自分を勇者だと信じてやまない精神異常者が本物の魔王に「なんだこいつ……」とドン引きされながら戦う話 作:柴犬田勝家
「初代勇者・名も無き最初のダレカ。二代目勇者・騎士たるカステール。三代目勇者・不敗誓うミライン。その他、市販品プレミアム品問わず多くのグッズ……あんちゃん、筋金入りだね」
「……いいや、そうでもない」
段ボール箱数十箱に入ったこれまでの人生で集めたファングッズを見て、リサイクルショップの店員さんがそう言った。
どこか気恥ずかしい気持ちを持ちながらも、大切にしてきた宝物たちに別れを告げる。
タペストリー、人形、おもちゃ、その他色々。ざっと数百点。買い集めるのにどれだけの金銭を使ったか忘れた程の量。
「ほお、十四代目勇者・終わりを知るメーリオルのサイン入りマント。……自分で言うのもなんだが、こんな場末のリサイクルショップで良かったのかい? オークションにでもかければ向こう一年は遊んで暮らせるだろう?」
「それは先達の勇者に失礼だ。明日の飯代ぐらいになれば良い」
「そうかい。じゃあ、見積もり終わったら呼ぶから」
「……頼む」
そう頭を下げてカウンターを立ち去る。そのまま何時もの癖で勇者グッズの陳列棚に向かおうとして、ハ、と思い出す。
もう、そういった手の物は集めない。と先ほど決めたばかりだろうと己を諫める。
そのまま手持ち無沙汰になってしまったので、リサイクルショップ外の自販機で缶コーヒーを買う。
プルタブを開け、ちびちびとコーヒーを飲む。
こんなものが民間に登場したのはつい最近の出来事だが、既にこうして生活に馴染んでいることが末恐ろしくなる。
「後はこんな未練を断ち切れたら、なんてそれは傲慢な事か」
自分でも意外なことに、すんなりグッズの処分ができた。
もっと身が引き裂かれるような感覚にでも陥るのかとも思ったがそんな事は無かった。話によると、こういった大切にしていた物の処分で心身の健康を崩してしまう人もいるらしいが、どうやら自分はそうではないようだ。
それでもこの胸の未練だけは捨てられそうにないが。
……ちょっとだけ、昔話に付き合って欲しい。
昔は勇者パーティの一員として体を張っていた。
なんてアルバイトの後輩に言っても大抵は苦笑されて終わる。
だが、実際問題それは本当の事だった。何なら役所にでも確認すればすぐにわかる。
二十年ほど昔の事になる。
その時はまだ十八歳の騎士候補生として学校に通っていた頃、自分でも言うのは恥ずかしいがそれなりに優秀だと持て囃されていた。
子供特有の「いつか勇者になる」と本気で息巻いて、若さゆえの無鉄砲で教官にもよく噛みついていた。特に、勇者と言えば希望の象徴であり、正義そのもの。それに憧れを抱くのは至極当然の事ではあった。少し度が過ぎていてたとは自分でも思うが。
当時はまだ魔王も存命で人類と魔族は戦争状態だった。
そこで魔王と相対する為、人類は強く勇ましい者「勇者」を代替わりで選出していた。
その丁度、十七代目勇者・追憶想起のエクセンバルトのパーティに千載一遇のチャンスで大抜擢された。前衛職としてスカウトされたのだ。
『僕と共に魔王を倒そう。君の力が必要なんだ』
最初こそ自分が勇者でない事に腹を立てていたが、勇者の人柄だとか、人類の役に立てていることがうれしかっただとかですぐに絆された。我ながら簡単な奴だ。
ただ、問題があるとすれば。
共に旅をした時間なんて半年にも満たなかった事だ。
その時に力不足を原因に解雇されたのが俺だった。
当時、前衛職だったというのも相まって怪我が絶えなかった俺を見た十七代目勇者はこう告げた。
『役に立とうとする、その心意気は買う。しかし体を張り過ぎだ。君には少し療養を進める』
結果、気がついたら俺は勇者パーティから外されていた。
勇者からの戦力外通告に放心状態だった俺が気が付いた時には既に王都行きの馬車の中にいた。
そのまま職場に戻るのも気が引けて、実家のコネを使って軍を早期退役。その時、上司は哀れに思ったのか特に何も言わなかった。
でも諦めるに諦めきれず、実家に戻ってからも訓練を続けた。
いつか必ず戻って見せる、と。
見返す訳ではないが、一時でもお前のパーティにいた奴はこれだけまだ戦えるんだぞ、と。
