なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー!   作:青い方のカンテラ

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8級フィクサー

「おい! その辺りにしておけ。そろそろ客人が来るぞ。」

 

 ヴェルギリウスがバスの窓から顔を出して言った。

 

<客人って、誰が?>

 

「初めて行くダンジョンですから案内人が必要かと思いまして。」

 

 ファウストが目をやった方向を皆して向く。目を凝らせば遠くから黒い人影が見えた。

 次第に近づいてくるにつれてその人影は大きく色づいてきて、目を凝らさなくてもその主は派手なラズベリー・ピンクの髪を持った女性であることを理解できるようになってくる。

 

 彼女はバスの前で足を止めた。

 近くでよく見てみると猫背気味の女性だ。片目に眼帯を付けていることからして、自分の目玉ひとつ治すほどの金もない身分なのだろう。

 

「あの、もしかして…リンバスカンパニーから来た方で合ってます?」

 

 おずおずと口を開いた。ガリバーが首肯すると、彼女はほっとしたように肩を撫で下ろした。

 

 バスはちょうど食事を終えたころだったのだろう、その腹からボリボリという硬質なものを噛みしめる音が聞こえてくる。

 それに対し無感動に…いや、慣れている者特有の諦念をまとわせて彼女はダンテに向き直った。

 

「昔のL社に勤務していたユーリです。よろしくお願いします。」

 

<昔のL社ってことは…。>

 

「ロボトミーコーポレーション…本社はありえないし、支部の方か。」

 

「私なら呼んでも絶対に来なかったと思う。墜落した翼なんて、きっと嫌な終わり方をしたでしょうに。」

 

 イシュメールが皮肉るように言った。ユーリはその言葉を聞いて何かを思い出したのか、ただでさえ薄幸な顔つきをさらに暗くした。

 

「なに言ってんの。翼も何も、お金と一緒なら何でも愉快な記憶になるって。」

 

 ロージャがユーリの状態を知ってか知らずか明るく彼女を励ますと、今度はガリバーの表情がここではない何処かを見つめるようなものになっていく。思うところがあったのだろう。

 

「…そうとも限らないけど…。」

 

「はぁ、そこにはまだ化物がうじゃうじゃいるって噂を聞いたんだが。」

 

 グレゴールが不安そうにファウストとユーリを見つめている。二人は対照的にも動と静のような反応を示した。

 

「化物じゃなくて、幻想体です。まあ事実です。でももっと重要なものがあります。支部の最深部に、最近花開き始めたL社技術の核心である精髄が存在します。」

 

 ファウストは至って冷静に淡々と答える静の側。

 

「……。」

 

 その脇のユーリは何かを言いたそうに手を動かして口をパクパク動かしている動の側だ。

 それをじっと黙って見ていたガリバーは彼女の様子にふっと微笑んだ。それからカンテラをぐるっと肩に回し掛けて彼女に歩み寄る。

 

「ユーリさん、無理に思い出さなくて大丈夫だ。アレは少々刺激が強いし…。それに、どうせ記憶を辿るなら少し位後回しにしたって問題ないだろ。」

 

「そ、そうでしょうか…。」

 

 ユーリはこわごわと声を震わせている。ガリバーがポンポンと頭を叩こうと背伸びしているのを横目にイシュメールがふと不思議そうに口を開いた。

 

「ガリバーさんは元ロボトミー職員だったんですか?」

 

「ああ? ああ…ハハ、違うよ。職員じゃなかったさ。」

 

 しばらく考え込むように顎に手をやっていたが、彼は首を振って否定していた。

 

「ならどうして…」

 

 彼女が紡ごうとしていた二の句はダンテのカチカチという言葉が遮った。

 今まで彼はファウストとばかり話していたが、どうも聞き捨てならない言葉が聞こえたからである。

 

<そのロボトミーって会社には…エンケファリンも残っていそうだな。>

 

 エンケファリン。今は失われし旧L社産のエネルギー源。今でもなお、いや今だからこそ少量でも高値で取引がされる物体である。

 

 その言葉に反応した囚人は一人二人ではない。特にロージャは目を輝かせて自分の懐に手を突っ込んで容量を確認している。

 

「あぁ、それならこれ以上人間を注ぎ…込まなくても良さそうですね?」

 

 シンクレアはそう言ってはにかんだ。どうやら彼も人をバスの口に突っ込むのは抵抗感があったようである。

 

