スペースオペラ世界でダンジョン攻略して成り上がる少年の話   作:ウォーリア

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ダンジョンものにスペースオペラ要素を足してみました


1章
少年の転機


 死が目の前まで来ている。

 凄まじい咆哮を轟かせながら。

 

「――くそ!! くたばれ!」

 

 青髪の少年――アスラがブラスターピストルを撃った瞬間、金属の通路に、乾いた銃声が反響した。

 だが次の瞬間、アスラは自分の撃ったその一発が、何の意味もなかったことを悟る。

 

 放った光弾が()に当たった瞬間に綺麗に弾かれたからだ。

 

「うわ――」

「GIGAAAAAA!!!」

 

 少年の叫びは、背後から迫る怪物の咆哮に呑まれた。

 振り返るまでもなく、全身の産毛が逆立つ気配が背中を刺す。

 

 半分は機械、半分は生物――どんな経緯でそうなったんだよとツッコミたくなる異形が、金属の四肢をガキガキと鳴らしながら迫ってくる。

 赤黒い外殻の隙間で脈打つ生体パーツが、機械音と心臓音の中間のようなリズムを響かせる。アスラから見たらその存在自体が悪夢だった。

 

「くそ!!」

 

 アスラは薄汚れたローブを翻し必死に走る。

 ローブの裾は裂け、真っ青な髪が揺れ、肩口につけた安物の防具がガチャガチャとうるさい。

 

 頼れる武器はダンジョン内にあった亡骸から奪った型落ちのブラスターピストルのみ。そしてその唯一の武器が効かないのだから、もはや残されているのは絶望しかなかった。

 

(死ぬ訳にはいかない……!)

 

 死んだら()()()()()()親友に顔向け出来ない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 アスラは必死に曲がり角へ飛び込む。

 無機質でどこを走っても同じような光景のダンジョンは、方向感覚を狂わせてくる。

 

 死にたくない一心で逃げていく内に思う。

 

(どうして、俺はこんな目に遭っているんだろう)

 

 宙賊たちの悪事に加担させられていたからだろうか。

 でも自分はただ必死に……毎日を生きて、いつか自由になる日を夢見ていただけだ。

 

 だけど現実は残酷で、容赦なく死を与えようとしてくる。

 

(奴隷じゃなかったら……違ったのかな)

 

 逃げ惑う内にアスラはこれまでの事を走馬灯のように思い出した。

 

 

 アスラが物心ついた時には、もう自由なんて言葉は遠い世界のものだった。

 

 何故なら彼は宙賊によって買われた奴隷だったからだ。

 

 暗く狭い貨物室には油と金属の匂いが漂い、床に敷かれたボロ布からは異臭がする。環境としては劣悪な宙賊船でほとんどの時間を過ごすのが当たり前。

 自分の名前すら誰かに呼ばれた記憶はなく、ある日突然、鎖つきの首輪を嵌められた状態で、この船――宙賊団ブラッド・ラットの母船に放り込まれてから、ずっと最悪な世界が続いていた。

 

 そんな宙賊団を率いる船長ロスドは、痩せこけた頬と鋭い鉱石の義眼を持つ男で、笑うたびに金歯がギラついていた。

 

 彼はいつも値踏みするような目で子供達を見ると――

 

「――働け。使えねぇガキはいらねぇ。宇宙の塵になりたくなきゃ、手と足を動かせ」

 

 ――と吐き捨てるのが常だった。

 

 宙賊団にはアスラ以外にも十数名の孤児がいた。

 種族も星もバラバラ。人間もいれば、耳の尖ったディア族、触角を持つミルヴァ族、灰色の皮膚をしたカイロン族の子もいた。みな十五歳未満の子供ばかりで、買われた直後から掃除、整備、料理、盗み技術まで徹底的に叩き込まれた。

 

 教える役は下っ端の宙賊たち――粗暴な二人組、

 鉤鼻の男ドレンと、腕に入れ墨だらけの巨漢ベルグだ。

 

「おいガキ! そっちの配線逆だって言ってんだろうが!」

「道具は口で噛むんじゃねぇ! 手を使え手を!」

 

 怒号が飛び交い、ミスをすれば殴られる。

 それでもアスラは耐えるしかなかった。痛みに慣れたわけじゃない。ただ、それが生きるための唯一の手段だった。

 

 そんな地獄のような環境で、アスラが唯一心を許せたのは、恐らく同じ年頃だと思われる少年――ラルだった。

 

 ラルは短い黒髪と灰色の瞳をした痩せっぽちで、いつも袖の破れたシャツを着ていた。

 そしてよく笑うのが1番の特徴だった。

 どれだけ怒鳴られても殴られて辛い事があっても、彼は奴隷になった孤児たちのムードメーカーとして振る舞い、皆を笑顔にしてきた。

 

