【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第79話 海の力

 大津波が、黎明へ向かって倒れ始めた。 

 

 

 

 

 黎明は教祖を背負ったまま、迫る津波へ右手を向けた。そして、黎明は足元の水へ触れ、霊力を流し込む。

 

 

「世界凍結(ワールドクロック)」

 

 

 黎明の足元から、白い氷が広がった。最初に道路を覆っていた水が凍る。続いて、氷は津波の下部へ伸びていった。

 

 数十メートルの高さから倒れかけていた水の壁が、その状態のまま止まる。濁流には車や木々が巻き込まれていたが、それも透明な氷の中へ閉じ込められた。

 

 

「お、上手くいったね」

「津波を……一瞬で……」

 

 

 教祖は黎明の背中で言葉を失った。空には擬似的な太陽が浮かび、今度は京都を覆う津波が凍っている。

 

 どちらも、人間一人が扱える規模の術ではない。それを行った黎明は、呼吸一つ乱していなかった。

 

 

『■■■■■■■■――ッ!!』

 

 

 再び、罔象大神が咆哮する。透明な体に浮かんでいた人間の顔が一斉に歪み、凍った津波へ両腕を向けた。

 

 直後、巨大な氷へ無数の亀裂が走る。

 

 

「あれ、まだ動かせるの? やるじゃん」

「こ、凍っても水であることには変わりありません。罔象大神の支配からは、完全に逃れられないのかと」

「へぇ」

 

 

 凍った津波が、内側から砕けた。巨大な氷塊が、黎明と教祖へ降り注ぐ。それを回避しつつ、黎明は地面を蹴った。

 

 一つ目の氷を避け、二つ目を足場にして跳ぶ。さらに頭上から落ちてきた氷へ拳を当て、教祖へ衝突しない方向へ軌道を変えた。

 

 

「た、助かった……」

「ちゃんと掴まってて」

「はい!」

 

 

 黎明が氷塊の間を抜け、罔象大神へ接近する。しかし、周囲に浮かんでいた氷から何十本もの透明な腕が伸びた。

 

 黎明の顔、胸、腹、両足。さらに、背中にいる教祖まで同時に狙ってくる。

 

 

「わ、私も狙われているんですが!? あの方から生まれた子供みたいなものなんですが」

「区別ついてないんじゃない?」

「わ、私は神を解放した教主ですよ!」

「話通じなさそうだけど」

 

 

 黎明は首を傾け、顔へ伸びた腕を避ける。胸へ迫った腕を手の甲で逸らし、その腕を後方から来た別の腕へ衝突させた。

 

 足元から伸びた腕は、半歩だけ位置を変えて避ける。

 

 

 

「なかなか、いい攻撃をする」

「私を背負ったまま、なぜそんな動きが……」

 

 

 

 黎明は伸びてきた水の腕を一本掴んだ。その手の中へ炎を作る。

 

 

「スーパー・フレアボム」

 

 

 元々陰陽塾の【炎宝】を【フレアボム】と黎明は呼んでいた。しかし、それを更に派生強化として作り出したのが【スーパーフレアボム】である。

 

 その強大な炎が水の腕を内側から蒸発させた。さらに、炎は腕を通って罔象大神へ届く。

 

 そのまま爆発が起き、罔象大神の体の半分が消し飛んだ。

 

 

『■■■■■■■■■■――ッ!!』

 

 

 耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が響く。教祖は黎明の背中で顔を歪めた。

 

 

「効いた?」

「はい! 効いてるかと。し、しかし、周囲の水をご覧ください!」

 

 

 道路に残っていた水が持ち上がり、罔象大神へ集まっていく。消し飛んだはずの頭と腕が作り直され、数秒も経たないうちに元の姿へ戻った。

 

 

「水があると回復するのか」

「罔象大神に決まった肉体はありません。水へ霊力を移し、それを一時的な肉体として使っているのです」

「じゃあ、今見えてるのも本体じゃない?」

「本体ではありますが、同時に、周囲にある水も神の一部にするのが容易ではあるかと」

「分かりづらいモンスターだなぁ」

 

 

 罔象大神が両腕を広げる。砕けた氷が一斉に溶け、その水が大蛇へ変わった。

 

 

 

「ありゃ、氷が水に戻った」

「ある程度は温度も操作できるのかと。そ、それと太陽の光も強く、それで温度も暖かいですし」

「なるほど。俺のせいでもあるか」

 

 

 

 大蛇は一体ではない。十を超える大蛇が、黎明を取り囲む。

 

 

 

 

