学園仮面ライダー ~融汽 スターターサイクロン〜   作:大島海峡

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エピローグ:新たなる時間へ

 戦いが終わった。

 ノコは、戦いの余韻冷めやらぬ内に、あらためて後ろを顧み、ケミー達によって避難させていた風雅へと駆け寄った。

 

 だが、悲痛な鳴き声をあげる彼らに囲まれた風雅の身体が、足下より崩壊しかかっていた。

 凡そそれは、人間の死ではない。園崎来人同様、流血を伴わない、死滅であった。

 

「え……な、なんで……」

 理解が追いつかず、それだけ言うのに精一杯のノコの頬に、風雅の腕が、小刻みに震えながら伸びてきた。やはりその手は、今際の際のいうことを加味しても、不自然な軽さだった。

 

「ドクターコゾー! どうにか治療できないの!?」

 悲痛な声でその回復を願うも、薬学の権能たるそのケミーは、消え入りそうな声音を発し、首を振るばかりである。

 

「もう、良いんだ」

 言葉を持たないケミーに代わり、答えたのは誰あろう、風雅その人だった。

「……この身体は、偽りの容れ物に過ぎない……私の肉体は、もう死んでいる……ここに来た時より、ずっと前に娘たちも、冥黒王との戦いで、すでに……」

 そう、かすれ声で。

 

「そんなイレギュラーな身上だから、あんたはここに来られた……」

 フータロスが、納得めいた語調で呟き、風雅は頷き返す。

 その彼の伸びかけた手を、ノコは自らの掌で包む。

 

「おそらくは、私の世界も、もう――だが、最後になって……君という、才能と未来のある若者に出逢い、少しだが、教え導くことができた……だから、これで良い」

 涙の味を噛みしめながら睫毛を震わせるノコに、静かに目を細めて、風雅は言った。

 

「新たなる仮面ライダーよ。その字は……いや、その名は君が決めるといい……そして、時は有限だ……そのかけがえのない時間を、大事な者たちと共に、送りなさい」

 その最後の言葉を胸に刻んだノコは、手の内からすり抜け、粒子となって砂の中へと沈んでいく男を見送った。

 

