自分を勇者だと信じてやまない精神異常者が本物の魔王に「なんだこいつ……」とドン引きされながら戦う話   作:柴犬田勝家

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十八代目勇者

 

 時はほんの少しだけ進む。

 十九年の眠りから目覚めた少女が、理不尽に嘆くその瞬間まで。

 

「やっば! 追いつかれる!」

 

 王都南地区C。王侯貴族が実績作りのためドル箱作りに精を出した結果、無理やり建設した公共の建物が乱雑に立ち並び、その癖大して使いもしないので人通りが特に少ない地区。作ってしまった物は仕方ないと最近になって区画整理と施設の活用の話が持ち上がる程度には複雑に入り込んだ場所、その一角。

 

 昔ながらの鉄鋼製品を主とした工場地帯。

 日が落ちればほとんど人も寄り付かなくなるような場所。

 貴族による強引な土地の明け渡しを拒否したことで生まれた加工場。周りはどこもかしこも、やれ大規模スタジアムだの歴史ある建物を使った会議所だので賑わう中、ぽっかりと穴が開いたように闇夜が染み渡るスポット。その広大な資材置き場が少女の戦場だった。

 

 少女――魔王。

 名前はない。理由としては単純だ。そういう現象だから、という他にない。

 ある一定周期になると蘇っては人間を脅かし、行き過ぎた進化を否定する。しばらくして人間に打倒されると再び次の周期になるまで眠りにつく。即ち人類の早すぎる解脱を妨げ、覚めを防ぐ現象。

 故に魔王であった。

 

 神がその手で創り出したような黄金比率の体を彩る茶髪の艶やかな長髪と夜色の瞳、そこにジーパンと上半身袴、その上に羽織る黒のロングコートという少々奇抜なファッションセンスをした服をした外見年齢十五歳程度の少女の姿を取り今生に蘇っていた。

 

 そんな彼女の行動もまた奇抜であった。

 時々後ろを振り返り追っ手を確認する仕草をはさみつつ銅板や廃材の山の合間を全力で疾走している。

 魔王は唸るように口を開く。

 

「まさか、こんな状況になるだなんて! 冗談じゃない」

 

 飛んで出たのは泣き言だった。魔王からしてみればここまでしつこく追い回されるのはまさしく想定外。

 そもそも追い回される理由自体も納得行っていない。

 

 本来なら数百年周期で蘇る所を十数年ぽっちで魔王として蘇った少女はその速さに驚いたものの例外なく普段通りに魔族を支配し、再び人類侵攻をしようと画策していた。

 それが気が付いた時には力を全没収食らって、街中に放り出されていた。その上でこうして質の悪い阿呆に追い回されている。いや、それを想定できる奴が世界にどれほど居ようか。

 

「魔王ちゃーん、どこいくのー? てかそろそろ死んでくんねぇ?」

「何時もなら『まあ、そういうものか』で受け入れるけど、今はマジ無理。てか女の尻追いかけまわすな、この変態!」

「先代ってば口悪ーい」

「先代ちゃうわ!!」

 

 本来の役割すら果たせずに死んだのならば、死んでも死にきれないというもの。そもそも力のほとんどを持っていかれた為、死んでも次が無い。ならば逃げるが道理だろう。と言うか現に逃げている。

 

(『新魔王継承戦』、ね。なにそのバカみたいな催し物は)

 

 今、魔王を追い回している軽薄そうな男はそれの参加者だった。

 魔王を倒した者が次の魔王となる。そんな至極単純なルールで進行される戦い。ともすればこの軽薄男はさしずめ魔王候補だろうか。

 誰が主催者で、どれだけの人数が参加しているのかは不明だが、どちらにしても魔王の命をみんなしてつけ狙っている。長い事魔王生活をしてきた少女にとってもこの状況は初めての事であった。

 

 暗闇の中を魔王は走る。しかし残念な事に後ろからの気配は変わらず一定速度を保っていた。

 

「やっすいホラーかってのよ! この、えーとあーと、ばか! あほ! まぬけ!」

 

 幼稚な悪態が口から漏れ出す。

 

(このままじゃジリ貧。戦う力もほとんどないけど――)

 

 何もしないよりかはマシ。

 幸い、相手は遠距離戦闘をしてくる気配はない。つまりは接近戦闘職の可能性が高い。

 

 仕方ないと腹をくくり、ついに襲撃者と対面を果たす。

 

