なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー! 作:青い方のカンテラ
「また、戦場の真っ只中…。」
「…さっきと同じ場所ですね。少し変わりましたけど。」
先ほどから歩いても歩いても先に進まない。ずっと狂気と煙に満ちた空間が続いていく。
変わらない風景というのはやはり退屈なのだろう、グレゴールとウーティスを除いた面々は初めこそ戸惑っていたものの今やつまらなさそうな顔で群れの中を練り歩いていた。
「気でも狂った?早く避難して!あの爆弾に曝されると急速に老化が進むんだって!隣の守衛所の職員達は今戦争どころじゃなくて、杖無しじゃ歩けすらしないんだよ!」
…変わらない風景と言ったが、訂正する。
どうやら戦況は変わっていたようだ。
虫の足を持つ軍人、トーマがLCB一行を見るなり眉を吊り上げ、何やら喚きたてている。やかましそうに耳を押さえていたロージャが今更彼の正体に気がついて目を見開いた。
「待って、この人はさっきの…。」
「でもそんな心配するな、グレゴールさんがいらっしゃるから!私たちとは違って副作用も少なく、おまけに再生もするじゃないですか?誰よりも卓越した実力を持つヘルマン理事さんが直接手塩に掛けた方だし。」
敬礼しながらキラキラと瞳を尊敬で輝かせているトーマだったが、肝心のグレゴールは気まずそうに俯くばかりで身動ぎもしない。周囲から怪訝そうに見つめられても、答えられることはないのだろう。
「そんな方が後発部隊にいらっしゃっちゃ駄目じゃないですか。私が乗せて差し上げましょう!」
「な、なに?近寄らないで!」
背中から四対の羽がカチカチと硬質な音をたてて突き出てくる。
ロージャがその悍ましい義肢に顔を真っ青にして彼から距離を取ったが、それにも関わらずトーマはにじり寄ってくる。
「どうして逃げるのですか?G社の旗を持ち、前に出て戦わないと!」
「俺は…。」
グレゴールが苦しそうに歯を食いしばった瞬間、すっと彼の前に人影が現れた。
「駄目だ。」
ガリバーはグレゴールを庇うように前へ出ると、すっと彼の名札を指差す。社員証も兼ねているそれには顔写真と、リンバスカンパニーのロゴが刻まれていた。
「グレゴールはグレゴール、今は囚人13番。俺たちからグレおじを取らないでくれると助かるんだけどな?」
しかしトーマはガリバーの話なんて聞こえてもいないらしく、壊れた機械のように同じ言葉を返すばかりだった。
「グレゴールさん、前に出て…前…前…。」
そのループが停まったのは突然のことで。
トーマが大きく口を広げたかと思えばそこから長い触覚が這い出てきて、ロージャは顔をしかめた。
「うへぇ…また戦わないといけないの?そろそろ吐き気が…。」
ウーティスが彼女の愚痴にきっと鋭い目を向ける。
「なに戯けたことをいっている?命令不服従者になりたいのか?」
<…逃げるほうが良くないか?>
「卓越した計画です。管理人様。逃げ時をきちんとご存知なのですね。」
鋭い目元のままそんなことを言われてしまっては何も言えない。
そのあまりの変わり身の早さはいっそ笑えてきてしまう。
「ダブスタ反対!!」
「……。ダ・スの方が良い。」
良秀がガリバーの言葉のどこに何を思ったのかは分からないが、少なくとも複雑そうな感情を抱いたのは確かだろう。わざわざ言い直させる程に。
ファウストが何かを確かめるように考え込んでいたが、しばらくしてすぐに頷いた。
「…撤退は許されないでしょう。」
「理解できませんね。全職員を対象に改造が施されたと聞きましたが、ここまで酷くはなかったはずですけど。」
「事実とは多少異なる場合もあります。グレゴールさんの「記憶」ではなく「心」が作った道ですからね。」
ファウストは目の前の光景を見て動かされる心は無かったようだ。いや、もしくはこうなると知っていたのかもしれない。
「…心の中に、味方達はこんな姿で残っていたんですね。その巣ではすべての職員たちが…改造施術を受けたんですか?」
ユーリが痛ましそうに目を細めた。アヤもどことなく悲しそうにしていたが、彼女は頭をホプキンスに叩かれて正気に帰った。
「…大体は。」
「皆同意の下で執刀されたんですか?これは本当に…。」
「L社の職員達は、同意を得て人身御供をしてたのか?」
「そ…それは、契約書に明記されていたと言っていました。私たちは知らなかったけど…効率的な管理のためならそんな手続きは排除すべきだって…。恐怖に直面すべきだって。だから…入社した職員達は全員、知らないうちに同意したことになります。」
