なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー!   作:青い方のカンテラ

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ダンス

「私も話してて馬鹿らしく思うんですが、私たちが二階を速やかに抜けるためには……彼らの心を動かせる強烈なダンスが必要なようです」

 

 終わりの見えない戦い。戦闘中にもかかわらず何故かマラカスで踊っている構成員。

 げんなりした様子のイシュメールがそう言ったのを皮切りに、囚人たちの間で素早く視線が交錯する。そう、それは如何にして自分だけはこのダンスを逃れられるかという逃げ道を探す視線だ。

 

〈知っての通り私は記憶が完全ではないし……ダンス……? が何なのかも分からない〉

 

「ダウト!」

 

〈ホンル、もしかしてダンスってものを習ったことはある?〉

 

 ガリバーの言葉をさりげなく無視して他の囚人に押し付けようとする辺り、彼も大概この空間に馴染んできたようだ。

 

「変面を習ったんですが、教師は少なかったですね。3人だけでした。持ち物が必要なんですけど、仮面と扇子に化粧品と……」

 

〈……今からどこで手に入れるつもりだ。次〉

 

 まだホンルの列挙は止まらない。彼の声をBGMに、他の囚人たちに視線が向けられる。

 

「まあ、舞踏会で上品ぶっててむかつく奴らの足は結構踏んだな」

 

 意外にもいいところで育ったのだろうか、ヒースクリフがハッと笑う。とはいえ企画の趣旨には沿わないので除外された。

 

「私の心が恐ろしと言うなり」

 

 そのもやしのような外見で確かに運動が得意なようには見えない。

 

「……何見てるんですか? 私は半生を船で過ごしたんですよ」

 

 言われればなんのかんのでこなすのだろうが、その場合間違いなく彼女の機嫌は底を突き抜ける。再びあのお小言の嵐を抜けて機嫌を取る作業に戻るのは誰にとってもまっぴらごめんだろう。

 

「踊りなら! むぐぅっ! さっきから口を塞ぐでない!」

 

 論外として除外された。

 

「久しぶりに剣舞を踊るのも悪くない。全部爆ぜさせてやる」

 

 同上。

 

「リズムなんて朝の点呼体操のとき以外は合わせたことがないですが、管理人がお望みなら今からでも……」

 

 と、ウーティス。管理人はどこからどう見てもお望みではない。

 

「ダ、ダンテ……私、大抵のことには自信あるんだけど〜踊りはちょっと……照れくさくて……あはは!」

 

 頬を赤らめさせているロージャ。現在進行系で非常に不安を覚える挙動を見せている彼女を指名するのは、確かに得策ではないだろう。

 

「腕が興奮しすぎて観客の頭に向かって突っ込んでいくってことを除けば大丈夫かな」

 

 自嘲的なグレゴールの言葉に被せてガリバーが叫んだ。

 

「いや! でもグレおじ、お前はここんとこ腕を暴走させた事なんて無いじゃないか。そんな気にする必要は……」

 

「そもそもこの腕でまともなダンスができると思うか?」

 

「……すまん」

 

「……せめてそこにもフォローは欲しかったな……」

 

 グレゴールが肩を落とした。空気がどこか気まずくなったからか、次にダンテはピンと背筋を伸ばして微動だにしない囚人に眼を向けたが……。

 

「……」

 

 無言の圧力とはまさにこのこと。囚人で一番高い位置から見下される冷たい視線。その眼光だけでダンテはたじろいでしまった。

 

「ファウストは概してダンスを楽しむ方ではありませんが、作戦のためなら快く試みることはできます。しかし、彼らが望むのは完璧さではありません。むしろ不安定で、カットされていない原石のような……」

 

 彼女の視線がとある囚人に向けられる。

 

「ガリバー!」

 

「却下です」

 

「ええ!?」

 

 ロージャが口をあんぐりと開けている。このあんまりにもあんまりな言葉に、先程までどうにかグレゴールの機嫌を取っていたガリバーも口を尖らせて不平を言った。

 

「いやいや、何でだよ! まぁ確かに俺じゃ駄目だろうけどさ、せめて理由くらい言ってくれても良くないか?」

 

