自分を勇者だと信じてやまない精神異常者が本物の魔王に「なんだこいつ……」とドン引きされながら戦う話 作:柴犬田勝家
「なんだこいつ……」
結局の所、目の前の男を言い表す言葉なんてそれぐらいしかなかった。
いきなり現れて、自らを勇者と呼称し、戦いに挑む。
一般人の思考回路ではまずありえない状況。だが、その者が現実としてここにいる。
であれば、それを「なんだこいつ」以外どう表したものか。
(二〇年前ならいざ知らず、このご時世に食って掛かってくるなんざ正気じゃねぇな)
そう魔王候補はネルカを評価した。
そもそもの話として、わざと人気のない場所を選んだ上で、こんな奴が飛び込んでくることを予想する方が難しい。
「まあ、勇者がどうとかはどうでもいい。本題はテメェが邪魔をするか否かだ」
「するとも」
澄ました顔でネルカは答えた。
「先代、テメェの差金か?」
「んな訳ないわよ……」
這いつくばりながら、状況を観察する魔王。彼女からしても、この男は見ず知らず。ただ困惑するだけだ。
「なぜ横槍を入れる?」
「勇者だから」
「ソレを助ける意味なんざねぇだろ」
「勇者は困っている人を助けるものだ」
「だーっ! そうじゃなくってだな……。はぁ、まあいいや」
会話が成り立たない。
このまま話しても埒が明かないと判断する。だとしてもこの異常者が本当に異常者なのか。という問題がある。
例えば、彼は異常者のフリをしているだけで何等かの組織の人間である。
例えば、偶然を装っているが内情は魔王と裏で繋がっている誰かである。
例えば、新魔王継承戦に参加する魔王候補の一人である。
そんな益体もないことを考えては切って捨てる。
だからどうした。そんなあらゆる障害を有象無象の一言で片づけてしまえるのが魔王だろうが。それに王手がかかっている奴が多少イレギュラーにぶつかったからっていくら何でも日和過ぎだ、と。
「嫌だね。
ならばやることは決まっている。
「とりあえず、皆殺し決定」
安易に、それでいて簡単に、他者の命を潰せる。それが魔王に求められる思想だ。
「……まあでもさ。ここで引くって選択できるんなら、それを笑って見過ごせるのも王の器よな」
「逃げる訳にはいかない。僕が勇者なのだから」
「は?」
「――魔王は僕が倒す」
敵、魔王。
そしてここに勇者が居る。
ならば為すことは決まっている。
「……あんまりさぁ、雑魚が好き勝手言ってイキってんじゃねぇぞっ!!」
お互いに何の因縁もない。言ってしまえば、勇者を自称する異常者と魔王になりたがる異常者。その戦いの前提条件は本物の魔王を殺すか殺さないか。戦って得られるものが欠如しているくせに、負けたら命に関わる。
そんな行き当たりばったりの死闘が始まった。
●
最初に動いたのはネルカだった。
魔王候補の魔王魔法『絶対近接制度』には欠点が存在する。
その魔法は相手の遠距離攻撃を潰すという効果であるため、一度でも遠距離攻撃であると彼の主観で判断できる攻撃をされない限り効果が発揮されない。
徹頭徹尾、近接戦闘オンリーの戦い方を行う者に対しては彼本来のスペックで応戦する必要がある。
それをネルカは知らない。だが、彼の直感は近接戦闘を選択させた。
そもそも彼の頭の中にある「勇者ならこう戦う」という物の中にそういった類の物が少なかったもの一助となってはいる。
勇者ならば、卑怯な戦い方ではなく正々堂々とした騎士道に沿ったものであると。
しかしその考えとは裏腹に、その手に持つ物は明らかに騎士道精神から逸脱はしているが。
「――行くぞ」
『勇者の一撃を食らえ!!』
「はぁ!?」
ネルカの手に握られた武器。
いいや、武器と言うには短刀サイズのソレはまともな物ではなかった。
柄部分に存在するトリガーを押せば、『ジャキンッ』と安っぽい効果音と共に先ほどの声がスピーカーから鳴る。
つまるところ。
突飛な音声に反応が遅れた。
流石に緊迫した殺し合いをいざ始めよう、でいきなり気の抜ける音が聞こえれば反応だって遅れてしまうものだ。
一瞬にして魔王候補の懐に飛び込んだネルカはそのままおもちゃの剣で振り下ろした。
ガンッ、と不意を突かれた形で顔面を殴打され、鈍い痛みで一歩後ずさりしてしまう。
確かに痛い。でもそれだけだ。
おもちゃが壊れない程度に加減された顔面を捉えた振り下ろしは有効打たりえない。
(あのおもちゃの剣……確か『光る! 鳴る! DX聖なる剣を持つメッサーの剣』だったか。それで真剣とやり合うなぞ常人のできる事じゃねぇ。頭のネジ飛んでんな)
子供向けのおもちゃ。それも短刀、包丁程のサイズ感。それを良い歳した男が振り回している。
