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ゼロが力なく膝をつき、そのまま地面へ倒れ伏す。
《ゼロ様!!》
周囲にいたダークマターたちが一斉に駆け寄ろうとする。
だが。
「動くな」
低く響いたデデデ大王の一言が、その場の空気を凍りつかせた。
思わずダークマターの動きが止まる。
《何を……っ!》
《ええい奴らの言う事など気にするな!すぐに代わりの…っ!》
それでも一体のダークマターは警告を無視し、ゼロの元へ飛び出す。
次の瞬間。
その身体は音もなく白い霧へと崩れ去り、跡形もなく消滅した。
《!?》
残ったダークマターたちが思わず足を止める。
「他ノキミ達モ、こうナリタクないナラ、動かナイ方ガ賢明ダヨ」
マホロアが静かに言う。
その手に浮かんでいた魔法陣は、役目を終えたように淡く輝きを失い、空中へ溶けるように消えていった。
誰も動けない。
重苦しい静寂だけが戦場を支配する。
その時だった。
「……っ!」
ゼロの身体から、どろり、と粘つくような黒い煙が漏れ始める。
まるで身体そのものが溶け出しているかのように、黒い靄はゆっくりと外へ溢れ出していく。
「あっ……」
思わずシロコが小さく声を漏らした。
シロコはその光景に見覚えがあった。
ゴリアテを倒したあの日。
奈落の底から立ち昇ってきた、あの不気味な煙。
――あれと、まったく同じだった。
黒い煙は宙へ浮かび上がると、ゆっくりと渦を巻き始める。
そして、少しずつ色を変えていく。
漆黒だった靄は、まるで闇が剥がれ落ちるように白く染まり、やがて一つの輪郭を形作り始めた。
丸い身体。
巨大な翼。
一つの大きな瞳。
下部から伸びる突起。
徐々にその姿が完成していく。
《……クッ……》
苦しげな呻き声が漏れる。
その白い身体から、ガス漏れのように黒い煙がプスプスと出ていた。
右側の赤い翼には大きな亀裂が走り、左翼は根元から失われている。
その欠損を補うように取り付けられていたのは、無機質な機械の翼だった。
そして――。
その頭上には、生徒たちと同じように、淡く光を放つヘイローが静かに浮かんでいた。
その姿を見つめながら、デデデ大王はゆっくりとハンマーを構える。
「やっと姿を見せたな」
デデデ大王がハンマーを構える。
その先端を、まっすぐゼロへ向けた。
「さっきの約束通り、お前らがここで手を引くならこれ以上の戦いはしない」
先ほどまでとは、明らかに様子が違っていた。
怒りに任せて声を荒らげることもない。
焦りを滲ませることもない。
ただ静かに、目の前の敵を見据えている。
その瞳に浮かんでいるのは、長年の宿敵を見るかの如く、鋭く研ぎ澄まされた眼差しだった。
「…………」
ゼロは何も答えない。
デデデ大王も、ただその瞳をギロリと睨み付ける。
そんな二人の間へ、マホロアがふわりと飛んでいく。
「ヨイショット……」
マホロアはゼロの前まで来ると、意識を失ったアリスの身体を両手でそっと抱え上げた。
先ほどまでゼロと繋がっていたアリス。
その身体にはまだ力が戻っておらず、ぐったりとマホロアへ身を預けている。
マホロアはそんなアリスを一度見下ろすと、そのままモモイのもとへ飛んでいった。
「モモイ、アリスを任せたヨ」
「えっ、う、うん!」
突然アリスを預けられ、モモイは慌てた様子を見せる。
それでも、落とさないようにしっかりと両腕でアリスを抱きかかえた。
「任せて!」
モモイが頷く。
それを確認すると、マホロアは再びゼロへ向き直った。
そしてデデデ大王も、もう一度ハンマーを握り直す。
「さぁ……どうする?」
問い掛けに、ゼロは答えなかった。
ただ、静かにデデデ大王を見返している。
――いや。
答える必要など、最初から無かったのだ。
ゼロの目元が、ほんの僅かに吊り上がる。