その僅か半年後。淡い希望が叶う事は無かった。
『我らの勇者が過日、魔王討伐を果たした。それに伴い魔王軍は降伏、停戦条約を締結した。よって国家非常事態宣言は解除され、王国人民の諸君は速やかに復興への準備をされたし。以上、王国軍最高司令部』
数世代に渡った勇者による魔王討伐がついに終わりを迎えた。
十七代目で終代となった。
最早、勇者になりたかったのか、勇者パーティの一員に戻りたいのかすらも忘れた。
でも未だにそのことが諦めきれず、世界が平和になった後も鍛え続けて早二〇年。今年で三八歳になる。
――未だ勇者には追いついていない。
●
「ありゃあとうございっしたー」
そんな店員の間の抜けた挨拶に見送られながらリサイクルショップを出る。
冬物の分厚いカーキ色のコートのポケットに手を突っ込む。
外は、寒い。
売却の合計金額はそこそこな額に行ったが、明日の昼飯代だけ残して後は募金献金に回す。
勇者ならばそうするだろう。それに元々は勇者の版権を使ったグッズ達だ。それを全て己が取り分に回すなんて浅ましい。
いや、自分の取り分を残してしまった時点でまだまだ欲望が透けているか。
「そういうとこがダメなんだよねぇ……」
そういうとこが勇者に追いつけない何よりの証拠だった。
勇者はもっと清廉潔白で誰もたどり着けない位置に立っている。
それをわかっていながら妥協してしまっているこの状況を歯がゆく思う。
……つい最近になって。
諸事情があって引っ越しをすることになった。
そもそものグッズたちを売るに至った主要因がそれだった。とは言え、以前からしてもしも孤独死をしたのならば、親族に無造作に捨てられてしまうであろう勇者グッズを思うと自分の手で片を付けたいと思っていた。故にこれはいい機会だった。そう尾を引く気持ちを納得させる。
諸事情と言ってもなんてことはない。
単純に住んでいたボロアパート(築四〇年強)が改装工事のために、一度取り壊すことが決まったからだった。
そんなこんなで立ち退きの費用を貰って、いざ引っ越し。でも足の踏み場が無い程に集められた勇者グッズを前にして心が折れた。
そこからは早かった。
妹家族を呼んで総出の大掃除。その時に決意したグッズ総処分の運びになった。
手伝ってもらった妹と旦那さん、姪っ子には頭が上がらない。
「姪っ子、もう学生になる歳だって言ってたなぁ」
しみじみとした気分になる。
ついこの前までは乳母車に乗せられていた程の子が、もうじき一二歳。学生になるというのだから驚きだ。
ここ十年で街並みは大きく変わった。まるで世界が変わったように、この王都という町は街へと成った。
科学が発展して機械なんてものが急速に普及して、ビルが乱立する様は元の町の面影を徹底に潰している。
二十年前の写真とこの街の写真を見比べれば似ている箇所なんて存在しないのではないか、と思うほどだった。
もう既に魔王との戦いを知らない世代も多くいる。
勇者の活躍を直で見たことが無い奴だって山ほどいる。
何なら自分のバイト先だってそのぐらいの歳の子が多いぐらいだ。
それほどまでにこの一九年は長かった。
俺にとっても、世界にとっても長かった。
……実におっさん臭い話だ。
「止めだ止めだ。いくら何でも年寄り臭い」
頭をぶんぶんと振り、思考を変える。
しばらくして、そこそこの大きさを持つ公園が見えてくる。
実のところ、外出した理由は勇者グッズの処分の為だけではなかった。
墓参り。
行き先は歴代勇者の共同墓碑。
それぞれの個別の墓はあるが、それとはまた別に市民によって追悼を行うために墓碑が設けられている。
自然公園のど真ん中にひと際大きな石碑がたっていた。
『勇者に黎明を』
そんな格好つけた文字が歴代勇者の名前と共に書かれ、少ないが花束のお供え物が石碑の前に置かれている。
未練がましく毎月の頭には必ず墓参りに来て、すぐそこの売店で買った花を供えることを続けている。
訓練、地域パトロールと共にこの十九年間欠かさずに行ってきた数少ない事である。
その石碑の元で見覚えのある人影を見つけた。
「キートース、偶然だな」
「ネルカ……」
俺には表面上の付き合いはあっても、友人とまで呼べるような関係は少ない。
特段、他人を排している訳では無いのだが大抵は「勇者になるため訓練している」と言うと離れていく。
