なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー! 作:青い方のカンテラ
――ガリバー初期E.G.O. 理想鏡
暗い森
黒い空。冷たく、押し寄せてくる波。
凍えて使い物にならない身体。沈んでいく船。
「あ……が……」
子供は助けを求めるように手を伸ばしたんだ。
「……っ!! 夢か……」
意識が戻り、現在の時間に引き戻される。他の囚人たちもざわめきながら自分の身体を見回しているが、彼にはどうやらそんなことよりも重要なことがあったらしい。
「ダンテ!? ダンテ、ダンテじゃないか! どうして……いや、そうか。そうだった。」
付近で倒れていたのは、なんと頭が時計にすげ変えられた人間。その姿を認めた瞬間、灰色の男の脳内で電気信号が弾け、そして夢に囚われていた記憶が現実……いや、都市のものへ上書きされていった。
鈍い音。続いて衝撃。
颯爽とバスから降りていく白髪の女と悪態をついたり伸びをしながら降りていく他の囚人たちを横目に、灰色の髪の男は冷や汗を垂らしながらゆっくり、一歩ずつバスの階段を降りていく。
信じられないといったように、そして内心渦巻く恐怖を勇気と希望で無理やり覆ったように。
「……0−1、暗い森……」
震えた声で、真っ青な唇から彼らが知っているはずのない言葉が滑り落ちてくる。
彼はそっと瞳を伏せ、覚悟を決めたように頬をパンっと叩いた。
彼がようやっと降り終わった頃にはもう既に契約は始まっていたようで、首から上が赤い時計にすげ変わった者がカチコチと激しく音を鳴らしているのが耳に入った。
「心配しないでください。本当に心臓を使えなくなったわけではないですから。これで契約は完了しました。」
白髪の女性が本当に安心させる気があるのか不安になるほど単調な声で時計に話し掛けている。
「ダンテ、これで私達はあなたの時間に帰属するようになりました。」
<それってどういう……。>
「これから、私達の心臓の動止はあなたの時刻がどこに位置するかに懸かっています。よろしくお願いします。」
<私たち……?>
時計が困惑したような声(?)色でそう言っているのが、たしかに耳に入る。先程まではカチコチという音にしか認識できなかったものが意味のある言葉に変換される。
「……一体どういう原理なんだ? こりゃ。確かにさっきまではカチコチとしか聞こえなかったのに……。」
灰色の髪の男の呟きは風に流れて消えていく。代わりに、夕日のような女が白髪の女にたっぷりの疑念で飾られた言葉が贈られた。
「本当にこれでいいんですか?」
その会話に水を差すように男がボソボソと答えた。
「林檎―玉が落ちたり。」
「……この人さっきからずっと変なことばっかり言ってる。」
空気がにわかに弛緩する。その隙を逃さんとばかりに背の高い女がうーんと伸びをした。
「うぅ〜ダルい! もう動いていいんだよね?」
「せめて行動する前に聞けよ……。」
思わずといった体で灰色の男が口を開いた。その表情には“呆れています!”という感情が口調よりもありありと表現されていた。
「まぁ、体をほぐすのも悪くはないだろうな。」
虫の腕の男が独り言のつもりかそう言い放つ。灰色の男は首をすくめたが、特に反対はしなかった。
「哀れに転がっているあれは何だ? 私達の最後の隊員になる者か?」
短髪の女がそう尋ねると、先程の男があー、うー、と唸り虫ではない方の手で頭をガシガシと掻いた。
「あぁ……言葉には気をつけたほうがいいと思うな……俺達の上司になる方だってよ……。」
女は慌てて言い訳を探すように視線を彷徨わせたが、幸いなことに肝心の上司は先程からそんな言葉も一切耳に入らないほど白髪の女性との会話に夢中だ。そんな彼に灰色の男はつい苦笑いを浮かべる。
「ま、そんなことは後で謝ればいいじゃないか。今は眼の前のあいつらをどうにかしようぜ!」
「そ、そうだな。と……コホン、なんと呼ぶべきか。」