《……いつから我が劣勢だと勘違いしていた?》
「……なっ!?」
その瞬間。
その場にいた全員が目を疑った。
いつの間に現れたのか。
ゼロの目の前に、五つの星が浮かんでいた。
きらきらと眩い光を放ちながら、それらがゆっくりと宙を旋回している。
その輝きを見た瞬間――。
「……あれは……!」
バンダナワドルディが目を見開く。
「きらきらぼし!?やっぱり……!」
「きらきらぼし!?……ってなに?」
モモイが困惑したように尋ねる。
「僕たちの国の秘宝なんだ!手にした者の願いを良いもの悪いもの関係なく叶えちゃうう代物なんだよ!!」
「ええっ!?」
その言葉を聞いた瞬間――。
周囲の空気が、明らかに変わった。
先ほどまで戦場を包んでいた緊張感とは違う。
まるで、この場にいる誰もが本能的に理解してしまったかのような空気だった。
「マッ、マズイヨォ!!」
真っ先に声を上げたのはマホロアだった。
先ほどまで浮かべていた余裕の笑みは、すっかり消え失せている。
「流石にアレハボクにもドウシヨウもデキナイ!!」
その声には、明らかな焦りが滲んでいた。
「えっ、えっ!? 私達はどうすればいいの!?」
「分かんないよ! とりあえず撃ってみる!?」
アリスを抱えたモモイが、ミドリやユズと顔を見合わせる。
何とかしなければ。
皆そう思ってはいる。
だが、目の前にある力があまりにも規格外すぎる。
銃を構えたところで、どうにかできるようなものには見えなかった。
「…………」
シロコも、ゼロを見上げたまま動けない。
ミカやヒナも同じだった。
戦うための力なら、まだ対処のしようがある。
だが、今ゼロの目の前に浮かんでいるのは、そんな次元のものではない。
願いそのものを現実へ変えてしまう秘宝。
それを前にしては、誰もが自分たちの力の無力さを思い知らされるしかなかった。
「まだ奥の手を隠してやがったか……」
デデデ大王が歯を食いしばる。
きらきらぼしの力は、彼自身も知っている。
かつて自らその力を使い、カービィへ戦いを挑んだ。
身体を超巨大化させるほどの、桁外れの力。
結果としてはカービィに敗れたものの――その力の凄まじさだけは、身をもって知っている。
「チッ……」
デデデ大王が小さく舌打ちする。
対して、ゼロは五つの星を見つめながら、ゆっくりと両羽を広げた。
五つの星が、その眼前へ吸い寄せられていく。
《さぁ! きらきらぼしよ! このキヴォトス、いや、この宇宙全体を闇に染めろ!》
その言葉に呼応するように――。
五つのきらきらぼしが、一斉に強い光を放った。
「……っ!」
あまりの眩しさに、全員が思わず目を覆う。
――だが。
「…………」
何も起きなかった。
光は周囲を包み込んだまま。
大地も、空も、何一つ変化しない。
「……え?」
モモイが呆然と呟く。
五つのきらきらぼしは、確かに光っている。
願いも、確かに口にした。
それなのに――。
《……何故だ》
ゼロがきらきらぼしへ視線を向ける。
再び力を込める。
だが、何も起こらない。
その時だった。
《……そういうことか》
静かな声が響いた。
ゼロの視線の先。
他のメンバーも、思わずその方向を見る。
「……先生っ!!」
思わずシロコがそう叫ぶ先。
そこに一つの影が立っていた。
その手には、一枚のカードが握られている。
カードは淡い光を放ち、まるでゼロの願いを拒むかのように、静かに輝いていた。
《……大人のカード……貴様がいる限り、この力は使えぬということか》
先生は何も言わない。
ただ、カードを握り締めたまま、真っ直ぐにゼロを見つめていた。
その様子を見て、ゼロは小さく息を吐いた。
《ならば――》
五つのきらきらぼしが、ゼロの周囲をゆっくりと旋回する。
「……っ!?」
デデデ大王が身構える。
「おい、待ちやがれ!」
だが、その声が届くよりも早く。
