なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー! 作:青い方のカンテラ
ガス地帯で負ったダメージを回復し、リンバス一行は更に奥へ進んでいく。
そしてやっとたどり着いた休憩室では既に全員気力も切れかけていて、程度の差はあれど、へなへなと座り込んでしまった。
<さっきのあの幻想体が、職員を全員殺したんだろうか?>
ダンテがユーリに尋ねると、彼女はゆるゆると頭を振った。
「違います。もし私の推測が合ってるなら…。」
遠目に人影のようなものが見えた。その頭でっかちな影は先ほど戦った幻想体の配下を思わせるものだったからか、眉をしかめたウーティスがダンテを静止しようとさっと片腕を上げた。
「前方を注視なさいませ、管理人様。さっきと同じ奴がまたもうひとついます。」
廊下の端に何かが寄りかかって座っている。近づくと、何かの胸が微かに上下しているのが分かった。耳を澄ますと正気を失ったようなこもった声が聞こえてくる。
「こんにちは…?君たちも…くじ引きを…しにきたのかい…。社員証を全部集めて…渡すと…当選者が選ばれるんだ。」
手には社員証が着いた紐だけが握られていた。アレックスという名前が見えた。
「…アレックス。」
ユーリが悲しそうに呟いた。
「アレックスって前に話してた人のことだよね?あら〜…こんなになっちゃって。」
「うぇ、どうしてこんな汚いのを被ってるんだか。それに当選者当選者って…気違いかよ。」
「とある幻想体たちは…管理方法に定期的な犠牲物を決めて捧げろと書かれていました。」
アレックスはうわごとのようにつぶやき続ける。
「そっちに行っちゃ駄目だ…それ達にすぐ見つかる…。」
「…で、結局人身御供しちゃったんだ。そうでしょう?」
ユーリが空笑いを浮かべた。どこか空虚に彼女の声が消えていく。
「君が引く…番だ…。」
<人身御供…?>
「生贄のことだ。大抵の場合、捧げないと収容違反が起こる。でも…これは…。」
「どういう意味ですか?これって幻想体の仕業じゃないんですか?」
「ハ、それは人間が付けた傷に決まってんだろ。どうやらお互いもう一発でもぶちかまそうと躍起になってたみてぇだな?あのマヌケどもはお互いボコスカやっててくたばったんだよ。」
シンクレアが目を見開いた。そんなこと、想像だにしなかったらしい。
「ど、どうしてそんなことに?」
「フツーに分かるだろ。……」
ヒースが口を開こうとしたが、ガリバーが遮った。いつになく彼の表情は暗くて、どこか遠い記憶に思いを馳せているらしかった。
「…先が見えないほどの暗闇の中、自分だけでも生き残ろうとくじ引きで犠牲者を決めた。人間って不思議なものでさ、いよいよ死にそうな環境に置かれてようやく死にたくないって思うもんなんだ。」
カンテラがこうこうと輝く。
「だから、
責めるような口調ではなかった。事実を語るような口調でもなかった。さながら夢中にいるような口調。
彼らしくない湿った解説を取り次いだのはイシュメールだった。
「そして最後に生き残って…彼らと同じ石像を被ってれば…。人身御供を回避できると思ったんでしょうね。」
「そんなわけないです。」
きっぱりと口を挟んだ。確信めいた響きで、先ほどとは違う意思の強さを感じた。
「アレックスは自分が生き残るために他人を殺すような職員じゃ絶対に…。」
「ハハ、そんなんだから甘ちゃんなんだよ。」
ホプキンスの口元が弧を描く。嘲りを含んだ声は、やはり聞いていて心地の良いものではない。
「窮地に陥った人間は何だって出来る。それまでがどんなに優しかろうと、何だってな…。」
「……。」
今度はガリバーの表情が暗くなった。何か思い当たる節があるのかもしれない。
