一帯を包んでいた光が、ゆっくりと消えていく。
光が止む頃には、周囲には静寂が訪れていた。
ゼロとダークマターの姿はない。
その場に残されていたのは、ローアと――宙に浮かぶ、きらきらぼしだけだった。
「ど、どうなったんだ……?」
先程までの騒がしさが嘘のように、辺りにはローアの駆動音以外、何も聞こえない。
すると――
どさり。
一帯に、何かが倒れる音が響いた。
全員、その音の方へ目を向ける。
「「「アリス!」」」
そこには、操作盤の前でアリスが倒れていた。
傍にいたマホロアが、慌ててアリスを抱きかかえる。
「アリス、大丈夫カイ!?」
すぐに、他のメンバーも駆け寄った。
「はい……アリスは大丈夫です。少しだけ、HPが少なくなった……だけです」
アリスはそう答えると、ゆっくりとモニターへ視線を向ける。
そこに映っているのは、どこまでも続く宇宙の黒。
「アリスは、ゼロさんから……ちゃんと、お返事を聞けました……」
「ほんと!?」
モモイが身を乗り出す。
「はい……ゼロさんは……友達が…欲しいと…」
その言葉を最後に――
アリスは、ふっと力を抜いて目を閉じた。
「アリス……」
モモイは、どこか心配そうに。
それでいて、どこか安心したような表情で、アリスを見つめる。
すると、マホロアが三人へ声を掛けた。
「モモイ、ミドリ、ユズ。アリスを、メタナイトと先生ガ寝テル場所に連れて行っテアゲテ」
「OK!」
「わかった」
「ま、任せて……!」
三人はアリスを支えながら、ゆっくりと歩いていく。
やがて、その姿が見えなくなる。
その場には、デデデ大王、マホロア、バンダナワドルディだけが残った。
「まぁ、何にせよ、これでとりあえず一件落着だな!」
「ですね!!」
「アトハ帰るダケダヨォ!」
そう言って、マホロアは操作盤へ向き直る。
「アレ……?」
操作盤を叩く。
しかし、叩けど叩けど、何も反応しない。
「アレ……? アレ……!?」
「マホロア、どうしたの?」
バンダナワドルディが、不思議そうに尋ねる。
「イヤ……ローアが操作できナイ……」
「「えっ?」」
マホロアは慌ててモニターを確認する。
「マ、マホロア……変な冗談はよせよ……」
「そ、そうですよ!」
デデデ大王とマホロアは、ひきつったような笑顔で、マホロアに話しかけた。
そして――
「アアッ!!!」
いつもなら気にも留めない場所。
マホロアは偶然そこに目が留まり、異常を発見した。
「エナジースフィアガ……無イ!?!?」
「「ええっ!?」」
デデデ大王とバンダナワドルディが、同時に声を上げる。
「な、無いってどういうことだ、マホロア!?」
「言葉ノ通リダヨォ!!120個あっタエナジースフィアガ……!」
「な、なんで……!」
バンダナワドルディがそう呟いた瞬間――
何かに気付いたように、その表情が変わる。
「……さっきのバリアを張っていた時に、エナジースフィアが出ていたような…」
「……」
「モ、モシカシテ…ソレデ…?」
「「……」」
三度、静寂が訪れる。
「ん……」
シロコが、きらきらぼしへ手を伸ばす。
優しい光を放つそれは、まるでシロコの手を待っていたかのように、ゆっくりと彼女の元へ近寄ってきた。
(綺麗……)
思わず見とれてしまうほど、それは宝石のように美しく輝いている。
シロコの脳裏に色々な景色が流れ出す。
砂漠で見たあの輝き。夏の夜空に散った大輪の花。
それらに負けることのない輝きを、きらきらぼしは放っていた。
しかし――
ふと我に返ると、もう一つ、何かが浮かんでいることに気付く。
(何だろう、これ……)
赤い破片のようなそれは、柔らかくも硬くもない、不思議な触り心地をしていた。
(一応持って行こう)
シロコは片手で器用にバッグを開き、その中へきらきらぼしと、その破片を押し込んだ。
「カービィ、これからどうする……?」
そう喋り始めた、その時。
カービィは頬張っていたローアを吐き出した。
「えっ……!?」
自分の何倍もあったサイズが見慣れた手のひらサイズへと縮まる。
突然のことに驚き、シロコは思わず後ろへよろけた。
「おっとと…」
思わず転びそうになるのを、なんとか耐える。
吐き出されたカービィは、そのままシロコの手の中に収まった。
心配そうに、シロコの顔を見つめていた。
「ん……?」
何かがおかしい。
シロコは、ふと顔を上げる。
「あれ……こんなに大きかったっけ……?」
目の前に広がる、巨大な星。
だが――
先ほどよりも、明らかに大きく見えるような。
そんな気がした。
『聞こえるカイ!?』
慌てたような声が、通信越しに響く。
「ん、聞こえる。どうしたの?」
先程の様に、シロコは通信へと話しかけた。
『コノママダト、ローアガキヴォトスに落下すルヨォ!』
「……え?」
言葉が詰まる。
「ど、どういうこと?カービィがローアのほおばりをやめちゃったから…?」
『イヤ、ローアのエネルギー源ガ無くなっタンダヨォ! 残っテル電源もソロソロ――』
ブツリ。
それを最後に、船内の通信が途切れた。
「……」
シロコは、再び星を見る。
やはり、先ほどよりも大きくなっているような気がした。
「ん……もしかして……まずい?」
その時、シロコは理解した。
星が大きくなっているのではない。
自分たちが、近づいているのだ。
「と、とりあえず船内に入ろう」
シロコはカービィを抱え、船内へ入ろうと、扉に手をかざす。
だが、扉は反応が無く、固く閉ざされている。
「……扉の電源も切れてる……?」
冷たい汗が、シロコの頬を伝う。
先程、マホロアが「そろそろ電源が切れる」と言いかけていた。
落下時にこの船が無事だったとしても、生身のまま大気圏へ突入すれば、自分もカービィもただでは済まないだろう。
(どうしよう……)
シロコが必死に考え込んだ、その時。
「ぽよ!」
カービィが、シロコのバッグを指差した。
「バッグ? ……あっ」
先程までゼロが持っていた、きらきらぼし。
逆にこちらが使えば、この状況を打破できるかもしれない。
(とりあえず……ローアの電源を……いや、私たちを地表にワープできれば……)
シロコは床にバッグを下ろし、開ける。
その瞬間――
「んっ……!」
唐突に、身体に違和感が走った。
(まずい……!)