「アスラ、今日あの二人の怒鳴り声、いつもより伸びてたよな。ベルグなんて顔真っ赤だったし」

「……笑い事じゃないよ」

「だってあれ、絶対俺のせいじゃなくてドレンが配線間違えたせいだろ? 理不尽通り越して笑えるって」

 

 そう言って肩をすくめるものだから、アスラもつい吹き出してしまう。奴隷という身分で、笑える時間があること自体が奇跡みたいだった。

 

 夜――子供達が詰め込まれた狭い区画では、アスラとラルはよく寄り添って話をした。

 

「なぁアスラ、俺たちってさ……このまま宙賊になるのかな」

「……ロスドはそうやって言ってるけど、あれ本気かどうかなんて、わかんないよ」

「だよな。でもさ――俺は、いつか絶対外に出たい。でっかい宇宙を、自分の足で歩いてみたい」

 

 ラルの言葉を聞くたびに、アスラの胸にも小さな火種のような希望が灯った。この船の外に出て、いつか自由になりたいという淡い希望だ。

 

 だけど何もない自分達が外に出た所で生きていけるのか。

 そんな疑問を抱いたアスラだったが、ある日……その生きていく手段についてのきっかけを得る事になった。

 

 ――数日後。

 

「おーしテメェら、全員起きろ!」

 

 ドレンが区画のドアを蹴り開けた。

 宙賊団は近くの輸送船を襲撃する準備に入っていた。

 その襲撃はいつものことだが、この日は子供達も連れ出される。襲った船から物資を運び出す雑用に使うためだ。

 

 アスラとラルは無言で顔を見合わせた。

 この作業は危険だが、逆らうという選択はない。

 輸送船内部は焼け焦げた匂いが充満し、壁にはレーザーの跡が走る。

 

 大半の乗員は既に拘束されており、一部はドレンやベルグに連行されていた。

 

 子供達は使える物をかき集め、袋に詰める作業を任された。

 

 その時――ラルが小さな金属ケースを見つけた。

 

「……ん? これ、なんだ?」

 

 手のひらサイズで、側面に古い企業ロゴが刻まれていたそれはホロブックと呼ばれる、投影端末の一種だった。

 

「見せて」

 

 アスラが覗き込むと、ラルは悪戯っぽく蓋を開いた。

 淡い光が浮かび上がってふわりと、空中に映像が投影される。

 

 可愛らしいデフォルメキャラに、やわらかい声で物語を語るAIボイスが貼り付けられている。

 キャラが喋ると背景には、古代遺跡のような巨大構造物が表示され、じんわりとタイトルが浮かび上がる。

 

《ダンジョン――超文明が残した宇宙最大の遺産》

 

「……なにこれ。絵本?」

「読み聞かせホログラムだ。子供向けのやつだよ、多分」

 

 ラルは驚きと興奮で目を輝かせた。

 アスラも息をのむ。

 そこに映っていたのはダンジョンという存在だった。

 

《ダンジョン――それはかつて全宇宙を支配していたとされる超文明が、宇宙のあらゆる星々に築き上げたとされる未知の空間です》

 

 ホロブックを読み進めていくと、ダンジョンについて様々な伝説が語られていく。

 

 ダンジョンは規模が小さいものから大きなものまで様々あり、内部にはダンジョンにしかない技術と兵器、装備、または生物が沢山いる世界である事。

 

 そしてそんなダンジョンを攻略し、富と名声を得ている者たち――探検者(シーカー)がいる事を知った。

 

「ラル、もしいつか……ここから出るとしたらシーカーになりたい」

「死ぬかもしれない冒険をするかもしれないのに?」

 

 とラルが問うが、アスラはニヤリと笑った。

 

「でも得られるものは大きい。どん底から這い上がるにはこれが一番じゃない?」

「はっ……確かにな……!」

 

 そんな簡単に甘いものじゃないのは理解していた。

 でもこの時――アスラは初めて夢を抱いた。

 

 探検者(シーカー)になって英雄になって、何不自由なく暮らせるようになりたいと。

 

 

 ホロブックを見つけてからアスラとラルの日常はわずかに色づいた。

 

 夜――奴隷達が押し込められた狭い区画では、暗がりの中で小さな光がふわりと灯り、子供達が目を輝かせて集まる。

 

「今日は続きだろ? 次どうなんの?」

「声抑えて……! 見つかったら即殴られるんだぞ」

 

 囁き声で言い合いながらも、皆の視線は期待で揃っていた。

 アスラはホロブックを取り出し、布でそっと埃を払うと、ラルと一緒に壁際に座る。

 起動スイッチに触れた瞬間、淡い光が宙に広がり、冒険譚の続きが再生された。

 