対して魔王候補の持つ武器は刃の研がれた真剣。大ぶりな両手持ち大剣に分類される物を片手で振るう。
状況はかなり奇妙だった。
「ふざけてんのかテメェ」
「いいや」
至極真面目であるとネルカは返す。
次いでの一歩。
ネルカはそのまま踏み込んで魔王候補の顔面を再度殴打した。
おもちゃ特有の子供が遊んで怪我をしないようにと配慮された軟質パーツの刃を、残虐にも叩きつける鈍器として利用する。
そして二歩。
三度目の顔面に対する殴打。執着的ともとれる一撃だった。
やわらかい、と言っても所詮は荒く扱われても造形を崩さない程度には強度がある。それを何度もたたきつけられればダメージはそれなりに出る。
結果、魔王候補の鼻から血が垂れる。
「クソが」
我慢の限界だった。
おちょくられている。そう取られてもおかしくはない。
手に持った剣による横一閃の薙ぎ払いで、ネルカに距離を取らせる。
「クソが、クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが、クソがぁぁあぁ!!!」
この金髪の優男は己を愚弄している。
そうに違いない。
何故ならば正当なる仇討ちを邪魔した挙句、こうしてそこらの家電量販店で取り扱っているような子供向けおもちゃで戦っている。少なくとも相手が真剣を使っていたら、あの場で死んでいた。けれど、どんな考えかは知らないがおもちゃでぶん殴ってきた。それをどう解釈したら、真剣に戦っている受け取れるだろうか。否である。
「ふざけやがってクソ野郎」
そう言って爪を噛む。
故に、
「チェアッ……!」
シンプルな攻撃だった。
真っ直ぐ行って、振り下ろす。ただそれを魔王候補の圧倒的な身体能力任せに行った。
ネルカはとっさにおもちゃで防ぐ。それを緩衝材の盾として、腕を添えるようにして防ぐ。
そうして大剣がおもちゃに食い込む。明らかに耐久値の限界だった。もう一度でも打ち込もうものならば、きっと切断できる。そんな傷が残る。
当然だ。プラスチックでできた玩具。そもそもの想定としてこんな使用用途は存在しない。
「次だ。次にその
指をさし、宣言する。
確かに、先ほどは遅れをとったが、それは不意を突かれたからであって真正面から戦えば勝てる。そう確信していた。
ネルカは強かった。それは動きから見ても洗練されたものであったからだ。しかしどこまで行っても常識の範囲内。かつての魔王や勇者のような、いっそ理不尽とまで言える『何か』を持ちえない。魔法も使わず、魔剣と言った類の物も持ちえない。いわば喧嘩が強い、そんな当たり前な強さだった。ならば魔王候補であるのだから負ける訳がない、と。
半分壊れたおもちゃからノイズ交じりの不快な音が鳴る。
魔王候補の言い分を一切気にせず、手に持った玩具のチェックをしていた。あちゃー、とか、少しもったいなかったかな、と。
無視、というよりはどちらかと言えばそもそも眼中にないそんな反応。まるで道端の石ころを見るような。
憤りは勿論感じる。目の前にいる魔王候補に実質殺害予告されてなお、それをどうでもいいと言わんばかりなその態度に。
「……そろそろ良いか?」
「ハッ、上等」
そして同時に駆け出した。
●
恐らく、これが正念場だった。ここで流れを掴んだ方が勝つ。
ネルカは致命打を持たず、魔王候補の圧倒的有利のこの状況。
先の一連の動作を見て、魔王候補はネルカの評価を改めた。確かに精神異常者だった。そこにプラスして。
(身体能力、剣術、戦闘センス、どれをとっても一流。だが)
――
その直後。
魔王候補の持つ剣は、当然であるがネルカの持つ玩具の剣よりもはるかに間合いが長い。つまり同時に駆け出した場合、必ず魔王候補の方が先に命を狙えるという事だ。
斬り込んだ大剣がぬるりと、ネルカの右腕を肩口から切断した。正確には右腕は薄皮一枚で繋がってはいるが、もうまともに動かすことはできないであろう深い傷。熱を持った赤色が飛び散り、腕の断面からは筋線維が見える。
……取った! いいや、
ネルカが右手を捨て石にしたと理解するまでそう時間はかからなかった。一瞬の隙と自らの利き手ではない腕を天秤にかけて、その隙を取った。生命体としては決定的に間違った手、それをなんの躊躇もなく、呵責もなく取った。
「イカレがっ!」
だけど。
笑っていた。
アレは笑っていた。
「頭の中ハッピーか! テメェ!!?」
「ああ、ハッピーだとも。とってもハッピーだっ!!」
そのまま距離を詰めたネルカは手に持ったおもちゃを振り下ろし、
「――あがっ」