生命維持装置の電源が切れたのだろうか。
息が苦しい。
身体が、急激に熱くなっていく。
「カ、カービィ…」
絞り出すように出したその声は、カービィに届くことなく闇に消えた。
どさり、と鈍い音が鳴る。
カービィが、その音に気付いて振り向く。
そこには、床に倒れ伏したシロコの姿があった。
「ぽよ!?」
カービィは慌ててシロコへ駆け寄る。
身体を揺さぶってみる。
だが、シロコは苦しそうな呻き声を僅かに漏らすだけで、反応を返さない。
「ぽよ!? ぽよ!?」
カービィは混乱したように、どうすればいいのか分からないとでも言うように、シロコの周りを何度も行ったり来たりした。
それよりほんの少し前。
船内では……
「マ、マズイヨォ!! このママジャ、墜落スルヨォ!!」
「外にいるシロコさんは大丈夫なんでしょうか!?」
慌てる声が、室内に響き渡る。
(最悪……ワシとカービィとマホロアで全員を担いで、落下の衝撃を和らげるか……? いや、そうしたらローアが無事では済まない……か)
デデデ大王は、必死に思考を巡らせる。
壊れながらもプププランドへ墜落してきた時は、ワープ直後だったため、そこまで大きな衝撃は出ていなかった。
だが、大気圏から落ちようものなら、いくら丈夫なローアと言えども、無事では済まない。
最悪の場合、ローアそのものが破壊され、自分たちがポップスターへ戻る道すら閉ざされてしまう。
(くそ……どうしたら……)
デデデ大王は、拳を握り締める。
その時――
「……ん?」
ふと、何かに気付いたように顔を上げる。
「…………」
そして、しばらく考えた後。
デデデ大王の表情が変わった。
「……そうだ!」
「デデデ大王?」「大王様?」
「まだ、手があるぞ!」
「本当ですか!?」
「ああ!ちょっと待ってろ!!」
そう叫ぶと、デデデ大王は勢いよく駆け出した。
「エッ!?チョ、チョット大王!?」
マホロアたちが驚く間もなく、デデデ大王は部屋を飛び出していく。
一方――
カービィは、シロコに声をかけ続けていた。
「ぽよ!」
いくら声をかけようが、苦しそうな声以外、反応は返ってこない。
更には、どんどんと苦しそうな声になっていく。
宇宙なんてへっちゃらのカービィからしたら、何故急に倒れたのか、なんて分かるわけはないのだった。
「カービィ!」
すると、遠くから聞き覚えのある声が響く。
「ぽよ?」
カービィが振り向く。
扉の方向から、声が聞こえていた。
「そこにいるのか!?」
「ぽよ!」
「ちょっとどいてろ!」
その声が聞こえた次の瞬間。
扉が吹き飛び、デデデ大王が甲板へ飛び出してくる。
甲板に出たデデデ大王は、すぐさま周囲を見渡した。
倒れているシロコ。
そして――開きかけたバッグから顔を覗かせる、きらきらぼし。
それを確認すると、デデデ大王はすぐさまハンマーを船内へ放り込み、片手でシロコを抱え上げた。
そして、もう片方の手でバッグからきらきらぼしを取り出すと――
カービィへ向かって投げる。
「カービィ、昔やった『アレ』をやってくれ!」
「ぽよ?」
カービィは首(?)を傾げる。
「おいおい、忘れたのか!?『アレ』だぞ!俺様と戦った後の!」
その言葉を聞いた途端、カービィの目が大きく見開かれる。
「ぽよ!!!」
力強くカービィは頷く。
「よし、後は任せたぞ!」
デデデ大王は、シロコを抱えたまま船内へ向かって走り出す。
カービィは、その背中を見送った。
そして――
もう一度、きらきらぼしへ目を向ける。
「ぽよ!」
きらきらぼしを、高く掲げた。
「大王様!」「大王!」
部屋へ戻ってきたデデデ大王を、バンダナワドルディとマホロアが迎える。
「結局、どうするンダイ!? コノママジャ……!」
慌てた様子で問いかけるマホロア。
だが、デデデ大王はシロコを担ぎ直すと、自信ありげに答えた。
「大丈夫だ」
「エ?」
「バンダナ。念のため、衝撃に備えておくように皆に話しておけ」
「わ、わかりました!」
バンダナワドルディはすぐに扉を開け、急ぎ足で部屋から出ていく。
「イ、一体何ヲ……?」
マホロアが不思議そうにデデデ大王を見る。
すると、デデデ大王はニヤリと笑った。
「黙って見てればいいんだよ」
「大王様!皆に伝えてきました!」
「よし…」
デデデ大王はモニターを見る。
ブツブツとノイズが走りながらも、モニターにはしっかりと地上が映っていた。
「ホ、ホントに大丈夫ナノ?」
「ああ」
それだけ答えて、デデデ大王はモニターを見続ける。
既に大気圏に突入し、ローアの周りの景色もどんどんと白く、明るくなっていく。
マホロアが、モニターに映る景色を見つめる。
ほんの数分前まで遠くに見えていた地上が、モニター越しでも分かるほどに近づいていた。
「大王様!も、もうすぐそこに……!」
「コノママ落ちタラ、ローアゴト地面ニ激突するヨォ!?」
「大丈夫だ!信じろ!」
デデデ大王が叫ぶ。
ブツ切れのモニターの映像の向こうに広がる地上。
街並みが、景色が、どんどんと大きくなっていく。
「全員!しっかり掴まってろよ!」
デデデ大王が、シロコを抱えたまま船内に響くように声を張り上げる。
その間にも、ローアはさらに高度を下げていく。
地上はもう目と鼻の先。
あと数十秒もすれば地面に激突するだろう。
その瞬間。
「今だ!カービィ!!!」
デデデ大王が耳をつんざくような大声で叫んだ。
「えっ…、はぁ……?」
イオリが声を上げる。
「ふぁああ~…」
その隣では、ホシノが大きなあくびをしながら目をこすっていた。
「どしたの、イオリちゃ~ん…そんな変なものでも見たみたいな…」
「いや…あ、あれ…」
「え?」
ホシノは、イオリが指差した方向を見上げる。
「……えっ?」
その瞬間。
ホシノの表情から、眠気が消える。
そこにあった光景は……
超巨大なピンクの球体が、空に浮かんでいた。
「え、あ、あれって…カービィちゃん……?」