ゼロの身体が、ふわりと宙へ浮かび上がった。
「逃げるつもり!?」
モモイが叫ぶ。
「させない!!」
ヒナが銃を構え、ゼロへ向けて発砲する。
だが、放たれた弾丸はゼロへ届くことなく、その手前で掻き消えていった。
「なっ……!」
ヒナが目を見開く。
《さらばだ。次に会うことはないかもしれんがな》
その言葉と同時に、ゼロの身体が一気に上昇する。
「待て!」
デデデ大王がハンマーを構える。
だが、ゼロはさらに高く、高く飛んでいく。
五つのきらきらぼしも、その後を追うように空へ舞い上がった。
《ゼロ様、我らもご一緒します》
そんな声と共に、周囲にいたダークマターも空に飛び立っていく。
その姿を見上げながら、誰もが言葉を失っていた。
そう思われた――その時だった。
ふと。
空へ昇っていたゼロの視界の端に、一つの姿が映った。
《…………!》
ゼロの動きが、ほんの僅かに止まる。
地上。
仲間たちに支えられながら、こちらを見上げている少女。
小さくなっていく姿の中で、その姿だけははっきりとゼロの瞳へ映っていた。
アリスだ。
「ゼロ……さん……?」
アリスもまた、ゼロの姿を見つめている。
二人の視線が、空中と地上で交わった。
ほんの一瞬。
周囲の音が、すべて遠ざかったように感じられた。
きらきらぼしの輝きさえも、どこか遠いものに思える。
ゼロは何も言わない。
「ゼロさん!!」
アリスが、もう一度その名を呼ぶ。
その声に、きらきらぼしが僅かに揺れた。
だが――。
ゼロは何も答えなかった。
ゆっくりと視線を逸らす。
そして、再び身体が上昇を始める。
「待ってください!ゼロさん!」
アリスが手を伸ばす。
だが、その手が届くことはない。
ゼロの姿は、きらきらぼしの光に包まれながら、さらに高く、高く昇っていく。
その光は遠ざかり、どんどんと小さくなっていく。
その場に残された者たちは、しばらくの間、誰一人として言葉を発することができなかった。
そんな中――。
「……先生?」
ナギサが、ふと隣に立つ先生の異変に気付く。
先生の身体が、ぐらりと傾いた。
「先生っ!」
倒れ込もうとした身体を、ナギサが慌てて抱き留める。
「大丈夫ですか!?」
その声に反応し、皆が一斉に駆け寄ってくる。
「先生……!」
その中でも真っ先に駆け寄ったシロコが、先生の手をぎゅっと握った。
「先生、大丈夫?」
「……シロコ……」
先生はゆっくりと目を開ける。
その顔には明らかな疲労が浮かんでいた。
「先生、大丈夫!?奴らに何かされて…!?」
「無理しないで!先生が倒れたら私……!」
ミカとヒナも、それぞれ先生の様子を確認する。
「……大丈夫、大丈夫だから」
先生はそう答えた。
だが、その声にはいつもの力が無かった。
そんな先生の様子を見ながら、モモイは自分が抱えているアリスへ視線を向ける。
「……」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
ミドリが振り向く。
モモイは、先ほどからずっと気になっていたことを口にした。
「アリス、さっき……ゼロのこと呼んでたよね?」
「……はい」
ユズもアリスを見る。
「アリスは、ずっと捕まってたのに……まるで、前から知ってる人みたいに呼んでたよね」
「……」
アリスは三人の方へ顔を向ける。
モモイは少しだけ迷った。
聞いていいことなのか分からない。
けれど――。
「アリス。あいつと……何かあったの?」
その問いに、アリスは少しだけ目を瞬かせた。
すると。
「アリス……みんなに、ゼロとの間に何があったのか、話してくれないかい?」
先生が、アリスへ静かに語り掛ける。
「先生……」
アリスは先生の方を見る。
その表情には、まだ僅かな迷いが残っていた。
だが――。
やがて、小さく頷く。
「……はい、話します」
