なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー!   作:青い方のカンテラ

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ダンジョン内部――Fin

「ダンテ、この隔離室前。今まで遭遇してきたのとは違う感じがしませんか?」

 

 〈そんな気がするけど…あ、これが? 〉

 

「はい、黄金の枝が根を下ろした幻想体が居るはずです。」

 

「はぁ…でもやっと辿り着けたみたいだな。」

 

「グレゴールさん…。…バスに戻ったら、カロンに地図の読み方を教えても良いですか?」

 

「…うんうん。カロンが喜ぶだろうな。」

 

「そんなわけ…。」

 

 シンクレアは首を振って答えながら、オエッと顔を作った。

 

「ふふっ、帰る場所があるって良いことですね。」

 

「…そうですね。港に寄ったとき、私もほっと一息つけましたから」

 

「あれ〜? どういう風の吹き回し? イシュ。」

 

「悪いですか?」

 

「まっさか〜。」

 

「戻りたい場所があるだけで心の持ちようって変わるよな〜! ユーリ、よかったら……バス部署は難しいかもだけど、これが終わったら一緒にLCで働かないか?」

 

「おお〜っ、さんせー! ウチにもマスコットは必要だもん!」

 

「い、いいんですか……ってマスコット!?」

 

「マスコット! そのピンク髪とかチョーぴったりじゃん。どう、どう? ふふっ」

 

「ふふ……ますこっと、マスコットですか。それも悪くないですね」

 

「ちょっと〜、私たちも置いてくつもり? ウチのユーリは渡さないよ!」

 

「ハン! それはもっと待遇を改善してから言うんだな!」

 

「……。」

 

「うわ〜露骨。自覚はあったんだ。」

 

「う、うるさい! 誰のためにやったと思ってんだ!」

 

「自分のため?」

 

「クッソ否定できない!」

 

「…んっふふ、はは、アハハ!」

 

「私、ホプキンスが取り乱してるところなんて初めて見ました。ここに戻るのは…少し、いえ、かなり葛藤したんです。私の地獄ですから。でも…」

 

「こんなにも素敵な出会いがあった。だから、本当に来て良かったです。私を引き抜くときは三人一緒じゃないと承知しませんよ!」

 

 〈じゃあ、行こっか。〉

 

 ギィィと金属と金属が擦れあう音を立てさせて、最後の隔離室の扉が開いた。

 少し、また少しと扉に隙間が出来てくるにつれて奥から黄金色の光が漏れ出てくる。

 

「うお……まぶしっ!?」

 

「これは……」

 

 その奥から姿を現したのは、身の丈ほどもある巨大で美しい黄金の林檎だった。正しく文字通りの完全な(たま)といったような林檎をかじれば、はちみつのように甘い蜜が垂れてくることは想像に難くない。そんな都合のいい宝石があるかはさておき。

 

 突き出ている手足のような蔦がしゅるしゅると音を立てている。一部の囚人は不快そうに目を細め、一部の囚人は何を思い出したか涎を垂らした。

 

「見てるとお腹が空いちゃうね〜、そういえばお昼食べてなかったっけ。ダンテ、今何時?」

 

 〈私のこれは時計じゃない…じゃないよね? 〉

 

「はい。何度も説明したとおりです。」

 

 彼らがそんなくだらない世間話を始めたその時、隙と見たのか林檎が勢いをつけてこちらに突進してきた。間違いない敵対行動である。

 

 〈みんな、来るよ! 〉

 

 パリン! 幾重にも重なる鏡の割れる音、姿の変わる囚人たち。この頃になれば慣れたもので、ユーリとアヤ隊列のど真ん中めがけて突っ込んできた黄金色の林檎。皆が慌てて横に逸れると、それは地面に跡をつけそうな程の勢いでそのままダイブした。

 

「カモだね!」

 

 まず先手を打ったのはアヤとホプキンスのクロスボウ。遠距離から撃ち抜いた矢が林檎に突き刺さり、幻想体はどことなく苦しそうに身をよじった。

 次にユーリが接近して林檎を切り裂く。反撃で林檎がその蔓で出来た手を肥大化させて振り下ろそうとしたが、間からスライディングで割り込んだイシュメールがそれを盾で弾く。

 

「ス・プだ。ふっ。」

 