《第六層、幻影の回廊――シーカーたちは罠に気づかぬまま進む》

 

 柔らかな語り口、躍動するキャラクター。

 宙賊船の冷たい金属壁とはあまりにも対照的で、子供達はみな息を呑んで見つめた。

 

 アスラはそんな光景を嬉しそうに見渡す。

 絶望しかなかったこの船の中で、少しでも笑顔が見られるなら、それだけで救われる気がした。

 

 しかし――この小さな奇跡は、徐々に大きな変化へと繋がっていく。

 

 宙賊達の目を盗み、子供達は次々と夜に集まるようになった。人数が増えるほど、誰か一人でもミスをすれば見つかる危険性は高まる。

 

 けれど、それでも見たい――冒険の続きが。

 ダンジョンに挑む英雄の姿が。

 そしていつか、自分達も外の世界に踏み出す未来が。

 

 アスラとラルは慎重に見張りを立て、子供達の移動ルートや隠れ場所まで決めた。囚われの身にも関わらず、まるで秘密結社のようにまとまり始めていった。

 

 そしてある夜。

 ホロブックの朗読が終わったあと、アスラは意を決して皆の前に立った。

 

「……なぁ、みんな。いつかここを出ないか?」

 

 その言葉に、小さなざわめきが広がった。

 

「外に……?」

「宙賊の船から?」

「無理だよ、見張りが多すぎる……!」

「無理じゃないよ」

 

 ラルが前に出る。

 どこか火が灯ったようなその目は、普段の彼とは違った。

 

「俺たち、団結すればいける。アスラと俺で、ちゃんと考える。皆で計画を立てれば……いつか絶対に出られる!」

 

 心臓が跳ねるような沈黙があった。

 でも次の瞬間――

 

「……出たい!」

「俺も!」

「ここ、嫌だ! 絶対出たい!」

 

 泣きながら叫ぶ子がいた。

 誰よりも優しい子だった。

 アスラはその姿を見て、不思議と胸の奥が熱くなった。

 

「皆で、生きて外へ出る。ここの生活から抜け出して……自由になるんだ」

 

 その瞬間、区画の空気は変わった。

 誰もが怯える世界の中で、初めて希望が形になった瞬間でもあった。

 

 それは冒険譚を通じて子供たちの心に、外へ出て自由になりたいという渇望を抱かせたからだろう。

 

 

 ――だがその変化に勘づいた者がいた。

 

 

「……最近、ガキどもの態度がおかしくねぇか?」

 

 ぼそりと呟いたのはベルグだ。

 酒の臭いが充満するブリッジで、腰を下ろしたまま顎をさする。

 

「何がだ」

 

 船長ロスドが不機嫌そうに振り向いた。

 その目は濁り、いつものように獲物を値踏みするような鋭さを持っていた。

 

「いや……妙に静かなんだよ。ガキ共ってのは普通、うるさくて手がかかるもんだ。だけど最近は妙にまとまってるっていうか……妙に落ち着いてる」

「……」

 

 ロスドは目を細めた。

 細い指で葉巻を回しながら、腹の底に広がる嫌な予感を噛みしめる。

 

「ベルグ。ガキどもを一人ひとり監視しろ。隠れてコソコソしてるようなら……骨の一本でも折って構わん」

「へいへい」

 

 ロスドは立ち上がり、薄暗い通路を歩きながら思う。

 

(ガキ共の中じゃそろそろ成熟した奴もいる。そうなれば反乱分子も出てくるだろうな)

 

 特にアスラやラルは15になるガキだ。

 子供達の中じゃリーダー格であり、彼らが反乱すれば他の奴隷も乗ってくる。

 ここいらで締め付けを強化するために、見せしめも必要になってくると考えた。

 

「一回分からせてやるか」

 

 悪意がアスラとラルに忍び寄ろうとしていた。

 

 

 それから数日、アスラとラルは慎重に動くようになった。見張りの交代、宙賊たちの飲酒のタイミング――すべてを記録し、少しずつ「脱走」という現実的な形に落とし込んでいった。

 その最中、整備区画へ向かう途中で、アスラは偶然ロスドとベルグの会話を耳にした。

 

「次の補給はアグラ=VIIだ。例の密輸ルートに繋がる中継地だ。地表に降りる必要がある」

「へぇ。じゃあガキどもも連れていくんすか?」

「荷物としてな。だが……船から降りるのはこちらの作業員だけでいい。ちょうどいい。目を離す時間ができる」

 

 アスラはラルと互いに短く頷いた。

 

(降りる隙……それを利用する)

