なんやかんやでバスの囚人に転生したぞー! 作:青い方のカンテラ
先ほどまでぼんやりとしていたロージャが不意に顔をしかめて窓の外を指差した。
「うっ…グレッグ、もしかしてあいつらとは知り合いなの?」
「ん? なにがだ…この裏路地に俺の顔見知りがいるわけな…。」
と、言いながら窓の外の様子を確かめたグレゴールの表情も一瞬にして固まった。
そんな二人の様子を見てなんだなんだと野次馬根性丸出しで集まってきた囚人も窓の外を見やり、程度の差はあれど皆同様にその雰囲気を険しいものに変えた。
<…虫の頭?>
ダンテがおそるおそる呟く。およそ彼らの頭には虫の触覚とでも言えそうな何かが皮膚を突き破り生えていて、彼らの容貌を醜く変えている。
「うわぁ…ダンテ、頭が時計で良かった。あんなやつ、見つめる度に吐き気を催しただろうし。」
ロージャがため息混じりにダンテをつついた。ダンテも同意するように頷いている。
「あれ…グレゴールさんと同じ強化施術じゃないですか?」
イシュメールがそうグレゴールに尋ねると彼が返答するよりも早くヒースクリフが鼻で笑った。彼はどこか嘲りも含んだ笑みで虫たちを見下ろしている。
「あんな気持ち悪い虫の頭をわざとくっ付けるってか?」
「近寄るな。お前にも害虫菌が伝染るぞ?」
グレゴールは自嘲的な笑みを浮かべた。
「…すまんグレゴール、笑えないってか反応に困る…。」
「…俺のギャグセンスって変なのか?」
「さっきのはギャグじゃなくてシリアスってんだ。どうしても笑いを取りたいんだったら牛乳でも持って来い。」
グレゴールが後ろ頭をポリポリ掻いていると、バスのエンジンが気が抜けるような音を長く吐き出してその場に止まった。
どうやら彼らも燃料にする心積りらしい。
「過去のG社では、大多数の職員がグレゴールさんのように生体武器施術を受けました。」
ファウストが語る。多くはないが、それでも彼女の言わんとすることを察した囚人たちも多いのだろう、さっと表情を変えた者は少なくない。
「グレゴールさん、元G社の出身だったんですか? そのときのG社なら…。」
イシュメールは何かを思い出したように眉間に皺を寄せたが、しかしすぐにグレゴールの険しい目つきで言葉を飲み込んだ。それ以上は踏み込んではいけないと判断したのだろう。
「ああいう方々は普段どこで寝るんですか?」
「野宿じゃね? それも、最低限の風雨や夜をどうにかしのげる拠点で。」
「野宿ですか…彼らは好奇心旺盛な方々なんですね?」
「後生だから抑えてくれ、ホンル。俺まだ命は惜しい。」
後ろからガンを飛ばすヒースを見てガリバーはぶるっと身を震わせる。棍棒が振り上げられていない分まだ幸運と言えるだろう。
「見た感じだと、彼らもまた私たちの旅路を邪魔するつもりらしい。降りるべきじゃないか、グレゴール?」
「あえて俺に向かって言うわけは?」
グレゴールはその口元ですら取り繕うことができなくなったのだろう、いかにも不機嫌そうにヴェルギリウスを睨みつけた。
「さあ、他人の思い出を俺の口から囃し立てたくはないからな。前に出ろ、グレゴール。理由なら君がよく知ってるだろう。」
「…底意地わりぃ人間だな、あんた。」
彼はそう吐き捨てバスを降りた。彼の後に続いてぞろぞろと囚人たちも降りていくと、周囲にわらわらと虫頭の軍人たちが集まってきた。
「はぁ…どれ。前に出るの、あんまり好きじゃないんだけどなぁ。」
グレゴールがため息混じりに腕を彼らに突きつけ、即座に案内人たちを除いた全員が戦闘態勢に移る。すると最前列で身構えた軍人の一人がグレゴールを訝しげに見つめだしたので、グレゴール以外の囚人たちが顔を見合わせた。
<グレゴール、知り合いか?>
「いや、あいつらが一方的にグレゴールを知ってるだけだ。だってグレゴールは…」
「それがどうした、とにかくここから先は通さない。」
<対話が通じなさそうな雰囲気だな。>
ガリバーは通じたことあったっけ? と言いたげに首をすくめた。
「ところで、こいつらはどうして虫の姿で堂々とほっつき回ってるの? 子供たちが見たら大泣きするでしょ。グレッグみたいに目立たないのがいいんじゃない?」
ロージャがグレゴールに尋ねると、彼は嫌なことを思い出したかのように顔をしかめて答えた。
「俺はレアケースだ。大体はアタマに必ず昆虫の部位が付いちゃうからな。これを…運が良かったと言うべきかは分からないけど。」
そう不服そうに呟いたグレゴールは自分の腕をさすっている。何か因縁があるのだろう。
「どうしてかは分かりませんけどあの人たち、私たちがロボトミー支部に行くのを阻止しようとしてるみたいですね。」
「こいつらも黄金の枝を狙ってるの?」
ロージャが不思議そうに尋ねた。黄金の枝にそこまでの価値があると未だ感じられないようだ。
「そうかもな。あの精髄を望む者はザラにいるからな。…各々が望む願いも多種多様だろうし。そうだろう?」
ヴェルギリウスがガリバーとグレゴールを見ながら皮肉げに笑った。ガリバーは自分を指さして首をかしげている。その表情に一点の曇りもない。
「何で俺を見つめるんだ? 俺に分かるわけないだろ。」
「だからってこっちを見ないでくれ。俺にも分からん。」
バスに揺られて数十分、ようやくヴェルギリウスの指示で休息を与えられたメフィストフェレスは地面に強烈な摩擦エネルギーを与えながら急停止した。
「着いた。やっぱりカロンは道を知ってたんだ。」
