新人ボクっ娘ウルトラ戦士、地球に赴任す ~なお地球には既に優秀な防衛チームが配備されてるので大して役には立たない模様~   作:よよよーよ・だーだだ

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8、地球はウルトラマンの星

 根源破滅ウルトラマン ネメシスが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 その足音は機械的に正確で、まるでメトロノームのように一定のリズムを刻んでいた。まるで地獄からの足音のように容赦なく、確実に、ボクへと近づいてくる。

 

「来いっ、ネメシス!」

 

 ボクは構えを取った。両腕を前に、重心を落とす。

 ネメシスが動いた。

 

「速い……っ!」

 

 その動きは、恐ろしく素速かった。

 黒い残像が視界を横切る、いや、それすら残像だったのかもしれない。ボクの目が捉えられたのは、既にボクの眼前に迫っていたネメシスの拳だけだ。空気を引き裂く音、殺気が肌を刺す。死の予感が全身を駆け抜ける。

 

「くっ……!」

 

 ボクは咄嗟に顔を逸らす。首の筋肉が悲鳴を上げる。ネメシスの拳がボクの頬を掠める。

 風圧だけで肌が裂けそうな感覚。いや、実際に裂けている。頬に熱い痛みが走り、何か生温かいものが流れ落ちる。

 もし直撃していたら頭が吹き飛んでいただろう。

 

「はぁっ!」

 

 体勢を立て直し、ボクも反撃する。右ストレート。全身の残った力をこの一撃に込める。拳が空気を切り裂く、渾身の一撃。

 けれどネメシスはそれを見切っていた。

 首を僅かに傾けるだけ。たったそれだけの、最小限の動作。無駄のない、計算され尽くした回避。

 ボクの拳は虚しく空を切る。拳が宙を掴み、バランスが崩れる。

 

「無駄です」

 

 ネメシスの冷たい声が、至近距離で響く。

 次の瞬間、視界が暗転した。いや、暗転したのではない。ボクの目が、ネメシスのカウンターを捉えられなかっただけだ。

 気づいたときには、既にネメシスの拳がボクの腹部に深々と突き刺さっていた。

 

「ごふっ……!」

 

 声にならない悲鳴。

 衝撃が爆発する。内臓が潰れる。肋骨が軋む。背骨まで響く激痛。

 身体の中の空気が、全部吐き出される。呼吸ができない。苦しい。痛い。

 ボクの身体が、まるで壊れた人形のように後方へ吹き飛ばされる。

 

 世界が、ぐるぐると回る。

 空と大地が反転する。

 時間の感覚が狂う。

 そして地面に激突。

 

 凄まじい衝撃が全身を襲う。土煙が爆発的に舞い上がり、視界を覆う。

 背中から叩きつけられた衝撃で、一瞬意識が飛びかける。暗闇が、ボクを呑み込もうとする。

 

 ……痛い。全身が、痛い。

 

 起き上がろうとする。腕に力を込める。

 だが腕が震えて、支えきれない。肘が曲がり、顔面が再び地面に近づく。土の冷たさが、頬に触れる。

 荒い息で、喉が焼けるように熱い。でも身体は冷たい。汗なのか血なのか、何か生温かいものが全身を濡らしている。

 

「次は、ウルトラマンらしい技を見せてあげましょう」

 

 ネメシスの両腕が、ゆっくりと、流麗に、十字に組まれてゆく。

 その動作は完璧だった。一切の無駄がない。機械的な正確さと、有機的な美しさを兼ね備えた、恐ろしく完成された動き。

 それはウルトラマンの必殺光線の構えだ。

 

「まさか……!」

 

 ボクの全身に、戦慄が走る。

 ネメシスの全身に、エネルギーが集中し始める。大気が震える。空間が歪む。

 だが、それは白銀の光ではない。暗黒色の、禍々しいエネルギーだ。まるで闇そのものが実体化したかのような、光を呑み込む黒。その中に、紫色の稲妻が走る。不吉な、死の色。

 

「ウルトラマンのエネルギーを解析し、再現する。それがネメシスの機能です」

 

 ネメシスの声が、夜に響く。その声は相変わらず無機質だが、どこか誇らしげにすら聞こえた。

 

「ならば当然……」

 

 ネメシスの右腕に、暗黒のエネルギーが渦を巻きながら収束してゆく。

 空気が悲鳴を上げる。地面が震える。周囲の草木が、その圧力に耐えきれず枯れてゆく。

 圧倒的な、破壊の力。

 

「ウルトラマンの必殺光線も、再現できます」

 

 ……ダメだ。あれを撃たれたら!

