地元で聞いた怪談   作:小鯢

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虚像

春の陽射しが石畳を照らし、古い町並みの瓦屋根が鈍く光っていた。伊藤は一人旅でこの観光地を訪れていた。明治や大正の面影を残す街並みは、どこか時間が止まったような静けさをまとっている。木造の商家、格子窓、そしてハイカラな看板が並ぶ通り。観光客は多いが、伊藤は人混みを避け、路地裏の小さな広場で足を止めた。

記念に写真を撮ろうと思った。スマートフォンを構え、背景に古い建物を収める。シャッター音が軽く響き、画面に映った自分の笑顔を確認する。違和感はなかった。ただ、光が柔らかく、街並みが美しく写っていることに満足した。

宿に戻り、撮った写真を見返した時、伊藤は息を止めた。自分の背後に、人影があった。和服と洋服が混ざった、ハイカラな服装。帽子をかぶり、胸元には古い懐中時計の鎖が覗いている。だが、その人物は現場にはいなかった。撮影した時、周囲に人影はなかったはずだ。

拡大すると、顔はぼんやりと霞んでいる。輪郭はあるが、目鼻立ちは曖昧で、まるで霧の中に浮かぶ影のようだった。背筋に冷たいものが走る。偶然か、光の反射か。そう思い込もうとしたが、服装の細部はあまりに鮮明だった。

伊藤はネットでその場所を調べた。すぐに見つかった。古い町並みの観光地そこには奇妙な噂があった。「明治や大正の人々が、写真に写り込むことがある」。理由は不明。だが、過去に同じような体験をした人の投稿がいくつも並んでいた。写真には、和服と洋服を混ぜた服装の影が写っている。

画面を閉じ、伊藤は深く息をついた。恐怖はあったが、それ以上に奇妙な感覚が残った。スマートフォンの画面に映るその写真は、あまりにも鮮明だった。服の質感、懐中時計の鎖、帽子の影どれも現実のものと変わらない。心霊写真という言葉が頭をよぎったが、伊藤にはそう思えなかった。むしろ、そこに「本当にいた」ように感じられた。

だから、写真は削除しなかった。証拠を残したいわけでも、怖さを忘れたいわけでもない。ただ、「こんな摩訶不思議なことが世の中にはあるものだなぁ」とそう思ったからだ。

伊藤はスマートフォンを伏せ、窓の外に目をやった。夕暮れの光が街を染めている。

次の日、伊藤は再びあの町を訪れた。前回の写真が頭から離れなかったからだ。あれは偶然だったのか、それとも本当に噂通りなのか。確認したいという思いが、足を動かした。

昼下がりの町並みは前回と同じ静けさをまとっていた。石畳、格子窓、古い看板。観光客の笑い声が遠くで響くが、伊藤の耳には届かない。前回と同じ場所に立ち、スマートフォンを構える。シャッター音が軽く響く。何枚も撮った。だが、画面を確認しても、何も異常はなかった。背景は美しいが、人影はない。

肩の力が抜けた。やはり偶然だったのか。そう思いながら、町を歩き、別の角度から何枚か写真を撮った。帰宅後、写真を整理していると、ふと目が止まった。一枚の端に、ぼんやりとした影があった。和服と洋服が混ざった服装。帽子の輪郭、胸元の鎖。前回と似ている。だが、今回はさらに曖昧で、霧のように薄い。

伊藤は息を詰めた。偶然ではない。あの町には、確かに何かがいる。だが、恐怖よりも奇妙な感覚が勝った。写真を削除しようとは思わなかった。むしろ、残しておきたいと思った。

「やはり摩訶不思議なことが、世の中にはまだあるものだなぁ」

そう心の中で呟き、スマートフォンを伏せた。

 

この話を後輩から聞いた

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