「胸に手を当てて、今までやってきたことをよく振り返ってください。はっきり言って、あなたのダンスはそもそも評価云々を語れる段階にないです」

 

「うう……傷心。管理人、俺そんなに頼りなく見えるのか?」

 

〈うーん、頼りないってほどじゃないけど、何度かやらかしてるからなぁ。バス吹っ飛ばしたし、危うくぽんぽん派の服を真っ白なTシャツにするところだったし〉

 

「うう……言い返せない。セルマぁ、俺、涙が出そうだよ……」

 

〈セルマって誰?〉

 

「さあ? 俺も知らん。Twitterではやたら人気だけどな」

 

〈つい……?〉

 

「ダンテ、囚人14番の妄言にいちいち付き合う必要はありません」

 

 珍しく本当の妄言を言いだしたガリバーに、これ以上は時間の無駄だとファウストがため息混じりに話を締めた。彼女のアイスブルーの瞳が冷たく灰色の男を睨み付ける。

 

「じゃ〜シンクだね。シンク、確かにダンスとか囓ってそうだし」

 

「か、囓って? 学校の教養の時間に……マラカス基礎を習ったことはありますけど……」

 

〈シンクレアも金持ちのボンボンだったのか? どうして分かったんだ、ロージャ?〉

 

「歩き方とか話し方を見れば、大体分かるもんだよ。多分ガリバーもかな。逆にそういう学がない人は……ぷっ……ね?」

 

 ロージャはヒースクリフの方を見つめてくすくす笑うと、穏やかでいてどこか気品を感じる仕草と共にシンクレアの後ろに回って肩を抱きしめた。

 

「さあ〜シンクレアくぅん、今からホントに〜ホンっトに〜大事な任務をこなしてもらうよぉ」

 

「え? え? ロージャさん、どこに連れてい……」

 

 言い終わらない内にロージャはシンクレアの腕をぐいと掴み、ステージまで引っ張り上げていった。

 

〈シンクレア……君ならやれる〉

 

「そうです、ヒースクリフの野郎にやられてばかりの日々を思い返しながら……」

 

「ぼ、僕は……」

 

 シンクレアは未だに不安そうな顔で、おどおどとロージャの方を向いた。

 

「本当に……僕が出てもいいんですか?」

 

「いいえ、シンクレア。あなたにしか務まらないの」

 

 真剣そのものな表情で、まさに今から冷たい海の上に放り出される一番手の鳥のような悲壮な表情をしたシンクレアに告げた。この言葉はもしやすると、彼女が言ってほしかった言葉なのかもしれない。

 

「手首のスナップ……心酔した表情……適切なリズム……完璧だ!」

 

 これは審査員Aの言葉。彼はシンクレアのダンスを心酔したかのように見つめている。

 

「落ち着いて……しかし、その落ち着きがかえって心を揺さぶる……。この少年、何かを読んでる……」

 

 シンクレアが表現しようとしているものを懸命に読み取ろうとしている審査員B。

 

「昇華……」

 

 審査員Cがわなわなと震えている。

 

「内面の抑圧された暗さと痛みを、体の動きで克服しようとしているのだ……! おお……燃え尽きた灰に残る火種……その火種で熱くなるリズム……そのリズムから表現される動作……これはまるで、一晩中燃え盛って火の尽きた巨大なキャンプファイアー! そこで踊るように舞い散る灰の粉たちの黎明舞踏会!」

 

 バーン! と効果音が付きそうなほどに大仰な動きで総評を纏めた審査員C。それと同時に、割れんばかりの拍手喝采がフロアを震わせる。

 ハッとようやく気を取り戻したシンクレアは、熱狂に包まれたオーディエンスに対して手を振りながら、やりきったというような清々しい表情を見せていた。

 

〈なんだそれ〉

 

 ダンテが呆然と呟いた。

 

「君、うちの組織に入らないかい? 君の芽はもっと大きくなるよ」

 

「その子はうちの会社に所属しております。許可なく人材を引き抜く行動は深刻な違法行為です」

 