「それに運が良ければE.G.O.まで得られますし、一石三鳥ですね。」

 

 イシュメールは口元を緩めた。船乗りとして生きてきた彼女は一つのことだけにとらわれず多角的に物事を見ることができる。

 E.G.O.? とダンテが首をかしげているが、その様子に気がついたのはどうやら居ないらしい。

 

「E.G.O.か…化物の力を借りて変身したり武器としてぶん回したりするのだよな?」

 

 ガリバーが念の為にとファウストに視線を送ると、彼女はこくりと肯定の意を示す。それを確認した彼は笑ってグッとガッツポーズした。おそらくロボトミー産E.G.O.は残っていたとしてもリンバスカンパニーに回収されて使えないだろうが、彼はそれも分かっているのだろうか?

 

 しかしその脇で愛想笑いばかりを浮かべているユーリに気がついたグレゴールは、はっとした表情を浮かべ慌てて笑顔を繕った。慣れていないのだろう、口角が痙攣している。

 

「ユーリさんはどんなことをしてたんだ?」

 

「私が見るに、そなたはフィクサーのようだな! かの者たちからは皆、高潔な英雄の匂いがするらしい!」

 

 ドンキホーテの熱い語りにユーリは苦笑を浮かべて軽く頷いている。しかし感銘されたにしては重たい溜息を吐いたイシュメールは不機嫌そうに腕を組んで彼女を見下した。

 

「どこでそんなことを聞いたのかわからないけど、フィクサーはそんな英雄じゃありません。しがない月給ぐらしのみすぼらしい匂いならともかく。」

 

 その言葉でせっかくはずんだ空気が沈む。

 この鎮痛な空気を破ったのはもう9割方剥がれかけた笑顔を貼り付けているグレゴールだった。

 

「…すぐに他の飯の種にありつくのは簡単なことじゃなかったろうに、よくやれたな。」

 

「今はまだ…契約社員です。」

 

「なるほど。あえてここに這い戻ってきた理由もそれだったんでしょうね。前の職場に戻って大きな手柄を立てでもしたら、チーフの座でもくれるとでも言われたんですかね?」

 

「…イシュメール、折れた翼の職員っつーレッテルを抱えた人間ってのは…そう簡単に舞い戻れないんだ。せいぜいが契約延長ってとこか? とにかく、生きて帰れても立身出世には程遠いだろうさ。」

 

 ガリバーがちょっと真面目な表情でイシュメールをたしなめる。後ろで同意するようにグレゴールとユーリが頷いているのを見て彼女はむぐ、と口をつぐみ不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

「はぁ、それまた惨めな命ですね。」

 

 その言葉でついに堪えきれなくなったのかグレゴールがトントンとイシュメールの肩を叩いてヒソヒソと何やら話しているが、しかし彼女は変わらず低い声で受け答えするだけ。グレゴールが何を言おうと構わないとまさに態度で示している。

 

<一向に…慣れない人たちだなぁ。>

 

 ダンテに口があればため息混じりに放たれただろう言葉。ヴェルギリウスは特に眉ひとつ上げることなくその光景を見ていた。慣れているのだろう。

 

「早く染まるのが楽ですよ、ダンテ。…カロン、出発しよう。客人が席に座った。」

 

「メフィのおなか、パンパン。カロンもクラクション、パンパーン。」

 

 カロンがそうやってクラクションを鳴らしながら進む道中、ふとユーリが手元に視線を降ろして呟いた。

 

「あの、ところで…。地図は私が持ってるんですが…どうやってルートを決めてるんですか?」

 

「それはね…。」

 

 と、カロンがもったいぶって口を開く。

 

「勘だよ。カロンの勘。」

 

 どや、と胸を張って放たれた言葉に困惑してユーリは叫んだ。

 

「はぃい!?」

 

 ユーリが運転席に駆け込んでわちゃわちゃイシュメールも交えた三人でカロンにあれこれ指示しようとしているが、バスのスピードが一向に緩まる気配がないことから効き目は薄いらしい。

 

 ガリバーはそんな三人の様子を見てにわかにふっと微笑んだ。彼の視線がカロンとユーリに向けられていることから、おそらくは可愛らしい絵面で心が和んだのだろう。

 

「おお、なんだか僕のおじいさん方みたいな笑顔ですね?」

 