(地表に降りた瞬間なら、監視も薄れる……絶対に逃げられる)

 

 二人の覚悟は揺るがなかった。

 子供たちも、恐怖に震えながらも「その日」を夢のように待っていた。

 

 

 

 ――そして、脱走計画決行の日。

 

 

 

 作業灯が消灯に入り、廃熱の匂いが漂う時間帯。

 アスラとラルは子供たちが一斉に動けるよう配置を確認していた。合図を送る寸前だった。

 

 そのとき――

 

「アスラ、ラル。ブリッジまで来い」

 

 艦内放送が無機質な声で二人の名を呼んだ。

 空気が凍りついた。

 

「……なんで、俺たちの名前を……」

「まずい……かも」

 

 ラルの声が震えていた。

 アスラの背筋にも冷たいものが落ちた。

 だが、呼ばれた以上行かないわけにはいかない。逃げれば、計画そのものが破綻する。

 

 二人は互いの肩を小さく叩き、意を決して通路へ出た。

 

「来たか」

 

 ブリッジに入った瞬間、刺すような視線が全身に降り注いだ。

 ロスドが艦長席に座り、葉巻の煙をゆっくり吐きながら二人を見下ろしていた。隣にはベルグが腕を組んで立っている。

 

「ガキども……ここまで来い」

 

 ロスドは指で机の端をコツコツ叩いた。

 

「まずはこれを聞け」

 

 そう言うと、卓上の通信装置の再生ボタンを押した。

 ザザ……というノイズのあと、音声が流れる。

 

『――見張りはこの時間帯が一番緩む。ここなら……たぶん逃げられる』

『でも、他の子たちをどう動かす? 合図を遅らせれば……』

『アグラ=VIIに降りた瞬間、荷揚げ口に集合させる。そこで――』

 

 アスラとラルは、息を止めた。

 それは紛れもなく、自分たちが区画で交わした会話の録音だった。

 

「……どう、して……」

 

 ラルの呟きを聞いたベルグが鼻で笑った。

 

「最近ガキどもが妙にまとまってるって話したろ? で、確認したんだよ。よく集まる区画に小型レコーダーを仕掛けてな」

「隠しもしないで堂々と計画立ててくれて助かったぜ。おかげで面白ぇものが取れた」

 

 アスラの拳が震えた。

 心臓が嫌に速く脈打つ。怒りなのか、絶望なのか、自分でもわからない。

 

「貴様ら孤児は頭が足りないのが利点だ。だから敢えて余計な知識も植え付けなかったし、単純作業ばかりやらせた」

 

 ロスドは机の前に立ち上がり、ゆっくりと二人の前へ歩いてきた。

 

「まさか……逃げるつもりだったとはな。ガキのくせに、随分と舐めたことを考える。あのダンジョン冒険譚に夢を抱いたか? 間抜け!!」

 

 アスラは必死に言葉を押し出した。

 

「俺たちは……ただ、生きたかっただけだ。あんたたちの奴隷でいる理由なんて――」

 

 その瞬間、ロスドの手がアスラの頬を鋭く打ち抜いた。

 視界がぐらりと揺れ、金属床に崩れ込む。

 

「黙れ」

 

 ロスドは冷えた声で言い放つ。

 

「貴様らが理由を語るな。お前たちは使い捨ての道具だ。道具に意思は要らん」

「……っ!」

 

 蹴りが容赦なく腹を抉った。

 空気が肺から抜け、アスラはくぐもった声を漏らした。

 

「やめろ!!」

 

 ラルが叫び、アスラに駆け寄ろうとしたが、ベルグがラルの髪を掴んで引きずり戻した。

 

「安心しろ、お前も同罪だ」

「が……!」

 

 ラルの顔面に拳が叩き込まれる。血が床に落ち、鉄臭い匂いが広がった。

 

 ロスドは満足げに二人を見下ろした。

 

「さて……計画の内容は全部聞かせてもらった。良い見せしめだ」

 

 そして艦内通信のスイッチを入れる。

 

「船員ども、聞け」

 

 声は艦内の隅々まで響いた。

 

「ガキども全員を貨物区画に連れてこい。すぐにだ」

 

 アスラとラルは顔を上げた。

 

「……やめろ……! 皆は関係ない!!」

「あるさ」

 

 ロスドはゆっくり口角を上げた。

 

「希望なんてものを抱くから、逃げようとする。だったら簡単だ。二度とそんなものを抱けないようにしてやればいい」

 

 冷ややかな笑みだった。

 

「お前たちに相応しい末路を用意した、楽しみにしとけ」

 

 その言葉は、残酷な未来を確定させる宣告に他ならなかった。

 

 