アリスはゆっくりと口を開いた。
一方――。
きらきらぼしの光を纏いながら、ゼロは空を進んでいた。
その周囲には、何体ものダークマターが付き従っている。
その内の一体が、ゼロの瞳がいつもとは違うものだと気が付く。
《ゼロ様、いかがされましたか?》
ゼロはそのダークマターを見ると、視線を戻した。
《……一つ聞こう》
ゼロはそのまま、小さく声を出す。
《お前達にとって、我はどういう存在だ》
突然の問いに、ダークマターたちは一瞬だけ戸惑う。
だが、すぐにそれぞれが答えを返した。
《我らを導いてくれる、至高の存在です》
《闇という存在、その頂点に立つ御方かと》
《我らが永遠に仕えるべき、偉大なる王です》
次々と返ってくる言葉。
どれも、ゼロを称えるものだった。
だが――。
その中に、ゼロが求めていた答えは一つもなかった。
《…………》
ゼロはしばらく黙り込む。
脳裏に浮かんだのは、先ほどのアリスの姿だった。
『ゼロさんには仲間はいますか?』
『アリスがゼロさんの仲間になります!』
あの言葉が、何度も頭の中を巡る。
そして、ゼロは静かに目を伏せた。
《……そうか》
「……これで全部です」
アリスは、先ほど心の中でゼロと交わした会話を、そこにいた全員へ伝え終えた。
その話を聞き終えた皆は、しばらく何も言わなかった。
デデデ大王は、複雑そうな表情を浮かべたまま、ゼロが消えていった空を見上げている。
(あいつが……そんな事を……)
何度もポップスターを襲ってきた、悪の親玉。
これまで何度も戦い、何度も自分たちの前へ立ちはだかってきた存在。
話し合うことなどできるはずがない。
そう思っていた。
だが――。
仲間や友達という存在が今までいなかったこと。
誰かと共に笑うことも、歩むことも知らなかったこと。
そして、それをアリスへ問い掛けられたことで、初めて自分自身の中にある感情と向き合ったこと。
それを聞いた今、デデデ大王は、これまでとは違うゼロの一面を知ってしまった。
もちろん、怒りが消えたわけではない。
ポップスターやリップルスターをめちゃくちゃにされたこと。
何度も自分たちの身体を乗っ取られたこと。
仲間たちを傷付けられたこと。
それらを簡単に許せるはずなどなかった。
それがダークマターという種族の理によるものだと理解していても、受けた被害まで無かったことになるわけではない。
(……それでも)
ダークマターとは、皆そういう奴らなのだと思っていた。
自分たちとは決して相容れない存在。
ただ闇を広げ、他者を支配することしか考えない存在。
――だが。
それは、ひょっとすると自分の勝手な決めつけだったのではないか。
そう思ってしまう。
怒りもある。
憎しみもある。
それなのに、行き場を失った感情が胸の中でぐるぐると渦を巻いていた。
「…………」
デデデ大王は、何も言えないまま黙り込む。
その時だった。
「ぽよ」
隣から、小さな声が聞こえた。
デデデ大王が振り向く。
カービィがこちらを見上げていた。
「ぽよ! ぽよ、ぽよ!」
「……カービィ」
デデデ大王は、じっとカービィの顔を見る。
その表情はいつもと変わらない。
だが、その言葉には何か強い意思が込められているようだった。
「……ん、私もそうした方が良いと思う」
シロコがカービィをひょいと抱き上げる。
そして、そのままデデデ大王へ視線を向けた。
「私はカービィの記憶をちょっと見ただけで、あなたたちのことはあまり詳しく知らないんだけど……」
少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、続ける。
「あなたも、そうだったんじゃない?」
「…………」
デデデ大王は答えない。
ただ、その言葉を静かに受け止める。
(ねぇバンダナ君……カービィ…さんだっけ。何言ってたか分かる?)
