【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
──洪水が起こる少し前に、時間は遡る。
冒険者ギルドに最初の依頼が来たのは、設立から三日後のことだった。
ネットに依頼用のフォームが置いてあり、そこに入力すれば誰でも依頼をすることができる。
先日の【美術館】怪異事件で世間は大きく荒れている中で、その依頼はいきなり飛んできた。依頼者の名前は、桐島七海。二十一歳、地方の女子大に通う学生。
メッセージの内容はこうだった。
【知り合いから送られてきたDVDを見てから、おかしなことが続いています。二日前からです。すぐに助けてください。お金は払います。本当に怖いです】
黎明はそのメッセージを縁側で読んでいた。隣では詩がチョコ棒を咥えながら書類を見ている。
「初依頼か」
「そうだね。俺行ってきていい? 結構近めの場所だし」
「一人でか?」
「心配しなくてもいいよ。最近、ギルドで詩は忙しいし、他の面々も修行とかいろいろあるしさ」
詩が書類から顔を上げた。
「……一人か、まぁ、黎明なら心配はいらないんだが」
「大丈夫、偶には一人で行くよ。電車とか乗るのも社会経験だしね」
詩は納得をしたように、軽く頷く。その後、チョコ棒を噛み折った。黎明はワクワクした表情で出発の準備を開始する。
◾️◾️
桐島七海が住む町は、地方の小さな町だった。古い商店街が残っており、人通りは少ない。
指定された住所に向かうと、古いアパートの二階に辿り着いた。
「ごめんくださーい」
チャイムを押すと、すぐに扉が開く。黎明は少し目を瞬かせた。
出てきたのは、長い黒髪を無造作に下ろした女性だった。整った顔立ちで、本来ならばひどく目を引く容姿のはずだ。しかし今の彼女にはそんな余裕がなかった。目の下に濃い隈があり、唇が乾いている。着ているのはくたびれたスウェットで、手が微かに震えていた。
「どうも依頼人の方ですか?」
「……あ、冒険者ギルドの方、ですか」
「はい。東雲黎明と言います」
「桐島七海です。あの、本当に来てくれるとは……」
七海は黎明を上から下まで見た。刀を腰に帯びた和服の少年。なんだか、ただのコスプレをしているだけのヤバいやつに見えた。
「えっと……高校生、ですか」
「そうです」
「……えと、その、頼りになるんですか?」
「なると思います」
七海は少しだけ迷ってから、扉を大きく開けた。
◾️◾️
部屋の中は、外から見るよりずっと暗かった。カーテンが閉まっており、昼間だというのに薄暗い。七海が窓を開けようとしないのは、外が怖いからではなく、中が見えるのが怖いからだと、後から分かった。
テーブルの上には食べかけのカップ麺が放置されている。恐らく、ろくに食事が取れていない。
「DVDは今もありますか」
「……あります。その、一緒に見てもらえますか? 確認のために」
「大丈夫ですー」
七海は棚の奥から、一枚のDVDケースを取り出した。市販品の空ケースに入っており、タイトルも何も書かれていない。ただ、表面に油性ペンで小さく「見てください、おすすめ」と書かれていた。
「これが、知り合いから届いたんですか」
「郵送で。中学の時の同級生でして。今私は大学生なんですけど……。ある日急に連絡が来て……それでDVD見たら異変が起こり始めて。ちょっとおかしいなと思って、その人に連絡しても繋がらなくて……」
黎明はDVDケースを手に取った。かすかに、変な匂いがする。生き物のような、粘ついた感触がある。
「へー、見ると何が起きるんだろ」
興味深そうにDVDを眺める黎明。そんな彼を見て七海は膝を抱えて、ソファに座った。
「見てもいいんですよね?」
「あ、どうぞ。DVD見る機械あるので、使ってください」
「どうも」
「あの、私は見るの怖いので……機械とかお貸しするので黎明さんの部屋とかで、いいですか?」
「あ、はい」
黎明は機器やDVDを借りて、彼女居ない場所で見ることを約束する。そして、それは一度置いておいて、詳しい状況を聞く。
「これは後で見ておきます。それで、これまでの状況を聞かせてください」
