地元で聞いた怪談   作:小鯢

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龍神

1899年、曾祖父がまだ若かった頃、この地域を襲った災害は、村の記憶に深く刻まれている。堤防が決壊したのは、梅雨の長雨が続いたある夜だった。川は濁流となり、音を立てて膨れ上がり、ついには堤防を押し破った。水は怒涛のように村へ流れ込み、田畑を呑み込み、家屋を押し流した。

記録によれば、被災した家は約七千五百戸に及んだという。村だけでなく周辺の集落も壊滅的な被害を受け、死者や行方不明者の数は正確には分からない。水が引いた後に残ったのは、泥に埋もれた家屋と、失われた生活の痕跡だった。この事から内務省土木局主導の元で分派口を締め切り、川の一部を廃川にするという決断が下された。川の流れを変え、危険な分派をなくすことで、再び堤防が決壊することを防ぎ治水をしやすくする。それがお上の考えだった。

工事は数年にわたり続けられた。川の流れは変わり、かつて水が走っていた場所は次第に乾き、やがて草木が生い茂る土地となった。人々は安堵した。もうあの恐ろしい夜のような災害は起こらないだろう、と。

しかし、安堵は長く続かなかった。

川が廃されてからすぐ最初は一軒の家で、次に隣家で、そして集落全体へと疫病が広がっていった。原因不明の病が人々を襲ったのである。高熱と咳、体のだるさを訴える者が次々と現れ、やがて死者も出た。医師を呼んでも、薬を与えても、症状は改善しない。まるで何かに取り憑かれたかのように、病は村を覆っていった。

村人たちは恐れた。災害の記憶がまだ生々しい中で、再び見えない脅威が生活を脅かしている。誰かが言った。

「これは、龍神の祟りじゃないか。」

その言葉は、火の粉のように広がった。かつて川には龍神が住むと信じられていた。川の深い淵、松山の影に潜む龍神は、村を守る存在であると同時に、怒らせれば災いをもたらす存在でもあった。川を埋め立て、流れを断ち切ったことが、龍神の怒りを買ったのではないか。そう考える者が増えていった。

やがて、村の長老が口を開いた。

「昔から、川には神がいると言われてきた。あの淵を埋めたのは、人の都合だ。神の居場所を奪ったのだ。」

その言葉に、村人たちは深くうなずいた。恐れは信仰へと変わり、各家で龍神を祀るようになった。祀り方は簡素なものだった。川から拾った石を清め、祈るだけだった。

不思議なことに、祀り始めてから病はぴたりと止んだ。まるで何事もなかったかのように、症状は消え、村に再び平穏が戻った。人々は確信した。龍神の怒りが鎮まったのだ、と。

この出来事は、村の記憶に深く刻まれた。しかし、記録として残されたものは少ない。口伝えで語られる話がほとんどであり、外の世界に知られることはなかった。だが、村人にとってそれは紛れもない事実だった。川を失った龍神は、家の中に祀られることで、再び居場所を得たのだ。

この話を初めて耳にしたのは、親戚の集まりの席だった。曾祖父の代に起きた災害と、その後の病の流行、龍神の祟りという言葉が、まるで昔話のように語られた。しかし、その語り口には妙な重みがあった。単なる迷信ではなく、何か確かな出来事が背景にあるように思えた。

私は興味を覚え、地域の歴史を調べてみることにした。

そしたら何と、見つけたのだ。

「ある家に祀られている龍神。かつて川の河川敷に松山があり、そこに龍神の住むとされる深い箇所があった。しかし川が埋め立てられ龍神のいるところがなくなってしまった。その頃親戚が病気になったりしたので、家の中で祀るようになった。」

と言う記述が確かに村史に書いてあったのだ。

その事を親戚に話すと彼はとても驚いた様子で「よく見つけたな」と言った。

 

と言う話をとある民族資料館の学芸員から聞いた。

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