ホシノも思わず声を漏らす。
「なんでアイツが…?」
両者の間に何とも言えない空気が流れる。
だが、その空気は一瞬にして消え去った。
『先生が、皆が、帰ってきたのかもしれない』
「イオリちゃん、アコちゃんに報告をお願い!おじさんはちょっと様子見てくる!」
「あ、ああ!」
ホシノは屋上から飛び降りる。
一方、イオリは校舎の中へと駆け込んでいった。
その足取りは、決して穏やかなものではない。
それでも――
どこか、期待に満ちていた。
イオリはドアを勢いよく開け、息も絶え絶えになりながら風紀委員会室へ駆け込む。
普段なら、これほど息を切らす姿など滅多に見せない。
その異様な様子を見たアコ、チナツ、そしてセイアの表情が変わった。
「……何かあったのかい?」
「もしかして敵襲ですか……!? 急いで風紀委員の配置を……!」
「い、いや、違うんだ……! 実は……」
イオリは、屋上で見たものを三人へ話していく。
「え?はぁ……?」
「イ、イオリ……ダークマターに操られてはいませんよね?」
「本当だって!……あぁもう、この部屋からじゃ見えない!皆こっちに来て!」
「ちょ、ちょっと!?」
「わわっ……!」
イオリはアコとチナツの手を掴むと、そのまま無理やり廊下へ連れ出す。
「ふふっ…無事に戻れたようだね」
そんなことを呟きながら、セイアはその後を追った。
「ほら、見て!」
イオリが空を指差す。
三人の視界にも、桃色の球体が映った。
それは、先ほどよりもさらに地表へ近づいている。
「ほ……本当ですね……」
チナツが、呆然と呟く。
「これは……まるで気球のようだね」
セイアも空を見上げる。
「カービィさん……ですよね……一体、何故……あら?」
チナツが、何かに気付いた。
「カービィさんの下……何かぶら下がっていませんか?」
「え?」
イオリは目を凝らす。
だが、距離があるせいで、どうしてもはっきりとは見えない。
「よく見えないな……」
「あれは……何でしょう?」
「望遠鏡があれば、もう少し詳しく見られるのだが……」
「望遠鏡……ちょっと待っててください!」
アコが突然、風紀委員会室へ向かって走り出す。
「えっ?」
三人が顔を見合わせる。
かと思えば、アコはすぐに戻ってきた。
「えっ……アコちゃん、何それ」
イオリが思わず声を漏らす。
アコが手にしていたのは、まるでバズーカのような大きさの望遠鏡だった。
「行政官……そのようなものが備品にあった記憶が無いのですが……」
チナツが困惑した様子で尋ねる。
しかし、アコは何食わぬ顔で望遠鏡を構えた。
「ヒナ委員長を見r……ゴホン」
一瞬だけ口を滑らせる。
「私物ですので、気にしないでください。それより……」
アコは望遠鏡を覗き込む。
「……あれは……船?」
「船? 海じゃないのに?」
「疑うなら自分で見てください!」
アコから望遠鏡を受け取ったイオリが、同じように覗き込む。
「……ほんとだ」
望遠鏡を覗いたまま、イオリが呟く。
そのままチナツ、そしてセイアへと望遠鏡を渡していく。
「でも……ボロボロですね……」
「海を渡る船……というよりは、宇宙を駆ける箱舟、といった印象だね」
「……あのドラグーンMk-Ⅱとかいうのはどうしたんだ?」
「そんなのはどうでもいいんです!」
アコの声がイオリの言葉を遮った。
「今はあの船のことです!」
アコは再び空を見上げる。
「あの船の中に、ヒナ委員長や他の方々がいるかもしれません!」
「私もそう思う、だから早く向かった方が良いんじゃないか?」
空のカービィを見上げたままイオリが続ける。
「あの方向ですと、落下地点はレッドウィンター……ですかね……?」
「なら、急いでレッドウィンターへ連絡を!」
アコが即座に判断する。
「すぐにレッドウィンターへ向かいます!パトロールに出ている風紀委員にも向かう準備をするように伝えてください!」
「「了解!」」
「くそ……ど、どうしたものか……」
チェリノは窓際に立ったまま、眼下へ視線を落としていた。
窓の下に広がっているのは、いつも以上に騒然とした光景だった。
校舎を取り囲むように集まった生徒たち。
その数は決して少なくない。
彼女たちは口々に不満を叫び、拡声器を手にした者が、その声をさらに大きく響かせている。
『正当な報酬を払えー!』
『あの約束は嘘だったのかー!』
いくつもの声が重なり合い、校舎の中にまで響いてくる。
窓はきっちり閉められている。
それでも、外の騒音が消えることはない。
むしろ、静かな部屋の中にいるからこそ、その声は嫌でも耳に入ってきた。
チェリノは窓から離れることができずにいた。
目の前には、収拾のつかない状況。
頼りにしていた者たちも、今は思うように動けない。
連絡を取ろうとしても繋がらない。
何かを決めようにも、そのための情報すら足りない。
「……トモエ…カムラッド…」
小さく呟く。
「失礼します…書記長、ゲヘナ学園から連絡が……」
その時、背後から声がした。
一人の生徒が、遠慮がちに扉を開けて部屋へ入ってくる。
「今はそれどころじゃない!」
チェリノは振り返ることなく怒鳴った。
「前のように適当に流しておけ!」
「は、はい……!」
生徒は慌てて頭を下げると、足早に部屋を出ていった。
再び、部屋の中に静けさが戻る。
しかし、完全な静寂ではない。
壁の向こうからは、未だに生徒たちの怒号が聞こえている。
「……」
チェリノは再び窓の外へ目を向ける。
思考が、同じところを何度も巡る。
その瞬間だった。
部屋へ差し込んでいた光が――
ふっと、暗くなった。
チェリノは顔を上げる。
最初は、雲で太陽が隠れたのかと思った。
だが、窓から差し込む光は戻らず、むしろ部屋の中が少しずつ暗くなっていく。
何かがおかしい。
そう思ったチェリノは、ゆっくりと窓の外へ顔を向けた。
そして――
「え……?」