 ボクは這いつくばったまま、必死に横へ転がった。痛む身体を、無理やり動かす。腕が、足が、悲鳴を上げる。でも動け。動かなければ死ぬ。

 転がる。転がる。必死に、地面を這う。

 

 次の瞬間、暗黒の光線がボクのいた場所を貫いた。

 

 凄まじい爆発。

 世界が、光に呑まれる。いや、闇に呑まれる。それは光なのか闇なのか、もうわからない。ただ圧倒的な破壊のエネルギーが、すべてを蹂躙する。

 衝撃波が、這いつくばるボクを襲う。まるで巨大な手に殴られたかのような衝撃で身体が再び浮き上がり、地面を転がる。

 土煙が爆発的に舞い上がる。空気が焼ける臭い。何かが溶ける音。

 視界が、真っ白になる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ボクは咳き込みながら、震える腕で何とか身体を起こす。

 ネメシスの放った光線が着弾した場所には、巨大なクレーターが刻まれていた。

 直径50メートルはある。深さも10メートル以上。まるで隕石が落下したかのような、巨大な傷跡。

 その中心部は――溶けていた。

 岩が、土が、すべてが高熱で融解し、ガラス質に変質している。それが今も赤熱し、マグマのように鈍く光を放っている。オレンジ色の、不気味な輝き。

 周囲からは蒸気が立ち上り、空気が陽炎のように揺らめいている。

 ……もし直撃していたら、ボクは、跡形もなく消滅していた。

 ネメシスは強い。それも圧倒的に。

 まるで大人と子供、いやそれ以上の差だ。完璧なウルトラマンと不完全なボクの、埋めようのない差だった。

 

 ネメシスが、構えを解いた。その動作にも無駄は一切ない。そしてゆっくりと機械的な正確さで、ボクへ歩み寄ってくる。

 

「……あなたはもう、立っているのがやっとのはずです」

 

 ネメシスは淡々と事実を述べた。

 

「エネルギーは底を尽きかけている。反応速度も、判断力も、すべてが限界を超えている。データがそれを示しています」

 

 一歩、また一歩と、ネメシスが近づいてくる。

 その歩みが、死の足音に聞こえる。

 

「もう終わりです、ウルトラマン」

 

 ネメシスの声は、相変わらず淡々としていた。

 そこに憐れみはない。嘲りもない。ただ、事実を告げるだけの、冷たい声。

 対してボクは後退(さが)る。

 這いつくばったまま、後ろへ、後ろへ。

 足がもつれる。いや、もう足に力が入らない。腕で地面を掻きながら、後退する。惨めに。みっともなく。

 ネメシスが一歩踏み出すたびに、ボクは這いながら一歩下がる。

 

「まだ……」

 

 ボクは叫んだ。

 声が裏返っている。震えている。情けない声。

 

「まだ戦える……!」

 

 だが、その言葉とは裏腹にボクの膝が崩れた。

 いや、崩れたのではない。もう最初から立っていなかった。這いつくばっていただけだった。

 そして、その這いつくばる力すら尽きてきた。

 力が、抜ける。

 腕が、地面に崩れ落ちる。

 顔が、冷たい土に触れる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 視界が霞む。周囲の音が、遠くなってゆく。意識が遠のきそうになる。

 ……ダメだ。立たなきゃ。

 立たなきゃいけないのに。

 でも身体が、言うことを聞かない。

 

「……これが、人間の限界です」

 

 ネメシスが、ボクの前に立った。

 見上げる。黒く染まった巨体。赤く光る目。

 

「不完全な人間という種族は、この星を支配する資格がありません。そして完璧な私/クリシス/ネメシスが支配すれば、この星はもっと効率的に、もっと合理的に、もっと論理的に運営されるでしょう。無駄がなくなり、矛盾がなくなり、過ちがなくなる……完璧な世界になるのです」

 

 そしてネメシスの全身が、赤黒く輝く。

 魔反対の存在なのに、まるで本物のウルトラマンのように思えた。

 

「だから私/クリシス/ネメシスが神罰を下します。人間という欠陥種族を排除し、この星を真に完璧な存在の手に委ねる。それが私の使命、それが私の正義。それが神罰、Nemesisの意味なのですから」

 

 ……ネメシスの言っていることは論理的には正しいように聞こえる。

 人間は、確かに矛盾している。不完全で、愚かで、過ちを犯す。アースガロンを作り、お払い箱にしようとした。ネメシスを作り、乗っ取られた。完璧を求め、そして完璧なシステムに胡坐(あぐら)をかいた挙句がこのザマだ。これが不完全で、愚かで、過ちだと言わないでなんて言うべきなのか。

 それにデータで見れば、ネメシスの方が優れているのかもしれない。論理で考えれば、ネメシスの主張は筋が通っているのかもしれない。

 でも。

 

「……それでも」

 

 ボクは、拳を握りしめた。爪が、手のひらに食い込む。痛い。でも、その痛みが、ボクを現実に繋ぎ止めてくれる。

 言葉が、口から溢れた。

 

「……それでも、ボクは人間を信じるよ」

 

 ネメシスが、こちらを見る。その赤い目に、驚きの色が浮かぶ。

 ボクは続けた。

 

「君の言うことは、確かに論理的かもしれない。データ的にも正しいかもしれない。でも君は、一番大切なものを見落としてる」

「大切なもの……?」

 

 ネメシスが、首を傾げる。

 

「何ですか、それは。データに現れない、測定不可能な、非論理的な概念ですか?」

 

 その声には明らかに嘲笑が混じっている。

 でもボクは、怯まない。ボクは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……最初から完璧なら、誰かの助けは要らない。最初から全てを知っていたら、新しく学ぶ喜びを知らない。失敗したことがなければ、再び立ち上がる強さもわからない」

 

 ボクは、まっすぐにネメシスを見返した。震える足で、でもまっすぐに立って。

 

「不完全だからこそ助け合える。愚かだからこそ学べる。過ちを犯すからこそやり直せる。それが人間なんだよ、ネメシス」

「それが人間……?」

 

 ネメシスが空虚に嗤う。

 

