なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー! 作:青い方のカンテラ
鼻歌
日が暮れて、点々と明かりの灯る道を切り裂く赤い閃光。
けたたましい駆動音を掻き立てて進むそれは、誰しもが知っていて、しかしこの裏路地に住まう人々には馴染みのないものだった。
排気ガスが線を引いて、軌跡のみを後に残す。
一方、車内では。
「~♪」
いかつい雰囲気の乗員が多いバスの中でも可憐な少女が鼻歌を歌っている。それは馴染みがあるような、はたまたないような旋律で。他にすることのないバスの囚人たちはそれにぼんやりと聞き入っていた。
「……暇だな」
〈うん。同意するよ〉
灰色の男がぽつりと呟く。時計頭の男がかちりと音を鳴らすと、そこかしこで頷く囚人たちが散見された。
「いっそ車内カラオケ大会でもしないか? その方が退屈もまぎれ……あーいいや、やっぱやめとく。嫌な予感しかしねぇ」
〈嫌な予感って……〉
彼は何も答えず、代わりにドンキホーテを指さした。目に星を一杯に詰め込んだ彼女の意欲に半比例するかの如くダンテはげんなりとした。
〈……ああ、成程〉
「嫌な予感とはなんだ、管理人殿にガリバー君! 其方らがど~~~しても望むというのならば、過去のフィクサーたちを称える賛歌のいくつかを紹介しようと思っていたのに! そうだな、手始めに藍色の老人が鯨を狩った時の叙事詩をひとつ……」
「美しい演奏はこの世の壊れたもの達から生じます。皮肉な道理ですよね」
ヴェルギリウスが彼女の言葉を遮るように口を開いた。
「しかし、その吟遊を感じ取ることは彼らの役目ではありませんから……なんと悔しいことでしょう」
<……。>
「むっ。壊れたものとは失敬な!」
「あながち間違いでもないだろ。迷惑さも静オケとそう変わんないじゃないか」
「しず……おけ? が何かは分からぬが、流石に褒められていないことは分かるぞガリバー君!」
両手を挙げて降参を示しているガリバーに
ロージャは前の席に座るグレゴールに自分の武勇伝を語るのに忙しそうで、ガリバーは目覚めさせてしまったヒースクリフにアームロックを固められて顔を真っ赤にしているし、ドンキホーテは良秀に壁ドンをされて震えている。風紀を乱すなとバス全体に向けて説教しているウーティス、なんとかこの場をなだめようとしているシンクレアも加えれば、今現在でも静かな囚人はイサン、ファウスト、ムルソーくらいなものだ。
永遠に繰り返されるロージャの武勇伝に、ついに我慢の限界が来たらしいグレゴールがヴェルギリウスに大声で話しかけた。
「それで、次の目的地は!?」
「今回の目的地は……K社の巣だ」
「あぁ、11区? おかげさまで一生行く機会がないとこを回ってるな」
「く、くるしい……」
ヒースクリフの腕にさらに筋が浮き上がった。ぐえ、とガリバーが情けない鳴き声を上げる。
「だ、ダンテ……たすけて……やくめでしょ……」
〈私に管理人としての役割を期待しないでくれる?〉
ガリバーが絶望した表情を浮かべた。
「おぉ~そこはハンバーグが美味しいことで有名なレストランのチェーン店がなかったっけ?」
後部座席で繰り広げられる地獄を欠片も意に介することなく、ロージャが軽薄に軽口を叩いた。やっと解放されたとグレゴールがほっと胸をなでおろしているのは目に入らないらしい。
「ふっ……最近は住みやすい世の中になってきたようだな。私が任務のために行軍するときは、口に塩だけを詰めておしまいだ」
ウーティスが答える。続けてイシュメールも、
「本当ですね。私が航海してたとき、喉を通る食べ物といっては
鉄の味がする缶詰のスープしかなかったんですよ」
と薄ら笑いを浮かべた。懐かしさだろうか。しかし、それは暖かな思い出と言うにはあまりにも壮絶な笑みだった。ロージャが二人の物言いに引きつった笑みを浮かべる。
「……よ、よだれが出ちゃう~。そうじゃない、良秀?」
「まぁ確かに、地域によって違ってくる血の色を考えると涎が出てくるな。苦悶の顔もオードブルとしてふさわしいが」