 黒色の短髪に特徴的な黄金色の瞳、じゃらじゃらと主張の激しい大量のシルバーアクセサリーを腰に付けた軽薄男。大ぶりな剣を肩に担いでゆっくりとこちらを追いかけてくる。余裕綽々、とはまさにこのこと。魔王を敵とすら思っていなかった。

 その魔王候補の男を見据える。

 

 剣。魔剣と言った特殊なものではない市販品の安物。

 服。一般で売られている物だ。

 シルバーアクセサリー。これも同様に特殊な物ではない。

 

「身に着けている物はどれも平凡な物。であれば本人の素質の類による戦闘スタイル、かな」

「へえ、一目見ただけでもわかるんで?」

「そりゃあね」

「伊達に人類史の頭っから存在していた訳じゃねぇって事ですかい、先代?」

「だから先代って……もうソレは良いわ。つか、女子に年齢の話すんなゴラ!」

 

 すると魔王は何処からともなく、腕の長さとほぼ同じほどの大きさを持つ棒状の何かを取り出した。

 それをそのまま地面に突き立て、自らの力の中枢にアクセスする。

 その棒の正体は魔王としての力を使うための鍵の役割を持つ。頑丈であるため武器としても扱うことがあるのだが、大抵その使い方となる。

 

「魔法。……多少は使えるか」

 

 半信半疑であったのだが、何とか最低限は扱えそうだ、と安堵した。

 

 元来、魔法というのは使い勝手が悪い。一度体の外の精霊に生命力を渡し、その上で精霊によって魔力に変換した物を体内に取り込む。その上でようやく魔法を扱うために精霊に対して魔力を渡す事ができる。二度手間どころか三度手間を挟んで行使が可能となる技術。それを良くしようとしても人間である以上、どうしても使い勝手が悪くなる。

 しかし彼女は魔王。そもそも人間ではない。

 たとえ力の大部分を失っていたとしても、在り方が変わった訳ではない。ほぼロスなく、魔法を効率よく行使することが可能であった。とは言え、本当に可能かどうかは半信半疑であったのだが。

 

《励起》

 

 その一言で世界は劇的に変わった。

 ズズン…………ッ! と大地が揺れ、近場に置かれていた資材運搬用のトラック、フォークリフト、キャタピラ付きクレーン車が何かに呼び掛けられたように、一人でに動き出す。不自然極まりない形で一つに集まったその姿。

 

「擬似再現。原始時代に活躍したかつての暴君」

 

 屑鉄の山は形をとった。それは巨大な胴体、巨大な牙、太い尻尾を振り回す雄大なる怪物。

 

「へぇ、恐竜とは恐れ入る」

 

 それは恐竜。

 

《ティラノサウルス:原始時代の魔王》

 

 咆哮をあげながら顕現せしはかつての魔王。恐竜の姿を取った太古の魔王の姿を模した屑鉄の山。

 

「――行け!」

 

 その言葉と共に、恐竜は駆け出した。目の前の男をかみ砕くためにその巨大な顎が、鋭く太い牙が、予想通りに炸裂する……ッ!!

 

 だが。

 

「スクラップなんざ切り甲斐がねぇ」

 

 男は軽々と屑鉄の恐竜を飛び越える跳躍をし、その顎を用意に躱す。

 恐竜の頭から肩に担いでいた剣を振り下ろす。

 

 

 ティラノサウルス――――

 

 

 スパンッ、と綺麗に頭から分割された。僅か構築から二〇秒での敗退となった。

 

「ええっ、嘘!? だけど――」

 

 同時として。

 真っ二つに分断された屑鉄の山は、一瞬にしてさらに細かく分裂。その一つ一つが意思を持ったように男に向かって殺到する。

 質量攻撃、とでも称するだろうか。その鉄屑は瞬きの間に接近する。大抵の生物は押しつぶされて死に至る。

 

 しかし、それを笑って見ていた。

 男は取るに足らないと笑っていた。

 

「――は?」

 

 回避すらもしなかった。

 

 その剣で切って捨てる訳でもない。圧倒的な身体能力で防御した方法でもない。

 ならば、如何にして防いだのか。

 ――()()()()()()()。何もせず、その場で屑鉄が自ら避けるようにして散っていった。それだけだった。

 

「俺の魔法。世界改変の理、魔王魔法は『絶対近接制度』。自らの遠距離攻撃を一切否定する代わりに、相手の遠距離攻撃も否定する能力。俺と殺り合いたいならお前も近づいて来いよ」

 

 種は簡単だった。

 だが、それはおかしい。

 

「魔王魔法は、いや、世界に直接的に影響を与える魔法が扱えるのは魔王である私だけのはず」

「だから、言っただろ。先代ってさ」

 