ユーリは早口でまくしたてた。しかし、彼女自身もこれが苦しい言い訳だということに気がついているのだろう。ここが都市である以上、どこも変わらない。
グレゴールは彼女と対象的に、しかし一言ひとこと噛んで含めるように言った。
「…俺たちは違うとでも思ってるのか。」
皆が煙の中の進軍を続けていく中、ふと思い至ったようにロージャが振り向いた。
「そういえばさ、アヤさんとホプキンスさんってどうしてフィクサーになったの?」
「フィクサー!!はい!当人も気になりまする!」
フィクサーという言葉が殺し文句なドンキホーテがまず乗っかった。次に、そろそろと小さくて柔らかな手が挙がる。
「じ、実は私も…。」
「あれ、ユーリも聞いてなかったの?」
「そんないちいち話すことでもないからねぇ。ただ、一番まともに生きられそうなのがフィクサーだったってだけ。」
穏やかな雰囲気のまま、アヤは昔を懐かしむようにクロスボウを撫でた。安物の工房製品だ。
「裏路地に企業はないんですか?」
「アハハ、あるっちゃあるけどね。君と…君!巣出身でしょ?そんな雰囲気がする。」
指さされてシンクレアとイシュメールがこくりと頷く。どうして分かったのか、と表情にありありと表れていた。その様子をからころと笑いながらアヤは続けた。
「裏路地にも企業はある。翼ほどじゃないけど…それなりに大きな物もね〜。でもさ、巣と裏路地の違いって分かる?」
「翼の庇護が受けられるか否か…?」
ユーリが答える。翼から凋落した経験のある彼女は特にそれを実感したことだろう。
「せいか〜い!翼は義務教育ってのがあるらしいんだけど、裏路地でちゃんとした教育を受けるにはたっかいお金を払って通信学校だとかに入らないといけないんだぁ。それに、普通の企業は教育を受けてるのがもはや前提でしょ?せめて読み書き計算は出来ないと。」
「…だから、フィクサーしかなかったんですね。」
「うん。免許を受けるに当たって、書類の発行に必要なことはハナ協会が全部教えてくれるから。」
アヤは頷き、ひらひらと手を振った。その様子をどこか残念そうに…いや、赤い霧の話を思い出したのかさらに目を輝かせてドンキホーテは二人を見つめている。
「なるほどな…。だからフィクサーになった後、企業務めに転向する者も多いのか。ところで、ホプキンスくんはどうしてフィクサーになったのだ?」
「僕…ですか?どうしてそんなことをいちいち…」
そう言いかけたところ、期待に胸を膨らませているドンキホーテとばっちり目が合った。とてつもなく輝いた目の圧力はそれはもう凄まじかったのか、ホプキンスはうげっと眉をしかめて面倒そうなまま溜息をついた。
「…そいつとは昔からの知り合いで。どうにも放っておけないからフィクサーになりました。以上。」
「呼んだかね?」
「…そういうジョークを仰る方でしたっけ、貴方。」
驚いてイサンを見つめるイシュメールはさておいて、今度はガリバーが二人に質問する番だ。
「はい!アヤさんとの馴れ初めは!?」
「馴れ初め言うな!頭ピンクかお前は…。元孤児の縁だよ。昔っからアイツは色々適当で、変に諦め癖があったからな。一度気になって世話を焼いてやりゃついて回ってきて、そのままずるずると付き合ってるんだ。…だからその“あら〜”ってニヤニヤ笑いをやめろお前ら。」
「あら〜。」
「あら〜?」
「口に出せば良いってもんじゃない!」
アオハルですわよロージャさん、ええアオハルですわねガリバーさんと言い合っている二人にとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、ホプキンスは顔を真っ赤にしながら二人を追いかけた。
<おーい、程々にしてくれよ?>
カチカチと音を鳴らす時計の影で、微かにユーリが微笑んだ気がした。
長い長い進軍を続け、何度も何度も同じ風景を繰り返した。文字通り。
何度もトーマは彼らの行く手を塞いだし、何度も彼らはおぞましい害虫のような兵士たちと戦った。
そのせいでPTSDを発症したグレゴールのせいで足を止めることも少なくなかった。
<これから切羽詰まった声で私たちを捕まえるトーマが出てくるんだろうか…。>
その一言で更に足取りが重くなる。
もはや彼のことを気持ち悪いと思う者は誰も居なかったが、面倒だと思っている者は少なくないだろう。
「気でも狂…。」
「トーマさん、そろそろそのセリフが飽きてきたから言うんだけど、私たちはイカれてないし、老化爆弾には当たらないから。」