 アグラ=VIIの地表は、降り立った瞬間から生命を拒むような空気に満ちていた。灰色の荒野は果てしなく続き、剥き出しの岩肌を削るような暴風が砂を巻き上げている。視界は常に揺れ、地平線はぼやけ、空は鉛を溶かしたような色をしていた。

 

 その荒廃した地に、ロスド率いる宙賊団の降下艇が着地した。

 

 アスラとラルは両腕を拘束され、ロスドの部下たちに前へ押し出されるようにして立たされていた。背後には降下艇が停まり、そこには残りの船員と、横一列に並ばされた子供たちの姿があった。

 

「アスラ! ラル!!」

「何するつもりなの!? 2人に手を出さないで!」

「やめて! やめて!!」

 

 子供たちの叫びが荒野の風にかき消されそうになる。

 だがアスラには、その声がかえって胸に刺さった。

 自分たちのせいだ。夢を抱いたせいで巻き込んでしまった――そう思うほど、呼吸が重くなった。

 

 ロスドはゆっくりと歩み出る。

 風に煽られた外套がばさりと鳴り、冷えた金属のような視線が二人を射抜いた。

 

「さて、ガキども。せっかく地表に降りたんだ。少し昔話でも聞かせてやる」

 

 ロスドは葉巻を足元に捨て、靴で押し潰してから語る。

 

「俺はな……昔、シーカーだった」

「……なっ」

 

 アスラの喉が固まる。

 ラルも唖然と目を見開いた。

 ロスドはその反応を楽しむように、ゆっくり続けた。

 

「一流には成れなかった。腕も、勘も、大したことはなかった。だが――ダンジョンから得られる武器や装備は、どれも化け物じみた力を秘めているんだ」

 

 ダンジョンの技術は今栄えている巨大な銀河文明と引けを取らない所か、むしろ軽く超えた技術の宝庫だ。例え難易度の低いダンジョンであっても、その力である程度好き勝手が出来るぐらいは出来る。

 

「俺はその力で、仲間を作った。似たようなクズどもをね。で……気づけば宙賊の頭になってた」

 

 ロスドの目が細くなる。

 

「金、力、自由……それらは全部ダンジョンがくれた。冒険? 夢? そんなもん、俺は必要ない。好きに生きれたら良いのさ」

「……可哀想な奴だな、結局しょうもない使い方しかしてないなんて」

「は……偉く強気だな、ラル」

 

 ロスドはラルを嘲笑った瞬間――風が一段と強く吹く。

 

「だがこれを見てもそのままでいられるかな?」

 

 そう言ってロスドは荒れ果てた大地の中心、黒灰色の岩盤に突き刺さるように建つそれを指差した。

 

「なんだ……あれ……」

 

 アスラは言葉を失った。

 指差した先にひ巨大な三角形の構造物があった。

 地表から数メートル浮遊し、内部には金色の粒子が滝のように流れ続けている。

 

 見たこともない異様な光景だったが、アスラとラルは察した。

 

 あれはダンジョンの入り口だと。

 

「この星で見つけた。他のシーカーどもはまだ気づいてない。未踏のダンジョンゲートだ」

 

 ニヤリと笑ったままロスドは言った。

 この時点でアスラとラルは彼が何をする気か悟った。

 

「中には何があるかわからん。罠か、怪物か、あるいは宝か……誰も知らねぇ。入った奴も、出てきた奴もいねぇからな」

 

 2人に歩み寄りながらロスドは言った。

 

「せっかくだから、お前らの夢を叶えてやる。冒険がしたいんだろ?」

 

 ロスドはアスラとラルの2人を、ゲートの前へと無理矢理連れ出す。

 

「ぐ……! やめろ!」

「絶対ゆるさねぇ!!」

「おいおい、夢を叶えてやるってのに……随分な言い草じゃねぇか」

 

 そしてロスドはアスラとラルを引き摺るようにして、一度前方へと放り投げた後に――

 

「あの世で感謝しな!! 船長ロスド様が未知の冒険をプレゼントしてくれたってなぁ!!!」

 

 右手から口径の大きな銃を取り出し、衝撃波を放って2人をゲートの中へと吹き飛ばした。

 

「う……わぁああ!!」

「アスラ……!!」

 

 2人がゲートの中へ入る寸前――子供達が泣き叫んだ。

 それを聞いたアスラはそのまま奥へと吸いこまれていった。

 

 ――ピピッ

 

 かすかに何かの発信音を聞いて。

 

 

 冷たい金属の感触が、頬を刺し、アスラは目を開けた。

 

「……っ、アスラ……? 起きて……!」

 

 かすかな声に呼ばれ、アスラはゆっくりと目を開く。鼻をつく焦げた金属臭、そして耳の奥で響く低い振動音。視界に広がったのは、見たこともない光景だった。

 