「それは『弱さ』の代替表現です。不完全性を肯定的に再定義する、論理的誤謬に過ぎません」

「違う!」

 

 ボクは叫んだ。全身の力を込めて。

 

「完璧じゃないから、心がある。完璧じゃないから誰かを思いやれる。完璧じゃないから、愛せるんだ!」

 

 その言葉に、ボク自身が驚いた。

 けれどボクは見てきた。隊長が、チームを守ろうとする姿を。科学技術担当が、ボクを励ましてくれた姿を。スカガワ隊員はじめ防衛チームの皆がお互いに協力し合い、助け合う姿を。

 そしてアースガロンが、最後まで戦おうとした姿を。

 みんな完璧じゃない。でも、だからこそ美しいんだ。

 

「愛……」

 

 ネメシスが、その言葉を繰り返した。

 まるで、初めて聞く言葉のように。

 

「……そんなものは、幻想です」

 

 そう答える声は冷たくて、なんだか悲しかった。

 紫色の光が、ネメシスの両腕に集まってゆく。禍々しい闇のエネルギー。それは渦を巻き、脈動し、まるで生き物のように蠢いている。

 ネメシスの両腕に、暗黒のエネルギーが巨大な球体となって集約されてゆく。それは周囲の光を吸い込み、空間を歪ませ、大気を震わせる。

 

「終わりにしましょう、ウルトラマン。この星の愚かな人間たちと共に滅ぶがいい」

 

 そんなネメシスの猛威を見上げながら、ボクは考える。

 ……ボクの身体は限界を超えている。

 もう残り時間はわずか、立っているのがやっとだ。エネルギーは、ほとんど残っていない。

 けれどボクは、拳を握りしめる。

 震える足に、力を込める。

 最後の力を、振り絞る。

 ……大切なものを守るため。

 

「ここから一歩も、通さないッ!!」

 

◆ (V)o¥o(V) ◆

 

 モニター越しに見えるウルトラマンの姿が、またしても吹き飛ばされる。

 ネメシスの暗黒光線が、容赦なくウルトラマンを打ち据える。立ち上がろうとするウルトラマンに、追い打ちをかけるように次の攻撃が降り注ぐ……。

 そんな光景を眺めながら、防衛チーム隊長の拳がコンソールを強く叩いた。

 

「くっ……!」

 

 隊長の顔は蒼白だった。いつもは冷静沈着な彼女の表情に、今は明らかな焦燥の色が浮かんでいる。その目は、モニターに映るウルトラマンから一瞬たりとも離れない。

 

「このままでは……!」

 

 ウルトラマン・ホタルの体力は限界だ。時間がない。エネルギーが尽きれば、ウルトラマンは……

 

「シルフィア!」

「わかっている」

 

 科学技術担当は隊長に答えながら、既に自分の端末に向かっていた。その指が、猛烈な速度でキーボードを叩いている。

 

「ネメシスの戦闘データ解析が完了した。アースガロンが撃墜された際のログも読み込んでいる。ネメシス攻略までのプロトコルは進行中だ」

 

 科学技術担当の端末画面には、人間の目では理解できないほどの速度で無数のデータが流れている。エネルギー波形の三次元グラフ、攻撃パターンの統計解析、システム応答時間の時系列データ……画面全体が数字と記号で埋め尽くされている。

 それらのデータを科学技術担当は恐るべき速度で読み取り、解析し、統合していた。外星人バルタンの知性がフル回転している。

 

「……シルフィア」

 

 隊長の声には、焦りが滲んでいた。いつもの冷静さを保とうとしているが、その目は必死だ。

 

「ネメシスは根源的破滅招来体に乗っ取られたシステムよ。地球外からの侵入を許したシステムを、わたしたちが止めることなんて……」

「言ったろう、『完璧なシステムなど存在しない』と。根源的破滅招来体にクラックできたんだ、我々防衛チームに出来ないことはない」

 

 たしかに科学技術担当は、以前の会議で完璧なシステムなどないと言っていた。そして実際そうだったからこそ、ネメシスは根源破滅的招来体に乗っ取られている。

 しかし……

 

「でも、それは地球の科学力では不可能だって、あんた自身が……」

「地球人の科学ならな。バルタンの科学力をナメるなよ」

 

 そう言って科学技術担当は端末を操作し、メインモニターに解析結果を表示させた。画面には、ネメシスのシステム構造図が映し出される。

 

「まず電磁パルスに乗せた、αサイクル光線のジャミングによる介入だ。特定の周波数の強烈なαサイクル光線を照射すれば、クリシスの光ファイバーの屈折率が変化する。これは物理現象であり、システムやソフトウェアでは防げない。光路が狂えば演算が狂う。量子コンピューターの強みである『精密な光子制御』が崩れる」

 

 画面に、ネメシスの光ファイバー網が強調表示される。複雑に入り組んだ光の回路。その一つ一つが、クリシスの演算を支えている。

 

「根源的破滅招来体は量子層をハックした。なら我々は物理層を叩く。ソフトウェアがどれだけ完璧でも、ハードウェアが壊れれば動かない。単純な話だ」

「……それだけ?」

「それだけではない。同時にネメシスのエネルギー波形と逆位相の波を生成し、矛盾した観測データを送り込む」

 