 だとするならば、既にこの男は魔王に匹敵する権限を持っているというのだろうか。

 その推論が正しければ、世界は彼を認めたことになる。

 それだけはない。と心のどこかで考える魔王。

 

「まあいいさ。なんにせよ先代には死んでもらうんで」

 

 ならば、と。逃走するに十分な状況を作り出す。

 魔王は先ほどの棒を取り出して構える。

 心もとないにもほどがあるが、無いよりはマシだ。

 

「あれ、棒術も心得あんのか」

「多少、ね」

 

 その言葉と同時に駆け出した。

 まずは右胸に向かって棒を突き立てる。

 カンッ、と軽い音と同時に剣によって弾かれる。

 

 連撃、左わき腹。これも防がれる。

 そのまま魔王候補は剣を下から振り上げるようにして、棒を上空に弾き飛ばす。

 魔王に武器はない。魔法は通用しない。対しては相手は剣をいつでも魔王に振り下ろせる位置に固定し、依然として余裕のある態度。

 

 手詰まり。いいや。

 

(――勝った!)

 

 その時、武器を取り上げられたにも拘わらず、魔王には勝利のビジョンが見えていた。

 

《励起》

 

 先ほどの棒を取り寄せる魔法。その真価は取り寄せた場所にあった物体を破壊する。

 つまり、このままいけば相手の位置に丁度出現する。

 

 あと少し、と。

 土を握り魔王候補に向かって投げつけようとする。

 たとえ掠りもしなくとも、相手の注意さえ引ければ御の字。そうすれば先ほどの魔法によって取り寄せた棒が相手の体内で現出し、殺害する。

 

 ――なんて選択は大間違いだった。

 

「あぇ……?」

 

 たまたま飛んできた石が魔王の手を弾いた。

 言葉にしてみれば簡単だが、弾かれた事によって握っていた土をばらまいてしまう。

 明らかに不自然すぎる偶然だった。

 

 そのまま砂利に足を取られて転んでしまう。

 これも不自然すぎる偶然だった。

 どうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろうか。

 

「あぁ?」

 

 体が滑るようにして重心が傾く。

 起き上がろうとしても、上手く立ち上がれない。

 それに伴い、先ほどの棒を取り寄せる魔法だって体制を崩した事で失敗してしまった。

 

「何もせず同じ能力が続く、本当にそう思ってんのか?」

「ッ!」

()()()()()()()()。相手の遠距離攻撃を弾いた次は失敗させる。失敗させた次は行動自体させない。これが行動の最適化だ。そして次第に遠距離の概念が短縮される。キロ、メートル、センチ、ミリって具合にな。攻撃の概念への解釈もより広範囲になり、呼吸すらも遠距離攻撃と見なすようになる。最終的にはどんな距離にいても相手の行動全てを否定し、何も出来なくさせる」

 

 手を広げ、自慢するように言った。

 

「――これが俺の魔王魔法。これが俺の法だ。半端に敵対行為した時点で(タマ)取ったぜ?」

 

 何もできず這いつくばる魔王を酷く楽しそうに見下ろす。

 

「だからさ」

 

 既に勝ち誇っていた。勝負はついた。

 自らの魔法の術中に居る魔王に勝ち目はない、そう暗に告げていた。

 

「今日から――」

 

 大胆に、そして不敵に宣言した。

 

俺が魔王だ!!

 

 ……その言葉が命取りだった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 日課の夜間巡回の最中。工場横の資材置き場からその言葉が聞こえてきた。

 

 ――魔王、と。

 

 

 

  ●

 

 

 

 ガキンッ、金属が弾かれる音。

 

「止まるがいい」

 

 その瞬間。

 ふと、金髪の男が闇夜を縫うようにして現れた。

 一瞬にして近づいてきていた魔王候補を弾き飛ばし、距離を無理やり作る。存在感や音もなく近づいてきたことにも驚愕だが、それ以上に驚きなのは魔王候補の身体能力をもってしても応戦ではなく弾かれ、強制的に距離を取らざる負えなくさせるこの状況だった。

 

 誰が?

 何が?