 天井も床も壁も、どれも鈍く光を帯びた合金で組まれ、そこかしこに幾何学的なラインが走っている。ゆるやかに明滅する青白い光が、洞窟でも船内でもない異質さを際立たせていた。

 

「ここ……どこだよ……」

 

 思わず呟くと、隣でしゃがみ込んでいたラルが不安そうに唇を噛む。

 

「ゲートの……向こうだから……ダンジョンの中だよね」

「……間違いなくそうだろうな」

 

 さっきまで耳に残っていた宙賊たちの声は、もう聞こえない。代わりに響くのは、一定のリズムで鳴る機械の鼓動のような音だけ。

 

 周囲に他の人影はなく、出口らしい扉はひとつも見当たらない。まるで異世界にぶち込まれたような感覚だった。

 

「……とにかく、離れるなよ」

 

 アスラが言うと、ラルは小さく頷いた。

 

 ――それから数時間歩いた。

 

 もうどれぐらいの距離を歩いたかわからない。時間の感覚すら曖昧になるほど、似たような空間が続いた。何度も曲がり角を折り返し、階段を上り下りしても、まるで巨大な迷宮に迷い込んだかのように出口は見つからない。

 

 照明はあるため暗くはないが、人の気配はひとつもなかった。

 

「アスラ……この場所、本当に出口あるのかな……」

 

 ラルの声は震えている。

 

「……わからない、でも入れたなら出る事だって出来る筈だ……!」

 

 吐き捨てるように言ってから、アスラはふと立ち止まった。

 金属壁の先が、ぽっかりと広場のように開けていた。

 

「……っ!」

 

 2人は息を詰めて進むとそこは、研究施設の一室のようだった。

 

 半壊した端末、割れた透明カプセル、黒焦げになった床。何かが暴れたのか、壁には深い爪痕のようなえぐれ跡が残っていた。そして――

 

「……これ、人……だったもの……?」

 

 ラルが青ざめた声で言った。

 部屋の中央には、人の形をかろうじて留めた白骨死体が横たわっていた。身につけているはずの装備はほとんど朽ち果てていたが、落としたままの武器だけが、かすかな金属光沢を失わずに残っている。

 

 小型の二挺――ブラスター・ピストルだ。

 

「ラル、持てるか?」

「……うん。でも……誰のものだったんだろ」

「考えても仕方ねぇよ。武器がないよりマシだ」

 

 アスラはひとつを手に取り、ラルにももう一挺を渡す。

 ブラスターは軽く、引き金の感触も悪くない。しかし、それが逆に不気味でもあった。まるで「使われる時」を待っていたように、すぐにでも撃てそうな状態で残されている。

 

 アスラは周囲を見渡し、息を整える。

 

「よし……ここから出る方法を――」

 

 その瞬間だった。

 

 ――ガギャアアアアアアアァッ!!

 

 突然、金属壁が内側から抉れるように爆ぜた。

 

「な……っ!? 嘘だろ……!」

 

 火花と破片が飛び散り、2人は思わず腕で顔を庇った。

 壁の奥から現れたのは、機械と生物の境界がわからない異形の怪物だった。

 そいつは片方の腕を大型の刃のような形状に変化させると、2人を睨んだ。

 

「ゴァアアア!!」

 

 機械の唸りと獣の咆哮が混ざり合った、耳を裂くような鳴き声を上げると、ラルが泣き出しそうな声で叫ぶ。

 

「アスラ……ッ!! 逃げないと!!」

「わかってる!! 走れッ!!」

 

 狭く入り組んだ金属の通路を全力で駆け抜ける。

 アスラとラルは互いに手を取り合い、体を低くして曲がり角を曲がり、天井の低い隙間をくぐり抜ける。怪物の唸り声が後方から迫り、足元の床が振動する。小柄な体を活かし、パイプの下や機械の隙間をすり抜けるたび、蒼い液体が滴る怪物の腕が必死に追いかけてくる。

 

「アスラ、こっちだ!」

「っ!」

 

 ラルが叫び、脇道へ飛び込む。

 二人は全身の力を振り絞り、廊下の曲がり角を連続で抜けていく。空間の構造が複雑すぎて、怪物の動きが追いつかない。今なら逃げ切れる――そう思えた瞬間、背後から金属が弾ける音が響いた。

 

「な……!?」

 

 通路の天井から突然仕掛けが作動し、2人は強烈な衝撃に巻き込まれ、光の渦に吸い込まれるようにして別のエリアへ飛ばされてしまった。着地した先は、先ほどまでの廊下とはまるで違う広間だった。

 

「くそ!!」

 