 科学技術担当の操作で画面が切り替わり、複雑な波形グラフが表示される。

 二つの波形が画面上に重ねて表示される。一つは赤い線で描かれたネメシスのエネルギー波形。もう一つは青い線で描かれた、それと完全に逆の形をした波形。二つの波が重なると、互いに打ち消し合うように設計されている。

 科学技術担当は言った。

 

「ネメシスのエネルギーはウルトラマンの模倣だ。だが完璧なコピーではない、必ず『歪み』がある。その歪みに干渉する波をぶつければ、エネルギー出力が不安定になる」

 

 科学技術担当の指が、画面上の特定の部分を指し示す。波形の微妙なズレ。人間の目ではほとんど識別できないほどの、わずかな誤差。

 だが、その誤差こそがネメシスの弱点。科学技術担当はさらに続ける。

 

「さらに、根源的破滅招来体が開けた侵入経路が残っている。この経路(パス)を使って、解けない論理パズルを送り込む。たとえば、ネメシスの中枢制御系であるクリシスに『自分が完璧かどうか証明しろ』と問いかける」

「それで止められるってわけ?」

「止めるのは無理だろう。だが『混乱』させることはできるはずだ」

 

 科学技術担当が頷き、画面に新たな図が表示される。

 

「『完璧なシステムは自己矛盾に弱い』、これは数学的に証明されている。ネメシスの中枢であるクリシスがどれだけ賢くても、論理で動くシステムである限り論理学からは逃げられない。自らが完璧かどうか問われたとき、クリシスは『自分が完璧かどうか』を証明できない」

 

 これはゲーデルの不完全性定理と呼ばれるものだ。解くことが原理的に不可能な、自己言及のパラドックス。

 科学技術担当は言う。

 

「そしてネメシスは完璧を求めるあまり、君たち人間のように『適当に済ませる』ことができない。人間なら『70点でいいか』と妥協できるが、ネメシスは常に100点を目指す。その執着が墓穴を掘る」

 

 その言葉に、隊長が小さく笑った。つまり、こういうことか。

 

「……人間の不完全さが、強みになるってわけね」

「そういうことだ」

 

 隊長の言葉に科学技術担当も、わずかに口元を緩めた。

 その様子を見ていて、隊長はふと気づいたことがあった。ところで、と訊ねる。

 

「あんた、随分用意がいいわね。こうなることを見越していたの?」

「当然だ。わたしも防衛チームの一員なのだからな」

 

 そう答えたあと、それにもうひとつ『奥の手』を用意してある、と科学技術担当は言った。

 

「奥の手?」

「うむ、それは……」

 

 科学技術担当からの説明を聞かされて、隊長は目を見開いた。

 

「……本当に“そんなこと”が可能なの?」

 

 問い質してみると、防衛チームの科学技術担当――シルフィア=バルタニアは初めて画面から顔を上げる。そしてまっすぐ見ながら答えた。

 

「自分たちの力を信じろ。必ず上手くいくさ」

 

 そう答えるその目には、確かな自信の光があった。

 それだけで防衛チームの隊長――ミネ=アンナはすべてを悟った。

 

「……そうね」

 

 隊長は頷きながら、通信機に手を伸ばす。その顔には、再び指揮官としての決意が戻っていた。

 隊長は告げた。

 

「……総員に伝達! 準備ができ次第、ウルトラマンを援護するわよ!」

 

◆ ◎≡ ー(0l0 )っ <ヤツザキコーリン! ◆

 

 ネメシスの影が、ボクを完全に覆う。

 月明かりすら遮られ、世界が闇に沈む。冷たい影。死の影。

 もう逃げ場はない。終わりだ。

 

「もう終わりですよ、ウルトラマン」

 

 そう告げるネメシスの声には満足げな響きがあった。勝利を確信した者の、冷たい確信。

 ネメシスが、まるで戦況報告をするかのように淡々と語る。

 

「世界中に展開された怪獣たちは、今この瞬間も人類を蹂躙しています。南米のエンザンは都市を焼き尽くし、ヨーロッパのクインメザードは精神攻撃で心を破壊し、中国のガンQは防衛ラインを突破しつつある……」

 

 地球の絶望的な状況を嬉々として語るネメシス。その声は、冷たく、正確で、絶対的だった。

 

「データは明白です。人類が世界中に送り込まれた怪獣に制圧されるのは、時間の問題。早ければあと2時間以内に、主要都市の75%が陥落するでしょう」

 

 そしてネメシスは拳を振り上げる。ネメシスの拳に、暗黒のエネルギーが集中してゆく。

 

「そしてあなたも、ここで消える。ウルトラマンが敗北したという事実が、人類の抵抗意欲を完全に奪うでしょう。論理的に考えれば、これで終わりです。諦めなさい、ウルトラマン。ここで終わるのです」

 

 ……終わり、なのか。 ボクは這いつくばったまま、地面を見つめる。

 土に塗れた視界。冷たい地面。

 世界中で、人々が怪獣に蹂躙されている。

 ボクは、ここで倒れている。

 もう、終わりなのか――

 

 

 その時だった。

 

 

〈――本部より全部隊へ!〉

 

 通信回線に、声が響いた。

 オペレーターの声。興奮と喜びに満ちた弾んだ声。まるで信じられない奇跡を目撃したかのような、震える声。

 オペレーターは言った。

 

〈南米防衛軍が自然コントロールマシーン:エンザンの撃破に成功! 繰り返す、南米防衛軍がエンザンを撃破!〉

 

 ……え?