 そして背を丸めて、烈しく慟哭したのだった。

 

 ~~~

 

 その後も、あらゆる場所、あらゆる時間、あらゆる世界で、闘争は続いていた。

 

 ――二〇一五年。風都。

 地盤ごと大きく傾いた巨大な鉄塔を拠り所として、四方がバリケードで固められていた。

 風都タワー。数年前にはそう呼ばれていたそのシンボルも、風車は地面に沈み、その羽を完全に停止させている。

 だが、なおも風都市民の心の拠るべであることに変わりはなかった。

 

 小銃などの現代兵器で応戦するも、迫り来る怪物たちには、まるで通じていない。

 黒い機械兵の軍勢――ドレットルーパー達。その中心に、人間の形を保っている男がいる。男は、指輪を嵌めたその手を握り締める。そこからあふれ出た黒い炎が散弾となって散り、バリケードを打ち破り、そこを守る人々を吹き飛ばす。

 

〈スチームホッパー!〉

 その炎幕を潜り抜けた男の姿は、黒い装甲と外套に、業火と紫の眼光を宿した錬金の戦装を纏う。

 仮面ライダーブラックファイヤーガッチャード。

 それが、彼の字だった。

 

〈ジョーカー!〉

「はぁっ!」

 バリケードから飛び出て、対するも、黒い戦士。

 ガッチャードのそれよりもよりシンプルな外装の中で、道化のごとき足がアクセントとなっている。仮面ライダージョーカーだった。

 

 赤い瞳を閃かせて拳の連打を浴びせにかかるも、そのすべてが弾かれる。軽くいなされる。

 乾坤一擲、懐に飛び込むべく、飛び掛かる。

 

 が、それがガッチャードの身に届く前に、遠近一対の武装が、その身を神の供物ごとく、下から黒いボディを衝き、天へと向けて釣り上げた。

 

〈ケミーセット! トルネードアロー!〉

 所在無く宙へと浮き上がった後、プロペラの形を成した黒火の箭が、旋回しながらジョーカーの体を刈り取った。

 

 その直撃を受けて落下した彼は、儚くも変身が解けた。

 詰襟の学生服に身を包んだ、高校生ぐらいの少年がその素顔を苦痛に歪ませて、立ち上がる力も無く突っ伏す。

「ダメだ……やっぱり僕じゃ、翔太郎(しょうたろう)さんの代わりには……」

 

 そう、嘆く。

 かつて、この街を蝕んだ組織を打ち倒しながらも、その後にエナジードーパントの凶弾に斃れた、街の英雄を想って。

 程なくして、街の行く末を象徴するかのごとく、空は鈍色に陰りを見せ、雨が降り始めた。

 

 

「悪いね、雨男なんだ」

 

 

 そう、別の少年の声が、襲撃の外野から聴こえてきた。

〈ウェザー!〉

 というガイアウィスパーと共に、神が鳴り、白雷が濡れた地面を駆け巡り、瞬く間にトルーパーたちを感電せしめて無力化し、破壊する。

 

 そうして割って拓かれた路から現れたのは、太鼓とロストドライバーを帯びた白き肉体に、黒いバイザーを取り付けた――雷神。

 

「ここが、別の世界。別の風都かぁ……うわ、タワーがえらいことになっちゃってるぞ」

 修羅場という折柄にも、いかつい容姿にもそぐわない調子でぼやいて見せる彼に、

「なんだ……あの、ドーパント……?」

 と言いさして、身につけているドライバーと、そしてこの謎の侵略者たちを打ち崩してくれた事実を鑑みて、

「仮面、ライダー?」

 と言い直した。

 

「えーと、青山(あおやま)(あきら)、だよね。こっちの世界の」

 茫洋とした調子で問いを投げる彼に、まるで同窓会で久々会った旧知に向けるように、『仮面ライダーウェザー』は、問い返す。

 

 その彼に向けて、黒い火箭が再び、ガッチャードの手元から放たれた。

 それを、ウェザーの掌より発せられた氷雨混じりの寒風が、それを打ち消した。

 

「で、君が例の連中の手先か……そのずいぶんと物騒な炎、どれだけの雨を降らせれば、消してくれるのかな」

 茶目っけと余裕を絶やさず小首を傾げるウェザーに、

 

「……ジョークにしても、笑えねぇんだよ……!」

 ガッチャードは、はじめて口をきいた。

 

 そして消すどころか、ますます全身から炎を盛んに立ち昇らせて、ウェザーに向けて襲いかかったのだった。

 

 〜〜〜

 

 二〇二七年。ストマック社人間界管理支部。

 そこへ乗り込んだ少年がいる。トリコロールを意識したブーツを鳴らし、革のジャケットを走る勢いでなびかせ、酸鼻極まる廊下を駆け抜けていく。最奥の重い扉を開ける。

 敵味方と、己の理解を超えたその惨状に愕然とした。

 

 人類も、それをスパイスとして輸出するはずだったヒトプレスも、グラニュートも、そして彼の兄弟たちも。

 軒並み、まるでお菓子の空き瓶のように、色と中身を失い、結晶化して転がっていた。

 その管理者たるストマック社の長女が得物としていた武器が、真芯から叩き折られて、その持ち主の『骸』と共に転がっていた。

 

「兄ちゃんッ」

 地面を這うようにしていた唯一の生存者……ビターガヴの一体が、手を震えながら差し出してくる。

 それは、助けを乞うためのジェスチャーだったのか、あるいは『弟』を遠ざけたかったのか。

