昭和四十年代の終わり、愛知県の都市部ではオカルト雑誌が飛ぶように売れ、心霊写真や怪奇現象の記事が人々の好奇心を煽っていた。テレビでは心霊特集がゴールデンタイムに流れ、書店の棚には「日本怪談集」「不可思議な現象」といったタイトルが並んでいた。そんな時代の空気の中で、奇妙な噂がひっそりと広がっていた。
それは「灯籠が動く神社がある」という話だった。
最初にその言葉を耳にしたのは、名古屋の栄にある古びた喫茶店だった。店内は薄暗く、壁には黄ばんだ映画ポスターが貼られ、テーブルには灰皿が置かれている。煙草の煙が漂う中、隣の席で話していた男の声が耳に残った。
「灯籠が、動くんだとよ」
その一言は、妙に現実味を帯びていた。だが、詳細を尋ねても答えは曖昧だった。夜中に参道の端にあった灯籠が、翌朝には鳥居の前に立っているという。だが、どこの神社なのかは誰も知らない。寺だという説もあれば、動くのは灯籠ではなく大黒天の石像だという話もある。稲荷の狐像が歩くという噂もあり、鳥居が消えたり現れたりするというバリエーションまであった。
愛知県には全国でも一、二を争う数の神社仏閣がある。地図を広げれば、点々と赤い鳥居の印が散らばり、寺院の名が無数に並ぶ。そんな中で、ただの噂を頼りに一つの神社を探すのは、砂漠で針を探すようなものだ。それでも、なぜかその話が頭から離れなかった。オカルトブームの熱気に当てられたのか、あるいは単なる好奇心か。理由は分からない。ただ、確かめたいという衝動だけが強くなっていった。
愛知県で「灯籠が動く神社」を探すという行為は、最初から無謀に近かった。県内には数千を超える神社仏閣が点在する。地図を広げれば、赤い鳥居の印が散らばり、寺院の名がびっしりと並んでいる。しかも、地図に載ってない物も有るので噂だけを頼りにその中から一つを特定するのは、糠の中から米粒を探すようなものだ。それでも、私は動き始めた。
最初に足を運んだのは、名古屋市内の古本屋だった。昭和のオカルトブームを象徴するように、棚には「心霊写真集」「怪奇現象の謎」「日本の怪談」といった書籍が並んでいた。だが、どれをめくっても「灯籠が動く」という記事や記述は見当たらない。似た話として「石像が夜中に歩く」「稲荷の狐が参道を移動する」といった話は散見されたが、場所は曖昧で、愛知県に限定されたものではなかった。
次に訪れたのは、喫茶店で開かれるオカルト好きの集まりだった。昭和の空気を色濃く残す店内には、心霊写真を持ち寄る者、UFOの目撃談を語る者、怪談を披露する者が集まっていた。私はそこで「灯籠が動く神社」の話を切り出したが、返ってきたのはさらに混乱する情報だった。
ある者は「それは寺だ」と言い、別の者は「灯籠じゃなくての撫で牛が歩く」と主張した。さらに「稲荷の狐像が夜中に遊んでる」という説や、「石碑に書かれた鶏が動き出す」という話まで飛び出した。噂は枝分かれし、形を変え、どんどん不確かになっていく。共通しているのは「何かが動く」という点だけだった。
私はノートに断片的な情報を書き留めた。寺か神社か、灯籠か像か、稲荷か鳥居か。場所については「山の中」「海沿い」「市街地の外れ」と、証言はまちまちで、どれも決定打にはならない。聞き込みを重ねるほど、噂は霧のように広がり、核心は遠ざかっていく。
私は、集めた断片的な情報を頼りに、愛知県の地図を広げた。だが、その瞬間、探索の困難さを改めて思い知らされた。地図の上には、赤い鳥居の印が無数に散らばり、寺院の名がびっしりと並んでいる。愛知県は全国でも一、二を争う神社仏閣の多さを誇る土地だ。都市部の名古屋を中心に、尾張、三河に至るまで、古い社や寺が点在している。どれも歴史を背負い、伝承を抱えている。そこから一つを選び出すなど、ほとんど不可能に近い。
私はノートを開き、集めた情報を見返した。灯籠が動くという話は、ある者にとっては寺の話であり、別の者にとっては神社の話だった。さらに、動く対象は灯籠だけではない。大黒天の石像、撫で牛、稲荷の狐像、鳥居そのものが消えたり現れたりするという証言まである。場所についても「山の中」「海沿い」「市街地の外れ」と、まるで地図全体を覆うように広がっていた。
私は、愛知県の神社仏閣の分布を調べるため、古い観光案内や郷土史の本をめくった。そこには、由緒ある大社から、地元の人しか知らない小さな祠まで、数え切れないほどの名前が並んでいた。どの神社仏閣も、当たり前だが全て揃えてるわけでは無い。全ての条件を満たす場所は、ないように思えた。
探索の手がかりは、噂だけだ。しかし、その噂は霧のように形を変え、核心を隠している。私は、地図を見つめながら、ある不気味な感覚にとらわれた。まるで、噂そのものが私を翻弄しているかのようだった。どこを探しても、答えは見つからない。むしろ、探せば探すほど、噂は内容は広がり、私を深い闇へと引き込んでいく。
その後も、私は愛知県中を歩き回った。尾張の古社、三河の山寺、知多半島の稲荷社。どこへ行っても、噂はある。だが、実体はない。ある場所では「八幡宮で灯籠が動いた」と聞き、別の町では「稲荷の狐像が夜中に歩く」と言われた。さらに、寺で「大黒天が参道を走ってた」という話も耳にした。噂は場所を変え、対象を変え、終わりなく続いている。
私は考えた。これは一つの現象ではない。いや、むしろ一つの存在なのではないか。
ある時は稲荷社に、ある時は八幡宮に、ある時は山寺に、ある時は神宮寺にその神社は、姿を変えて現れるのではないか。固定された場所を持たず、噂を追う者が近づくたび、形を変えて逃げてるようにも思えるほどだ。
結局私は噂の神社を見つけられなかった。あれから数十年経った今、あの噂はどうなっているだろうか。
と言う話を伯父から聞いた。