 がぃいん! と硬質な音と共に上へと上がった蔦の腕を黒い雲の入れ墨を入れた良秀が切り裂き、滅多切りにした。ダンテが歓声を挙げる。

 しかし、その時異変が起きた。

 

「な、なんじゃこりゃ!?」

 

「林檎が元に戻っていってますね〜。黄金色のオーラがキラキラしていて美しいですね。」

 

「今そんなこと言ってる場合じゃねぇ! おいどーすんだよこれ、どれだけ殴っても効かないってことじゃねーか!」

 

 実際ヒースが叫んだ通り、このままではらちが明かない。

 

 〈うーん、どうしようか? 〉

 

 ダンテがカチカチ、しばらく規則的な秒針の音を鳴らし、そしてポンと手を合わせてチーンと叫んだ。

 

 〈ダメージレースじゃ勝ってるからこのまま殴り続けよう。マッチには負けないようにねー! 〉

 

「ま、任せてください! 頑張って期待に応えますね!」

 

 ふぅー、とつめた息を吐き出したシンクレアは、その手の内にあるハルバードを更にぎゅっと握りしめた。そして、林檎めがけて振り下ろす。

 

「でやぁ!」

 

 林檎が完全意識外の攻撃を喰らい、反撃しようと手のような蔦を地面に突き刺そう腕を太く肥大化させた。しかし、それはホンルに妨害される。

 

「なーるほど! もう片っぽは抑えとくぜ!」

 

 彼はいつもの微笑をたたえたまま林檎の片腕を地面に突き刺し、固定した。そしてその意図を組んだガリバーが林檎にカンテラを巻き付け、その腕を強く引っ張る。

 

「うげ、力つよ…!」

 

 いわゆる綱引き状態の幻想体とガリバー。どうやら林檎が優勢のようで、少しずつ、少しずつ彼が引っ張られていく。このままでは紐がほどかれるのも時間の問題だろう。しかし、この僅かにも思える時間が稼げればそれで十分なのだ。

 

「これで…終わってくれ!」

 

 グレゴールの一撃で観念したように幻想体が沈黙する。一秒、十秒、動かないが卵にもならない。当然枝らしきものも出てこないし、かといって金色の輝きは失われない。不審に思ったのだろうダンテがカチカチと音を鳴らす。

 

 〈…胴体に隠れてるのかな? 絶対枝はあそこにあると思うんだけど…〉

 

「ああ、なら管理人。俺が確認してくるよ。」

 

 ガリバーが言った。虫の腕の男はどこかそわそわしたように管理人の方を見ている。ダンテがしばらく考えていると、横からうつむき加減のユーリが静かに手を挙げているのが視界の端に映ったらしい。

 

「あの…私が行ってきてもいいですか?」

 

 彼女のその言葉に何故かガリバーが眉をひそめた。

 

「駄目だ。俺…ってか俺たち囚人の誰かが行くから、ユーリさんはそこで待っててくれ」

 

「ガリバーさん…」

 

 ユーリが悲しそうに、やや落ち着きなくしょげる。案内役として雇われ、しかしそれらしいことの一つもできていないことに焦ったのだろうか。

 

「ユーリさんはユーリさんにできることを十二分にしてくれた。本当に感謝してる。

 でも、ヤツは幻想体なんだ。無知が罪になるような相手なんだ。ユーリさんはコイツの管理情報を全部頭に叩き込んだって言えるのか?」

 

「……い、いえ。」

 

 歯切れ悪くユーリが答える。その顔にはありありと、罪悪感、やるせなさが覗いていた。とはいえガリバーの言う事だってもっともだと理解しているのか、それ以上強く言うことはしない。

 

「だから最悪死んでも問題ない俺たちが居るのさ。まぁそんなまどろっこしいことしなくても、幸いアイツは俺の知ってる幻想体。作業は初めてだが…まだマシにやれるよ」

 

 彼の言葉に何も言い返せずゆるゆる顔を伏せることしか出来ない彼女の肩を、見慣れた虫の腕が励ますようにコンコン叩いた。彼女がハッと目を見開く。

 覚悟を決めるようにぎゅっと目をつむり、そしてユーリはまっすぐガリバーと目を合わせた。

 

「でもっ! ここまで付き合って、まさか引き返すなんて出来ません!」

 