そう得意げにカロンは宣言した。しかしその横では息も絶え絶えなユーリがガシッとカロンの肩を掴み、地獄から這い上がった幽鬼のような表情でカロンを睨みつけている。シンクレアがどうどうと彼女を宥めているものの怒り心頭なユーリが収まる気配はあまりない。
「やっぱりって何がやっぱりなんですか!? 私とシンクレアさんが両サイドでどれだけ苦労したと……。」
「それでもやっと東南と東北が区別つくようになって良かったです、カロン。」
シンクレアがはにかんだ。彼らの苦労が忍ばれる一言である。
バスが停まったのはそれなりに大きな施設の前。いや…廃墟の前だ。
とうの昔に放棄されたのだろうその建物は風雨に曝されたまま長く放置され、錆などが表層に浮いている。
<これが…旧L社なのか?>
ダンテが呆然と目の前の廃墟を見つめている。とても信じられないらしく、ただカチコチと時計を鳴らすことしか出来ていない。
「私も直接見るのは初めてですね…。「あのこと」があってからそこまで経ってないはずなんですなんですけどね。」
イシュメールが呟いた。あのこと、というのはかつて都市を二度に渡り飲み込んだあの白夜のことを指しているのだろう。さて、あの図書館は今も健在だろうか。
「そんな…どうやったら建物がこんな様子になるんですか?」
「はっ、金持ちのボンボンには見慣れねー光景みてぇだな。」
ヒースクリフがホンルを嘲った。先ほどの意趣返しも兼ねているのだろう。しかしホンル自身はどこ吹く風と意にも介していない。
「お喋りはそこまで。下車する。」
ヴェルギリウスの低く、よく通る声がバスの間を縫って囚人たちの耳に入る。窓を見下ろしても敵影のようなものが見えないことに首をかしげつつ、彼らは案内人の指示に従ってバスを降りる。その先には安物の服を身に纏った二人組の姿があった。
<ありゃ、なんで知らない人たちが…。>
「ユーリさんと同じ事務所のフィクサーさんです。L社支部にも既に何度か訪問したことのある経験者です。」
「挨拶しようか。左側にいる方はホプキンスさん、そして右側の方がアヤさんだ。」
「こんにちわぁ〜。」
アヤ、と紹介された褐色の女性が気の抜けるような声で挨拶をしてペコリとお辞儀した。
その隣で固まっているのはホプキンス。彼はまるで信じられないといった畏怖の目でヴェルギリウスを見つめている。
アヤに肘で突かれてようやく現実に帰ってこれたホプキンスは、他の囚人たちに目もくれずヴェルギリウスを90°の最敬礼で歓迎した。
「赤い視線様! お会いできてほ、本当に光栄です…! 噂では何度も聞いてきましたがこうやって直接…。」
「あぁ。」
うんざりしたような生返事で応じるヴェルギリウス。
その後も彼の挨拶にろくな言葉を返すこともせず、支部の側に建てられている掘っ立て小屋をぴっと指差す。
「あそこの古びた倉庫、見えるな? 中に地下へ降りられる階段がある。階段からはこっちの、ユーリさんが担当することになる。」
「…はい。」
ユーリがどことなく暗い表情で返答する。グレゴールとガリバーが心配するように彼女を見つめていたが、イシュメールの睨みに気付いてすぐ視線を戻す。
「こっちのフィクサーさんたちもキャリアがあるから、突発的な状況にも上手いこと対応してくれるはずだ。これくらいで良いよな? 私の同行はここまでだ。バスでお前たちを待っている。」
<あれ? そんないきなり?>
「だってヴェルギリウスがついてきたらゲーム性が変わっちまうもん。カービィとフロムくらい違うんじゃないか?」
「一人で足伸ばして休んでるってことか?」
ヒースクリフが苛ついたように舌打ちした。どうにも納得がいかないらしい。
「いや、そりゃ違うんじゃないか? 結構律儀だから進捗報告とか始末書とかの事務仕事でもやってそうなもんだけど。」
「…特別にガイドさんまで付けたんだし、やり遂げてこい。」
「はい! 上手いことやり遂げてきます! 赤い視線様!」
「ベストを尽くしてはみますね〜。」
分かりやすくおべっかを使うホプキンスと相変わらず呑気なアヤ。どうにも死にそうな雰囲気まみれで心配になる。
ヴェルギリウスがダンテを倉庫裏に呼び出したことを契機に、この場には囚人だけが残った。
「…さて。」
「あの赤い視線様がわざわざ連れているのなら、さぞ実力があるんでしょうね?」
「まさか8級フィクサーたる俺たちのしのぎを奪うなんてことは…もちろんしないでしょうね?」
ホプキンスが下卑た笑みを浮かべた。グレゴールが嫌そうな顔で睨みつける。
しのぎ、というのはおそらくエンケファリンのことだろう。あの支部にも少なからず残っているだろうから。
「どーだろう? でも先立つモノなんていくらあっても困らないから…。ね?」
そう答えたのはロージャだ。彼女はホプキンスに息がかかるほど密着してニコリと笑いかける。しかしその手は彼の胸元を這って、素早くポケットに何かものを突っ込んだ。
「私は構わないよ〜、それに回収したとしてもどうせ売っぱらうアテもないし。」
「…よく言う。」
頬の端を引き攣らせて彼は諦めたように首を振った。
「アヤさん。あんたら、あそこに何回か潜ったことがあるのか?」
「う〜ん、そうは言っても浅いとこまでだけどね。途中で毒まみれの所があってさ、そこから先のことは何も知らないんだよね〜…。」
「詳しく」
戦闘描写は増やしますか?
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