なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー! 作:青い方のカンテラ
「ここにまた来ることになるとは思いませんでした。」
ユーリが階段を降りながら、誰に言うとも無く吐き捨てた。
「通常、ロボトミー支部はいくつかの階層で構成されています。そして、それぞれの階層ごとに主となる幻想体が存在するでしょう。」
「それって…さっき言ってた終末カレンダーがどうたら、みたいな連中のこと?」
ファウストは彼女の問に首肯だけで答える。そして何か続けようと口を開いたが、その前に賢しげな表情で会話を聞いていたウーティスが割り込んできた。
「主要敵軍が各階層ごとに一つは存在するということか。敵を背にして前進するような馬鹿げたことはできないから、結局はその階の幻想体を片付けるしかないな…。」
「ファウストが言うべきことを奪ってしまいましたね。」
残念そうにファウストが呟くと、イサンがにわかに首を傾げた。
「言の葉を言わずとも思う様を告ぐことあたわば、より理想的なるものなからずや?」
「イサンさん、ファウストさんもお喋りが好きなんだと思うぜ?」
ファウストはむっつりとした様子で黙り込んだ。彼女の耳がどことなく赤いのは、おそらくカンテラの明かりや薄暗い蛍光灯による見間違いなどではないだろう。
彼らが雑談をしながら階段を降り終わると、闇の中で陰鬱な表情をした敗残兵がひとり現れた。
昔はかなり高い階級だったようで、古びてはいるが未だテカテカと光っているバッジが見える。
「…グレゴール課長?」
顔がないのでいかんせんその感情を推し量るのは難しいが、声色からしておそらく驚いていたのだろう。彼は緩慢な仕草で頭をあげると、まじまじとグレゴールを長い事見つめた。
たっぷり時間を開けてグレゴールは薄ら笑いを浮かべる。
「あんたの顔にはなんだか思い当たる節があるな。何で見覚えあるんだ?」
「…君の部長だった。」
もし彼が虫の頭を持っていなければ、彼はさぞ苦々しい笑みを浮かべていただろう。
「1人で逃げたのみならず。昔の戦友であり、私の部下でもあるやつらまで今や殺したか。」
「おい、戦争は10年前に終わってるぞ。まだ兵隊ごっこから抜け出せてないのか?」
「終わった? 何も終わってないぞ。何も終わってないんだ…。」
部長は声を荒げた。しかしどんなに恨みがましく、ぞっとしない声色でも、グレゴールは眉一つ動かすことなく部長と目を合わせ続けた。
「G社から逃げて君の戦争は終わったかもしれないけどな。私たちは未だ戦争の真っ只中に立ち続けている。」
突き刺すような目線が空間を貫いた。部長は矢を引き絞った弓のように目を細めて正面の虫を射抜いている。それを真正面から受け止めたグレゴールは表情を暗くさせて何か言おうとしたが、その間にガリバーが割り込んで無理矢理会話の主導権を奪った。
「穏やかじゃないな。PTSDは結構だけど、その戦争にできれば俺たちを巻き込まないでくれると嬉しいなー…、なんて…。」
グレゴールがガリバーを手で制した。まるでそれ以上言うなというように。
「俺だってそんな変わらないさ。こんなことで同意したくなかったんだけど。」
「…そっか。」
彼は大人しく引き下がることにしたらしい。そのまま黙って半歩下がった。
「それなら分かってくれないとな、課長。戦場で裏切り者に下される結論はいつも同じだ。」
「それっぽいこと言ってるけど…復讐のための即決処刑は社則違反だよ、部長の旦那。」
両者の間に火花が散る。気がつけばお互いに武器を抜いている一触即発の状態になっていた。
それにも関わらず、ガリバーはわざわざ管理人の側まで相手を刺激しないよう慎重に下がってきた。
何か伝えたいことがあるのだろうとダンテは耳を傾ける。
「初めての精鋭戦闘だな。」
<精鋭戦闘…?>
「そ。集中戦闘とは違って指示の幅が狭いんだ、いざというときのE.G.O.は頭に入れておくのが得策だぜ?」
<分かった。他にはある?>
「そうだな…。あ、マッチが取れなくなったらE.G.Oの他にも共鳴を意識しろよ。あれはただパッシブを発動させるだけじゃなくて、なんと攻撃レベル上昇がついてくるんだ! 不利が均衡になるかもしれないから狙っていこう。」
彼はダンテからの胡乱げな視線も気にせず続けていく。