少し離れた場所で、シグレがバンダナワドルディへ小声で尋ねる。
(あ、あぁ。えっとね……)
バンダナワドルディは、カービィの言葉を思い返す。
(ゼロと一緒にお昼寝したり、ご飯を食べたり、かけっこして遊びたい。だから、僕もゼロと友達になりたい、的な事を言ってたよ)
シグレは思わず目を丸くする。
(え……少しの言葉にそんな詰まってたんだ……)
バンダナワドルディは小さく頷いた。
「…………」
デデデ大王は、腕の中のカービィへ視線を落とす。
「友達……か」
ぽつりと、その言葉を呟いた。
先ほどアリスから聞いた、ゼロの言葉が脳裏をよぎる。
――仲間が、いない。
――共に笑い、共に歩む存在がいない。
「…………」
その言葉を聞いているうちに、ふと、ゼロとかつての自分の姿が重なった。
自分には部下がいる。
命令すれば従ってくれる者たちもいる。
山の上に大きな城だってある。
好きなことをして、好きなように振る舞って、それなりに満たされているつもりだった。
だが――。
どれだけ好き勝手にやっても、心のどこかには、ぽっかりと穴が空いたような感覚が残っていた。
何かが足りない。
何が足りないのかも、当時の自分には分からなかった。
だが、あの日。
カービィと戦って――負けた。
突然現れて、自分の部下をなぎ倒され、集めた食料も全部取り返された。
なのに、戦いが終わった後の気分は、どこかさっぱりとしていた。
そして、そんなことを繰り返し、いつの間にか。
カービィと。
バンダナワドルディと。
メタナイトと。
マホロアと。
そして、自分の部下たちと。
くだらないことで笑って、馬鹿をやっている。
そんな日々が――楽しかった。
その時に初めて、デデデ大王は気付いた。
自分の心に無かったものは何だったのか、を。
「……友達になりてぇ、ってのか」
デデデ大王が、カービィへ問い掛ける。
「ぽよ」
カービィは、小さく頷いた。
「…………」
デデデ大王はしばらく黙っていた。
「私は――まだ、許せないわ」
静かな声が、その場に響いた。
デデデ大王が顔を上げる。
声の主は、ヒナだった。
「……嬢ちゃん?」
ヒナは空を見上げたまま、静かに言葉を続ける。
「アイツが何を思っていたのかは分かったわ」
その瞳には、先ほどまでの戦いで見せていた鋭さが残っている。
「でも……先生をあんな目に遭わせたことまで、なかったことにはできない」
「…………」
誰も口を挟まない。
ヒナは握った拳へ視線を落とした。
「私たちが何をされたのかも、先生がどれだけ無理をしたのかも……全部、まだ目の前に残っているもの」
その言葉に、ミカも静かに頷く。
「……私も」
ミカが口を開く。
「アイツが寂しかったのかもしれないっていうのは……分かったよ」
先ほどまで先生の傍にいたミカが、ゆっくりとゼロの消えた空を見る。
「でも、先生や、トリニティ…いや、キヴォトスの皆を傷つけたことを考えたら、やっぱり私は、すぐに許すなんてできない」
「…………」
モモイたちも、黙って二人の言葉を聞いていた。
それは当然の反応だった。
ゼロが何を抱えていたとしても――。
自分たちが受けた傷が消えるわけではない。
そんな中――。
「……二人とも」
先生の声が響いた。
ナギサに支えられながら、先生がゆっくりと身体を起こしていた。
「先生、無理しないで」
シロコが慌てて支える。
「大丈夫……」
そう言って、先生はヒナとミカを見る。
「二人がゼロを許せないって思うのは、当然だと思う」
「先生……」