 アスラは膝をつき、荒い息を整えながらラルを振り返った。ラルも同様に息を切らし、顔を青ざめさせている。

 

 怪物の金属と有機質が入り混じった腕が、広間の入口からゆっくりと姿を現した。唸り声が空間に反響する。アスラは思わずラルの背中を庇うように立ち上がり、手にしたブラスターピストルを構えた。

 

「……もう、倒すしかない!!」

 

 アスラは自分自身に言い聞かせるように息を吐いた。

 引き金を引き、蒼い光弾が怪物に向かって飛ぶ。しかし、怪物は光弾を簡単に躱し、代わりにアスラへと突進してきた。その速度と力に、胸が凍る。

 

「ラル、離れろ!」

 

 アスラの声を遮るように、ラルが一歩前に飛び出した。小さな体でアスラを押しのけ、自らの体を怪物の鋭い腕の前に投げ出す。

 

「なっ……ラルッ!!」

 

 アスラは叫ぶ間もなく、ラルが怪物の刃のような腕に串刺しにされ、床に倒れ込むのを目の当たりにした。血の匂いと焦げた金属の匂いが混じり、頭が真っ白になる。

 

「ら……る……!」

「ごぼ……っ」

 

 アスラは涙で視界が滲む。

 ラルの顔は痛みに歪んでいたが、アスラを見て弱々しく微笑んだ。

 

「アスラ……俺の分も……生きて……」

 

 ラルの声はかろうじて聞こえた。息も絶え絶えで、意識が薄れていく。怪物はゆっくりとラルの体を持ち上げ、奥へと引きずり込もうとする。アスラの手が空を掴むが、届かない。

 

「ラルッ!! うわぁぁぁぁ!!!」

 

 アスラは膝をつき、必死に叫ぶ。

 しかしラルは怪物の腕に捕らえられ、暗く深い空間の奥へと吸い込まれていった。叫び声は途中で呑み込まれ、残されたのは鋼鉄の床に滴る血と濃密な鉄の匂いだけだった。

 

「……ラル……うぅぅ……ぁあああ!!」

 

 アスラは拳を握りしめ、震える手でブラスターを再び構える。

 

 (絶対に……生きて……ここを出る……!!)

 

 そしてラルの分まで背負って、必ず自分の夢を叶えると。

 

 

 その日から体感で三日ほど、昼夜の区別もつかずに彷徨った。食事も水は亡骸の近くにあったものを摂取する。多分後で腹を壊すかもだが、食わないわけには行かなかった。

 それからただ歩き、潜み、怪物の気配を避けるだけの時間だった。

 

 その間、何度もあの半機械半生物の怪物が姿を現した。アスラは追い詰められるたびに全身の血が凍ったが、逃げながらもラルの顔を思い出して力を内側から沸き立たせた。小さな手でアスラを押しのけ、自ら犠牲になった勇姿を見たら、諦める訳には行かなかった。

 

「……ラルの分まで……俺は……絶対に生きる……」

 

 ある時――アスラは偶然、壁面に仕掛けられた異常な装置を発見した。何かが通過するとレーザーを発射するセンサー付きの罠だ。光の軌跡を見つめながら、アスラの目に光が宿った。

 

「……これは使える……かもしれない」

 

 彼は慎重に周囲を観察し、怪物が音に敏感であることを確認した。作戦は単純だが危険だった。レーザーを放つ仕掛けの前まで怪物を誘い込み、仕掛けが作動するタイミングで怪物を射抜く。

 

 成功すれば、あの恐ろしい存在を倒すことができる――かもしれない。

 

(奴を倒せば希望は見える……!)

 

 そうと決まれば話は早い。

 アスラは息を整え、慎重に足を運びながら怪物の移動ルートを把握した。金属床を踏む音は最小限に、息も殺すようにして調べ、レーザー罠までのルートを頭の中で組み立てた。

 

 ――それから更に2日、そのタイミングが来た。

 

 背後の暗闇から怪物の気配を感じる。冷却液の匂いと金属の軋む音が、次第に近づいてくる。

 

「……来る……来るぞ……」

 

 アスラは手に握ったブラスターピストルを握り直し、心の中で作戦を反復する。怪物が罠の前で立ち止まり、ターゲットを意識してくれるように、自分を捕食対象として見せなければならない。恐怖と怒りが混じる感情を抑え、冷静さを維持する。

 

「グルルルル……」

 

 そしてついに金属の節くれた腕が見えた。

 アスラは身体を低くし、レーザー罠の直前で意図的に姿を現した。

 

「……来い……!」

 

 そしてわざと足音を鳴らし――咆哮が轟いた。

 

「ゴァアアア!!!」

 