黎明は基本的に誰でもタメ口であるが、依頼ということで最低限の敬語を使っている。黎明も徐々に社会性が出てきている証拠だ。
「はい。それでは一日目、友達からのDVDを見た後のことをお話しします……」
◾️◾️
【一日目・昼】
桐島七海がDVDを受け取ったのは、何でもない月曜日の昼だった。
郵便受けを開けると、茶封筒の中に入ったDVDケースがあった。差出人の欄には、中学時代の同級生の名前が書いてあった。
久しぶりだな、と思った。卒業してからほとんど連絡を取っていない相手だったが、特に嫌いでもなかった。
DVDケースには、タイトルも何も書かれていない。ただ表面に油性ペンで「見てください、おすすめ」と書かれていた。
七海はその夜、特に深く考えずに再生ボタンを押した。
その映像は、七分間だった。
内容は、ただの廊下だった。古い建物の、薄暗い廊下。カメラが固定されており、何も動かない。ただ廊下が映っているだけ。音は足音だけが聞こえた。
コツ、コツ、コツ。
どこかを歩く足音。しかし画面の中には誰もいない。七分間、足音だけが聞こえて、最後に画面が真っ暗になった。
それだけだった。七海は笑った、笑うしかなかった。
なにこれ、と声に出して笑った。おすすめって書いてあったのに、意味がわからない。同級生に連絡しようとしたが、夜も遅かったのでやめた。明日でいいか、と思って電気を消す。
「久しぶりに連絡来たと思ったら、なんでこんなの送ってきたんだろう」
◾️◾️
【一日目、夜】
午後、十一時を過ぎた頃に、チャイムが鳴った。
七海は眠りに落ちかけていた意識を引き戻されて、目を開けた。こんな時間に誰だ、と思いながら起き上がった。
玄関の覗き穴から外を見た。
誰もいない。
廊下に人影はなく、隣室の扉も閉まっている。七海は首を傾げて、ベッドに戻った。
その瞬間、笑い声が聞こえた。
いひひ。
小さく、しかし確かに聞こえた。七海はベッドの上で動きを止めてしまう。時間が急にゆっくりになったように、体が思うように動かない。
いひひ、いひひ。
どこから来ているのか分からない。壁の向こうからのような、天井からのような、部屋の中のような。どこからも聞こえるようで方向が定まらない。音源を探そうとすると、また別の方向から聞こえてくる。
いひひ、いひひ、いひひ。
何かが動いている気配もない。ただ、笑い声だけが部屋の中を漂い続けた。思わず、恐怖に七海は毛布を頭から被る。
その笑い声は、夜明けまで続いた。
「何かの、間違い、悪夢、だよね」
◾️◾️
【二日目、夕方】
翌朝、七海はひどく寝不足のまま起き上がった。
昨夜の笑い声は、幻聴だったかもしれない。半分寝ていたのだから、夢と現実の境目が曖昧になっていただけかもしれない。そう思うことにして、外に出た。
寝不足もあり、外に出た時には既に夕方になっている。彼女は何か食べるものを買うために、コンビニ向かおうと決めた。
「……え?」
影が、何かの影が彼女の後をつけていた。七海自身の影ではない。全く根本から存在が違うような……別の影が、地面に伸びていた。
縦に引き伸ばされた、人の形に似た黒い影。陽の光の下で生まれる影より、ずっと濃い。ずっと黒くて輪郭がはっきりしているのに、何の影なのかが分からない。
思わず、七海は立ち止まる。すると影も、止まった。
──あれはまずい、直感でそう判断し、彼女は走り出した。すると影は、同じ速さでついてきた。
ただ、只管に走る。だが、どこまで走っても、どこまでも、どこまでも、どこまでも。追ってくる。
そして、奇妙なことに不思議と追われている間は人と会うことがない。いつもであれば多少の人通りがあるはずなのに。
急いで七海はコンビニに逃げ込んだ。店内の蛍光灯の下で息を整え、外を伺う。外にはまだ影が残っていた。
そして、影はジッと、彼女を眺めて……
その時、影の中の顔が少しだけ見えた気がした。顔色が青く、目が真っ黒な女性が口元を歪ませて笑っている。
そこで、影は消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、なに、何が起こってるの」
「あ、あの大丈夫ですか?」