 烏合の衆の一人から貴重な人材にまで昇格を遂げたシンクレアにも驚きだったが、それ以上に驚くべきことは、この階を治める組織員たちがすぐさま三階への道を開いたことだろう。

 

「良い演奏だった。お前たち、最上階に行きたいんだな?」

 

「登っていけ。そうする資格は十分にある」

 

「でも、上の階の奴らは話が通じないだろう。あいつらは興というものを分かろうともしないからな」

 

 彼らは口々にそう言って、爽やかな祝福と共にバスの面々を送り出した。

 

「僕の中から湧き出そうとしたもの……それがまさにこういうものだったんですね。なんでそんなに難しいと思ったんでしょう。なんだか心が一段と楽になりました」

 

 ふわふわとしたシンクレア、何がなんだか分からずに戸惑っているバスメンバー。そんなどうにも緊張感のない空気のまま、彼らは極道のような厳つい飾り付けのフロアに足を踏み入れた。

 

「なんだこいつら……?」

 

「おめぇら、ここがどこだと思って登ってきた?」

 

「ちょっかい出すってんなら、身体をアクロバティックに捻ってやるかんな」

 

「そしたら指を関節ごとに切り刻んで麻雀牌に使ってやる」

 

 出会い頭に物騒なことを口々と言い放つ入れ墨の巨漢達。これまたクセの強い組織がこのフロアを治めているらしかった。

 

「ふぅ……歓迎の挨拶がかなり殺伐としてますね」

 

 イシュメールが強気に笑ってメイスと盾を構える。船で過ごしてきただけあり、このような言葉の応酬には慣れているらしかった。

 

「ふぅ、俺はこういう挨拶を断るたちじゃないからな。おい! くたばれ!」

 

 その言葉と共にヒースクリフが近場の巨漢にバットを振り下ろす。それを皮切りにして、悪態と脅迫が入り混じる血みどろの合戦がここに幕を開けた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「おめたち、こうべはちゃんと取っとけやぁ。抜いとってサッカーボールにしよか」

 

 囚人を殴り飛ばしながら構成員が悪辣に笑う。その内容もさることながら、雰囲気からして途轍もないプレッシャーを与えてくる。ガリバーやシンクレアが怯えたように顔色を悪くした。

 

「忘れてた……こいつらが口が悪いことで有名な……。口だけで数十人のライバル組織員を、精神被害のみで全滅させたって噂があるんだ……」

 

 エピが呟く。

 

「おい! お前ら、口が利ける内に大人しく……」

 

「おめはなんてガン飛ばすんや? 目ン玉どけろや? くたばっちまった魚の目しちょる癖して……」

 

「あいやぁ、やめやぁ。わてがさっき、あんどたまを割って中にちとたんかばったら、やまびこが帰ってきおった」

 

「えへ〜ぃ、どげんして、されこうべん中におが屑すら入ってねのか? なしてどたまにひょうたんぶら下げとんのかぇ?」

 

「……」

 

 ヒースクリフがもはや怒りで何も言えないというような表情を浮かべ、バットを折らんばかりの力で握りしめている。次の瞬間、彼はすぐさま巨漢たちに殴りかかった。

 

「ふむ、みんなでこういう団体教習でも受けてるのか?」

 

 良秀がつまらなそうに吐き捨てた。

 

「……ぷっ。だ、だって笑えるでしょ。な、なんで私に向かって言うの〜」

 

「……み」

 

 ヒースクリフが大きく息を吸い込む。

 

「……皆殺しにしてやる!!」

 

 ヒースクリフが怒りのままに適当な巨漢に殴りかかった。しかし、相対した巨漢はおかしげにケタケタと笑いながらひらひらと攻撃を躱していく。それにさらに気を悪くしたヒースクリフがいたずらにバットを振り回すも、攻撃は当たらない。

 

〈あーもう! えっと、こういう時には……ガリバー! 頼んだ!〉

 

「分かった!」

 

 ガリバーがその巨漢に向けて素早くカンテラを投げ、拘束する。

 

「おっと……」

 

 ひゅるりと腕に引っかかり、巨漢は後ろにバランスを崩した。

 