「ダンテじゃないか? さっきファ……あの色々デッカい人がそう呼んでたし。」
「そうか……よし、お前の案を採用する! ダンテ様、戦闘命令を下してください!」
ウーティスがそう意気揚々と叫んだのとは対象的に、虫の腕の男が冷ややかな目で静かに呟いた。彼はどうやらあの女が気に入らないらしい。
「命令なんて要るか? 個人戦くらいしかなくないか?」
突然、夕日のような女が慌てて叫んだ。虫の男の発言を止めようとしたのだろうか。
「あぁっ!? あ、あの!」
「なにゴチャゴチャ言ってんだ! 全部ぶっ壊せばいいんだろ!」
傷だらけの男が苛ついたように舌打ちしてそう言い放つ。
次第に混沌となっていく空気の中、ファウストがどことなく疲れたような表情でダンテに向き直った。
「……最善を尽くしてください、ダンテ。」
<……他に方法があるわけでもないし。>
「アハハ……頑張れ、管理人!」
灰色の男がそう空虚に笑うやいなや、獅子、狼、豹の三人はそれぞれの武器に光る輪のようなものを出現させた。重苦しい殺気が辺り一帯を覆う。
まず真っ先に切り込んだのは傷だらけの男。彼は手に持ったバットを振り回し、果敢にも殺気立った獣三人へ叩きつけようとした。
「……。」
まず一人。彼の振り回している金属製の棍棒がもたらすはずの結果は、代わりにその主人にもたらされた。
次に彼らのもとへ向かったのは堅苦しく髪を固めた男。彼が拳を振り上げている間に心臓が串刺しにされた。
それから金髪の女がランスごとバラバラに切り裂かれ、長髪の男は縦横十文字に切断され、その他の者たちも見ていていっそ気持ちいいくらいの殺されっぷりを見せつけた。
「理解できないな。こんなやつらに獅子がやられたって?」
まさしく豹の言うとおり、彼らは実にあっけなくやられていった。ヒーローショーの悪役のほうがまだまともに戦えると形容できそうなほどに。
「その、なるべく痛くないよう……に。」
灰色の男がぎゅっと目を瞑った次の瞬間、彼は空高く身体……いや、首が飛び、ドサッという音と共に彼の意識は暗転した。
そうして時計が回り、彼は今ここに居る。
「…ダンテ、管理人。」
倒れて気絶するほどの激痛。どれほどのものか想像することすらできないが、これから自分はそれを眼の前の人間に背負わせるのだ。12人ですら過大なソレを、それも13人分も。
「…やっぱ早く帰らないとかぁ。」
はあぁぁと彼は大きくため息を吐いた。
帰り道は分からない。リンバス社もどこまで頼りになるか分からない。それでも自らの故郷はたしかに存在していて、帰ることができると分かっているなら。彼は絶対に帰らないといけないのだ。
この地獄に彼の席は用意されていないが故に。
「さっきからため息ばかりついて…。そんなにハアハア言っていたら、幸運どころか人間も逃げていきますよ。」
「…イシュメール?」
彼の眼の前にはいつの間にか夕日のような女が立っていた。
「うん?私の名前を一体どこで…」
「あ、え、えっと…」
灰色の男は慌てて両手を上げて、目をあっちこっちに彷徨わせた。そしてその視線が一点に固定された瞬間、救いを見つけたように瞳をぱぁと輝かせた。
「な、名札!名札に名前が書いてあったからな!あらかじめ全員分の名札を見ててさ、それをなんとなく覚えてたのさ。」
「あぁ、なるほど。とにかく、もうこんな陰気臭いため息はやめてください。こちらまで憂鬱な気分になるので。」
彼女は納得がいったように頷くと、愛想のない忠告を吐き捨ててバスの方向へと消えていった。それを見届けた灰色の男は注意深く周囲を見回して、誰も自分の方に関心を向けていないことを念入りに確認した後、ずるずるとその場に崩れ落ちる。
「…ど、どうにか誤魔化せた…。」
あぁ、生きた心地がしなかった。彼はそう吐き捨てて、夕日のような女と同じ方向に目を向けた。
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