スメール自己犠牲救済任務:花神譚   作:水鏡ケイ

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第13話

1

 

 森の奥深く。遺跡のオアシス。

 

 三つの席と、テーブル。

 

 旅人、パイモン、そしてジェイドは、オアシスの中央の島に座っていた。石造りの橋を渡り、この場所にやってきた。

 

「ここ、砂漠のオアシスとそっくりだね」

 

 ジェイドが周りを見回した。その青紫色の髪が、オアシスの光を受けて輝いている。

 

「こっちは森のオアシスだ! 砂漠のとは違うんだぞ!」

 

 パイモンが得意げに胸を張って説明した。

 

「へぇ……森の中のオアシスなんて面白いね」

 

 ジェイドは楽しそうに言った。好奇心に満ちた目で、周囲を観察している。

 

 彼女は水面を見つめた。そこには、わずかに霧が漂っている。淡く、儚く、まるで幽霊のように。

 

「それで、旅人。何を話したらいい?」

 

 ジェイドは旅人を見た。

 

「ああ、そうだな……」

 

 旅人は少し言葉を濁した。少し考え込んだ後に切り出した。

 

「ジェイド、最近どうしてる? 傭兵をしてるって聞いたけど?」

 

「さっき聞いてなかったっけ、それ?」

 

 ジェイドは少し不思議そうに首を傾げた。

 

「まぁ、近況は聞いてもらった方が良いと思ってさ」

 

 旅人の声にはわずかな緊張が滲んでいる。

 

「まあまあね」

 

 ジェイドはひょうひょうと答えた。

 

「傭兵稼業は相変わらず忙しいわ。依頼は途切れないし、腕を磨く日々よ」

 

 彼女は少し遠くを見るような目をした。

 

「でも、一人だと寂しい時もあるけどね」

 

 その言葉には、隠しきれない孤独が滲んでいた。彼女は少し寂しそうに微笑んだ。

 

 旅人は、その表情を見て胸が痛んだ。

 

 ジェイドは、父を黄金の眠りで失った。家族がいなくなった彼女を、旅人はずっと気にかけていた。だから、今日ここに呼んだのだ。

 

2

 

「そういえば」

 

 ジェイドが話題を変えた。その声は明るく、さっきまでの寂しさを隠すように。

 

「マハールッカデヴァータ様が復活したんだよね。砂漠でも大きなニュースになってたよ。本当にすごいことだよね」

 

「ああ、色々あったよ」

 

 旅人は頷いた。

 

「詳しく聞きたいな」

 

 ジェイドは身を乗り出した。興味津々の表情だ。

 

「あたし、砂漠にいたから、詳しいことは知らないの。どうやって復活したの?」

 

 旅人は、少し考えてから話し始めた。どこから、どう話すべきか。

 

「花神誕祭の夜だった」

 

 旅人は言葉を尽くして、その計画の断片を説明した。

 

3

 

「……そんなことが起きていたなんて」

 

「スメールのみんなの反応も、すごかったんだぞ!」

 

 パイモンが元気よく続けた。

 

「教令院での発表の時、みんな泣いてたんだ」

 

「そうなんだ」

 

 ジェイドは興味深そうに聞いている。

 

「ああ」

 

 旅人は思い出すように語った。

 

「全てと言うわけにはいかなかったが……ナヒーダとマハールッカデヴァータが並んで立って説明したんだ」

 

 旅人の目には、あの日の光景が映っている。

 

「500年前のこと。世界樹の書き換えのこと。そして復活のこと」

 

「みんな、最初は信じられないって顔をしてたぞ」

 

 パイモンが付け加える。

 

「でも、マハールッカデヴァータが話し始めると、会場の空気が変わったんだ」

 

「彼女は、とても優しい声で語りかけていた」

 

 旅人は続けた。

 

「『私は戻ってきました。もう二度と、皆さんを置いていきません』って」

 

「その言葉を会場中が静かに聞いてたんだ。最後は歓迎して、みんなが叫んでた。学者も、商人も、子供も。みんなが」

 

 旅人の目にも、涙が浮かんでいた。

 