 怪物はアスラの姿を確認し、唸りを上げて突進してくる。アスラは全身の力を使ってわずかに後退し、怪物をレーザー罠の範囲内に誘導する。罠のセンサーが怪物の動きを捉え、目に見えない光線が点滅する。アスラは息を止め、心臓が破裂しそうなほどの緊張を感じながら、次の瞬間を待つ。

 

「……これで……頼む!!」

 

 怪物の腕がアスラに届く直前、レーザー罠が作動する。光線が怪物の有機質と金属骨格を一瞬で切り裂き、痛みの咆哮が空間に響く。衝撃波が通路に伝わり、アスラは体を低くして衝撃をやり過ごした。怪物は罠の光に包まれ、動きが鈍る。アスラはその瞬間を見逃さず、再びブラスターを構え直す。

 

「……今だ……!」

 

 心の中でラルの名を叫び、アスラは怒りと決意を全身に注ぎ込む。希望と復讐の狭間で、アスラは再び怪物を罠へと誘い込むと――

 

「くたばれ!!」

 

 アスラは飛び込みながらセンサーを起動させ、レーザーが通路の壁から照射された。

 

「ギシャアアア!!」

 

 怪物の身体がレーザーの光によって貫かれ、金属の骨格は歪み、皮膚は裂け、火花が飛び散る。

 だがそれでもその眼光はアスラから一瞬たりとも外れない。

 

「まだ……生きてる……だと……!」

 

 アスラは息を荒くし、再び背を丸めて後退する。通路の複雑な構造を利用し、曲がり角や細い通路に身を隠しながら、何とか怪物の動きを逸らそうと必死に走った。しかし、重低音の唸りと鋭い爪の衝撃が、すぐ後ろまで迫ってくる。

 

 

 ――そして今に至る。

 

 

「――くそ!! くたばれ!」

 

 ブラスターを撃っても効果はない。

 

(どうして、俺はこんな目に遭っているんだろう)

 

 友達は目の前で死に、そして今自分も死のうとしている。

 

(ごめん、ラル)

 

 怪物が迫る中でアスラがラルに謝ったその時――

 

 ――ダァン

 

 空気を裂くような乾いた衝撃音が、通路の奥から響いた。

 アスラは思わず足を止める。怪物も、咆哮の途中で硬直した。次の瞬間、暗がりから現れた影が一歩、また一歩とこちらへ歩み出てくる。

 

 長いコートの裾が揺れ、片目には黒い眼帯。

 姿勢は無駄がなく、手には異様に巨大なピストルを構える女が現れた。

 

「少年、頭を下げろ」

 

 アスラの思考は追いつかなかった。だが、身体だけが反射的に動く。

 

 ガクンと地面に頭を伏せた瞬間――閃光が空間を切り裂いた。

 

「――――!!!」

 

 黄色の光束が一直線に走り、怪物の胸部へ叩き込まれる。

 触れた途端、怪物の身体が内側から破裂したように弾け飛んだ。蒼い液体と黒焦げの破片が宙を舞い、壁に叩きつけられ、床に散らばる。

 

 アスラは目を見開き、口を半開きにした。

 

(……一撃……? あの化け物を?)

 

 あれほど恐ろしく、罠を二度通しても死ななかった怪物が、ただの一撃で沈んだ。自分の震える呼吸すら聞こえるほどの静寂が訪れ、その中で、コートの女がゆっくりとブラスターを下ろす。

 

「……まったく。シーカー以外の生体反応が通れば反応するはずのセンサーが鳴っていたから駆けつけたが……」

 

 女は怪物の残骸を一瞥し、そしてアスラの方へ歩み寄る。

 

「まさか、年端もいかない少年がひとりでダンジョンにいるとはね」

 

 女の声は低く落ち着いていたが、その奥には驚愕と呆れが混ざっていた。

 

 アスラは息を飲み、見上げる。

 女は近くで見ると、眼帯の下から覗く片目に強烈な意志が宿り、戦士の気配を纏っていた。

 

 その女はひざをつき、アスラの肩に手を置いた。

 

「私はエスティラ。ここのダンジョンを調査しに来たシーカーだ。もう安心していい」

 

 そう言われた瞬間にアスラは力が段々と抜け始めていくのを感じた。

 

(本物の……シーカーが……助けに……?)

 

 信じられないという思いと安堵から全身の力が抜け、膝が震えた。

 

「少年……!」

 

 エスティラの声が遠くに聞こえる。

 アスラはその顔を必死に見つめようとしたが、視界が暗く染まり始める。

 

(助かった……のか……本当に……)

 

 瞼が重くなる。

 女の姿が影に溶けるように薄れていき――そのまま、アスラの意識は静かに闇へ落ちていった。

 

 

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