砂漠からの帰り道。
夕日が、三人を照らしていた。空は赤とオレンジのグラデーションに染まり、砂漠全体が炎のように輝いている。
重い沈黙が、三人を包んでいる。ナブ・マリカッタは少し先を歩いている。その背中は、どこか小さく見えた。
旅人とパイモンは、少し離れて歩いていた。
「なあ、旅人……」
パイモンが小声で言った。その声は、いつもの明るさを失っている。
「マリーに……何て言えばいいんだ……」
「……」
旅人は答えられなかった。
「アフマルが……完全に消えちゃったんだよな……マリーの……大切な人が……」
パイモンの声が震えている。旅人は小さく頷いた。胸が痛い。
ナブ・マリカッタは何も言わない。ただ黙って歩いている。その姿は、あまりにも孤独に見えた。
「声かけた方がいいのかな……それとも……」
パイモンは困惑していた。
何と言えばいいのか。慰めの言葉なんて、簡単には出てこない。
数百年前に別れた人。ようやくその一部に再会できたと思ったら、目の前で消えていった。その悲しみは、想像を絶する。
「旅人……どうしたらいいんだ……」
パイモンは泣きそうな声で言った。
その時、ナブ・マリカッタが立ち止まった。振り返って、二人を見る。
目は赤く腫れ、その顔には涙の跡があった。
「二人とも……心配してくれて、ありがとう」
その声は優しかった。神と呼ばれた彼女の耳には小声だとしても聞こえていたようだった。
「マリー……」
旅人が一歩前に出た。
「大丈夫です」
ナブ・マリカッタは優しく言った。
「アフマルは……確かに眠りにつきました。でも……」
彼女は空を見上げた。夕焼けの空に、最初の星が瞬き始めている。
「私には……未来が見えるんです」
「未来を……?」
旅人とパイモンは驚いた表情をした。
「ええ」
ナブ・マリカッタは頷いた。
「確かに聞いたことがある。黒潮の到来を予言したっていう……? 本当に未来が見えるのか?」
旅人が尋ねた。
「はい。でも、はっきりとではありません。ぼんやりとした、可能性として。いくつもの未来の道筋が、霧の中に浮かんでいるような」
ナブ・マリカッタは、近くの岩を見つけて、そこに腰を下ろした。旅人とパイモンも、隣に座る。
砂漠の風が、三人の間を吹き抜けていった。
「そして見えました」
ナブ・マリカッタは静かに言った。
「昔のように……三人が未来を作る時が来ると」
彼女は微笑んだ。その笑顔は、悲しみと希望が混ざり合っていた。
「花神、草神、そして……赤砂の王」
旅人は息を呑んだ。
「それは……アフマルが……?」
「ええ」
ナブ・マリカッタは頷いた。その目には、確信があった。
「アフマルは消えていません。アペプの中で、静かに眠っているんです」
彼女は夕焼けの空を見つめた。
「もうアペプを苦しめることもなく、妄執に囚われることもなく。ただ……そこにいる」
「じゃあ……! アフマルは生きてるのか!?」
パイモンの声が明るくなった。その小さな目に、希望の光が宿る。
「生きている……とは少し違います」
ナブ・マリカッタは言葉を選んだ。
「でも、完全に消えたわけではありません。そして、いつかまた目覚める時が来る」
彼女は二人を見た。
「でもそれは、誰かを支配するためではなく……誰かを苦しめるためではなく……共に未来を作るために」
ナブ・マリカッタの声が、温かくなった。
「そんな未来が……見えたんです」
彼女は遠くを見つめていた。
「花神と、草神と、龍王が。対等な立場で、この地の未来を語り合う。かつての私たちのように」
ナブ・マリカッタは立ち上がった。夕日が彼女の髪を照らし、金色の光輪のようだった。
「そんな時代が必ず来ます。私には見える。その光景が」
旅人は、ナブ・マリカッタの言葉を聞いて、胸が熱くなった。
「本当に……スメールにそんな未来が……」
「ええ」
ナブ・マリカッタは優しく微笑んだ。その笑顔には、もう悲しみだけではなかった。希望と、そして静かな決意がある。
「だから、心配しないでください。アフマルは……いなくなったわけではありません。ただ、形を変えただけです」
パイモンも安心したような表情を見せた。
旅人は記憶についてのナヒーダの考え方をマリーに話した時のことを思い出した。あの時マリーの反応は良くなかったけれど、言おうとするところは一緒なのだと思った。
「そ、そうか! それなら良かったぞ!」
パイモンはいつもの調子を取り戻しつつあった。
三人は、しばらく夕日を眺めていた。太陽が地平線に沈んでいく。その光は、砂漠全体を赤く染め、まるで世界が炎に包まれているようだった。
どこか寂しかった。でも美しかった。
「もうすぐ、全てが動き出します」
ナブ・マリカッタが静かに言った。
「ああ、花神誕祭まで、あと一ヶ月」
旅人は頷いた。
「はい。その日、世界に"マハールッカデヴァータ"は戻ってきます」
ナブ・マリカッタは立ち上がった。夜風が彼女の髪を揺らす。
「帰りましょう。準備が、たくさんありますから」
三人は七天神像へと向かって歩き始めた。夕日が、彼らの背中を長く伸ばしている。影は砂の上に落ち、まるで道標のように伸びていた。
新しい時代の始まりを予感させる、美しい夕暮れだった。
空には星が増え始め、砂漠の夜が訪れようとしていた。
そして三人は、その星明かりの下を、希望を胸に歩き続けた。