「何度も、何度も。『お帰りなさい、マハールッカデヴァータ様』って」

 

「うんうん……あたしもそこにいたかったな」

 

 ジェイドは神妙に何度もうなずいた。

 

「ああ、思い出すと、今でも胸が熱くなる」

 

4

「それで、クラクサナリデビ様とマハールッカデヴァータ様は、どうなの?」

 ジェイドが尋ねた。

「二人の草神が同時にいるって、大変じゃない?」

 

「いや、とても仲良くやってるよ」

 

 旅人は明るい声で言い切った。

 

「最初、ナヒーダは落ち込んでたんだ。マハールッカデヴァータの存在を消して、忘れてしまっていたこと。それが、彼女を苦しめていた。世界樹の記憶改変によって、マハールッカデヴァータがやった善行は、すべてナヒーダのものになっていたからね」

 

 旅人は少し言葉を区切って続けた。

 

「ナヒーダは、それを知って苦しんでいた。でも、マハールッカデヴァータは言ったんだ。『あなたは立派に神を務め、私を救ってくれた。私が選んだ、本物の草神です』って」

 

「ナヒーダは立派な神様だぞ!」

 

 パイモンが嬉しそうに言った。

 

「今、マハールッカデヴァータは教令院で研究に協力してるんだ」

 

 旅人が付け加えた。

 

「でも、草神としての力も世界樹との繋がりも失ったから、彼女自身も講義を受けたりしてるんだ。かつて親友(花神)が背負っていた砂漠の歴史や痛みを、一から学び直すためにね」

 

「ええ? 神様なのに学生みたい」

 

 ジェイドが驚いた。

 

「そうだな」

 

 旅人は笑った。

 

「でも、本人はとても真剣で、どこか楽しそうだったよ。『罪を引き継いで生きるなら、まずはこの世界のすべてを知らなくてはね』って」

 

5

 

「アランナラたちも、すごく喜んでたぞ」

 

 パイモンが話題を変えた。

 

「アランナラ?」

 

 ジェイドが首を傾げた。

 

「森の小さな友人たちだ」

 

 旅人は説明した。

 

「彼らが、数百年間もマハールッカデヴァータの記憶を守ってくれてたんだ」

 

「そんなに長い間……?」

 

 ジェイドは驚いた表情を見せた。

 

「ああ」

 

 旅人は頷いた。

 

「マハールッカデヴァータがヴァナラーナを訪れた時、アランナラたちは大喜びで飛び回ってた」

 

「『元草神様!元草神様!』って」

 

 パイモンは楽しそうに語った。

 

「マハールッカデヴァータは泣きながら、一人一人を抱きしめてた」

 

 旅人は言った。

 

「『ありがとう、本当にありがとう』って、何度も何度も。彼女が救われて、本当に良かった」

 

「みんな、待ってたんだね」

 

「ああ」

 

 旅人は頷いた。

 

6

 

「砂漠の人々も、驚いてたんだ」

 

 パイモンが続けた。

 

「三人で砂漠を訪れたんだ」

 

 旅人が説明した。

 

「ナヒーダ、マハールッカデヴァータと……新しく生まれた、小さなマリーの三人で」

 

「そりゃあ驚くよ。生きてる間にそんなことがあるなんてね……でも、砂漠の連中は反発しなかったの? 昔の神様たちでしょ?」

 

「最初、砂漠の人々は戸惑い、警戒していた。でも、マハールッカデヴァータが、彼らの前に進み出て静かに頭を下げたんだ」

 

 旅人は思い出すように語った。

 

「『私は、かつてあなたたちを見捨てた砂漠の業を、この身にすべて引き受けにきました。これからは森と砂漠の架け橋になりたい』って。元草神のその真摯な言葉と決意を聞いて、みんな徐々に心を開いていったんだ」

 

「それにさ!」

 

 パイモンが笑顔で付け加えた。

 

「記憶をなくして子供の姿になったマリーが、砂漠の子供たちと一緒になって、無邪気に砂遊びをして笑ってたんだぞ。それを見た砂漠の大使たちも、毒気を抜かれたみたいに微笑んでたんだ」