 ホンルが茶々を入れる。ガリバーは半眼になって見つめ返したが、彼はどこ吹く風とその口元を一切揺らがせない。

 

「…それジジババ臭いって言いたいのか?」

 

「いえ、そういう訳ではなく…なんでしょうね? 僕にも説明できないです。」

 

 ホンルの曖昧な笑みにガリバーは溜息をついて頭をガシガシと掻いた。しかしヒースクリフが身動ぎしたらしい衣擦れの音でビクッと身体を揺らして以降、彼は自分の席で冷や汗を垂らしながら静かにしていることを選択したようだ。

 

 バスの前方から喧騒が響いてくる。後ろは騒がしい者たちが眠っていたりとっくに前に行っていたりで落ち着いた面々が多く、ヒースクリフの派手ないびきが聞こえるだけだ。

 

 良秀は窓に映る惨憺たる景色を見ながら煙草をくゆらせ、ムルソーは人形のように姿勢よく座り続けて身動ぎもしない。

 

 どうにも見えづらいが、ファウストも同じく何を考えているかわからない眼で虚空を見つめているのだろう。

 

 カンテラが座席にぶつかり硬質な音を立てた時、バスがキキーッ!と急ブレーキを掛けた。寝ていた面々は強烈なGを目覚まし代わりに叩きつけられたからか悪態をついて立ち上がる。しかしバスの外に群がるネズミたちを見てすぐさま自分の仕事を理解し、それぞれがそれぞれの武器を手にとってバスの出口へと進んでいった。

 

 

 赤い剣筋がひらめく。やはり8級といえどネズミ程度に遅れを取るはずもなく、ユーリはその刀で敵をばっさばっさと斬り伏せていく。そのおかげかネズミ掃討作戦は幾分早く終わった。

 

 皆が戻った後、バスの運転席では金髪、白髪、ピンクのカラフルな頭がそれぞれ地図を覗き込んでいる。

 

「あいつらも飽きないな。そう思わないか?」

 

「何故私に話しかけるか。」

 

「だって俺、アイツの隣嫌だもん。暇だから話し相手が欲しいってのもそうだけどさ、特に理由もない全身なます切り体験なんてあれこっきりで十分だ!」

 

 ガリバーはわざとらしく身体をブルッと震わせた。彼女の気まぐれな攻撃に巻き込まれた彼からすればその感情を抱くのも当然である。

 

「あの分じゃしばらくシンクレアは席に戻らないし、少しだけお喋りに付き合ってくれないか?」

 

「…げにやかまし。おのがままにせよ、私は関せず焉。」

 

 イサンは諦めたように…否、そもそも抵抗する気力もないとばかりに首を振った。

 

「おっし!」

 

 彼はガッツポーズを取って身振り手振りを交えたあれやそれやを話した。その内容は暴走特急な友人や今まで旅してきたところについて、果ては変わった植物や料理など多岐に渡った。イサンはそれを雑音とみなしているのだろう、あまりろくに話を聞こうという姿勢はどうにも見受けられない。

 

 しばらくして話題に尽きたのか話すのにも疲れたのか、彼の口数も次第に減り、しばらくして二人の間にはいつの間にか気まずい沈黙が流れ出した。

 

「……。」

 

「……。」

 

「ぷっ…おちびちゃ〜ん。あんたもあそこに混ざったほうが良いんじゃない?」

 

「なにを言うか! 私は子供ではない! おちびちゃんではも〜っとない!」

 

 威勢のいいドンキホーテの声が近いからかよく聞こえてくる。

 その脇で彼らを苦々しい目で見ている囚人が一人、ダンテと話していた。

 

「…そんな幼いわけでもないな。刀を握れるようになったら、とりあえず戦争に参加させた巣もあったから。」

 

<そんなことがよくあったのか?>

 

「全くないわけじゃなかったな。」

 

 その話を受けてふとガリバーがイサンに尋ねた。

 

「お前って…どこの巣出身だっけ?」

 

「19区なり。」

 

「へえ! どんな所だったんだ?」

 

 彼が身を乗り出したのと対象的に、イサンは眉をしかめて思い出したくないものを思い出したと言わんばかりに重々しい声を漏らした。

 

「…悲惨な場所なり。私からは以上。そも、其方は旅人なればどうして私に尋ね要ずや? 己が目で見ればよろし。」

 

「…ごもっともです。ま、機会があれば見に行くことにするよ。」

 