「一つ…助言をしてあげようか…。彼らが直接連れて来る前に…直接歩いていく方が…絶対に楽だろう…クッ…クッ…。」
「この辺にして進もう。この者は直に息絶えるだろう。」
ウーティスの号令で我に返った皆が道なりに進んでいったが、ユーリだけが足取りを止めたまま石像の頭をしたひとりを見下ろして、二言三言会話を交わし、そして石像の頭を優しい手つきで取り外した。
<…行こう。>
リンバスカンパニーは進み続ける。道中では今まで遭遇した
「この階層には他のに比べてウジ虫がかなりいるね。」
<いっそ虫のほうがマシだよ。前の階層にいた幻想体とかもう二度と見たくない。>
「だなぁ。もうアイツはコリゴリだ!やたら硬いんだもん。な、グレゴール…グレゴール?」
しかしグレゴールはガリバーの話を聞いてはいなかった。彼は虚ろな表情であらぬ方を向いていた。
「…みんな、さっきから何か聞こえないか?」
耳を澄ませば、遠い何処かからとてもこの場と似つかわしくない喧騒が聞こえてくることにも気がつけただろう。しかしグレゴール以外の皆は首を傾げた。
「音ならずっと聞こえてたじゃないですか。ロージャさん、この状況でもお腹が空くんですか?」
「そ、そういうのは聞かなかったふりしてあげるもんだよ〜、ねっ?」
「いや、それじゃなくて…まるで…。」
今まで先頭にすら立たなかったグレゴールが先に歩き出すと、取り憑かれたようにドアを開けた。
開いた扉の先から黄金色の光が漏れてくる。この絶対的な静寂の中でも聞こえてくる絶叫だって。
「待って、そこは幻想体隔離室…!」
「まるで…あのときみたいに…。」
扉は開かれた。
溢れんばかりの黄金の光を、グレゴールだけが魅了されたかのように眺めていた。
<グレゴ…!>
ダンテが彼に手を伸ばそうとした瞬間、光が染み入るように沈静化する。そして光の染み入った空間は、とても現実とは思えない光景を映し出した。
「私たち…タイムトラベルでもしたんですかね?」
白く霞んだ空が見える。
遠くからは悲鳴と歓声がひねり合わさったかのような音が聞こえてくる。
そして一つに混じって聞こえる砲撃音と歓声は、煙たく空間を埋めてゆく。
「見れば分かるだろう?ここは…。」
そこで区切り、ウーティスは溜息を吐いた。
「戦争の…真っ只中。」
あちらこちらの騒音が木霊している。断末魔、人が死ぬ音。
「…こ、これは…夢?悪夢?ど、どうしてまた…。」
そのど真ん中でグレゴールは不安定に瞳を揺らしながら立ち尽くした。
口は半開きで、先ほどまで吸っていた煙草が地に落ちたことすら気がついていないようだ。
「だからなんで戦争の真っ只中にいるんだよ!罠にでもはめられたんじゃねぇか?」
激昂したヒースの大声ですらかき消されそうだ。それほどまでにこの空間は凄まじい。
「いいえ。正しい方向へ進めたようですね。遠くない場所に私たちの探していた技術の精髄があります。」
「黄金の枝の仕業だな?」
ガリバーがちら、とダンテの頭に目をやりながら尋ねると、彼女は頷いた。
「はい、皆さんここがいつなのかは分かりますか?」
「はい!分かりません!」
勢いよく手を挙げてアヤが答えた。ホプキンスがぎょっとした目で彼女を見つめる。
「ちょ、おま、そういう時は知ってるふりして頷くもんだ!」
「そーだっけ?でも、知らないものは知らないよぉ」
「お前なぁ…」
呆れてものも言えません、という風にホプキンスが溜息をついた。周囲から…主にガリバーから生暖かい視線を向けられると顔を赤くしてアヤを一発叩いた。
「あだっ」
<えっと、その…実は私も。>
というダンテの言葉もありウーティスが前に出る。その表情は忠犬然としているが、どうにも胡散臭さが拭えない。