四度目の顔面への殴打をするのだった。
●
その痛みで鼻頭を押さえる。明滅する視界、鈍い痛みに冷静さをかく。
目の前の男は依然として表情を崩さなかった。痛みで今にも倒れても何ら不思議はないだろうに。
……正直、怖かった。
このただひたすらに挑んでくる男が怖かった。
自らの身を顧みず、直球にも挑んでくる。小手先なんて知らない酷く不器用な戦い方に気持ち悪さを感じる。こんなものが同じ人間であると考えたくなかった。
客観的に見れば魔王候補が勝っていると誰がどう見ても判断できた。
片や、右腕に酷い傷を負わされて、それ以外にも生傷が絶えない。
片や、顔に打撲痕が残っているものの喧嘩の範疇の怪我。いくらでも戦闘続行が可能。
それでも。
斬る。左胸部、斜めに袈裟斬り。
斬る。右太ももの外側の肉を削ぐ。
斬る。躱される。
決して男は倒れなかった。どれでけこっぴどい傷を負わされても、挑んでくる。
勝っているハズなのに、勝っている感じがしない。じわじわと追い込まれるような錯覚に陥る。いや、錯覚などではないかもしれない。
もしかしたら、もう既に――。
「ひ」
無意識に後ずさりをしていた。
鼻から再び血の流れるような感覚がした。
ゴクリ、と喉を鳴らす。
敵は既に満身創痍。右手は使い物にならず、胸部分にも酷い切り傷。恐らくは、このまま放置すれば死に至る。ショック死してもおかしくはなかった。
にもかかわらず。
「まだだ。まだ勇気は潰えない……」
立ち上がる男が居た。
「この程度で、勇者は負けたりしない」
もう一歩、下がってしまう。
気迫に負けた。
そのまま尻もちをつく形で転んでしまう。
「――……、」
声にならない声が漏れ出す。うめき声のような音が口から出た。
まるで屍のようにゆっくりと歩み寄ってくる。
けれど、決して倒れはしない芯の強さはひしひしと伝わってくる。
あの男は、己を敵とも見ていない。
舞台装置。障害物A。木っ端の誰か。
恐らくは最初から。
こんな狂人に負けるのか、と。
「――、……、――――」
何かを言おうとして、声が出なかった。
そもそも何を言おうとしていたのかも分からない。
もとより経験していた絶望とはまた違った何かが、魔王候補の身動きを出来なくさせる。
家族を、友人を、全てを奪い去っていった魔王から、全てを奪えるというのにこれ以上動けなかった。
生涯を復讐に費やして来たとまで豪語していた彼は、本物の「全てを一点に捧げた者」に追いつけなかった。
絶望的なまでの高すぎる壁を前にして、過呼吸で視界がぼやける。後悔の念で心がいっぱいになる。どうすれば良い、なんて打開の策を考えられるほど余裕がなくなる。ただただ、この状況を心の中で反芻していた。
どうして、こんなことに。
それだけを考える。
だから、このチャンスが回ってきて、いざ魔王を殺して次の魔王になろうとするこの行いは正当なモノだ。そのはずなのに。
「あ」
その程度の
致命的なまでに悟ってしまった。
まるで冷や水を浴びせられたように、頭の中の煮えたぎるような熱がスンと静まり返った。
巡り合わせが悪かった。
たまたま現れた奴が全部かっさらって行く。何も疑問に思う必要はない。この世の中はそういった風に回っていく。
だとするならば、より一層。
「……なんだこいつ」
勇者は一歩進む。薄皮一枚で繋がっていた右腕を「邪魔だ」と千切って投げ捨てる。
「なんだ、こいつ?」
勇者は二歩進む。既に何もない右腕の断面から当然に血が溢れ出る。
「なんだこいつっ!!??」
勇者は三歩進む。袈裟切りにされた胸から溢れた血が服に滲む。
……結局、男の脳に残ったのはただただ、恐怖の感情だけだった。
「――勇者」
薄ら笑いの表情の
●
その時、俺は追いつけた気がした。
勇者しか見たことが無い頂きに。
遠い記憶に未だ焼き付く影、それにほんの少しでも触れる事を出来た気がした。
勝つ。
負ける。
最早、その程度の秤で測れない。
嗚呼、楽しい。
この瞬間の為に生きてきた。
――だけど。
まだ足りなかった。まだ、まだ遠い。
あの輝きにはほど遠い。
「これじゃあ、ダメだ。勇者はこんなに――弱くない」
それを最後にして、糸が切れた人形のように倒れ込む。
ドクドクと体中から煮えたぎったマグマのような液体が流れる感覚と痛みが同時に襲い掛かる。
この一部始終を見ていた少女の呟いた言葉を最後に意識を失った。
「一体、なんだったのこれ……」
ファッション狂人がモノホンのキチガイに解らされるの好き。
とりあえず書きたい展開書けたので一旦終わりです。
続きは需要があったら供給します。