「また、この蛇モンスターか」

「あれは、罔象大神の眷属です。水へ神の霊力を分け与え、即席の怪異にしているのでしょう」

「無限に仲間を呼ぶタイプのボスね。いいじゃん」

 

 

 水の大蛇が一斉に飛びかかる。黎明の周囲へ、二十個の炎玉が現れた。

 

 

「フレアボム、二十連弾」

 

 

 炎玉が別々の方向へ飛んだ。大蛇の頭へ命中し、連続して爆発する。大量の水が蒸発し、辺りが白い水蒸気に覆われた。

 

 

 

「あの水の倒してもあんまり経験値ないな」

 

 

 軽口を叩く黎明。その水蒸気の中で、罔象大神の人型が崩れた。そのまま道路に残っていた水へ混ざり、黎明の背後で再び人の形を作る。

 

 両腕が薄い水の刃へ変わった。

 

 

「う、後ろです!」

 

 

 罔象大神が黎明の首へ刃を振るう。しかし、黎明は振り返らなかった。頭を下げて二本の刃を避け、そのまま後ろ蹴りを腹へ入れる。

 

 

『――■■ッ!!』

 

 

 罔象大神の体が一直線に吹き飛んだ。氷の壁を二枚突き破り、離れた水面へ落下する。

 

 しかし、着水する直前に体を液体へ変えた。道路を流れる水へ混ざり、別の場所から再び現れる。

 

 

 

「殴った感触はあったけど、あんまり効いてない感じもするね」

「水で体が構成されているので、水さえあればノーダメージになるのかと」

「この世界の水全部消せばいけるか」

「いや、それは解決しても、人類に新たな課題が出るかと」

 

 

 

 

 教祖は、周囲に残る水を見た。川、地下水、水道管、それらがこの一箇所に集まっている。

 

 だが、それでも黎明は倒されない。倒せない。

 

 

 それを教祖だけでなく、神も理解していた。だからこそ、さらなる水を求めている。

 

 

 無限とも言える水……そう、海である。

 

 

「もし、このまま海に出られると世界全てが、体になるかと」

「え、まじ。それは流石にね。さっさと倒さないとな。ただ、あれ吹き飛ばすなら、高火力が必要ではありそう」

 

 

 黎明は水面を蹴った。 罔象大神へ一気に接近し、右拳を振り抜く。罔象大神は周囲の水を集め、何層もの壁を作った。

 

 だが、そんなのは意味がない。一枚目の壁が砕ける。二枚目も砕ける。さらに三枚目、四枚目、どんどん壊れて十枚ほど一気に貫く。

 

 そのまま、その拳は罔象大神の顔へ届いた。

 

 

『■■■■――ッ!!』

 

 

 透明な頭部が潰れ、体が後方へ吹き飛ぶ。罔象大神は水面を何度も跳ね、建物の壁へ衝突した。

 

 

「あれほどの水を得た罔象大神でも、敵わないなんて……し、しかもただの拳でしたよね」

「強めに殴ったからね」

 

 

 

 黎明の拳を受けて、罔象大神が立ち上がる。だが、先ほどまでとは様子が違った。

 

 透明な体が不安定に揺れ、人間の顔が浮かんでは消え、腕の本数さえ一定ではなくなっていた。

 

 明らかな消耗が見て取れ、取り込んだ霊力を大きく減らしている。

 

 

 

「あれ、思ったより効いてる? いや、でも、周りの水で回復できるのか」

 

 

 黎明が再び拳を構える。その時、罔象大神の頭部が、川のある方向へ向いた。

 

 

『■■■■■■■■――ッ!!』

 

 

 罔象大神の体が崩れる。人型を失った大量の水が道路へ落ち、そのまま川へ向かって流れ始めた。

 

 

「あ、逃げた」

「この先にあるのは海です! 早く行かないと!」

「そうだね。てか、気づいたら味方みたいになってるけど」

「い、いや、逆らったり嘘ついたりしたら殺されるかなと」

「なるほど、恐怖があるからなのか。これがテイムか」

 

 

 

 

 黎明が追いかけようとした時、足元の水が持ち上がった。そこから四本腕の怪異が、次々と姿を現す。合計で十体以上、それが黎明に襲いかかる。

 

 

 

「時間稼ぎかな?」

「そのようです。罔象大神が海へ着くまで、眷属に我々を止めさせるつもりかと」

「理性がないわりに、そういうことはするんだね」

 

 

 水の怪異が一斉に飛びかかる。黎明は教祖を背負ったまま、片手を前へ出した。

 

 

「邪魔」

 

 

 爆発的な霊力が放出された。道路を覆っていた水が左右へ割れ、怪異達の体もまとめて吹き飛ぶ。

 