「所属を誇示するかのような色とりどりのダサい旗がはためいてるのを見るに…煙戦争が勃発してから少なくとも70日後でございます、管理人様。」
お見事!といったように呑気代表アヤとガリバーが拍手した。ついでにロージャも乗っかって手を叩いた。
「三人とも、そんなことしてる場合ですか!?煙戦争の総死者数は流石に分かるでしょう!」
「アホかお前らは!ここは一応敵地だぞ!?」
そのとき、誰かがこちらに向けて駆けてくる音が聞こえてくる。その人影はだんだん大きくなるにつれて姿の詳細がだんだん分かっていく。目を怪我したのか片目に包帯を巻き、金髪を短く切った男だった。
しかしそんな特徴よりもまず目につくのは、やはり彼の虫に似た脚部だろう。
グレゴールを思わせるその義肢が表すこと。だいたい察した囚人たちがグレゴールの腕に目をやった。
「気でも狂った?早く避難して!あの爆弾に曝されると急速に老化が進むんだって!隣の守衛所の職員達は今戦争どころじゃなくて、杖無しじゃ歩けすらしないんだよ!」
「一体こいつは自分を何様だと思って知ったかを…。」
「ヒース、ヒース、ブーメランだ、それ。」
その人影は二人の会話など聞こえていないように周囲をキョロキョロ見回していたが、ふとある囚人と視線を合わせるなりぱぁ、と雰囲気を明るくさせた。
もちろんその囚人とはウーティスではない。同じように虫の身体の一部を自分にひっつけているグレゴールだ。
「あっ!グレゴール課長、お疲れ様です!」
包帯を巻いた男はグレゴールを見るや否や、ピチッとした姿勢で敬礼をした。
「…お前は。」
「私のことはご存じないでしょうね。生体管理チーム、トーマです!先発隊にいらっしゃるとは思ったんですが、後方にいるとは思いませんでした。
合流するなら私がお手伝いしましょうか?私は脚特化型ですからジャンプには自信が…。」
「うぇ、聞くだけでも気持ち悪い。」
ロージャが舌を出して不快感をあらわにする。するとトーマの表情がさっと変わり、彼女を訝しむものに変わった。
「あなた、さっき何と…。」
しゅばっ!と効果音が付きそうな速さでガリバーとホプキンスが彼女に取り付いてずるずると後ろまで引っ張っていく。代わりにグレゴールが前に出てトーマをどうにか宥めすかそうと頑張っているようだ。
「ぷはっ!うー、ランタン…じゃなくてカンテラくんにホプキンス、何すんのー!?」
「何すんのってこっちの台詞だ!よくも本人の前で堂々と言えるよなあんなこと。」
ホプキンスが詰め寄ると、ロージャは口を尖らせてそっぽを向いた。
「だってぇ、気持ち悪いじゃん。事実。」
「お前よりも蜂どもの方が社会性があるだろうよ。」
分が悪いと見たのか、今度は下手な泣き真似でガリバーにすり寄ろうとする。
「ひっど〜い。らんた…カンテラくん、ホプキンスくんがいじめてくるー。」
「これでいじめなら相当生きづらくないですか?」
傍から聞いていたイシュメールが呆れたように吐き捨てた。
「そうよホプキンス!ロージャをいじめるなんてサイテー!」
「その甲高い声をやめろ、耳に響く!」
ホプキンスが耳を塞ぐと、ガリバーはさらに甲高い声で彼を追いかけ回した。ロージャも混ざった。いよいよ手のつけようがなくなった。
そうやってキャイキャイと話を進めていく三人を見て、アヤはダンテの袖を引っ張った。
「ね〜管理人さん、何アレー?」
<シッ、見ちゃいけません。>
「馬鹿、阿呆、間抜けの集まりって言ってますね。」
イシュメールが通訳する。彼女の心で思ったことの。
「ガーン!」
三人はショックを受けたように硬直した。
安心してほしい、彼らの周囲はちゃんとシリアスに事を進めているから。
戦闘描写は増やしますか?
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