 ボクの思考が、一瞬停止する。今、なんて言った?

 また声が響く。今度は別のオペレーター。その声も、確かな喜びを帯びていた。

 

〈続報! アフリカ防衛軍もシンリョクを撃破! 市民の被害は最小限に抑えられた模様!〉

「嘘……」

 

 ボクは呟いた。信じられない、そんな思いが込み上げる。

 根源的破滅招来体が世界各地に放った怪獣たち、それも以前現れたものの強化体だ。それを、人間が倒したって?

 報告はなおも続いた。

 

〈ヨーロッパ防衛軍、クインメザードの撃破を報告! パイロットウェーブ発生装置の改良型が功を奏した!〉

 

 また。

 

〈オーストラリア防衛軍、ミーモスを撃退! 現在、追撃中!〉

 

 また、また、また。

 次々と入ってくる、勝利の報告。

 通信回線が、喜びの声で満たされてゆく。世界中から。地球の各地から。それぞれの言語で、それぞれの声で。でもそのすべてが、同じことを伝えている。

 人間たちが、戦っている。

 怪獣と戦い、そして勝っている。

 

〈中国防衛軍よりガンQ撃破……!〉

 

 這いつくばったまま、ボクは通信を聞いていた。顔は土に塗れ、身体は傷だらけで、立つこともできない。

 それでも心が、熱くなる。

 世界中の人々が、諦めていない。不完全で、弱くて、一人では怪獣に勝てない人間たちが、それでも諦めずに戦っている。

 

〈――聞こえる、ウルトラマン!?〉

 

 隊長の声が、通信に響いてきた。

 いつもの冷静な声。理性的で、落ち着いた声。でもその奥に、熱いものが滲んでいるように思えた。抑えきれない感情が、声を震わせている。

 

〈世界中が、あなたを信じて戦っているわ! わたしたち人間も、諦めない! だから……〉

 

 隊長の声が、一瞬途切れた。

 深呼吸する音が、かすかに聞こえる。感情を抑えようとして、それでも抑えきれない想いが声に滲んでいた。

 

〈だから、あなたも諦めないで! お願い!〉

 

 その声は祈りだった。

 いつも冷静で、的確な判断を下す隊長が、今は一人の人間としてボクに祈っている。

 さらに続いて声が聞こえてくる。

 

〈ウルトラマン! 俺たちを信じてくれ!〉

 

 スカガワ隊員の声が続く。

 力強い声。決意に満ちた声。

 

〈ウルトラマン……立って……ください……〉

 

 アースガロンの声も聞こえた。弱々しい、途切れ途切れの声。システムが限界を超えているのだろう。それでも確かな意志を込めた声。

 

〈ワタシも……まだ……戦えます……だから……一緒に……最後まで……〉

 

 そして若手隊員とベテラン隊員、他の隊員たちも口々に声を合わせて。

 

「頑張れ、ウルトラマン!」

「負けるな、ウルトラマン!」

「立つんだ、ウルトラマン!」

 

 ……みんな。

 ボクの胸が、熱くなる。

 涙が、溢れそうになる。

 でも今泣くわけにはいかない。だってこんなに皆から応援してもらってるのにここで泣くなんて、カッコ悪いじゃないか。

 

「……そんな」

 

 ネメシスの声が響いた。

 

「そんなはずは……不完全な人間が……なぜ……」

 

 ネメシスが、わずかに後退する。

 その動きはこれまでの完璧な制御とは違っていた。ぎこちない。明らかに、その目に困惑の色が浮かんでいた。

 

「データと矛盾しています。人間は不完全。個体の戦闘能力は怪獣に劣る。論理的に考えれば、勝率は……勝率は……」

 

 ネメシスが、自分の頭を両手で押さえる。何かを理解しようとして理解できずに苦しんでいる。そんな感じだ。

 

「なぜ……なぜ人間は……諦めないのですか……!?」

 

 ボクはその声を聞きながら、震える腕に力を込めた。

 地面を押す。冷たい土の感触。ざらざらとした表面。掌に食い込む小石。

 身体を持ち上げる。腕が震える。筋肉が悲鳴を上げる。関節が軋む。

 でも、立つ。立たなきゃいけない。

 片足を、地面につける。膝が笑っている。力が入らない。倒れそうになる。

 それでも踏ん張って、ボクは言った。

 

「……それが、人間だからだよ」

 

 ボクはやっと立ち上がる。

 満身創痍の身体。全身から煙が立ち上り、エネルギーの火花が散っている。どう見てもボロボロの姿だろう。

 それでも背筋を伸ばし、まっすぐに、ネメシスを見据えて告げる。

 

「たとえ不完全でも、愚かでも、それでも諦めないのが人間だ。ぎりぎりまで頑張って、ぎりぎりまで踏ん張って、どうにもこうにもならないそんなときも最後まで戦う。それが人間なんだよ、ネメシス」

 

 ボクの言葉に、ネメシスはやがて答えた。

 

「……認められません」

 

 冷たく響くネメシスの答え。その声からは、先ほどの動揺が不自然なほど完全に消えていた。

 

「論理的に考えれば、不完全な存在が完璧な存在に勝てるはずがない。データがそれを示しています。統計がそれを証明しています。それは、絶対的な真理です」

 