「私だって、やられたことを忘れたわけじゃない」
先生は少しだけ息を整える。
「だから、無理に許さなくていい」
その言葉に、ヒナとミカが顔を上げた。
「……え?」
「ゼロを許せるかどうかは、今決めなくていいんだ」
先生は二人へ、穏やかに語り掛ける。
「ただ……」
一度、言葉を切る。
「もしゼロが、自分の中にあるものと向き合おうとしているなら、私たちまで、その可能性を否定する必要はないんじゃないかな」
先生はそのまま、静かに続けた。
「ミカも……思い当たる事があるんじゃないかな」
「……!」
その一言に、ミカとナギサの表情が僅かに変わる。
「…………」
あの時、自分たちが何を選び、何を間違えたのか。
それを知っている者だけが分かれば、それで十分だった。
「……自分がしてしまったことって、どれだけ時間が経っても、なかったことにはできない」
ミカは俯いたまま、何も言わない。
ナギサもまた、静かに目を伏せる。
「でも……それでも、今こうしてここにいる」
先生はミカを見る。
「それは、お互いが、もう一度、相手の方を向いたから」
「…………」
「もし、あの時、片方だけでも向き合ってなかったら……」
先生はそこで言葉を止める。
ミカが僅かに目を見開く。
その言葉の意味を、彼女は知っている。
ナギサもまた、何も言わずに先生を見つめていた。
「だから……私は、ゼロにも同じ可能性があるなら、それを最初から閉ざしたくないんだ」
「……先生」
「許すかどうかは、別の話だよ」
先生は穏やかに続ける。
「間違えたからって、その人がこれから変わる可能性までなくなるわけじゃない。聞いた話だと、そういう種族だからしょうがないのかもしれないね」
「……」
「ただ……」
先生はゼロが消えていった空を見上げる。
「もう一度、こっちを向くことができる場所くらいは、残しておきたいんだ」
ヒナは何も言わなかった。
その言葉を聞いた瞬間、過去の出来事が脳裏をよぎる。
あの時。
もし、あの時に誰かが「もう遅い」と決めつけていたら。
もし、手を差し伸べることすら諦めていたら。
今、自分たちはここにいなかったかもしれない。
「……そうね」
ヒナが小さく呟いた。
「私も……あの時、誰かがそうしてくれたから、今ここにいる」
先生がヒナを見る。
「ヒナ……」
「だから、ゼロを許すってわけじゃない」
ヒナは静かに空を見上げた。
「先生を傷つけたことも、みんなを危険に晒したことも、私は忘れない」
「うん」
「でも……」
ほんの少しだけ、拳の力が緩む。
「変わろうとすることまで、否定する理由にはならないわね」
「……そうだよな」
デデデ大王がぽつりと呟く。
「俺だって、あいつにされたことを全部水に流せるほど、お人好しじゃねぇ」
「デデデ大王……」
「だがな」
デデデ大王はヒナとミカを見る。
「だからって、あいつのことを何も知らねぇまま終わらせるのも、違う気がしてきたんだ」
「…………」
「アリスの嬢ちゃんが、あいつの中にあったものを見た」
そう言って、再び空を見上げる。
「それを知った俺たちが、知らなかったことにはできねぇだろ」
突然、デデデ大王が自分の頬を思い切り叩いた。
その場にいた一同が、思わず目を丸くする。
「チョ、大王!?」
マホロアが驚いた声を上げる。
デデデ大王は叩いた頬をさすりながら、ゆっくりと顔を上げた。
先ほどまで胸の中で渦巻いていた迷いは、もう消えていた。
呆れたような、それでいてどこか晴れやかな表情。
「しゃあねぇな」
そう言って、デデデ大王はニヤリと笑った。