 その事実を問うことは能わず。空中を漂う半透明の(キバ)が二本、左右の首筋を貫き、そこから生命力を汲み上げて枯らし、他と同じ状態にしてしまった。

 

「どうだ(ワタル)? グラニュートの味は?」

 そう問う声が、黒く小さな羽が、宙を移動している。

 キバットバットⅡ世。その小柄さに見合わない冷厳な語調で、首座に腰かけている若者に声をかけた。

 

 その傍らで、飾っていたらしい花瓶が倒れ、散らされた紅の花弁が絨毯のように、青年が組んだ脚の下を彩っている。その手元に、牙が戻ってきた。官能的な手つきでそれをなぞりあげる。端正な彼の顔には、ステンドグラスのごとき紋様が浮かび上がっているが、その目つきは冷ややかだ。

 

「ライフエナジーの量は問題ない。だが、甘ったるすぎる。僕の好みには合わないな」

 と言い放ち、傍らの宝剣ザンバットソードに気だるげに寄り掛かった。

 

「では、決まりだな。グラニュートは保存することなく、ディサイダー・セルケトとの盟約に従い、この世界の人間族もろともに絶滅だ」

 淡々と、恐るべきことを宣告するキバットを、少年は睨み据えた。正確には、その裏で鎮座する人外の男を。

 

「貴様か! 貴様がみんなを!」

 激昂するままに銃器、ヴァレンバスターを突き出し、その銃口から電気を迸らせる。

 だがそんな少年の背後に、

 

「人を差し置いて、なに趣味悪ィ食道楽やってんだ、ゴルァ」

 

 ……と、焼けついたような声音がさらにかかった。

 軍用コートを纏った、二十代半ばから後半あたりの男。戦士としての獣性と、持ち前の義侠心から来る憤りが、瞳をぎらつかせていた。

 

 猿渡(さわたり)一海(かずみ)

 またの名を、仮面ライダーグリス。

 

 学園サイドの協力者として、ディサイダーズの襲来を勧告しに来た彼だったが、この世界のあまりの救いようの無さに、それを肯定するライダー達とは早々に見切りをつけ、人々の救済と非難にあたっていた。

 

 彼のの周囲を飛び回っていたキバットバットは、淡々と相方に告げた。

 

「この男の顔、見覚えがある」

 と。

 

 相方からの言を受けて、

「あぁ」

 と、得心の頷きと共に、渡は酷薄な笑みを口元に浮かべた。

「……誰かと思えば、昔母さんにちょっかいをかけてたとかいう負け犬か」

 

 その嘲りに、あ? と一海は眉をしかめる。

「何ワケの分かんねぇこと()かしてんだ」

 その表情と返答が示す通り、彼にとっては身に覚えがない戯言だった。

 

 並行世界ゆえ、というのではなく、そもそもが彼らの想起している人物とは、顔が似ているだけの別人なのである。

 

「あぁぁあァ!!」

 復讐心に水を差され――否、かき乱され、髪をかきむしる。

 少年は、その未熟さをそのまま発露させて声をあげた。

 

「もう良い、ワケわかんねぇモン、全部ブッ潰す!」

 そう叫びながら、両手に二丁、銃器を構える。

〈フォンダン・セット〉

 フォンダンショコラを摂取することで生み出した眷属(ゴチゾウ)をセットしたヴァレンバスターと、ベイクマグナム。

 その二口のマズルを、地面に向けて撃ち出す。

 

 一海は、それを冷ややかに睨み据えながら、

「連れて帰れって言われてるが……こうなるまでテメェの世界ほっぽり出してたバカ、一発かましてやらねぇと気が収まらねぇ」

 と宣い、

〈ロボットゼリー〉

 と、腰に据えたドライバーに、まっすぐ振り落とすようにスクラッシュゼリーをセットする。

 

 渡は、何も言わず。ただ座したまま、王の証が刻まれた右手のみを差し出す。

「ガブリ」

 そこに、キバットバットが噛みつき、彼自身に眠る魔皇力を解放させ、顔にファンガイアであることを証する紋様が、再び浮き上がる。

 

「変身!!」

〈フォンダン・サクドロ〉

 双銃のトリガーを引いた瞬間、機械音と共に、泥の如きチョコレートのドームに包まれた。それが放熱により固まり、割れると同時に、半ば溶けたような、独特の流線型の外殻に身を包んだ、茶褐色のライダーが両手を地につけるように背を屈めながら現れた。

 

「変身」

 前髪を指で軽くかき上げてから、その手を挑発的に裏返し、一海は逆の手でレバーを下す。

〈潰れる! 流れる! 溢れ出る! ロボットイングリス!〉

 組み上げられた変身機構とリキッドによって、黄鉄鉱の無骨な色味と造形の中に赤い瞳を宿した機械仕掛けの戦士、グリスとなった。

 

「変身」

 脚を組み、腰を下ろしたまま物憂げに命じた相方に呼応し、飛び回っていたキバットバットⅡ世は、自らベルトに、己が身を逆さまにして収まる。

 そして解放された力が、絶対的な支配と制御の下、毒々しい緑の月光を放ちながら、ダークキバの鎧となって展開する。

 

「つーかなぁ……俺ァいつ如何なる時も、どんな世界どんな時空でもなぁ……みーたん一筋なんだよォォォッ!!」

 ――そんな、一海の叫びを号砲代わりに、三つ巴の闘争が始まった。

 