 内部にあった核まで砕かれ、ただの水となって地面へ落ちた。

 

 

「行こうか」

「はい! 急いでください! タクシーとか拾いますか? 自分、捕まえます」

「いや走るよ。てか、ここ走ってないし。ふざけてるなら消すよ」

「す、すいません」

 

 

 黎明は教祖を背負い直した。そして地面を蹴り、罔象大神の気配を追って川の下流へ向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

 雨が止んだ後、紅と蓮は光の明日の本拠地を離れた。ここを離れ慣れるのは意識を失っていた信者達を全員礼拝堂の二階へ運び終えたからだ。

 

 

 綾乃は残り、澪達三人と信者達の様子を見ることになった。

 

 そして、黎明の太陽のおかげで山の水位も下がり始めている。すぐに本拠地が流される心配はない。

 

 しかし、山を下りた先にある京都の被害は大きかった。

 

 道路は冠水し、何台もの車が水に浸かっている。地下へ続く入口にも濁った水が流れ込み、警察官が周囲を封鎖していた。

 

 消防車や救急車も出動しているが、倒木や流された車に道を塞がれ、進めない場所も多い。

 

 

「先に人を助けるぞ」

「ええ」

 

 

 紅と蓮は水に浸かった道路を進んだ。すると近くの家から、窓を叩く音が聞こえる。一階まで水が入り、二階に家族が取り残されていた。

 

 蓮が壁を蹴り、二階の窓へ飛び上がる。

 

 

「動ける奴から、オレの背中に掴まれ」

 

 

 そこには、母親が幼い子供を抱えている光景が広がっている。奥には足を怪我した老人もおり、蓮は母子を安全な建物の屋上へ運び、すぐに戻って老人を背負った。

 

 紅は水の中に倒れている男を見つける。体を引き上げ、呼吸を確かめた。

 

 

「まだ生きてる」

 

 

 それを救出し、近くにいた救急隊員へ男を渡す。

 

 

「頭を打っているかもしれません」

「分かりました。ありがとうございます。えっと、あなたは……」

 

 

 渡された救急隊員は紅へ不可思議な目を向けた。

 

 若い女性が成人男性を一人で背負い、水に足を取られることもなく走ってきたのだ。筋力量的におかしくね? と疑問に思わないわけがない。

 

 しかし、今はそれを気にしている暇はない。次に、離れた場所から、別の助けを求める声が聞こえてきた。

 

 

「蓮、次へ行くわよ」

「ああ」

 

 

 二人は、さらに町の奥へ向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

 京都市内の広い範囲で、断水が発生していた。町には水が溢れている。それなのに、蛇口からは一滴も出ない。

 

 なぜなら、罔象大神が、水道管の中にあった水まで無理やり吸い上げたからだ。さらに、町へ残された水には神の霊力が混ざっている。

 

 

「誰かいるのか?」

 

 

 冠水した交差点で、一人の警察官が足を止めた。水面から、人間の腕が伸びている。

 

 溺れている者がいると思い、近づいた瞬間、その手が警察官の足首を掴んだ。

 

 

「――っ!」

 

 

 警察官の体が水中へ引き込まれる。近くにいた同僚が腕を掴んだが、水中にいる何かの方が強い。

 

 そこへ一枚の符が飛んだ。

 

 

「火之迦具土神(ヒノカグツチ)の御名において、火よ!」

 

 

 符から放たれた炎が、水の腕を焼く。警察官の足が解放された。

 

 

「すぐに離れてください!」

 

 

 一人の陰陽師が前へ出た。彼は、この異変を調査するために派遣された陰陽師だった。

 

 しかし、水面が大きく盛り上がる。そこに透明な怪異が姿を現した。目も鼻もない顔。大きく裂けた口。胴体から四本の腕が伸びている。

 

 その後ろでも水が動いた。次々と現れ、合計で三体ほど現れた。

 

 

「怪異が、こんなに……」

 

 

 男陰陽師が符を構える。しかし、その手は震えていた。

 

 絶対の摂理。人間に怪異は倒せない。

 

 弱らせ、封印場所へ追い込むことはできる。だが、この場には封印用の霊具も、儀式を補助する仲間もいない。

 

 三体を同時に封じるなど、不可能だった。怪異が腕を振り上げる。男陰陽師は結界を張った。

 

 しかし、一撃目で、透明な壁へ亀裂が入る。二撃目で、手に持っていた符が燃えた。

 

 そのまま三撃目が振り下ろされる。

 

 

「くっ……!」

 

 

 だが、その腕は陰陽師へ届かなかった。横から飛んできた赤い炎が、怪異の胸を貫いている。

 