「ヒャハハ! 隙ありぃ!」

 

 その間にヒースクリフが巨漢の頭を何度も何度も叩き潰す。絵面は完全にスプラッタの悪役だ。ぐちゃ、びちゃ、という音が鳴り響く。もう援護の必要は無いと判断したのか、ガリバーは次の戦闘に移ろうとカンテラを引き寄せた。

 

「ヒースクリフ! あんまり理性飛ばし過ぎんなよ!? せめて管理人の指示は聞けるくらいには!」

 

「分かってるっての!」

 

 そう言いながら執拗に巨漢を殴っている姿からはとても分かっているように見えないが、これ以上言えることも無くなってしまったのかガリバーは溜息を吐いた。

 

 カンテラを振るい、上手く遠心力を使って首にからめて引きずり倒す。どうやらカンテラの扱いにも慣れてきたのか、彼も以前より手慣れた動きで敵を相手にうまく立ち回ることが出来ていた。

 

 とはいえ人間には限界がある。ぽんぽん派を壊滅させ、一階や二階で数多の相手を前に大立ち回りを見せること。これらは全て一日の出来事であるのだ。

 囚人たちは生き返る際に疲労も全て回復するのだが……全身全霊で頭と時計を回し続けていた管理人だけは話が別だった。

 

〈どうしよう? このまま戦ってばかりだと……〉

 

 果てのない戦いの前に疲れ果ててしまったダンテに、なんとガリバーがにやりと笑いかけた。戦闘の熱気と高揚に当てられたのだろうか?

 

「ハハ! 管理人、俺たちにはあいつらよりよっぽど口の悪い囚人が居ただろ?」

 

〈そうだっけ?〉

 

「ああ。酷く趣味の悪い芸術家が、さ」

 

「あれ? ガリバーさん、急に僕の耳を塞いでどうしたんですか?」

 

 と、シンクレアが言い終わるか終わらないかの内に、彼らの耳にも聞き覚えのある声が入ってきた。良秀だ。

 彼女はいつの間にか台の上に乗って、巨漢たちの羨望の眼差しを一身に受けながら楽しそうに煙草片手に何やら話しているらしかった。

 

「良く@#$@#$をしてから、次に$#%@#$をしてしまう。その次に@$%@$%を@%$#$^して#$#@に漬け込むんだ。最後に……」

 

 詳細に書いたらジャンルが変わってしまいそうな言葉の雨あられ。絶え間なく紡がれる言葉は聞く者の正気度をがりがりと削っていく。それは、裏路地育ちのヒースクリフや船で汚い言葉に慣れているはずのイシュメールでさえも歯を鳴らして身体をガクガク震わせるものだった。

 

「ちょっと感動しちゃったじゃねぇいか」

 

「はいやぁ、そこでそれをそうやって折るんかぁ……。ベロのマジシャンか何かなんす?」

 

 巨漢達はすっかり感心しきった眼を良秀に向けていて、もはや戦闘などそっちのけで一つでも多くの言葉を良秀から吸収しようとする貪欲さを見せていた。

 

「創造的だと言わざるを得ず。げに、ペン……否。舌は剣より強きなり」

 

 イサンが興味深げに頷いている。この惨状を止めるものは今、もはや誰も居ない。

 

「……」

 

 ソードがその光景を見て、何か思うところがあるのだろうか、ふと呟いた。

 

「上の方で一体何を考えて皆さんを集めたのか、全く理解できませんでした」

 

「きっと理解されることを望んで計画したわけではないでしょう」

 

 ファウストが彼女の言葉を拾う。

 

「今でも完全に理解できたわけではないですけど……」

 

 今、眼の前ではおおよそ言い終わったから今度は味方のはずの囚人|(ガリバー)で実演を始めている良秀と、それを楽しそうに見つめる巨漢というカオティックな光景が繰り広げられていた。

 

「このままでも……悪くはないですね」

 

「ソード、ようやく受け入れたのですね。おめでとうございます」

 

 ファウストがにわかに笑った気がした。

戦闘描写は増やしますか?

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