言葉が止まる。
目の前に広がっていた光景を、すぐには理解できなかった。
チェリノは何度も目をこする。
それでも、目の前の光景は変わらない。
「…な、なんだ、あれ……」
空に浮かぶ、巨大な何か。
あまりにも大きい。
その存在が太陽の光を遮り、校舎の一部を影の中へと沈めていた。
「書記長!」
その時、再び扉が開いた。
「レッドウィンター上空に、巨大な何かが!」
生徒が息を切らしながら飛び込んでくる。
「そんなもの、見れば分かる!」
チェリノは窓の外から目を離さない。
それほどまでに、その光景は異様だった。
巨大な何かが、空からこちらへ向かっている。
しかも、それは止まる気配を見せない。
ゆっくりと。
だが確実に。
こちらへ近づいてきている。
やがて、校舎の外からも、その存在に気付いた生徒たちの声が上がり始めた。
『なんだあれ!?』
『空から何か来てるぞ!』
『落ちてくる!』
『各員退避ー!!』
先程まで校舎を取り囲んでいた生徒たちの声が、次々と変わっていく。
そして蜘蛛の子を散らすように校庭から姿を消した後、その物体はどんどんと高度を下げていく。
そして、白い雪煙をまき散らしながら地へと着いた。
「うわっ!!」
校舎の窓が一瞬にして白く染まる。
窓に張り付いていたチェリノは思わず後ろにのけぞった。
そして、一瞬にして白い霧が吹き飛んだと思えば、部屋を包んでいた影は無くなり、太陽の光が差し込んでいた。
「……ん」
意識が、ゆっくりと戻ってくる。
重い瞼を開く。
体を起こそうとするが、まだ力がうまく入らない。
ぼんやりとした視界の中、周囲を見渡す。
白い壁。
左腕へと伸びる点滴の管。
そして、一定の間隔で音を刻む医療機器。
……どうやら、病院のようだ。
(ええと……どうなったんだっけ…)
まだ少し頭がぼんやりする。
(確か…ん?)
そんな中、ふと自分の身体の上で、何かがもぞりと動いた。
「……?」
頭だけを少し起こし、視線を落とす。
「ふふっ」
思わず、笑みがこぼれた。
自分の上で、気持ちよさそうに寝息を立てている。
小さなピンク色の球体。
「……カービィ」
そっと右手を伸ばす。
その身体に、優しく触れる。
「ぽよ……」
小さな寝言のような声。
気持ちよさそうに、表情を緩ませる。
「……ん。ありがとう」
それだけ呟くと、再び静かに目を閉じた。
あれから――
様々なことがあった。
先生が帰ってきたことで、キヴォトスには再び活気が戻っていった。
未だに先生は病院で療養しているものの、いつも通りの笑顔を見せてくれている。
レッドウィンターに落下したローアは、当初こそレッドウィンター事務局によって破壊されそうになり、それを阻止しようとしたホシノとゲヘナの風紀委員会で抗争が始まりかけたものの、バンダナワドルディの説得によって何とか事態は収束。
現在は、ミレニアムで修理が進められている。
どうやらエナジースフィア……とかいう、エネルギーの代わりになるものも見つかったようだ。
この調子なら、修理が終わるのもそう遠くないだろう。
そして、校舎が崩壊しかけていたゲヘナとトリニティでも、今なお復旧作業が続いている。
壊れてしまった場所。
残されてしまった傷跡。
それらもまた、少しずつ――
元の姿を取り戻していった。
「おはよう」
「ぽよ……」
カーテンの隙間から差し込む朝の光に照らされ、ゆっくりと目を覚ます。
カービィはまだ眠そうにしていた。
ふと、壁に掛けられたカレンダーへ目を向ける。
今日の日付には――
大きな星のマークが描かれていた。
「……」
それを確認すると、いつも通りに朝食の準備を始める。
「いただきます」
「ぽよ!」
料理が並ぶと、さっきまで眠そうにしていたカービィも途端に元気になる。
いつも通りだ。
食事を終えると、着慣れた制服に腕を通す。
カービィはいつものように、彼女のバッグへもぞもぞと潜り込んだ。
「じゃ、行こっか」
「ぽよ!」
扉を開ける。
自転車にまたがり、ペダルへ足をかける。
そして――
力強くペダルを踏み込み、走り出す。
今日はいつもとは違う方向へと、ハンドルを切った。
「ん、おはよう」
「シロコ先輩、おはようございます!」
「おはようございます☆」
駅に着くと、アヤネとノノミが既に入り口の近くで待っていた。
「ん、ホシノ先輩とセリカは?」
「まだ来ていませんが…時間に余裕がありますし、問題…」
アヤネがそう言い出した、その時。
「早く走って! 遅れちゃうじゃない!」
「うへ~……」
角の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ちょうど着いたみたいですね☆」
すると、息を切らしたセリカが、ホシノを引きずるようにして姿を現した。
「お……おはよう……皆……」
「おはよ~……ふぁああ……」
ホシノは手を振りながら、大きなあくびをする。
「セリカちゃん、まだ時間に余裕があるから、そんなに急がなくても良かったのに……」
「えっ?」
セリカがスマホを取り出す。
そして――再び、ガクリと肩を落とした。
「家の時計がずれてたわ……」
「うへ~、それでそんなに急いでたんだ~」
「ま、まぁ、全員揃ったことですし、行きましょうか!」
「そうですね☆」
「ん」
そうして、六人は改札の中へと足を進めていった。
「どうした? 元気がないな?」
頭の上から、いつものような元気な声が聞こえてこない。
それを不思議に思い、問いかける。
「イブキ、どうかしたの?」
「だって……」
グスン、とイブキは涙を袖で拭う。
「デデデ大王さんと、もうお話できなくなっちゃうんでしょ……? イブキ、寂しくて……でも、デデデ大王さんにも事情があって……どうしたらいいのかな……って」
「イブキ……」
イロハが心配そうにイブキを見上げる。
ヒナも、何と声をかければいいのか迷うように、視線を逸らした。