「…えっ。」
ロージャのその言葉に驚いたのか、はたまた別の何かに愕然したのか。
今回は後者だった。
「た、助けてくれよ。死にたくない。」
空から手が落ちてくる。
目の前のトーマはまるで煙が見せた幻のように実態を失い、その血溜まりだけが彼の残した痕跡となってしまった。
「うっ…。」
顔を青くさせたガリバーは、自身が伸ばした手の行き所をなくしてしばらく彷徨わせた。
<は、走れ!>
「全員、退避!」
その掛け声で我に返り、死力を尽くして皆は走った。走って走って走り続けた。しかし、いつまでたっても空から落ちてくるあの手のひらが追跡の手を緩める気配は見えてこない。
おそらく、このままでは逃げ切るよりも犠牲者が出るほうが早いだろう。
「これじゃ皆ぺったんこになっちまうよ!何かないか?賢いあねさん?」
ヒースが息も絶え絶えに叫んだが、彼女も冷静に見えてどこか困ったような顔で答えるしかないようだった。
「…聞いています。心象の中は変数がとても多様すぎて、迂闊に決定することは難しいので…。」
「何を悩むことがあろうか!真の英雄はいかなる苦難にも屈服しないのだ!」
「うっ…私、真っ平らになった死体を運ぶつもりはないんだけど。あ!ごめん、ダンテ〜。あなたに言ったわけじゃないからね!」
「管理人が死ぬ前に俺たちが死ぬから問題ないぜ!」
「ヘラヘラ笑いやがって…それ以前の問題があるだろ、今ここに!」
ヒースクリフは叫んだが、自分の脇スレスレに巨大な手がかすめていったことでようやく走るのに集中し始めた。
「…グレゴールさん?」
「なんだよ?なんで急に止まんだよ?」
ヒースクリフが息も絶え絶えに、しかし怒りを感じられる剣呑な声で威嚇…否、疑問を提示した。
「…分かった気がする。ここが俺の世界なら…。」
立ち止まってしばし息を整えていたグレゴールが空を見上げる。特徴的なマニキュアの塗られた手がこちらを睥睨していた。
「俺たちはあの手を避けちゃ駄目だ。」
「…了解。」
ガリバーが肩で息をしながら微かに返事をし、その場にゆっくりと速度を落として立ち止まった。
「正気かお前!?」
「ここはグレゴールの世界。なら絶対あいつの言う通りになるさ。だろ?」
「はい。とはいえグレゴールさん、そう思った理由をお聞かせ願います。」
ファウストが底知れない目で彼を見ると、グレゴールは鼻を鳴らして苦笑した。
「今まで何一つ俺の意思で生きたことはなかった。ここも、抵抗自体が無意味な空間なんだろうよ。それなら…抵抗を止めるのが答えかもしれない。」
煙草に火を付けて吸い始めるグレゴール。至って正気のように見えるからこそ、信じられないといったようにヒースクリフが立ち止まった面々を見回した。
「…本気か、お前ら?」
「他に良さげな方法も無いじゃないですか。みんな疲れたんです。」
それでも納得いかなそうな彼に対し、煙草を吐いたグレゴールがぼそぼそと呟いた。
「それにな…あの爪…なんだが。」
指ごとに色の違うマニキュア。特徴的なんてものじゃない、もはやこれだけで個人が特定できそうなほど芸術的だ。
「あんな模様のマニキュアは良くあるもんじゃないよ。手のひらの主が「あの人」なら、絶対に俺を諦めないだろう。
ファウストさん…あんた、これが俺の心の道とか言ってたか。
俺の心の道って、ここから先は行き止まりの予定だからな。悪夢も、道も…その人の統制から逃れられたことはなかったから。」
悪夢、というのはこの戦場のことなのか、それとも文字通りの悪い夢なのか。おそらくその両方だろう。
彼の真意を掴むことは出来なかったが、少なくともヒースクリフを諦めさせるには十分だったらしい。
「はぁ、なるようになれだ。」
いつの間にか地面の上に巨大な影が差し、その手が振り下ろされる直前に皆を鷲掴みにした。
そしてこちらへの配慮もなしに上へ上へと持ち上げられる。
「うぅぅっ…。」
気がつけば彼らは元の場所に戻っていた。
未だ気分が悪そうなもの、目を回しているものなどは居たものの、とにかく全員無事に帰ってこれたことはただただ喜ばしいことだ。
ご迷惑をおかけしたこと、誠に申し訳ございませんでした。
ご想像の通り予約投稿ミスです。今後はこのようなことがないように注意して参ろうかと思います。
戦闘描写は増やしますか?
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増やす
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増やさない