく。
足元が崩れ、衝撃でアリスは尻餅をついた。
「……これは……」
ゼロも思わず足元を見る。
黒と白。
混ざり合っていたはずの二つの世界が、何かに引き剥がされるように離れていく。
それはまるで、お互いを繋いでいた見えない糸が断ち切られたかのようだった。
「ゼロさん!」
アリスが慌てて立ち上がり、手を伸ばす。
だが、境界は止まらない。
音を立てながら裂け目は広がり、二人の距離は少しずつ、しかし確実に離されていく。
ゼロもまた、静かにその手を見つめた。
あと一歩踏み出せば届くはずだった。
その温もりに触れられるはずだった。
しかし――
その足は、一歩たりとも前へ出なかった。
「ゼロさん!アリスの手を掴んでください!」
アリスが必死に手を伸ばす。
あと少し。
あと一歩踏み出せば届くはずだった。
(……我の……したいこと……)
ゼロはゆっくりと顔を上げる。
伸ばされた小さな手。
真っ直ぐに自分を見つめる、澄んだ瞳。
その光景を前に、何かを伝えようと口を開いた。
だが――。
喉まで込み上げた言葉は、最後の一歩を踏み出せないまま、静かに飲み込まれていく。
やがて裂け目はさらに大きく広がり、二人の距離は否応なく引き離されていく。
「ゼロさん!!!」
アリスの叫びだけが、白と黒の世界へ虚しく響いた。
そして。
互いの姿は、それぞれ白と黒の向こう側へと飲み込まれ、二人の視界は完全に閉ざされた。