 震える腕を押さえつけ、ユーリが浅く息を吸い、ゆっくりと言う。

 

「お願いします、ガリバーさん。私にこの仕事を任せてください。」

 

「死ぬかもしれないんだぞ? それだけの理由で、どうして…!」

 

「私も皆さんの役に立ちたいんです。だから、お願い。信じてほしいの。」

 

 彼女の必死な雰囲気が功を奏したのか、横からダンテの援護射撃が飛んできた。

 

 〈ガリバー、彼女もここまで言ってるんだ。今回くらいは譲歩したっていいでしょ? 〉

 

「…分かったよ!」

 

 流石に逆らえなかったのだろうか、それともウーティスからの圧に負けたのか、その両方か。ガリバーは目を細めて大きくため息をついたっきり、彼女の言葉にそれ以上逆らうことをしなかった。

 

 〈それでも不安なら…ユーリのサポートをお願い。君の危惧することが起こる前に止めてくれ。〉

 

「チッ…痛い目にあっても文句は言うなよ、ダンテ管理人!」

 

 ガリバーが天井を仰ぎ見る。そして、猛烈な勢いで駆け出した。戦闘でもあまり見ないほどの差し迫った走りだ。

 

 彼がユーリの下へ辿り着くのと、黄金の林檎から蛆虫が溢れ出すのはほぼ同時で。

 ユーリの身代わりに巻き込まれたガリバーはあっと言う間もなく…蛆虫の大群と同化した。

 

「そ、そんな…。」

 

 その場にへたりこんで、ユーリはただその悍ましい光景を眺めていた。

 

「あれは何ですか!? 人魚よりタチの悪そうな…!」

 

 林檎から突き出てゆらゆら揺れる生気のないガリバーの顔がこの場に居るもの全員を卑下する。並べばだいたいドンキ、シンクレアと並ぶほどの低身長たる彼からすればさぞかし絶景だろう。意識があったらばの話だが。

 

「げぇっ!? ガリバーくんの頭が浮いてるでありまするっ!」

 

「ろ・ろ・首? ちゃちな怪談だな。」

 

 誰かがタバコを吐く音が聞こえてくる。おそらくグレゴールだろう。彼がゆっくりとガリバーの前に近づき…いや、彼が近づいたのはおそらくユーリの方だろうか。しばらくぶつぶつと話し声が聞こえてくるものの、蛆虫の音にかき消されてうまく聞こえない。それから衝撃が響くようになってやっと戦闘が始まったことに気がついた。

 

 そうして待ち、どれほど経ったか。誰かがかつかつとブーツを鳴らして近づいてくる。

 

 違う、響いたのは隔離室の中からではない、外からだ。何者かがこちらに近づいていることに気がついた者はどうやら居ないらしく、その挙不者に幻想体への接近を許してしまっていた。

 

 ガリバーの頭がドサッと音をたてて落ちる。

 

「終わりの終わりで、結実を前にして止まるだなんて。実に嘆かわしい。まぁこちらとしては好都合、掴まない好機は流札になるだけだ。それに、ソイツが野放しにされてなかったのは本当に運が良かったね。」

 

 ようやく蛆虫の大群から解放されたカンテラがからころといった軽い音と共に地面を転がり、かつんとガリバーの頭の辺りで止まる。

 

「う…あ…。」

 

 ガリバーの口が広がって、苦しそうに何かを吐き出した。

 煌々と輝く黄金の光と青く揺らめく炎が交わる。

 

「枝を探していたのか?」

 

「あんた…。」

 

「思ってたより小さいね。でしょ?」

 

 集団の先頭に立つ女がグレゴールを見定めるかのごとく頭から爪先を舐めるようにじろじろ眺め、そして不満げに鼻を鳴らした。

 

「私はヘルマンよ。これからよく会うことになるでしょう。なぜなら…。私たちは…枝が必要で、あなたたちは…枝を見つけることができて。あなたたちは…死なないけど、私たちは…あなたたちを殺すから。」

 

 ヘルマンがガリバーの頭をとんとんと足で叩く。その行為に目を細めた囚人は少なくなかった。そのうちの一人であるグレゴールが剣呑な目つきでヘルマンを睨むと、彼女はグレゴールをなだめるように片手を出した。

 