「え、あ、すいません」
あまりに慌てているため、コンビニ店員に話しかけらてしまう。そこでようやく彼女は冷静さを取り戻した。
「戻る時も、いるのかな」
幸いなことに家に帰る時に、あの影はいなかった。だが、
「え、なに、これ」
思わず、買ってきた品物を地面に落としてしまう。カタカタと震えながら、彼女は自分の部屋を恐怖の目で見つめる。
部屋に戻ると、壁に文字が書かれていた。
赤い文字で。
いらっしゃいませ。おかえりなさいませ。ようこそ。またきてね。おかえり。いらっしゃい。
壁に。床に。天井に。鏡に。部屋中の平面という平面に、赤い文字が敷き詰められていた。
「これ、血の、匂い……?」
あまりに不気味な血の文字。七海は一時間以上かけて、拭き取り掃除をする。腕が痛くなるまで拭き続けた。その間ずっと、どこかで笑い声がしていた。
いひひ、いひひ、いひひ。
◾️◾️
【三日目の朝】
一睡もできなかった。家の中はまだ血のような匂いが残り、血の文字も残っている。全てを落とすことは彼女にはできず、疲れて途中で倒れてしまったからだ。
血のような匂いを変えるため、彼女は窓を開けて、一度、家の外に出る。
「……随分とひどい匂いだね」
七海は悲鳴を上げかけて、喉の奥で飲み込んだ。
入り口に人が立っていたからだ。白髪を後ろで束ねた、小柄な老婆だった。皺の深い顔で、膝の上に手を置いて、真っ直ぐ七海を見ている。
怖かった。なにか、またしても恐怖現象が起こされるのではないかと連想してしまったから。老婆は七海が起き上がるのを待ってから、口を開いた。
「呪われておる」
「……え?」
静かな声だった。感情の起伏がなかった。しかし、ジッと七海を老婆は見続けていた。
「それは呪いだよ。解きたいかい?」
「……あ、え、黒いお化けみたいなのとか、この家の血の文字とか、呪い、なんですか?」
「あぁ、そうさ」
「酷く大きな呪いだ。そう簡単に解けないよ」
それだけ言って、老婆は去ってしまった。
「呪い、これ……」
血の匂いと文字が蔓延る自分の部屋を見つめる。その日も、黒い影のようなのがジッと自分を見つめている感覚に陥り、家の中に引き篭もるしかなかった。
「DVD……あれを、見てから」
ふと、そんな感覚が彼女に湧いた。あれを見てからというもの、怪奇現象が続いている。
DVD、呪い、大きい影、血の文字、いろいろとネットで検索をするが、眉唾や作り話しか出てこない。しかし、諦めずに検索を続ける。
呪い、DVD、怪異、解決。いくつかのサイトを辿って、見知らぬページに辿り着いた。
【冒険者ギルド】
・化け物退治、超常現象を解決する。依頼受付中。
七海はフォームに文字を打ち込んだ。
知り合いから送られてきたDVDを見てから、おかしなことが続いています。すぐに助けてください。
送信ボタンを押してから、七海は思った。
「お願い、助けてっ」
◾️◾️
【四日目、朝】
「ごめんくださーい」
和服姿の男性が尋ねてきた。そして、今状況を話している。これが、桐島七海が直面している現状だった。
「なるほど、とりあえず分かりました。じゃ、このDVD見ておきますね」
「……すいません、その本当にごめんなさい」
「謝らなくてもいいですよ」
「あ、はい。そう、ですよね」
黎明は一度、泊まるはずのホテルに向かい、そのDVDを再生することにした。
書籍版『救いのない怪異世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ』が、昨日から発売中です!! 昨日、挿絵の282ページのイラストが凄まじい! 黎明の表情が私のイメージぴったり! と言う話をしました。
ただ、電子だと若干ページ数が異なるようです。見るときは、闇スザクと黎明が戦う章で探してみてくださいね!
さて、絶賛発売中でして、ぜひ、手にとって頂きたいです!!
続刊等には序盤の売り上げが大事でして、ぜひともお願いします!
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そして、本章ですが、残り3話になります! あと少し、お付き合いください!