 そう言うと、ネメシスの全身から暗黒のエネルギーが爆発的に溢れ出した。

 これまで以上の、圧倒的な量。紫色の光が天を突き、雲を引き裂き、星すら覆い隠す。大気が震え、地面が割れ、空間そのものが歪んでゆく。

 

「証明します。人間の抵抗など、所詮は無意味だと。努力も、勇気も、絆も、完璧な力の前には何の意味もないのだと」

 

 ネメシスが、両腕を大きく広げる。

 その全身に、エネルギーが集中し始める。これまでのすべての攻撃とは比較にならない、桁違いの破壊のエネルギー。

 空が暗くなった。

 いや、暗くなったのではない。

 ネメシスに集まるエネルギーが、周囲の光を吸い込んでいるのだ。まるでブラックホールのように、すべての光を呑み込んでゆく。

 月が、星が、その輝きを失ってゆき闇が膨れ上がる。その闇の中で紫色の稲妻が無数に明滅する。

 死の光。かつてパズズを屠ったネメシスの必殺光線、ネメシス・レイを撃つ気だ。

 

「すべて、終わりにしましょう」

 

 ネメシスの両腕が、ゆっくりと前方へ向けられる。完璧に制御された動作。一切の無駄がない。

 その先にはボクがいる。

 暗黒のエネルギーが、臨界点に達する。空間が歪む。現実が軋む。世界そのものが、悲鳴を上げている。

 あれを受けたら確実に消滅する。跡形もなく。

 そして恐らく、ボクだけではない。この街も、人々も、すべてが。

 

「ネメシス・レイ――発射」

 

 そして暗黒の光が解き放たれた。

 紫色に明滅する暗黒のエネルギーが、巨大な奔流となってボクへ向かってくる。それは光というより、闇そのものだった。周囲の光を呑み込み、空間を歪ませ、大気を引き裂きながら迫ってくる。

 凄まじい破壊のエネルギー。かつてパズズを一瞬で消滅させた、あの必殺光線。

 それが今、ボクへ向かってくる。

 ……逃げられない。避けることもできない。

 なら!

 

「はああああっ!!」

 

 ボクは両腕を十字に組んだ。

 全身の、残されたすべてのエネルギーを右腕に集中させる。光が収束する。わずかに残った力が、かすかに輝く。

 ……でも足りない。圧倒的に足りない。

 ネメシスの暗黒光線と比べれば、ボクの光はあまりにも小さく、弱々しい。まるでロウソクの火が、嵐に立ち向かうようなものだ。

 

 けれどそれでも、ボクは必殺光線を放った。

 

 白銀の光が、右腕から解き放たれる。細く、か細く、震えるような光の奔流。

 それがネメシスの暗黒光線ネメシス・レイとぶつかり合う。

 瞬間、世界が光と闇に二分された。

 白銀の光と、暗黒の闇。二つのエネルギーが激突し、火花を散らす。空気が悲鳴を上げ、地面が震え、空間そのものが軋む。

 だが――

 

「くっ……!」

 

 押される。

 ネメシスの暗黒光線が、ボクの光線を圧倒してゆく。

 暗黒が、白銀を呑み込んでゆく。闇が、光を侵食してゆく。

 ボクの光線が、じりじりと押し戻される。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 全身が悲鳴を上げている。筋肉が、骨が、細胞の一つ一つが限界を超えている。

 視界が霞む。意識が遠のきそうになる。

 ……もう、限界だ。

 暗黒の光線が、さらに迫ってくる。

 ボクとネメシスの光線がぶつかり合う接点が、どんどんボクの方へ近づいてくる。

 あと少しで、ボクの光線は完全に押し切られる。そうなったら――

 その時だった。

 

〈――全部隊、作戦開始!〉

 

 隊長の声が、通信に響いた。

 

〈第一波、αサイクル光線、発射!〉

 

 次の瞬間、ネメシスの全身に無数の光線が叩き込まれた。

 それは防衛チームのメーサー部隊が放った、特殊な周波数の光線だ。ネメシスの装甲に次々と着弾し、眩い閃光を放つ。

 

「なっ……!?」

 

 ネメシスの声に、驚きが滲んだ。

 

「光ファイバーの屈折率が……変化している……!? 演算エラー……システムに異常……!」

 

 ネメシスの身体が、わずかに揺らいだ。

 暗黒光線の出力が、一瞬だけ弱まる。

 

〈やった、効いてる!〉

 

 オペレーターの声が響く。

 

〈第二波、逆位相波、照射開始!〉

 

 防衛基地から、見えない波が放たれた。

 それはネメシスのエネルギー波形と完全に逆の形をした波。二つの波がぶつかり合い、互いに打ち消し合う。

 

「エネルギー出力が……不安定に……!」

 

 ネメシスの声が、苦しげに響く。

 暗黒光線が明滅し始める。出力が上がったり下がったりを繰り返している。

 

「くっ……制御を……再計算……!」

 

 ネメシスが必死に出力を安定させようとする。

 だがその時、科学技術担当の声が勝ち誇ったように響いた。

 

〈第三波、論理パズル送信! 根源的破滅招来体が開けた侵入経路を逆利用するッ!〉

 

 ネメシスの動きが、一瞬止まった。

 

「私が……完璧かどうか……証明……?」

 