「でも共鳴だけだと強化倍率にはバラつきがあるのさ。これを全部マックスで固定してくれんのが完全共鳴。忘れがちな仕様だが…あえて気にするほどでもないな。さ、説明は一旦このあたりでやめておこうか。会話パートばっかも疲れるだろ。」
ガリバーはニッと笑ってカンテラを構えた。
「四の五の言わずにやってみようぜ! やり直しは効くんだから。ダンテ管理人、すまんけど頑張ってくれ!」
<ちょっと!? し、死なないでよー!>
ダンテは慌てながらも囚人たちと目を合わせた。イサン、ガリバー、イシュメールの三人の姿が変わる。
「ひゃー…あれがG社の残党かぁ。実際に見るじゃ迫力が違うね。」
「ふむ。」
目の前の相手に対しイサンがその視線を頭から爪先まで滑らせる。弱点看破はセブンの十八番だ。
「およそ知らえぬ。」
「よしきた!妨害の方は任せた!」
その掛け声と共にガリバーが駆け出し、腰の剣を抜き放つ。狙うはやはり大将首。しかし流石G社部長の座は伊達ではなく、拙い猛攻を蛇のようにするすると回避していく。
「クソ!」
大ぶりの一撃も容易く回避され、彼の指揮を通す暇を与えそうになった瞬間。
部長がガクッと崩れ落ちる。
「あ、アンタ…」
長年に渡る栄養失調や環境の悪さ、そして10年にも渡るブランクが彼の腕を鈍らせた。そのことを察してガリバーが表情を曇らせる。しかし、不快そうな怒号が響いて彼は落としかけた剣を再び握り直した。
「同情するな!!戦場では命取りだぞ!!」
その言葉が言い放たれるやいなやガリバーの背中が斬りつけられた。部下たちの攻撃だ。イシュメールの咎めるような視線も突き刺さったからか、申し訳なさそうに笑みを浮かべて彼は片手を上げた。命に関わる怪我ではないらしい。
すう、とガリバーが深く息を吸う。
「管理人ー!俺たちの仕事はコイツの足止め、だよな!?」
<うん。
「サイッコーに適してる判断だぜダンテ管理人!雑魚処理の進捗は!?」
<まだまだだけど…この分じゃ
「了解!」
ガリバーがおよその情報交換を終え、代わりに一人で部長を押さえていたイサンと交代する。
「甘いな…。」
部長がボソリと呟く。しかしその甘さのお陰で生きながらえている身だからだろう、それを強く咎めるつもりはないらしかった。
ひらりひらりと躱されゆく攻撃。しかし、時たま掠めて赤い線を虫の肌に刻む。
面白みのない戦闘だが、これでいいのだとガリバーはひたすら部長の嫌がる位置に斬撃を滑らせることを意識した。
傍から見れば彼に指揮させる暇も与えないほどの猛攻。それは事実だが、しかし、やはり指導者が居ると心持ち的に動きやすいのか一般兵たちも囚人たちを想像以上に手こずらせた。
「がっ…!」
「……!」
まずがっつきすぎたヒースクリフ。次いで身体と動きが合致しなかったらしいホンルが物言わぬ死体となる。ドンキホーテも芝居がかった悲鳴を上げて倒れる。
が。
イサンの一撃が元部長の身体を痺れさせて縫い付け。
致命的な隙を見せた標的の喉笛を、闇から溶けるように現れたシ協会が掻っ切った。
指導者に依存した士気は肝心のその人が倒れたことで容易くひっくり返り、それからはもう早かったそうだ。
「かつてはお前を尊敬した人たちもいたな、グレゴール…。」
ひゅー、ひゅーと呼気を鳴らして部長が囁いた。グレゴールは一見覚めたようにも見える表情で彼を見下ろしている。
「…尊敬してくれって頼んだことはないけどな。」
煙草が灰色の煙を上げる。
「これ以上、前に進むな…あそこは地獄だ。」
「申し訳ないけど、それは難しいかな。真面目に働かないとクビになるし。」
部長がグレゴールをハッとして見つめたような気がした。が、すぐに苦笑いを浮かべてくつくつと笑い出した。
「カネに…名誉まで売り払ったのか。」
グレゴールが煙草を手で弄びながら答える。
「昔の夕方に勲章と一緒に売ったよ。大家さんが家賃を催促してきたからな。」
は、と浅く息の漏れる音が地面スレスレを横切った。
「お前も…俺たちと変わらないな。結局、俺たちは…。気色悪い…虫ケラでしか…。」
そして部長は咳き込み、バタリと倒れたっきり動かなくなった。まるで殺虫剤を吹きかけられた虫のような沈黙だった。
「…おい、ちょっと煙草貸してくれるか?」
「…今回だけだぞ。」
グレゴールは自分の煙草と借りた煙草を取り出して一緒に咥え、借りた煙草に火を付けようと何度かライターをカチカチ鳴らした。
しかし火はつかない。グレゴールが首を傾げる。
「…あれ。おかしいな。こんな時に限って…すまん、誰か火を貸してくれ。」