ちらりと彼女が煙草でガリバーを指し示す。ついに顔が赤を通り越して青、否、紫になっているガリバーをあざ笑うようにハッと吐息に近い笑みを浮かべる。
「しぬ……しんじゃう……」
「安心しろ。苦しまないよう、
「差し迫った命の危機ッ!!」
散々暴れているガリバーの声を聴いたロージャが深いため息をついた。
「うっ……まともな話ができそうにないんだから。おちびちゃん! あんたは何が食べたい?」
「……」
「シンクレア? あれ!? あれ、ねぇどうしたの?」
ぴたり、と全員が動きを止める。そしてまじまじとシンクレアを見つめた。
蒼白な顔面、紫色の唇、開き切った瞳孔に震える身体。
それは誰が見ても「怯えている」人間のものだった。
「顔面蒼白だな。過呼吸と悪寒も観測される」
彼の憔悴っぷりとは対照的に、時計のような正確さでムルソーがシンクレアの症状を告げた。
〈い、いつから?〉
「ヴェルギリウスさんがK社と言及したときからです」
〈どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ?〉
「……命令がなかったからです」
ムルソーがさらりと言った。まるでそうあれと言うように。ダンテは納得したような、それでもしきれていないように、曖昧なまま頷いた。
「きゅ……急に気分が悪くなったんです、すみません」
「本当に大丈夫なの……?」
心配そうなロージャがの後ろで、ガリバーがヒースクリフの腕を振りほどいた。
「気分悪いなら吐いていいからな。はい、エチケット袋」
「あ、ありがとうございます……でも、ガリバーさんも大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
こちらも蒼白な顔色のまま親指を上げた。ダメージは着実に蓄積されているのだろう。何故戦闘でもないのに
〈そういえば……。ファウスト。ヴェルギリウスが行き先を明かす度に、誰か一人は張り詰めた顔を見せる気がするんだけど。もしかして私たちが入社した理由と関係あるのか?〉
「……私たちと称するのですね」
ファウストがぽつりと呟いた。
〈うん?〉
「微妙な変化の違いを感知するのも私の主な任務ですので。そして、囚人たちの入社理由について詳しくお教えすることはできませんが……」
「うん、つまり?」
「私たちの行き先と囚人それぞれの身辺がある程度関係しているという事実については、否定する必要がないでしょうね」
「最初からそれを言ってくれ!」
ガリバーの叫びに動じることもなく、ファウストが事もなげに言葉を返した。
「頭括式発話がいつも正しいわけではありません。ファウストはその場その場で最適な方法を選択するのみです」
「えっと……」
「つまり、先ほどの話し順が最も効果的にファウストの意思を伝えることが出来る方法だったという事です。落ち着きがないので結論を早めているようですが、この世は速度ばかりが正解ではないのですよ」
「……そうかな……そうかも……」
……どうやらガリバーは話の内容をあまり分かっていないらしい。しかし、難しい言葉に加え、もっともらしい言い分に呑まれ、いともたやすく言いくるめられてしまった。
〈ガリバー……君、良くちょろいって言われない?〉
「ダンテ!? いきなり何を!?」
呆れたような時計の音に対してぎゃーすかと騒ぎたてているガリバー、その喧噪とシンクレアのたてる水音を背景に、まっとうな会話が案内人とグレゴールの間で進んでいた。とはいえそちらは置いておいて、この背景に今回は目を向けてみよう。
「ちょろ、ちょろいって何だよ!? ダンテ!!」
〈だってあまりにも簡単にはぐらかされてるんだもん……記憶のない私ですら分かる事なのに……〉
「うっわ失礼、酷くね?」
〈酷いも何も……事実だもん〉
ちーん、と時計が甲高い音を立てた。その音でこちらに興味を持ったのか、ホンルもにこにこと貼りつけたような笑みを浮かべて二人の間に野次を入れた。
「そうですね~。ガリバーさんは流れる水のような方ですので、一つの事にはあまり執着なされないのかと」
「水ぅ?」
怪訝な顔で聞き返したガリバーに、ええ、と彼は頷いて、