 そのまま、水の体が内側から蒸発した。

 

 

「負傷者を連れて下がってください」

「安倍、紅……?」

 

 

 紅が男陰陽師の前へ降り立つ。そこに狙いすますように、別の怪異が四本の腕を伸ばした。

 

 だが、その横から蓮が飛び込み、怪異の腹へ拳を叩き込む。

 

 水の体が大きく崩れ、そのまま蓮は二つの炎の宝玉が作り、それぞれ別の怪異へ向かって飛んでいく。

 

 一瞬で水が蒸気に変わるように、煙が大量に充満する。一瞬のうちに三体の怪異が姿を消した。封印ではない。紅と蓮は、怪異を完全に倒していた。

 

 

「本当に、怪異を倒した……?」

 

 

 安倍家の双子が怪異を倒せるようになった。その噂は、陰陽師の間にも広がっている。

 

 だが、実際に見るまでは信じていなかった。誇張された噂か、双子が自分達の立場を取り戻すために流した話だと思っていた。

 

 しかし、違った。自分が命を捨てても封印できなかった怪異を、二人は短時間で三体も倒した。

 

 

「あなた、怪我は?」

 

 

 紅の言葉で、男陰陽師は我に返った。

 

 

「だ、大丈夫です」

「なら、この人達を安全な場所へお願いします」

「二人は、どうするんですか?」

「まだ同じ気配が残ってる」

 

 

 蓮が町の奥を見る。離れた道路で水面が盛り上がり、新しい怪異が生まれようとしていた。

 

 

「だから、残りも倒す。それだけだ、経験値が欲しいからな」

「け、経験値?」

 

 

 男陰陽師が聞き返した時には、蓮は走り出していた。その様子を見て、紅もすぐさま顔を蓮の方に向ける。

 

 

「救助を優先してください。怪異を見つけても、戦わなくていいです」

「しかし、あなた達だけで……」

「問題ないです。ワタシ達なら、倒せますから」

 

 

 紅も地面を蹴る。二人は水しぶきを残し、次の救助現場へ向かって走っていく。男陰陽師は、その背中を見送ることしかできなかった。

 

 

「……あれが、本当に安倍家の双子なのか。冒険者だっけ? 転職、しようかな」

 

 

◆◆◆

 

 

 罔象大神は川を下り続けていた。川の水へ混ざり、周囲の水を取り込みながら移動している。

 

 

 その移動速度は凄まじく速い。さらに、自身の分身を時折、残し、それに黎明を襲わせたりして時間を稼ぐことも行っていた。

 

 だが、それでも黎明の方が僅かに速かった。川の流れに沿って、黎明も走り続ける。しかし……

 

 

 

「……へぇ、霊力を消すのが上手いな」

 

 

 思わず、黎明が呟いた。いっそのこと、多少の被害が出てもあたり一面を吹き飛ばそうかと黎明が思ったが、霊力を一瞬見失った。

 

 それほどまでに、気配を断つ技術が高いと言える。

 

 

 

「水とほぼ、一緒の感じ。こりゃ、探るのは簡単じゃないね」

「は、はい。気配も水と同化できるみたいで」

「……あ、いた」

「見つけたんですか!?」

「まぁね」

 

 

 黎明は神の気配をとらえた。しかし、その僅かな隙を敵も見逃さない。そして、その一瞬のうちに川の水が海へ合流する。その瞬間、罔象大神の霊力が大きく膨れ上がった。

 

 

『■■■■■■■■■■――ッ!!』

 

 

 歓喜とも苦痛ともつかない咆哮が、海全体へ響く。罔象大神の霊力が海水へ混ざり、沖へ向かって急速に広がり始めた。

 

 

「あ、入られたか」

 

 

 黎明は海岸へ降り立った。背中には、まだ教祖を乗せている。目の前には、どこまでも続く海がある。罔象大神の姿は見えない。

 

 しかし、海のあらゆる場所から同じ霊力を感じた。

 

 

「すごい広がり方だな」

「罔象大神は触れた水へ霊力を移せます。海流に乗って広がれば、どこまで神の一部になるか分かりません」

「なるほど」

 

 

 穏やかだった沖の海が持ち上がる。巨大な波が壁となり、海岸に立つ黎明へ向かって押し寄せた。

 

 

『■■■■■■■■――ッ!!』

 

 

 罔象大神の咆哮が、巨大な波の中から響く。

 

 

 

「海に混ざるタイプか。これは、倒し方を考えないとね」

 

 

 

 黎明は教祖を背負ったまま、海へ溶け込んだ神へ向かって右手を構えた。

 

 

 

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