地元で聞いた怪談   作:小鯢

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七面鳥

祖父が疎開先から地元に戻ったのは、戦争が終わってしばらく経った頃だった。祖父が降り立った駅は、かつての賑わいを失い、焼け跡の匂いがまだ残っていた。瓦礫は片付けられつつあったが、街のあちこちに黒い焦げ跡が残り、空には電線が張り巡らされているのに、灯りはほとんどなかった。

生活は苦しかった。祖父は朝、工場の門前で弁当を売った。弁当といっても、握り飯に漬物を添えただけの簡素なものだ。工場の従業員たちは疲れた顔でそれを買い、黙って食べて仕事にいく。戦後の復興のため、街は昼も夜も働き詰めだった。

昼は清掃の仕事をした。焼け跡の街を掃除し、瓦礫を片付け、焦げた匂いを少しずつ消していく。手は荒れ、服は煤で黒くなる。それでも、働けることがありがたかった。

夜になると、祖父は夜間学級へ通った。戦争で学ぶ機会を失った人々が集まり、灯りの乏しい教室で文字を覚え、算術を学んだ。祖父は鉛筆を握りしめ、黒板に書かれる文字を必死に追った。

夜間学級が終わる頃には、街はすっかり暗くなっていた。教室の灯りを背に、祖父は鉛筆とノートを鞄にしまい、冷たい夜気の中へ足を踏み出した。街灯はところどころに立っているが、電力不足でほとんど点いていない。闇の中に、進駐軍の住宅区だけが異様な明るさを放っていた。

将校住宅区は、戦後の街に突如現れた異国の島だった。白い洋館が並び、窓から漏れる電灯の光が夜を切り裂いている。庭には手入れされた芝生が広がり、フェンスの向こうには黒い影の兵士が立っている。友の中にはそこが米国だと勘違いしてる人もいる程の別世界が広がっている。祖父はその光景を見るたび、胸の奥にざらりとした感覚を覚えた。自分の国なのに、自分達のものではない場所。

住宅区からは、異国の匂いが漂ってくる。バターの香り、肉を焼く匂い、そしてどこか甘い香水の匂い。それらが夜風に乗って、祖父の鼻をくすぐった。自分の弁当の匂いとは、まるで別世界のものだった。

祖父はフェンス沿いの道を歩いた。靴音がやけに響く。遠くで犬が吠え、兵士の影が動く。住宅区の中は静かだった。窓の奥で人影が揺れ、話声が聞こえるが聞き取れない。

その時だった。フェンスの下から、何かが飛び出した。

音はなかった。ただ、影が動いた。祖父は反射的に足を止めた。闇の中で、何かが走っている。羽毛のない鳥そうとしか言えない姿だった。首が長く、体は骨ばっていて、皮膚は裸のまま。羽はなく、腕のようなものが体の脇に貼りついている。脚は異様に長く、地面を蹴るたび、爪のカチカチとした音がした。そんな見たことの無い鳥を見た。

それは飛ばなかった。ただ、走った。フェンスの下を抜け、道を横切り、闇の奥へ消えていった。祖父は息を呑み、立ち尽くした。心臓が耳の奥で鳴り、足が土に縫い付けられたように動かない。

翌日、祖父は夜間学級で、昨日の出来事を思い切って話した。教室はざわつき、何人かが笑った。「羽毛のない鳥? そんなもんいるかい。」だが、先生は真顔で言った。

「それ、ターキーじゃないか? 米兵が食べる七面鳥だよ。羽をむしって料理する前に、逃げ出したんじゃないかな。」

教室に笑いが広がった。だが、祖父は首を振った。自分が見たものは、ターキーとは違っていた。あれはもっと異様だった。皮膚は灰色で、ぬめりを帯び、脚は異様に長かった。それにターキーだとしても死んだ生き物が動き出すわけが無いのだから。

その夜日、祖父は決めた。「忘れよう」と。戦後の街には、笑われる話を抱えて生きる余裕はなかった。だが、心の奥では、昨夜の影がまだ走り続けていた。

 

という話を友達から聞いた。

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