「ん。」
「あ、ちょ、ちょっと!」
良秀がガリバーの手から無理矢理カンテラを奪い取ってグレゴールに突きつけた。
「せめて一言断ってくれ…。ああ、手が痛い。」
ぶつくさ文句を言いながらガリバーが赤くなった手のひらを擦る。縄で擦れたらしい。
その傍らで二人がカンテラの火に煙草の先を押し付けていたが、結局はカツアゲされたガリバーがなぜか持っていたマッチで解決したようだ。
余談だが、その際に謎のアイテムがバッグから無限に出てきたのを受けて
「このバッグのどこにそんな容量が…」
「なんでもアリだね〜」
と、8級フィクサーたちは語っていた。
「すまんな、アレに俺の煙草を分けて咥えさせるのは嫌だったんだよ。」
「…ふん。」
良秀の鼻笑いと煙草の燻る臭いだけが辺りを包んでいた。
リンバス一行はさらに降りていく。地下深くにずんずんと進んでいくにつれて生活ゴミの数は減り、代わりに血なまぐさい香りと埃っぽい煙たさがその場を席巻していく。
「ここからは敗残兵がとどまっていた痕跡すら見当たりませんね。」
「これ以上前に進むなとも警告してたけど…。」
怯えた様子のシンクレアとは対象的にイシュメールは周囲の腐乱死体を気に留めない。ガリバーは酷い臭いに顔をしかめ、ウーティスが不気味な物音に警戒を強めていた。
通り過ぎていく死体をいちいち立ち止まって見聞していたユーリが悲しそうに目を伏せる。
「これは私た……いえ、L社職員たちの死体です…。」
「鈍器で打擲せらる痕跡よ。全員が然ななり。」
イサンの見分は正しいのだろう。ユーリは手元の書類をくしゃりと握りしめる。
「ユーリ、その書類は?」
アヤが覗き込むようにずいと近づく。ユーリが彼女から庇うように慌てて書類を高く持ち上げたが、暫くしてどんな心境の変化かゆっくりと目元まで下ろした。
「管理記録書…これは幻想体の管理方法を書いておく文書です。普通、管理任務に指定されたらうんざりするくらい暗記して入るから…こんなのは必要ないのに。」
「こりゃ…終末カレンダーか。」
ガリバーがその書類を見て…いや、見たかも怪しいが、ぼそりと呟いた。
「推測なれど、幻想体が脱走せどいづれも管理方法を知らざりけん…。」
「まだ隔離室に運搬していない卵なら…そうかもしれませんね。」
そう彼らが沈痛な声音で言葉を交わしている最中、全くそんなのが似つかわしくないキビキビとした声が会話を中断した。
「待て、お前たち。そろそろあの場所じゃないか?」
「そうだね〜。ユーリはそこでストップ。」
そう言っておもむろに二人がガスマスクを取り出して装着する。数秒もせずシュコー、シュコーという呼吸音が聞こえてきた。
<え? え?>
「ああ、管理人さんは気にしないでください! 吸い込まなければ問題ないはずなので。」
ウーティスが叫んだ。
「お前たち、覚悟はいいか! これより先は毒ガス地帯だから大急ぎで駆け抜けるぞ!」
「ねえウー、何秒息止めてればいい〜?」
「10分。」
「私たちの息の根が止まっちゃうよ!?」
軟弱者! とでも言いたげに眉を潜めているウーティスを横目に、ハンカチのある者はハンカチを、持っていない者はガリバーから袋を支給されて口元を覆った。
そして最期に、一人曇った目つきで廊下の先を眺めているユーリにガリバーが声を掛けた。
「ユーリさんはあとでアヤさんのガスマスクをデリバリーしまーす。そこの管理人が。」
<え、私?>
きょとんとして管理人が己を指差すと、こくりとガリバーが頷いた。
「そ。ホプキンスはクソ…げふんげふん、反りが合わなそうだし、アヤさんは自分のガスマスクを提供したから戻れない。そこでお前に白羽の矢が立ったのさ。」
<いつの間にそんな話を…>
「お前がヴェルギリウスに倉庫裏の告白をされてた時。それと、ユーリさん。」
ガリバーが少しキツめの目つきをふっと柔らかくして、何かをひょいと彼女に投げた。
「グレゴールのやつ、面と向かって渡すのが気恥ずかしいってさ。あとで礼なり何なり言っとけよ。じゃ!」
ぞろぞろと囚人たちが移動するのに合わせてガリバーが去っていった。その後を追うようにダンテが彼の背中を追いかけていく。
彼らの背中を見つめ続けるユーリの手の中には落とし物が握られていた。彼女がいつの日か落とした腕章だった。
戦闘描写は増やしますか?
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