 ~~~

 

 二〇一九年、三次元空間――もとい二十一世紀の現実世界。

 未来人の介入によってそこで行われるデザイアグランプリは、波乱の終幕を迎えようとしていた。

 

 荒廃した洋館。

 突如、何処からか現れた乱入者(ライダー)が、ジャマトならぬ怪物達を率いてゲームエリアに侵入。まるでウイルスがその感染を爆発させるようにジャマトの支配権さえも奪い、参加していたライダー達を次々に葬っていった。スポンサー、ゲームマスター、ディレクターも軒並み破られ、もはや、ゲームとして成立していなかった。

 

〈Ninja! Boost!〉

 『神』無き世界、そのバトルロワイアル。

 最後の一人となったのは、仮面ライダータイクーン、桜井(さくらい)景和(けいわ)だった。

 

 緑の狸、と揶揄される彼は、スポンサーの恩恵によるバックルで、脚部を補強する。

 

 最大限に速度を加えて我が身を嵐に換えるように、ジャマトや……この世界ならぬバグスター達を爆散させていく。その元凶となった、未知なるライダーを速攻の檻に捕捉する。

 

 ……しかして、そのライダーは、ここに至るまでも、その地力と技巧を連鎖させることで、デザグラで戦った猛者たちを葬ってきた。

 逆立つ頭部パーツ以下、ゲームのプレイヤーキャラをそのまま現実へ顕在化させたかのような造形、それに対して黒とピンクが交差した色味。アニメチックな意匠であり完全に赤く染まった両目を閃かせ、その場に直立する様は、かえって不気味だった。

 

 そして自らの腰からバグヴァイザー(ツヴァイ)を、抜き放つや、居合の要領で、突撃してきた景和の胴を払い、一瞬の交錯において勝利する。

 

「もう一丁!!」

 軽やかな調子でその敵手……パラド――仮面ライダーパラドクス.exe(エグゼ)は、戻したドライバーのボタンを押した。

〈ポーズ!〉

 という低音ボイスと共に、一帯の時間が静止する。

 

〈マイティ・クリティカルクルセイド!〉

 吹き飛ばされ、体勢を崩した状態で中空に固定されたタイクーンの背に、ビビッドカラーの煌めきと共に、強烈な蹴りが炸裂する。

 

〈リスタート〉

 そして時は動き出す。

 堰き止められていた衝撃が一気に景和を襲い、彼は苦悶の声と共に地にめり込んだ。息を一気に吐き出して、デザイアドライバーが弾け飛んだことで変身が解け、白目を剥いて喪神する。

 

「やーりィ。これでこの世界も、クリアー! ダスクからのクエスト完了ってところかな?」

 浮かれた調子で、パラドは着地したその場でステップした。

 

 ……しかして異変は、背後で起こる。

 斃れたはずの景和の腕が、突っ伏したまま、ひとりでに動き出した。

〈タヌキ!〉

 自らの可動域を確かめるかのように、蠢くその手が、スタンプを、そしてナイフや銃器と融合したかのような、奇形のドライバーを懐中より抜き取った。

 

〈Confirmed!〉

 ドライバーの前面に押印すると、その影が、形を変えて肥大化する。と同時に身に纏っていた学生服が黒一色の上下になり、ゆらりと起き上がる。

「変身」

 ドライバーを腰にセットし、その口が歪み、声無く唱える。

 盛り上がる影から、魑魅魍魎。丸い耳の小動物の群体が群がり、その痩躯を包む。直後、影の中から白刃が閃き、ジッパーを閉じる音と共に現れたのは、黒い影に緑のペイントで目のクマを描き足したような、異様な姿。

 

〈Peaceful! Hopeful! Painful! タヌキ! 仮面ライダータイクーン!〉

 それでもなお、在り方が変わっていないことを、その名乗りが示している。

 

 へぇー、とさしたる驚愕も無く、パラドは声を伸ばした。

 

「お前も、()に二人いたのか……まぁ、オレの方はガキの頃、宿主(ソイツ)のこと、喰っちまったけどな……で、お前の方は誰なんだ?」

 

 ドライバーからブレード部分を分離し、パラドに突きつけながら、桜井景和ではない何者かは、彼そのものの声音で応じた。

 

「誰でもない。世界平和を願う、一般人だ」

 

 ……それを、高みの外野で観察する男がいる。波打つ髪に、緑の入ったメッシュを差し、小洒落たスーツに身を包む彼は、腰を割るように落として、頬杖を突きながら、堪え切れぬ様子で不適な笑みを目元口元に滲ませていた。

 

 その足下で、男が仰向けに倒れている。

 奇妙なことに、顔も、髪型も服装も、全く同じものだった。

 ではいずれかが偽者か……否、いずれともに、本物だった。

 

「お前……誰……そもそも、なんだ……あの、ドライバーは……?」

 撃たれ、風穴の空いた腹を抑えて、喘ぎ喘ぎ言うのは、桜井景和のスポンサーであった、ケケラだった。そして、それを冷笑と共に見下ろすのもまた、ケケラなのである。

 

 全く理解出来ないという顔つきの己に足裏を擦るようににじり寄ると、地に転がる彼の、スポンサーとしての特権の象徴、レイザーレイズライザーを拾い上げた。

 