 彼は申し訳なさそうにそう言い残してカンテラを手で弄びだした。イサンは何を思っているのかその中の揺らめく青い炎をじっと見つめている。

 

「いいえ、さっきあっちで右折しないと駄目だったんですよ!」

 

「だ、大丈夫ですよ。カロン。もう少し行って曲がっても正しい道に行けますよ。」

 

「ああ…運転手はつらいよ。」

 

 三人は相変わらず地図とにらめっこを続けている。カロンの嘆きはどうにも心がこもっていないように聞こえるのが逆に面白いのかガリバーは口角を上げてカンテラから目を離した。

 

「頑張れカロン! たぶん、きっともうすぐだから!」

 

「なんか雑じゃないですかガリバーさん!? その自信は一体どこから!?」

 

 シンクレアが叫んだ。

 

「ああだこうだはそのくらいにしておけ。前方にまた敵だ。」

 

「俺の友達をバスにぶち込むとか、いかれポンチどもが! 正気か? ただじゃおかねぇぞ! バスだけぶんどるつもりだったが、お前らも全員殺してやる!」

 

「ド正論すぎて何も言い返せねぇ。ダンテ、なんか感想ある?」

 

<変な企業に就職してしまったっていう後悔ならあるな…。>

 

「ヴェル、燃料たちがうるさい。カロン、ふたり以上がうるさいとクラクラする。」

 

「心配する必要はない、カロン。これから静かになるからな。全員下車。」

 

 チンピラと言えど所詮はネズミ。特に苦戦することもなく燃料に変えられたせいで魅力は無かったため、以下略とさせてもらう。

 

「さあ、もう一度地図を見ましょう。」

 

「……。」

 

 カロンは黙りこくっている。「はてさて何のことでしょう?」と言いたげに小首をかしげ、あどけない視線を二人に向けている。

 

「カロン、とぼけないでって言ってますよね?」

 

 ニッコリと笑ったシンクレアがカロンの肩を鷲掴みにした。そのまま彼女はユーリとシンクレアに包囲され、観念したように地図と向き直った。

 

<このバスはリンバスカンパニー専用に作られたバスだよね?>

 

「正確には、私たちのためだけのバスと言うべきですね。」

 

(L)ンバス(C)ンパニー(B)ス部署のため、ってことだな?」

 

 わざとらしく尋ねたガリバーにファウストが胡乱げな目を向けているが、そんなことはつゆ知らずとダンテは口を開いた。

 

<専用なら作るのにかなりの時間を要しただろうな。バスの横に付いてるあの…「口」もそうだろうし。>

 

「予想した分、時間を掛けて作っただけです。」

 

<……。>

 

「……。」

 

「え、時間かけたら一人で作れるもんだったのアレ!? どんだけ時間を掛けても俺には無理そうなんだけど。」

 

 彼女はガリバーの言葉に胸を張った。豊満な胸部が揺れる。

 

「ファウストは天才です。都市の全てを知っています。」

 

「おい、そんなにご立派なら前に行って道を探してくれよな。さっきからアレらがうるさくて眠れねぇよ。」

 

 ついに目が覚めたらしいヒースクリフは運転席の方を見ながら低く這った声を確かに轟かせる。それに対してファウストは特別表情を変えることなく怜悧に答えた。

 

「ファウストはお節介焼きではありません。聞かれたことには答えますが、聞きもしないことを言いはしません。そして、人間が何かを悟るために熱心に悩むことは最も楽しいことなのです。ファウストは台無しにしたくないですね。」

 

 彼女の淡々としていてどこか人の神経を煽る言葉で青筋を浮かべるヒースクリフ。

 

「分かるでしょうね、何かしら熱心に悩んだことがあるならですが。」

 

 追撃のイシュメールに我慢の限界だとヒースクリフは棍棒を握る手に力を込めたものの、すぐさま飛んできた赤い視線に舌打ちして席に戻った。

 

<どうしてあんな拗れてるんだろう…。>

 

「それな…。ここから仲良くなれるビジョンが俺でさえ見えねぇんだけど…。」

 

「はぁ。俺とかなり気が合うようだな、管理人の旦那にガリバタの旦那。」

 

「待て、俺を愉快なあだ名で呼ばないでくれ。俺はガリバーだ!」

 

 グレゴールのニヤニヤとした笑いとガリバーの溜息を引き連れて、バスは再び動き始めた。

 

 

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