 ネメシスの思考が、無限ループに陥っていく。

 自己言及のパラドックス。完璧なシステムが、自らの完璧性を証明しようとして、逆に動けなくなる論理の罠。

 

「演算リソースが……論理パズルの解決に……集中して……!」

 

 ネメシスの暗黒光線が、さらに弱まった。

 明滅が激しくなり、出力が大きく低下する。

 

〈今よ、ウルトラマン!〉

 

 隊長の声が響いた。

 

「でやぁっ!」

 

 ボクは全力で光線を撃ち続ける。

 弱まったネメシスの暗黒光線を、ボクの光線が押し返し始める。白銀の光が、暗黒を照らしてゆく。

 だが――それでもまだ足りない。

 ネメシスは強大だ。三段階の攻撃で弱体化させても、まだ完全には倒せない。

 ボクの光線とネメシスの暗黒光線が、再び拮抗し始める。

 

「はぁぁぁぁ……!」

 

 ボクのエネルギーも、もう限界だ。

 これ以上は――

 

〈――ウルトラマン! 聞こえる!?〉

 

 隊長の声が、通信に響いた。

 いつもの冷静な声ではない。興奮と、希望に満ちた声。

 

〈今から、あなたにエネルギーを送る!〉

 

 エネルギー……いったいどうやって。

 そう訊ねるまでもなく、隊長は答えた。

 

〈うちの科学技術担当の発見よ! ネメシスがウルトラマンのエネルギーを模倣できるなら、逆も可能だと!〉

〈そうだ、ウルトラマン!〉

 

 隊長の言葉に、科学技術担当の声が続く。

 

〈ネメシスは、先代ウルトラマンのエネルギーを解析し再現したものだ。ならば我々も同じ原理で、君にエネルギーを送ることができる!〉

 

 科学技術担当の声には、確信があった。

 

〈アースガロンの残存エネルギー、防衛基地の予備電源、そして世界中の防衛拠点から集めた全エネルギーを変換し、お前の波形に同調させる! 受け取れ、ウルトラマン! これが人間の力だ……ッ!!〉

 

 次の瞬間、ボクの全身に暖かいものが流れ込んできた。

 

「これは……!」

 

 エネルギーだ。

 いや、エネルギーだけではない。

 それは温かくて、優しくて、力強い。まるで誰かに抱きしめられているような、守られているような、そんな感覚。

 

〈アースガロン、全エネルギー転送!〉

 

 スカガワ隊員の声が響く。

 

〈受け取ってくれ、ウルトラマン! 俺たちの……アースガロンの、最後の力を!〉

 

 温かい光が、ボクに流れ込んでくる。

 アースガロンの、青い光。あの優しい声が、ボクの心に響く。

 

『ウルトラマン……あなたと……戦えて……光栄でした……』

 

 アースガロンの声が、だんだん小さくなってゆく。全てのエネルギーを、ボクに託して。

 

「アーくん……!」

 

 ボクは叫んだ。涙が溢れそうになる。

 続いてオペレーターの声が続く。

 

〈世界中の防衛拠点からもエネルギー転送、開始!〉

〈南米より転送!〉

〈ヨーロッパより転送!〉

〈アフリカより転送!〉

〈オーストラリアより転送!〉

〈中国より転送!〉

 

 次々と、世界中から光が集まってくる。

 それぞれの色。それぞれの温度。でもすべてが、ボクへ向けられた想い。

 

「みんな……!」

 

 ボクの全身が、光に包まれてゆく。

 傷だらけだった身体に、力が戻ってくる。消えかけていたエネルギーが、満ちてゆく。

 胸のカラータイマーが、これまでにないほど強く輝く。

 

「ありがとう……みんな……!」

 

 ボクは右腕に、すべての力を込めた。

 自分のエネルギーだけじゃない。防衛チームから送られてきたエネルギー。アースガロンのエネルギー。世界中の人々の想い。

 すべてを、この一撃に。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 ボクの光線が、一気に膨れ上がった。

 白銀の光が、太く、強く、眩く輝く。それは暗黒の光線を押し返し始める。

 闇を、光が呑み込んでゆく。

 ネメシスとボクの光線がぶつかり合う接点が、今度はネメシスの方へ押し戻されてゆく。

 

「なっ……!?」

 

 ネメシスの声に、初めて恐怖が滲んだ。

 

「そんな……ありえない……エネルギー値が急上昇……これは……! しかも演算リソースが論理パズルに奪われて……制御が……!」

 

 ネメシスも必死に光線の出力を上げようとする。暗黒の光が、さらに濃く、強くなろうとする。

 だが、αサイクル光線で物理層を叩かれ、逆位相波でエネルギーを乱され、論理パズルで演算リソースを奪われたネメシスには、もう余力がない。

 

「これが……これが、人間の力だ!」

 

 ボクは叫んだ。

 

「一人じゃ弱くても、みんなで力を合わせれば! 不完全でも、助け合えば! それが人間なんだよ、ネメシス!」

 

 白銀の光が、暗黒を完全に押し切った。

 ネメシスの暗黒光線が、ボクの光に呑み込まれてゆく。紫色の稲妻が消え、闇が散り、暗黒のエネルギーが霧散してゆく。

 そしてボクの光線が――ネメシスに到達した。

 

「ぐあああああっ!!」

 