「まぁ心配すんな。お前の桜井景和は、いや()()()()は、俺がきっちり導いてやる。無垢なままに、俺の理想とする、仮面ライダーにな」

 そして全く顔に向けて、引き金を絞ったのだった。

 

 〜〜〜

 

 ……かくの如く。

 あるいは、ディサイダーズに、心ならずも従わざるを得なかった者。

 あるいは、その恩恵に触れ、崇拝する者たち。

 あるいは、彼らの理念や本能に共感し、心から共闘する者たち。

 あるいは、それらの状況を利用せんと目論む者。

 そんな彼らと、学園サイドのライダー達は、水面下で暗闘を繰り広げていた。

 

 だが、徐々に勢いを増していく攻勢に対し、あらゆる世界のライダー達は敗れ、また一人、あるいは一つの世界が、消え去っていった。

 

 〜〜〜

 

 砂と岩の間にて。

 ノコは己らしからぬ殊勝さで手を合わせ、何度目かと知れぬ償いと誓いの言葉を、口の中で呟く。

 

 その目前に、十字架と、指輪が捧げられていた。

 この不毛な世界で、人知れず消え去った英雄、九堂風雅。

 彼を忘れないため、彼の物語を無かったことにしないため、ノコは祈り続ける。

 

 ……だがその眉が、次第に吊り上がっていく。

 

「全ッ然迎えに来ない!!」

 やがて不満がピークに達し、思い切り発した。

 

「あれからだいぶ経つよ!? その間にも何度か他のライダーも襲ってきたし! 『ここはヤツらにバレてる。お前の望み通り、早々に学園に移ってもらうよう、遣いをよこす』って言ってたじゃんか! フーさんの嘘つき!」

 

 墓の前を離れてからも愚痴を零し続ける。

 ゆっくりとした走行で、律儀にその聞き手に徹しているのは、スチームライナーである。

 

 だがフータロスも、ノコを欺くつもりはないのだろう。あれきり顔を見せないのも、早まった受け入れ準備のために、奔走しているゆえだろう。

 問題なのは、かけている時間だ。時は、有限なのだ。

 

「せっかく書いたのに」

 なお止まぬ不平と共に懐中より抜き取ったのは、ライダー学園の入学願書。

 ライダーとしての登録名は、『融汽』。錬金術と融合させた汽車のライダー。そのままの意である。

 苗字が必要というので、それも己で決めた。

 

風芽(ふうが)ノコ』。

 尊敬する師より拝借した名だ。あの墓と同様。いや、いつかあの場所が時の流砂に浚われようとも、彼と、彼の死の兆しに気付けず、動けなかった自分の罪を忘れないための、名。

 嵐に飛び出す。風の子としての、己の在り方を示す契りの言葉。

 

「あッ」

 その願書が、風に運ばれていく。

 妙だ。滅多に風が吹くことなど、無いというのに。

 外から、何かが訪れない限り。

 

 スチームライナーに寄り添い、身構えるノコの前で、その書類が止まった。何者かの、指に挟まれている。

 代わりに無言で、何かの記章(バッジ)が、投げ渡された。シンプルなベルトを象ったそれを、ノコはしばしまじまじと見据え、それを渡してきた彼女を、見返した。息を、呑んだ。

 

 左目は潰れているのか、眼帯を巻いている。纏う装束は、風雅のそれと似ている。おそらくは、『別人』だとも、頭では分かっている。

 だが間違いない。

 その凜とした顔は、写真で見たことがある。

 その佇まいから、確かに師との血の繋がりを感じる。

 どんな世界で、どんな経験をしようとも、彼女の在り方はきっと、変わらないのだろう。

 

「……そうか、君が……」

 感慨と共にかすかに笑み返し、ノコは少しだけ離れた間合いで立ち止まった彼女に、目一杯腕を伸ばし、両の手を挙げた。

 

 

 

「おーい、待ってたよ、クドーちゃーん!」




うわぁ、なんだかすごいことになっちゃったぞ(文字数)
どうせ最後だからと欲張って話を盛った結果、こんなことになりました。

それでも概ね(毎度のことながらかけた時間はともかく)予定通りに、終えられたと思います。

それもこれも、いつも皆様よりご声援あればのことです。
今回もありがとうございました。

また、何かしら思いついたことや気分転換したい心持ちになったりした時などに、マイペース書き足していきたいシリーズです。

その時もまた、ゆるーくぬるーく見守っていただければ幸いです。
それでは、また別の場所にて。
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