「……なぁんだ、そんな事か」
デデデ大王は手を伸ばし、イブキの両脇を掴んだ。
そして、自分の顔の前にイブキを持ってくる。
「またそのうち会いに来るさ。その時は、もっとすごい俺様の武勇伝を聞かせてやろう」
「ほんと……?イブキに会いに来てくれる?」
「ああ、約束だ!だからお前さんは、しっかり良い子で待ってるんだぞ、いいな?」
「うん!!」
イブキの顔に笑顔が戻る。
デデデ大王はそのまま、イブキを再び肩車する。
「…相変わらず凄いわね…」
「…え、えぇ…この点においては先生以上かもしれませんね…」
その光景を、ヒナとイロハは何とも言えない表情で見ていた。
校舎の外へ出る。
そこには、まだ瓦礫が積み上がり、戦いの傷跡が残る校舎があった。
だが――
その姿は、以前よりも幾分か原型を取り戻していた。
「ヒナ委員長、デデデ大王さん、お待ちしておりました」
車の傍で待機していたセナが、装甲車のドアを開く。
「待たせたわね」
「すまんな……っと」
デデデ大王とヒナは、後ろから車へ乗り込む。
「本当は最後までお見送りしなきゃなんですがね……」
「まぁ、今回はマコトの言い分も分かるわ」
ゲヘナ学園が再び脅威に晒されるかもしれない状況で、イブキを外に出すわけにはいかないと、マコトから厳しく言いつけられている。
イロハ曰く、イブキが行きたいと言っても、普段のマコトからは考えられないほど真剣な表情だったという。
そのため、最大限の譲歩として許されたのは、校庭までの見送りだけだった。
「では、お元気で」
「またねー!イブキ、待ってるから!」
「おう!またな!」
装甲車のドアが閉められる。
「出発します」
車が走り出し、校門から離れていく。
その姿を、見えなくなるまで――
イブキはずっと手を振っていた。
「……」
「……」
両者の間に、言葉はない。
聞こえてくるのは、風の音。
風に揺れる草木の音。
そして、小鳥たちのさえずり。
どれも騒々しいものではない。
むしろ、心を落ち着かせてくれるような、穏やかな音だった。
ふと一羽の小鳥が、肩へと止まる。
だが、それを気にする様子もなく、静かに佇んでいた。
「……む」
その穏やかな音の中に――
コツ、コツと、別の音が混ざる。
「メタナイトさん、車の準備が済みました」
「ナギサ殿か」
メタナイトはベンチから立ち上がり、肩に止まっていた小鳥が飛び立つ。
そして、再びマントを体に巻き付けた。
「何から何まですまないな……」
「いえ。メタナイトさんはお客様なのですから……それに、トリニティを一度ならず二度も救っていただいた方なのですよ?」
「かくいう私も、ナギサ殿には助けられたのだがな……」
「ふふっ」「ふっ……」
二人の声に、自然と微笑みが混ざる。
そんな二人の様子を見ながら、隣に座っていたセイアが口を開く。
「さて。では、行こうか」
「そうですね」
「うむ」
三人は並んで歩き始める。
その歩みは、どこかゆっくりとしていた。
「そういえば、ミカ殿の姿が見えないが…」
「あぁ……」
セイアは少しだけ呆れたように息を吐く。
「どうせ今日も、先生のところに行っていることだろう。まぁ、奉仕活動は終えてあったから問題ではないがね」
「またですか……」
ナギサは困ったように眉を下げる。
「ご迷惑をおかけしていなければいいのですが……」
「……まぁ、今に始まったことではないからね」
「そうですが……」
三人はそんなことを話しながら、ゆっくりと歩みを進めていった。
ティーパーティーの庭を抜けるとその先には、数人の生徒と一台の車が用意されていた。
三人の姿に気づいた生徒たちは、目が合うと同時に深々と頭を下げる。
メタナイトも足を止め、それに応えるように静かに頭を下げた。
「ハスミ殿、それにミネ殿。二人には世話をかけた」
「いえ……私としても、メタナイトさんには助けていただきました。感謝してもしきれません」
「傷の方は大丈夫だと思いますが、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
「ああ。善処する」
短いやり取りを終えると、セイアが車へと歩み寄る。
「さて、と。二人とも、乗りたまえ」
そう言って、運転席のドアへ手をかけた。
――その瞬間。
「心遣いありがとうございます、セイアさん」
ナギサの手が、セイアの肩に置かれた。
「ですが、今回は他の方で運転をしてもらいますので、大丈夫ですよ」
「……?」
セイアが振り返る。
いつも通りの丁寧な言葉遣い。
いつも通りの穏やかな笑顔。
……なのだが。
その表情には、どこか余裕がなかった。
「何を言っているんだい? 前にシャーレに行った時も私が運転したじゃないか」
「本当にお願いします。本当に……」
「ナギサ――」
「本当にお願いします……!」
ナギサはセイアの肩に両手を置き、懇願するように力を込める。
「今回は、どうか……!」
セイアはナギサの顔をじっと見つめる。
「……はぁ」
そして、諦めたように息を吐いた。
「まぁ、偶には乗る方も乙なものか」
「そうですか……!」
その言葉を聞いた瞬間。
ナギサの顔が、ぱぁっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「む?」
その様子を見ていたメタナイトが首を傾げる。
「何かあったのか?」
「いえ! 何もありませんよ!!」
ナギサは勢いよく振り返った。
「お二人とも、さぁ! 車にお乗りください!」
そして、まるで何事もなかったかのように車のドアを開ける。
「う、うむ……?」
メタナイトは今ひとつ事情を読み取れないまま、車へ乗り込んだ。
「まったく……」
セイアはやれやれと肩をすくめながら、その後に続く。
ナギサも急いで車へ乗り込む。
すると、運転席から声が聞こえた。
「出発します」
三人を乗せた車は、ゆっくりと走り出す。