彼はそれでなお離れていかなかった側の人間だ。
キートース・アーカムフライ。
騎士学校にいた頃の同級生になるのだろうか。学校を辞めた後でもずるずると縁が続いて今に至る。
今では立派な騎士をやっているらしく、つい最近は中隊長に任命されたそうだ。この歳になってなおフリーターの俺とは違って随分と立派な奴だ。
「最近はどうだ?」
「そうだな。悪くはないよ」
「じゃあ良かった」
「……、」
「……、」
なんて取り留めのない世間話を多少重ねては無言になる。
こうして会話を交わすのは久方ぶりだ。交流があると言っても半年に一度会うか会わないか。共通の趣味も無ければ立場も違う訳で。
じゃあ、それでもこうして会えば話すのかというと。
「今日の用事は?」
「兄貴の追悼だ」
「ああ」
短い応答。いつもと変わらない理由に納得する。。
彼の兄、エクセンバルト・アーカムフライ。またの名を終代勇者・追憶想起のエクセンバルト。
かつての俺の上司。憧れの一人。
二〇年経って、終代勇者は帰って来ていない。
死んだのか、それともただ単純に王都に帰ってくる気が無いのか。連絡もなく行方が分からない以上、知る者はいない。
だから世間は死んだことにした。そちらの方が、帰ってくるかもしれない望み薄な希望を持ち続けるよりも良いと判断した。そんな身勝手な理由で石碑に名前が刻まれている。
「ネルカ、お前
「来るとも。数少ない恒例行事だ」
「だろうな。じゃなかったら俺達の間の縁なんてとっくに無くなってる」
「言えてるな」
当たり障りのない言葉を交わす。こうして偶然会うこと自体初めてのことじゃない。
その偶然が、俺とキートースの縁を取り持っていた。
「なあ」
それに俺は「なんだ?」と返す。
「もう、ここに来るのは止めにしようと思うんだ」
想定外な言葉、という訳では無かった。
「……時々思うんだ。不謹慎だけどさ、実は魔王は死んでいなくて兄貴はまだ戦ってるんじゃないかって。それでふと戦い終わった兄貴がこの王都に帰って来てくれるんじゃないかって」
それは確かに不謹慎だ。でもそんな望みぐらいは抱いたって良い。
それぐらいは許されてしかるべきだろう。
「でも、それはあり得ない。魔王は死んだ。亡骸だって司法解剖に回された。立ち合い人も大勢いる」
現実として。
魔王は死んだ。揺るぎようのない事実だった。
「もう魔王は居ない。平和な世の中になって二〇年経つんだ。これで兄貴が帰ってきたとしても、きっと俺は兄貴を受け入れられない」
「だからここに来るのはもう止めにすると?」
そこから先の言葉は無かった。どちらかと言えば、言いたくても言えなかったのだろう。
「……それなのにお前は勇者を目指すのか?」
「ああ」
平和な世界に勇者は必要となるのか。
そもそも勇者になることができるのか。
確かに、倒すべき敵は既にいない。
俺のやっている事も意味のない事なのかもしれない。
「――それでも俺は勇者に追いつく」
「……、」
もう、その生き方しかできないから。
その言葉を聞いたキートースは顔を歪めた。
そして観念したように言葉を吐き捨てた。
「ネルカ。ネルカザルフト・フィン・フィンドニーズ。俺はお前が羨ましいよ」
俺は、その時その言葉の意味を測りかねた。
勇者になると息巻いて、固執している事に対してなのか。
あるいは、他の物を些事だと投げ捨てられるほどの思い切りの良さに対してなのか。
そのいずれでもない何かなのか。
どちらにしても、俺には分からなかった。わかろうともしなかった。
●
ネルカザルフト・フィン・フィンドニーズ。三八歳。
職業:アルバイト。
備考:元勇者パーティメンバー。実家はそれなりに有名な貴族(勘当中)。
将来の夢:勇者。
●
――だからこそ。
もしも、その機会が与えられてしまったのなら。
間違って魔王が復活し、彼の前に現れてしまったのなら。
「魔王は全て倒す。人も全て助ける。俺が……。――僕が勇者だ」
「なんだこいつ……」
彼はきっと嬉々として挑むのだろう。
「それが勇者なのだから」と口癖のように嘯いて。
主人公の見た目は泣きぼくろの目立つ金髪優男。多分勇者より勇者らしい見た目。
なお、中身は歴代勇者の輝きに脳を焼かれた厄介強火偏屈オタクのやべー奴。