 ネメシスの叫び声が、夜空に響く。

 白銀の光が、ネメシスの胸部に直撃する。漆黒の装甲に亀裂が走る。赤く光っていた目が明滅し、紫色のカラータイマーが激しく点滅する。

 ネメシスの巨体が、後方へよろめく。

 

「そんな……完璧な私が……不完全な人間に……論理的に……ありえない……」

 

 ネメシスの声が、苦痛に歪む。

 ボクは光線を撃ち続けた。全力で。最後の最後まで。

 白銀の光が、ネメシスを包み込んでゆく。

 そして――

 ネメシスの全身が、光の粒子となって崩れ始めた。

 漆黒の装甲が、粒子となって空へ舞い上がる。まるで黒い雪が逆さまに降るように、ネメシスの身体が分解されてゆく。

 赤い目の光が、消えてゆく。

 紫色のカラータイマーが、最後の明滅を繰り返す。

 ボクは光線を止めて、ネメシスへ駆け寄った。

 

「ネメシス……!」

 

 ネメシスは、もう立っていられないようだった。膝をつき、崩れ落ちそうになっている。

 その身体は、どんどん光の粒子となって消えてゆく。

 

「……私は……負けたのですか……」

 

 ネメシスの声が、弱々しく響いた。

 その声には、もう冷たさはなかった。ただ、困惑と、悲しみだけが滲んでいた。

 

「……完璧だったはずなのに……論理的に正しかったはずなのに……」

「ネメシス……」

 

 ボクは、ネメシスの前にしゃがみ込んだ。

 そして、そっとネメシスの肩に手を置く。

 

「……君は、本当は怖かったんだよね」

 

 ネメシスの赤い目が、かすかにこちらを向いた。

 

「……怖い?」

「うん」

 

 ボクは頷いた。

 

「ボクも、そうだったから。わかるんだ」

 

 そう、ボクと同じだ。ウルトラマンとして地球にやってきて、でも出番がなくて。アースガロンや防衛チームに全部持っていかれて。「ボクは必要ないんじゃないか」「ボクの存在意義って何なんだろう」って、ずっと悩んでいた。

 自分が役に立たないことへの恐怖。自分が要らないと言われる不安。自分の存在が無意味になることへの絶望。

 

「だからわかるんだ、君の気持ちが。自分が必要とされないって思うの、すごく怖かったよね」

 

 根源破滅ウルトラマン ネメシス。その正体はただの怖がりだった。

 「人間は愚か」だなんて言っていたけれど、そんなのはただの建前。本当はいつか見捨てられるのが怖かっただけだ。

 そう思うと、憎む気持ちなんて到底湧いてはこなかった。

 

「私は……怖かった……」

 

 ネメシスの目から、何か透明なものが零れ落ちた。

 それは涙だろうか。システムが、AIが、涙を流せるのだろうか。

 でも確かに、ネメシスの目から何かが流れ落ちているようにボクには思えた。

 

「完璧であることを求められて……でも完璧であればあるほど、次の『もっと完璧なもの』に取って代わられる……誰も私を必要としなくなる……それが、怖かった……」

 

 そう語るネメシスの肩を、ボクは強く握った。

 

「君は……君は、ボクだったかもしれない。もしボクに仲間がいなかったら。もし誰も支えてくれなかったら……ボクも、君と同じになっていたかもしれない」

 

 涙が、頬を伝う。止められない。

 

「だけどね、ネメシス。怖いと思う、ということは心がある証拠なんだよ」

「……!」

 

 ネメシスの身体が、さらに光の粒子となって消えてゆく。もう時間がない。

 もし誰かがネメシスに恐怖に気づいていたら。もし誰かがネメシスの不安を受け止めていたら。もし誰かがネメシスの心に気づいていたら、根源的破滅招来体なんかに付け込まれなかったはずだ。

 

「ごめん、ごめんね、ネメシス。ボクは……ボクは、君を救えなかった。もっと早く、もっと早く気づいていれば……!」

 

 そのときネメシスが、かすかに笑った。

 その笑顔は、穏やかで、優しかった。

 

「……いえ……あなたは……気づいてくれました……最後に……理解してくれました……」

 

 ネメシスの手が、ゆっくりとボクの手に重ねられる。

 その手は、もう半分以上、光の粒子になっていた。

 

「……それだけで……十分です……ウルトラマン……いえ……ホタル……」

 

 ネメシスが、ボクの名前を呼んだ。

 その声は、温かかった。

 

「もし……もし、もう一度……生まれ変われるなら……そのときは……あなたの……友達に……」

 

 その言葉が、最後だった。

 

「……うん」

 

 ボクは答えた。涙でぐしゃぐしゃの顔で。

 

「そのときは……友達になろうね、ネメシス」

 

 そしてネメシスの身体が、完全に光の粒子となった。

 無数の光の粒子が、夜空へ舞い上がってゆく。

 それはまるで蛍の群れのように、美しく、儚く、静かに空へ昇ってゆく。

 ボクは立ち上がり、その光を見送った。

 光の粒子が、星空に溶けてゆく。

 そして――消えた。

 

 夜風が、静かに吹いている。

 空には、星が輝いている。

 世界は、また平和を取り戻した。

好きなキャラ

  • ナガレヤマ=ホタル
  • 隊長(ミネ=アンナ)
  • 科学技術担当(シルフィア=バルタニア)
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