そしてトリニティの校舎から、ゆっくりと離れていった。
『今日の配給は、いつもの水増しプリンじゃないぞー! トリニティの本物のプリンだ!!!』
「「「わああああああ!」」」
そんな歓声が、校舎中に響き渡る。
廊下の向こうから聞こえてくる歓声を気にする事なく、ノドカはバッグに荷物を詰めていた。
「ノドカ、準備できた?」
「ちょっと待ってー!」
ノドカは部屋の中央に置かれた大きなバッグへ、次々と荷物を詰め込んでいく。
本校舎の方で過ごしている間に増えてしまった荷物は、思っていた以上に多かった。
「あと……少し……!」
最後の荷物を無理やり押し込む。
バッグが大きく膨らむ。
「んんん……!」
力いっぱい押し込み、ようやく留め具が繋がった。
「ようやく入った…」
ノドカは満足そうに胸を張る。
そして、そのまま巨大なバッグを背負った。
「よいしょっと……」
ずしりと肩に重みがかかる。
「はぁ……もう、ここともおさらばかぁ……」
ふと、ノドカは部屋を見渡した。
ここで過ごした時間は、決して長くはなかった。
だが、暖かい風呂やシャワー、毎日配給される食事、ふかふかのベッドやソファ、いつでも快適な暖房設備。
「ノドカも贅沢を知っちゃったねぇ」
「うぅ…なんで私達は戻らなきゃいけないのぉ…」
しみじみと呟く。
「……あれ?」
ふと、ノドカは顔を上げた。
「そういえば、バンダナくんは?」
「あぁ、バンダナくんなら……」
「こちらへ」
「ありがとう!」
丁寧に扉を開けられ、導かれるように部屋の中へ入っていく。
部屋の壁には大きな絵画が飾られている。
その前で、白い髭を撫でながら絵を見上げている少女がいた。
「来たか」
「チェリノ!この頃あんまり見かけなかったけど…元気だった?」
「うむ!問題ない!」
チェリノは振り返ると、握りこぶしを作って力強く胸を張った。
「クーデターをいくら起こされようが、おいらの権威は何者にも劣らん!」
そして、高々と拳を突き上げる。
その姿を見た部屋の入り口の生徒が、ぱちぱちと拍手を始めた。
それにつられるように、バンダナワドルディも頭の上で小さな手をぱちぱちと叩く。
「……うむ!」
チェリノは満足そうに頷いた。
「……さて」
ひとしきり満足したところで、チェリノは改めてバンダナへ向き直る。
「本日、バンダナを呼んだのは他でもない。お前に渡したいものがあるからだ」
「僕に? なんだろう?」
何かを期待するように、バンダナワドルディの目が輝く。
「アレを持ってこさせろ!」
「はっ!」
チェリノが指示を出すと、入り口で待機していた生徒がすぐさまどこかへ連絡を始める。
バンダナワドルディは何が来るのか分からず、きょろきょろと部屋の中を見渡した。
チェリノはそんな彼の様子を、どこか得意げな表情で眺めている。
やがて、再びノックの音が響いた。
「失礼します!」
扉が開かれる。
そこから現れた生徒が、大切そうに一つの細長い箱を抱えていた。
その箱は丁寧に包装されており、中に何が入っているのか外からは分からない。
「どうぞ。お受け取りください」
「ありがとう!」
バンダナワドルディは箱を受け取る。
ずしりとした重みを感じながら、興味深そうに箱を見つめた。
「バンダナよ、今ここで開けてみろ」
「え?いいの?じゃあ、お言葉に甘えて……」
バンダナワドルディは慎重に包装を解いていく。
そして、ゆっくりと蓋を開いた。
「こ、これは……!」
箱の中に収められていたものを見た瞬間、目を大きく見開く。
「前に、槍を無くしたと言っていただろう?」
ダークマターの星で気が付いた時には、槍は無くなっていた。
思い入れがある槍だっただけに、バンダナワドルディは少しだけ落ち込んでいた。
バンダナワドルディは、恐る恐る新しい槍を手に取る。
手に馴染むように作られた柄。
握りやすい太さ。
鋭く、何でも貫きそうな穂先。
そして――
柄には、真っ赤なリボンが結ばれていた。
そこには、レッドウィンターの校章が誇らしげに彩られている。
バンダナワドルディは、しばらく言葉を失った。
その瞳には、槍の姿がきらきらと映っている。
「我がレッドウィンターの技術を結集させて作った、バンダナ専用の槍だ!」
チェリノはフフン、と鼻を鳴らす。
「すごい!!」
バンダナワドルディは槍を両手で抱え、嬉しそうに声を上げた。
「そうだろう、そうだろう!」
チェリノはますます得意げになる。
そして――
「おいらとバンダナの、友情の証だ!」
「……!」
バンダナワドルディは、槍をじっと見つめる。
真っ赤なリボン。
レッドウィンターの校章。
それを見れば見るほど、ここで過ごした時間が思い出される。
…決していい思い出だけではなかったけれど。
やがて、満面の笑みを浮かべてバンダナワドルディは顔を上げた。
「ありがとう、チェリノ!」
「うむ!」
その声は、部屋の中に明るく響き渡った。
部屋の外から、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「バンダナくーん!」
「そろそろ行く時間だよー!」
扉が開き、シグレとノドカが顔を覗かせた。
ノドカは大きな荷物を背負い、シグレも出発の準備を済ませている。
「あっ、シグレ! ノドカ!」
「もうみんな待ってるよ」
「うん!」
バンダナワドルディは槍を大切そうに抱え直す。
そしてチェリノへ向き直った。
「それじゃあ、チェリノ!」
「うむ。気をつけて帰るのだぞ!」
「うん!またね!」
「またいつでも来るとよい!」
バンダナワドルディ、シグレ、ノドカ。
三人が部屋から出ていく。
扉がゆっくりと閉じられ、部屋には、チェリノ一人が残った。
「……ふふん」
チェリノは満足そうに鼻を鳴らす。
「我が友の門出を祝う、最高の贈り物だったな!」
窓の外では、雪が静かに降り続いている。
