学園仮面ライダー ~融汽 スターターサイクロン〜 作:大島海峡
仮面ライダー。
人知れず、人の自由悪と戦う顔無き正義。仮面の戦士。
そんなシンプルであった時代は遠き過去。形状やテクノロジーの多様化はそのまま主義主張の多様化となり、すなわちそれは、多くの矛盾を生み、対して世界は自らを細分化することによって崩壊を防いだ。
すなわち、各ライダーとその物語を基点とする、マルチバースの誕生である。
最初は九つ、徐々に増えて、やがてはその『破壊者』を担っていた者が消え、それを引き金として世界は蒙昧で未熟な可能性さえも淘汰出来ずに増殖を続けた。
そしてそれは、彼らの多くにとっての危機を招き、天敵を生むに至る。
その世界線では、この世界観では、世界間では。
善悪は、既存のそれより容易に反転する。
否、そも既にその境界は曖昧なものとなっている。
ただ確かなのは、自分と自分の世界を生かそうという、只管の願いである。
〜〜〜
二〇二四年。
表向きは何処にでもあるような青少年の学舎だが、その実態は森羅万象に連なる術理、錬金術を学ぶアカデミーである。
だが表の日常はその日、突然に破られた。
裏に活動していた錬金の士たちは引き摺り出され、母体たる連合が崩壊した後、一人、また一人と斃れていく。
最後の拠り所となった校舎内を、
その前に、一人の男が立ちはだかった。
まるでルネサンス期の美術家や演奏家を想わせる、緩やかな髪。蛍石のごとく、硬さのある白皙。
時代ががかったモノクルの奥底で、眼光が閃いている。
そして右頬を引きつらせるように、笑みが浮いている。
「グリオン……」
風雅は、その名を呼んだ。
その男――グリオンは、おもむろにかざした黄金の立方体を指先でなぞるようにして操った。
瞬間、風雅の背後で磁場が歪み、その反動により爆破が生じる。
そしてそれは、彼に迫っていた怪物たちを吹き飛ばし、瓦礫の下敷きにした。
「すまん。助かった」
同志に対し屈託ない礼を告げると、彼は明るい色味の教師服を翻しつつ、恭しく頭を下げた。
そして、斃れた怪物たちを、あらためて熟視する。
おおよその形は、四肢を持つ、人間的なものである。中には、黒いスーツを纏っている者さえいる。
だがその一部は多くは歪曲し、生物、非生物問わずあらゆる概念と融合したかのような異形の群れ。
在り方としては、彼らの知るマルガムと近似する部分はあるにせよ、その多くは不規則的だ。
「いったい何だ……これは」
「分かりません。
だが彼らほどの異能者をもっても、現状に明確な理解を得られないでいる。
ただ一方的に、数で押し切られて滅ぼそうとしているのみが肌身で感じられる。
しかし、追いついてきた第二波が、錬金術師たちに思索の時を許さない。
そしてその中心に、一人の若い男がいる。
白いスカーフに
そして長めの髪は耳元や目元に暗い影を落とし、口元の歪んだ笑みを浮かび上がらせる。
「……何者だ」
誰何の声と眼差しは、迷いなくその魔青年へと飛ばされる。その存在感が、彼がその侵略者たちの首魁であると告げている。
悪魔は、毒蜜の微笑を称えた。
「
と、簡易的な赤い機械をその手に掲げる。
見慣れぬ形状だが、知っている。
似たような道具を、風雅らも手にしているがゆえに。
腹に短い鉄音と共に腰に自動で接続したそれのバックルに、短冊のような、若草色の小型装置。その先の青い端子を抽送する。緩やかに右手を下顎に添えると、右の手でそのバックルを傾けた。
「変身」
〈サイクロン!〉
呪言のごとき合図、足下より巻き上がる疾風が、顔に幾何学的な文様を刻む。
ボディの左右を緑に、その目を紅く燃やす、鋼の身体。虫の触覚のように伸び上がる頭部のアンテナ。
白いマフラーが風に煽られ、別の生物のように浮かび上がる。
「仮面ライダー……サイクロン」
と、轟然と名乗りをあげる。
「これよりこの世界は、イーラブ様のラボとして接収する。その前の地ならしを、このボクが仰せつかった、という訳さ。光栄に思い、そして淘汰されたまえ」
臆面もなく、一方的に言い放つ。
その声調は爽風の如し。だが、紡がれたは怪物の道理。
「ふざけるな」
静かに怒情を発するとともに、グリオンは人工生命たるケミーをカード化させ、掌中の道具を再練成し、ドライバーとする。
〈ジャマタノオロチ〉
そこへ、挿入した。
「変身」