 

 その正体はすんなりと素顔を明かす。

 魔王と魔王候補の狭間。魔王を庇うように背中に隠し、敵に向き合う。光景だけならばまるで御伽噺に出てくる、いいや、現実にかつて存在した勇者そのもの。

 

 金髪、右目の下に泣きぼくろ、カーキ色のファー付きコート。

 それなりに大きな体躯と、着こまれた服の上からでもわかる鍛え抜かれた四肢。

 ぶっちゃけイケメンだった。

 

 けれど、彼の眼はどこかイっていた。

 虚ろで、まるでここではないどこかを見ている。

 正気でない人間、その類。

 

「お前の相手は俺がしよう。だからその子から離れろ」

 

 呼吸が止まった。

 呼吸が止まったような錯覚に落ちいった。

 自殺志願者か、あるいは魔王後継戦の参加者か。

 

 いいや。違う。

 魔王なんかになりたいと思う人間は、そんな顔をしない。

 自分の為ではなく、他者の為に立つ。超個人的な思想を投げ捨てた者はそんな物に参加しない。参加資格すら与えられない。

 

 では自殺志願者か。

 それは無い。そんなことを考える人間は自信に満ち溢れた表情はしない。

 

 ともすれば、アレはなんだ。

 愚かしくも恐怖すら感じぬその人間。

 ならば、それはきっと勇気であるはず。しかし彼の表情からして勇気とは対極的な位置にある物を感じる。

 

 それ即ち――狂気である。

 

「これ以上は、俺が許さない」

 

 もしも、もしも仮に。

 死ぬまで輝く舞台が与えられない物語の端役にも、その舞台が与えられたのなら。

 

 金髪の男――ネルカの脳裏にファンファーレが鳴り響く。

 始まりの時が来たのだと、浮足立つ。

 終代・十七代勇者を超えて新たな勇者が今、誕生した。それこそが祝福されぬ十八代目勇者。

 

 そしてこれが真っ当な人間としての彼の終わりであった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 止めに入った頃には既に山場だった。

 たまたま日課の夜間巡回でパトロールを行っていた時に出くわしたこの場面。俺には何が何だかさっぱりであったのだが、こうして男によっていたいけな少女が追い込まれている。それを助けるのは勇者として当然。そして何よりもこの男は確かにこう口にした。

 

 ――俺が魔王だ、と。

 

 普通に考えて木っ端のチンピラの世迷言。しかし、状況からして見逃すわけにはいかない。

 

「んだテメェ……」

 

 であれば、これはきっと私刑なのだろう。

 駐屯傭兵とか騎士あたりでも呼ぶのが一市民として正しい。でもそうしなかった。そうできなかった。

 だからここには正義なんてものはなく、かと言って悪なんてものはない。どいつもこいつも自己責任。こいつも悪いし、俺も悪い。

 

 ――でもソレはソレ。コレはコレ。その名前を出されて無視できるほど耄碌した覚えはない。

 

「おいおい、おっさん。何しにしたのさ」

「……倒しに来た」

 

 誰を。

 

「――魔王を、倒しに来た

 

 我ながら、どすの効いた良い声が出せたと思う。

 初めての名乗りぐらいは格好つけた物でないと失格だ。

 

「あ、頭おかしいんじゃねぇの? 確かに俺が魔王だが、勇者願望なんて今時流行らねぇぞ」

 

 いいや。願望だなんて生易しい物ではない。

 

「願望なんかじゃないさ」

「じゃあ何だってんだ」

「役目、大義、存在理由」

 

 きっぱりと、間髪言わずに答える。迷う必要はどこにもない。

 そのために三八年生きてきたのだから。

 それが、俺の人生なのだから。

 

「なんだこいつ……」

 

 誰かが確かにそう言った。

 ただ反射的に言ってしまっただけなのかもしれない。

 けれど、俺はその言葉を待っていた。

 

 この時を待っていた。

 

 にんまりと上がる気色悪い口角を押さえつけ、キザったらしい笑みに変える。

 服の下に日頃から隠し持っている勇者グッズの一つである歴代勇者の一人が持つ聖剣を模したおもちゃの剣を取り出して構える。

 厚手のコートをまるでマントのようにはためかせ、一世一代の大舞台に立った。

 

 ならば、長年待ち望んだその言葉を。

 魔王と称する輩に。

 誰かを庇いながら。

 

「俺は……いいや、違うな」

 

 こう、宣言するがいい。

 

「――僕が勇者だ」

 

 こんな時ぐらい、勇者になれる奴が必要だ、と。

 

 

 

  ●

 

 

 

 ネルカザルフト・フィン・フィンドニーズ。三八歳。

 職業:アルバイト、勇者

 備考:元勇者パーティメンバー。実家はそれなりに有名な貴族(勘当中)。

 

 将来の夢:勇者 魔王を倒す。

 




勇者なんだから夜間の巡回くらいするだろ、で行動してた不審者。なまじイケメンなせいで逮捕経験なし。
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