「動き、巡り、多くのものを見聞きする。ひどく透明で、しかし無理に留めれば澱んでしまう。だから、じっと考えるよりは表面をさらう方が性に合っているんでしょうね」
と、さらりと言ってのけた。ガリバーは数回頷き、しばらく考えてから、にっこり笑顔で吐き捨てた。
「ほうほう、つまりホンル君も俺をちょろいと言いたいんだな! クソ野郎!」
「ああっ、ガリバー殿がついにヒースクリフ殿の言葉遣いを習得してしまわれた……! なんということだ……ううう!」
「あっ」
泣きまねでもないのがタチの悪いところだった。ドンキホーテは本当に、ガリバーの言葉遣いが悪いのを案じて、その瞳に涙を浮かべたのだった。
〈あー、ガリバー君がドンキホーテを泣かせたー。先生に言いつけてやろ〉
「先生って誰だよ!? というかお前が言いつけられる側だろ役職的に!!」
「こら、あまりドンキホーテさんをいじめてはいけませんよ」
「先生ってお前かよ……!」
頭を抱えるガリバーをニヤニヤと……表情自体は見えないが、あからさまにいじって遊んでいる二人に、ついに痺れを切らしたらしいイシュメールが苛立ちを滲ませて睨みつけた。
「チッ……そこ、静かにしてください。こっちは大事な話をしているんですよ」
「すみませんでした」
この場の力関係をあまりにも明確に表現した一幕と言っていいだろう。まっとうすぎる指摘だったからなのもあるだろうが。
「で、話はどこまで進んでいるんだ?」
「はあ……まったく、話の腰を折るなら最初から静かに聞いていればいいのに」
「ウッ」
その一言が銛となり、彼の心臓にぐさっと突き刺さった。こうかは ばつぐんだ!
〈え、えっと……〉
「K社の巣に入る方法を論じていた」
ダンテがばつの悪そうに俯いた。ホンルはその脇で微笑みながら彼らを眺めている。彼は反省していないらしい。
「だから言っているだろう。だま・とつ・しん・いきが一番手っ取り早い」
良秀がかちゃりと鞘を鳴らす。ドンキホーテも胸を張って槍をカンカンと地面に突き、ヒースクリフもごきりと首を鳴らした。囚人たちの意欲は十分のようだ。
〈おい、だま・とつ・しん・いきの最中に私が耐えるべき苦痛のことは誰も心配してくれないのか?〉
囚人以外は含めない。
「……俺たちはビザ免除で通る。リンバス・カンパニーの後ろには、様々な分野の株主がかなりいらっしゃるからな」
ヴェルギリウスがまるで喧嘩っ早い若者たちを見るかのような、嘲笑を含んだ笑みを浮かべた。
「おっ……と。そういえばそうだった……ギリギリのネタは控えるよ……」
「そういうことではないと思います、囚人14番」
「すんません。メタネタは自重します」
しょんぼりと座席に座ったガリバー。彼が静かになったことでウーティスとヴェルギリウスが満足したように目を細めた。
「はっ、悟るのが遅いな、貴様。とはいえ言葉ばかりの意思は必要ない! 真に反省したのなら行動で示せ!」
「イエス・マム! では料理の練習をして参ります上官*1!!」
「さては貴様反省していないな!?」
「貴様ら、いい加減黙れ。話が進まん。……巣に入るためには相応の検査をする必要があり、そのために非常に金も時間もかかる。しかし検問所の審査が厳しいというのは、通行権を狙う輩がそこらに溢れかえっているという意味でもある」
「へえ、つまり?」
ガリバーの投げた言葉に答えたのはヴェルギリウスではなく、また別の人間だった。
「バスの周辺に敵性存在を確認した」
ムルソーの発言に呼応するかのように、検問所の前で停車したバスの周囲に何人もの人間が武器を片手に群がってきた。
〈……まあ、もはや日課か〉
諦めたようなダンテの指示も待たず、囚人たちはバスから飛び降りた。
人格集の必要は?
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欲しい
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要らない
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反応集のところにまとめて欲しい