その穏やかな光景を眺めながら、チェリノは先ほどの槍へと思いを馳せた。
チェリノが満足そうに胸を張った、その瞬間。
「っ!?」
突然、窓の外から爆発音が響き渡った。
部屋の窓がビリビリと震える。
チェリノの髭が、揺れて床に落ちた。
「あっ!…………何事だ!」
髭を拾い上げ、窓の外を見る。
その向こうでは、煙がもうもうと立ち上っていた。
さらに遠くから聞こえてくる、怒号。
『チェリノ会長を許すなー!!』
『槍を作った分の報酬はどうなってるんだー!!』
チェリノの表情が固まった。
「……む、すっかり忘れていたな…」
額に一筋の汗が流れる。
『たった三日で槍を作らせるなー!』
『要求が多いんだよ!』
雪の降るレッドウィンターに、生徒の怒号が響き渡る。
こうして――
バンダナワドルディたちが去った直後。
レッドウィンターでは、いつものようにクーデターが始まったのだった。
「サテ、ト」
マホロアはローアを見上げる。
「シッカシ……アノ状態カラ、よくここマデ直せたネェ……」
ダークマターの攻撃を受けたローアは、致命傷こそ免れたものの、各所にいくつもの損傷を抱えていた。
それを修復するため、マホロアは知識を共有した。
とはいえ――
「ボクがイロイロ教エタとはイエ、こんなに早ク直せルトハ思ッテなかッタヨォ」
ローアを見上げながら、マホロアは感心したように呟く。
自分一人では、とてもここまでの修復はできなかっただろう。
「ウタハ達ニハ、感謝しないトネェ……」
そんなことを考えていると――
「マホロアー!」
遠くから、騒々しい足音が聞こえてきた。
どたどたどたどた、と。
その音はどんどん近づいてくる。
やがて、廊下の向こうから四つの影が姿を現した。
「はぁ……はぁ……」
その中でもユズは、今にも倒れてしまいそうなほど息を切らしている。
「ヤァ、皆揃ッテドウしたンダイ?」
マホロアは振り返る。
「マダ大分早い時間だケド……」
4人はマホロアの前で止まる。
「えっとね…」
「実は、マホロアにプレゼントがあるんです!」
「エ、ボクニ?」
思わずマホロアの目が丸くなる。
「これ!受け取って!」
モモイから差し出されたのは、一つの箱だった。
「箱?コレ、開けテミテモイイ?」
「うん!」
マホロアは箱を受け取ると、興味深そうに蓋を開ける。
「ン?」
中に入っていたのは、一つの小さなゲーム機だった。
「コレハ……ゲーム?」
「はい!」
アリスが嬉しそうに手を上げる。
「アリス達とマホロアとの思い出を、ゲームにしました!」
「短い間でしたけど……楽しかったから」
ユズが続ける。
「こうして形にしようと思ったんだ!」
「アリスちゃんが考えたんだよね」
ミドリが微笑みながら言う。
「はい!マホロアの仲間にも色々と聞いて、なんとか完成しました!」
「スゴイジャン!」
マホロアはゲーム機を両手で持ち、様々な角度から眺める。
小さな画面。
ボタン。
そして、そこに込められたたくさんの思い。
それが分かるほど、マホロアの表情は少しずつ柔らかくなっていった。
「今度また、いつか来るんでしょ?」
モモイが笑顔で言う。
「その時に、感想教えてよ!」
「ウン!」
マホロアはゲーム機を大切そうに抱える。
そして――
にっこりと笑った。
そこには、嘘も偽りもない、ただ嬉しいという気持ちだけが、まっすぐに表れていた。
「ミンナ!アリガトウ!」
…だが、マホロアはまだ知る由もない。
1日後には台パンを連続する程このゲームがクソゲーだということは……。
2時間後。
それまで5人しかいなかったローアの周りには、いつの間にか各校から集まった人々が増えていた。
別れの時間が近づいている。
だからこそ、誰もが最後の時間を惜しむように、それぞれが、それぞれと、それぞれの時間を過ごしていた。
「ぽよ」
「どう? ヒナちゃん、癒されない?」
「……」
ヒナと見つめ合うカービィ。
ヒナは目の前にいるピンク色の生き物を、しばらくじっと見つめていた。
ぷに。
「……」
ぷにぷに。
「……ま、まぁ確かに……分からなくもないわ」
カービィの柔らかな体を指でつつきながら、ヒナが小さく頷く。
「そうでしょ~?」
「でも……新鮮味がないわね」
「えぇ?どうして?」
「毎日のようにあなたが写真を送ってくるもの」
「あっ」
ヒナの即答に、ホシノは少しだけ気まずそうに笑った。
「……あはは」
そんな二人を、カービィは不思議そうに見つめていた。
「アレ、メタナイト?」
「どうした?」
「イヤ……仮面、新しくシタノ?」
「!?」
マホロアの言葉に、メタナイトの体がギクリと揺れる。
「い、いや。以前のままだが……」
「アレ、ソウ?」
マホロアはじーっとメタナイトの仮面を見る。
「見間違イカナァ……。仮面が少シ小サクナッタようニ見エタンダケドナァ……」
「……気のせいだろう」
「ソウカナァ?」
「気のせいだ」
妙に必死なメタナイト。
その様子を見ていたマホロアは、少しだけ首を傾げた。
「フーン……?」
何かを察したような、察していないような表情を浮かべる。
その後も、一緒にカービィが作った料理を食べたり。
みんなでゲーム大会を開いたり。
「デデデ大王とカービィのどっちが強いの?」
そんなモモイの何気ない疑問を――
「「何だと!?」」
デデデ大王が本気で受け取ってしまったり。
「俺様に決まっているだろう!」
「ぽよ!」
「なんだと!?カービィ!?やるか!?」
「ぽよ!」
「ちょ、ちょっと待って二人とも!ゲームの話だよ!?」
気がつけば、ゲーム大会はいつの間にか二人の勝負へと変わっていた。
そんな騒がしい時間も――
楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
ふと空を見上げると、太陽はすでに傾きかけている。
夕暮れの光が、ローアとその周りに集まった人々を優しく照らしていた。