彼と同じ文句を唱え、ベルトのバックルを回せば、光と蛟竜の群れの幻影が、グリオンを包む。
それが晴れ、腹割れれた時に出現したのは、赤龍の八ツ首をゴーゴンの髪の如く後頭部より伸ばした、仮面の戦士。
仮面ライダードラド。グリオンのもう一つの姿である。
それへと変わるや、その手に転送した大斧を軽々と振りかざし、謎の仮面ライダーへと肉薄する。
「なるほど、これがこの世界のドラドというわけか。興味深い……と言いたいところだが」
その姿通りに軽やかな身のこなしに、風の防壁が常に加わる。それが重撃を相殺し無為のものへと帰していく。
打。打。打。
ドラドの一振りが、サイクロンの多段攻撃を招く。
だが、錬金術師の戦いは、力比べではない。研鑽を積み重ねた術とケミーの特性を活かした技が、その本領である。
竜の鎌首が、ドラドの頭の裏でもたげる。
その十六の目が怪光を放つと、中空で一極化。それを浴びた右腕が、灰褐色の石となる。
しかして仮面ライダーサイクロン……園崎来人は、余裕を保ったまま、
「イーラブ様の恩恵により拡張された
そう、宣って黄色いデバイスをベルトの側面にセットした。
〈ルナ! マキシマムドライブ!〉
という音声と共に、その右半身に黄金の月光が奔り、石化を瞬く間に取り除いていく。
そして自由になった腕が鞭のようにしなり、分裂し、その竜首を一絡げにした。
そして強力な牽引力で、引きちぎってしまった。
「これで終わりだ」
冷ややかに告げると、今度はデバイスを黒いものへと変える。
〈ジョーカー! マキシマムドライブ!〉
間を置かずに飛び上がった来人の蹴撃が紫炎を立ち上らせつつ、反撃の手段を失ったグリオンの腹部に叩きつけられた。
ただその一撃で、ドラドの仮面も護りも打ち砕き、同朋は地に臥した。
加勢する間さえ、与えられなかった。ぴくりとも動かないグリオンを踏みつけたまま、次はお前だと言わんばかりに右手の先を突きつける。
だけではなく、勝者は己の主人と疑わなかったかのようにその背後で控えていた怪物の軍勢が動き、風雅を囲む。退路を断つ。
だが、足蹴にされているグリオンが動いた。
再び手に取った黄金のキューブに力を込めると、身体極まった風雅の頭上、その虚空に穴が空いた。
「タイムロード! ワープテラ!」
鋭くケミーのうちの二体を呼ばわると、その穴に彼らが飛び込む。
にわかにそれが吸引力を強め、風雅の身体を、彼が確保していた他のケミーたちだけを浮かび上がらせた。
「グリオン、何を!?」
当惑する風雅に、総身に亀裂を奔らせながら、グリオンが声を振り絞る。
「貴方は、かつてただのホムンクルスの私に、人として生きて良いと言われた! 錬金術師として、私を導いた! その導きを、他の誰かも求めている! ここで散ることは許されない!」
その決死の表情と声が、彼の最期となった。
「まだ息があったのか。しぶといヤツ」
舌打ち混じりに来人がその脚に力を込めると、さらなる鬼火が彼の身を焼き、跡形もなく粉砕した。
グリオン。
友を呼ぶ声は最早虚しく。風雅のその身も意識も、彼自身知らない果てへと飛ばされていく。
~~~
「待て」
と来人は呼びかけるのと、穴が閉じるのは、ほぼ同時だった。
再び神経質に舌を打つや、マキシマムスロットのユニット――『ジョーカー』のガイアメモリを引き抜く。
「検索によると、ポテンシャルは高いということだったが……」
という呟きと共に落とされた声と眼差しは、冷ややかなものだった。
「完全にトドメを刺し切れないとはね……所詮は半人前の力か」
そう忌々しげにメモリを握り潰し、粉砕する。
彼は、完璧主義だ。彼の主人も、また等しく。
ゆえに、追う。
徹底的に追って、この世界のライダーは駆逐する。
それが、彼に課せられた命であるがゆえに。
~~~
砂の中、嵐の中。そして、虹色の空の下。
九堂風雅は、転移の衝撃で突っ伏していた。
「う、うぅ……」
同様に飛ばされてきた百体近いケミーたちが総結集してその身を案じるが、それに応えることのできる余力は、もはや残されていなかった。
いったい、何がどうなったのか――おかしくなったのは世界の側か、己の感覚か。
聴こえるはずのない、列車の汽笛が遠くで轟いた気がした。
そして枕元では、ゴーグルを目元に当てた、誰かが覗き込んでいる気がした。
「生きてる……?」
という明るい声色の問いかけを機として、風雅は再び意識を沈めたのだった。