「もちろん、今じゃなくて。黄金の枝は私の方で安全に回収していくね。」

 

 鑑識のように黄金の枝を手に取り見分しているクボに、すっかり返り血で濡烏のようになってしまったイサンが語りかけた。

 

「クボ…我が朋。是が其方の選びし道か?」

 

「ああ。もうそれほど残ってないんだ。」

 

 何が残っていないのか、イサンは尋ねることをしなかった。

 

「…久しぶりだね、哥哥。」

 

 兄弟だろう、どこか顔つきや体格が似ている二人が向き合う。片方は相変わらずの穏やかな空気を、片方は仇と相対したかのように恨めしげな圧を纏って。

 

「君の服から汚い臭いがしてるけど分かるか? このザマを家族たちも見るべきだったのに。」

 

 ホンルは揺らがず、いつもの笑顔を浮かべた。その様子に苛立ったらしい哥哥と呼ばれた男は舌打ちをして首を掻きむしっている。

 

「感動の再開の連続だな。」

 

 良秀はそんな白々しい言葉を煙とともに吐き捨てた。その目の奥には僅かな安堵が宿っていたが、それを追求できるほど余裕のある者はここにいない。

 

「私からの贈り物はちゃんと取っといてる、坊や? 愚息をこんな体たらくにするために渡したわけじゃなかったのに。」

 

 最後にヘルマンがグレゴールを一見愛おしげに、その実芸術品を触る繊細な手つきで彼に──彼の腕に触れると、グレゴールは半ば反射のように彼女を弾いた。

 

「願ったことはない…一度も…。」

 

「それでも包み紙は破ききらないと。たったその程度の能力が、私が与えた全てだとでも?」

 

 グレゴールは意味が分からないと言いたげにヘルマンをじっと見つめたが、彼女はそれ以上何か言う事もなく、その特徴的なマニキュアを弄び始めた。

 それを確認したのだろう哥哥という男が赤いサングラスを掛けた男と目を合わせ、お互い頷きあう。

 

「さあ、挨拶はここまで。」

 

 そう言いながら彼が手を二回叩くと、LCBは管理人含めて全員がその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 しばらくして……。

 

 

 

「あ、おかえり、管理人」

 

 〈あんなことになるなら先に言ってくれよ…。蛆に食われるのって凄く痛かったんだぞ? 〉

 

「お門違いですー。そりゃユーリに言ってくれ。で、どうだった?」

 

 〈やっぱり私達と行くのは駄目だって。〉

 

 ダンテの戻ったバスの中は、固まった血と肉で混ざった鉄の臭いでいっぱいだった。そのとてつもない悪臭と淀んだ空気は普通ならば耐えきれそうもないものだったが、それを気にするものは今や

 車窓を開こうとしていない(一部の囚人──主に4、6、12番を除いて)。

 なぜなら彼らはそれどころではないからだ。

 

「うう…ユーリ殿、アヤ殿、ホプキンス殿ぉ…」

 

「約束したよね、ユーリに。なんか申し訳ないことしちゃったな。」

 

 囚人たちはダンテの帰還と、それに伴うユーリたちの処遇が気になって仕方がなかったからだ。

 残念ながら彼らはLCB部署に加えられることは無かったようだ。ロージャが肩を落とすと、慌てたのか汽笛を鳴らしてダンテは両手をぶんぶん振った。

 

 〈ああいや、そうじゃなくてね。三人は…。〉

 

「各自の適正に応じた部署に引き取られました。」

 

 ヴェルギリウスがずいと前に出る。驚いて彼の方を見つめる幾つかの視線に、彼は面倒そうな表情を隠しもしない。しかし親切なことに説明責任は果たした。

 

「8級フィクサーのお二人はLCC部署に、案内役はLCE部署にそれぞれ配属されました。」

 

 いずれ会えるでしょうね。機会があれば。

 そう締めた彼に、バスの中がわっと歓声で揺れた。

 

 

「虫の旦那。メフィの頭に何をぶら下げたの?」

 

「思い出。この都市にゃ別れに満ちてるが…それでも、出会いの記憶が支えてくれることだってあるだろうから。」

 

 バスはゆっくりと振動しながら進む。そのフロントガラスでは、どこかで見たような眼帯が揺れている。

戦闘描写は増やしますか?

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