掃除機の異変に気づいたのは、ある梅雨の午後だった。使い始めて一年ほど経ったコードレス掃除機。購入したときは最新型で、軽くて静か、吸引力も申し分なかった。毎日の掃除は快適で、家の隅々まできれいにしてくれる頼もしい存在だった。
その日も、私はいつものように掃除を終え、充電台に戻した。何も特別なことはなかった。夕方、台所で夕食の準備をしていると、背後から低い音が聞こえた。ボォーッという、掃除機のモーター音だ。振り返ると、掃除機が動いていた。誰も触っていないのに、電源が入っている。私は驚き、すぐにスイッチを切った。
「故障かな?」
そう思ったが、そのときは深く考えなかった。機械だって不具合を起こすことはある。だが、その夜、再び音がした。寝室にいると、廊下からボォーッという音が響いてきた。暗闇の中で、掃除機が勝手に動いている。私は恐る恐る廊下に出た。掃除機は何もない床を吸い続けていた。充電が切れるまで、黙々と。
その光景は、妙に不気味だった。機械の電源が勝手につく。それだけのことなのに、背筋に冷たいものが走った。
異変は一度きりではなかった。翌日、私は昼間に外出していた。夕方、帰宅すると、部屋の奥から低い音が聞こえてきた。ボォーッという、あの掃除機のモーター音だ。私は靴を脱ぎ捨て、音のする方へ急いだ。
掃除機は、リビングの中央で動いていた。誰もいない部屋で、何もない床を吸い続けている。私はスイッチを切った。
だが、その夜、再び音がした。今度は深夜だった。寝室でうとうとしていると、廊下からボォーッっという音が聞こえてきた。暗闇の中で、掃除機が勝手に動いている。私は恐る恐る廊下に出た。
廊下の先、リビングの暗がりで、掃除機がゆっくりと動いていた。充電が切れるまで、黙々と。私はスイッチを切り、ため息をついた。故障だろうか。だが、なぜ夜中に? なぜ誰も触れていないのに?
翌日も、その翌日も、同じことが起きた。昼間、外出中に動いていることもあった。夜中に目を覚ますと、あの低い音が聞こえてくる。ボォーッという、単調で不気味な音。暗闇の中で、掃除機の低い音だけが響いている。その光景は、妙に生々しかった。機械が勝手に動く。それだけのことなのに、背筋に冷たいものが走った。
異常は止まらなかった。むしろ、日を追うごとに頻度が増していった。最初の二、三日は昼間に動く程度だったが、四日目からは夜中に必ず音が響くようになった。
なので、一度電池が切れるまで放ったらかしにしこれ以上勝手に電源がつかないようにした。しかし、掃除機は日常的に使うので少しでも充電が残っていたらまた勝手に電源がついてしまった。
「もう、これ以上は無理だ」
そう思った私は、掃除機を抱えて電気屋へ向かった。
店内は明るく、生活家電が整然と並んでいる。ここに来ると、あの不気味な夜の記憶が嘘のように思える。私は事情を説明した。
「勝手に電源が入るんです。充電が切れるまで止まらない」
店員は穏やかな笑みを浮かべ、掃除機を受け取った。
「少々お待ちください。点検しますね」
私は店内のベンチに座り、しばらく待った。明るい蛍光灯の下で、掃除機を思い出す。
やがて店員が戻ってきた。
「異常はありません」
「故障ではないので、修理の必要はありません」
その言葉に、私は戸惑った。確かに、家では何度も勝手に動いたのだ。だが、ここでは正常らしい。私は考えた。これは電気屋が掃除機を買わせるための嘘なのか。それとも、本当に説明できない現象なのか。
店員の声は淡々としていた。私はその場で決断した。
「新しい掃除機をください」
古いものは処分した。だが、心の奥に残る疑問は消えない。あれは単なる故障だったのか。それとも怪異だったか。
処分してしまった今ではもう分からない。
という話を遠縁の女性から聞いた。