 

「……誰かが言ってたよ。『古い怨恨が終わり、ニューエイジがスタートするのかもしれない』って」

 

 旅人は続けた。

 

ジェイドは、静かに頷いた。

 

「本当に……そうなるといいね」

 

「なるさ」

 

 旅人は確信を持って言った。

 

「あの三人なら、きっと。砂漠も森も、一つになれる」

 

7

 

 しばらく、三人は黙っていた。

 

 オアシスの水面が、静かに光っている。時が止まった世界のただなかにいるように、ただ三人の呼吸する音だけが聞こえていた。

 

 旅人は、水面を見つめていた。

 

 そこに漂う、淡い霧。『我ら』の残滓。ここで霧散した魂たちが、永遠のオアシスで眠っている。伝承の通りに。

 

 心の中で、旅人は祈るように願った。

 

 ジェイドの声が、届きますように。

 

 でも、何も起きない。

 

 水面は、静かなままだった。波一つ立たない。

 

 旅人は、少し焦りを感じ始めていた。

 

 もしかして、駄目なのか……?

 

「ねえ、旅人」

 

 ジェイドの声が、静寂を破った。

 

「なんだ?」

 

 旅人は顔を上げた。

 

「父さんのこと……覚えてる?」

 

 旅人は、驚いて彼女を見た。

 

「ああ、もちろん。立派な人だった」

 

「父さんは……あんまりしゃべる人じゃなかったけど……」

 

 ジェイドは遠くを見るような目をした。その目には、懐かしさと悲しみが混ざっている。

 

「いつもあたしを見守ってくれた。守ってくれた。でも……」

 

 彼女の声が震えた。

 

「もう戻ってこないのかな……黄金の眠りから……」

 

「ジェイド……」

 

「あたし、最後に何も言えなかった」

 

 ジェイドは涙を流し始めた。大粒の涙が、頬を伝い落ちる。

 

「『ありがとう』も、『愛してる』も、何も……」

 

 彼女は水面を見た。そこには、わずかに霧が漂っている。

 

 『我ら』の残滓。父が眠っている場所。

 

 ジェイドは、ゆっくりと立ち上がった。足が震えている。でも、彼女は一歩を踏み出した。水辺に近づく。靴が水に触れる。でも、気にせずさらに進む。

 

「父さん」

 

 彼女の声が、震えていた。

 

「聞こえる……?」

 

 水面は、静かなままだった。何の反応もない。

 

「あたし……ジェイドだよ……あなたの娘……」

 

 何も起きない。

 

 ジェイドは、さらに声を大きくした。

 

「お願い……聞こえて……」

 

 沈黙。

 

 ただ、水面が彼女の姿を映しているだけ。

 

 ジェイドの目から、涙があふれ出た。止まらない。声が震える。

 

「まだ眠ってるつもり!?」

 

 そして、彼女は叫んだ。その声は、オアシス全体に響き渡る。

 

9

 

 旅人がジェイドをここに連れてきたのは、友達として気にかけていたからだけではなかった。

 

 マハールッカデヴァータから聞いた話があった。

 

 『我ら』になって日が浅い者なら、縁者が呼びかければ、ジンニーとして戻ってこれるかもしれない。ナブ・マリカッタはもともとジンニーを誕生させたときに黄金の眠りの魂を使った。

 

 旅人は、それを聞いて思った。

 

 もしかしたら、ジェブライラも……

 

 だから、ジェイドをここに連れてきた。ずっと会話をしていたのも、そのためだ。

 

 ジェイドの声が、『我ら』の中の、この永遠のオアシスで眠っているジェブライラの魂に届くように。

 

 でも、何も起きなかった。旅人は失敗したのかと思った。

 

 ジェイドはまだあきらめきれずに呼びかけていた。胸が締め付けられる。

 

「まだ話したいことがたくさんあるの……! 一緒にいたいの……! お願い……戻ってきて……!」

 

 その声が、オアシス中に反響した。木々が、壁が、天井が、その声を何度も繰り返す。

 

 その時。

 

 水面が、激しく波立った。

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