「……もう、こんな時間なんだ」
誰かがぽつりと呟く。
別れの時が、近づいている。
また会えることは分かっている。
きっと、いつか。
けれど――
それがいつになるのかは、誰にも分からない。
本来なら、交わることなどなかったはずの二つの世界。
そこに暮らす人々が、こうして同じ場所に集まり、笑い合い、語り合い、そして別れを惜しんでいる。
交わることのないはずだった二つの世界の間には、確かに『絆』が生まれていた。
「またね、カービィ」
「おじさんのこと覚えててね~」
「次会う時は、もっと美味しいお菓子を用意して待ってます☆」
「また何時でもいらしてください!」
「ま、まぁ、また遊んでやってもいいけど……」
「素直じゃないですねぇ~、セリカちゃん☆」
「う、うるさい!」
そんなやり取りをしながら、みんながカービィへ手を振る。
「ぽよ~♪」
「……あぁもう、急に来ないでってば!」
「そうだ嬢ちゃん」
デデデ大王が、ふと思い出したように声をかける。
「カスミに伝えてほしいことがあったんだった」
「カスミに?」
「今度わしの国で温泉を掘ってくれって伝えておいてくれや」
「はぁ……」
呆れたようにため息を漏らす。
「まぁ、伝えておくわ」
「助かるぜ!」
デデデ大王は豪快に笑う。
「嬢ちゃんも元気でな! 今度会う時はリベンジマッチしようぜ!」
「考えておくわ」
「メタナイトさん、お元気で」
「またいつでも来るといいさ」
「……あぁ」
「また皆と茶会をできるのを楽しみにしている。今度は私の国の茶葉を持ってくるとしよう」
「ふふ、それは楽しみです」
「またね、マホロア!」
「まだゲームしようね」
「今度はマホロアの星のゲームを知りたいです!」
「私も気になる……!」
「ウン!」
マホロアは笑顔で頷く。
「沢山あるカラ、楽しみに待っテテネ!」
「バンダナ君、元気でね」
「また一緒に天体観測しようね!」
「うん!」
バンダナワドルディは元気よく頷く。
そして、少し考えると――
「……そうだ!次会う時に色々お土産持っていくよ!フルーツとかさ!」
「良いねぇ。楽しみにしてるよ」
やがて――
「サァ、ソロソロ出発シヨウカ」
マホロアがローアへ視線を向ける。
「あぁ!」「そうだな」「はい!」「ぽよ!」
一人、また一人と、ローアの中へ入っていく。
最後にカービィが入ろうとしたその時。
カービィが振り向き、シロコを見る。
「しろこ~!」
たどたどしい言葉でシロコを呼んだ。
「!」
ふと、熱いものを瞳に感じる。
「ん、またね!」
「ぽよ!」
カービィが機内へ姿を消す。
ローアの入り口が閉じられる。
そして、機体がゆっくりと浮かび上がった。
「またねー!!」
地上から、次々と声が上がる。
皆が手を振る。
ローアもそれに応えるように、ゆっくりと空へ昇っていく。
やがて――
ローアのエンブレムに、光が灯った。
その光はエンブレムから離れると、ローアの前方へとふわりと浮かび上がる。
そして――
星型のゲートが、空中に現れた。
「……!」
その場にいた者の多くが、それを知っていた。
ローアはそのゲートへと近づいていく。
そして――
眩い光を放った。
「……」
次の瞬間。
ローアの姿は、光の向こうへと消えていた。
それと同時に、星型のゲートもゆっくりと小さくなっていく。
やがて完全に閉じられ――
そこにはもう、何も残っていなかった。
夕焼けの光と。
その場を静かに吹き抜ける風だけが残っている。
「……帰っちゃったね」
「はい」
「でも、大丈夫です!」
「また会えます!」
腰元へ手を伸ばす。
そこには、二つのキーホルダーが揺れていた。
一つは、ロボットの形をしたもの。
もう一つは――赤い欠片。
夕焼けの光を受けて、二つのキーホルダーが小さく輝く。
「だって……」
キーホルダーが、風に揺れる。
「アリス達は――」
ほんの少しだけ間を置いて。
笑顔で言った。
「友達ですから!」
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「いやはや……素晴らしいものを見せてもらいましたねぇ」
消えていったローアを遠目に見つめていたスーツの男は、静かに双眼鏡を下ろした。
「やはり……この世には、まだ私達の知らない神秘が眠っている……」
口元に、わずかな笑みを浮かべる。
「今度は、何を見せていただけるのでしょうか……」
夜空を見上げながら、男は楽しそうに呟いた。
「楽しみですねぇ」
そう言うと、その男は背後に広がる闇夜の中へと消えていった。
桃色の軌跡 完
ここまで長い間、お付き合いいただき本当にありがとうございました。
誤字や脱字も多く、拙い文章ではありましたが、最後までこの物語を読んでいただけたこと、そして少しでも楽しんでいただけたのなら、これ以上嬉しいことはありません。
自分が好きな「星のカービィ」、「ブルーアーカイブ」のクロスオーバー小説を書こう、と軽い気持ちで書き始めた頃は、まさかここまで長く続き、そして最後まで書き切ることができるとは思っていませんでした。
それでも、こうして最後まで物語を紡ぐことができたのは、読んでくださった皆様の応援があったからこそです。
感想をくださった方、応援してくださった方、そして最後まで読んでくださった皆様。
改めて、本当にありがとうございました!
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!!
...実はこの最終話は2話に分割する予定だったのですが、たまたま86(HAL)話になってしまったため、これは無駄にできない!と詰め込んだためこんな長くなってしまいました...
※番外編や、ローア着陸~お別れまでの間のお話をいくつか書く予定です。
よろしければ、そちらもお付き合いください!
銀髪の坊ちゃんが来るかも...なのネ