【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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小話・黎明と呪いのビデオ2

【朝霧黎明・一日目、夜】

 

 ホテルの部屋は、六畳ほどの狭い部屋だった。

 

 黎明はベッドに腰を下ろして、DVDプレーヤーにディスクを入れた。再生ボタンを押す。

 

 映像には古い廊下が映った。足音だけが聞こえ、不気味な音が響き続ける。動画の時間は七分間、それだけで終わった。

 

 

「……なんか、ずっと足音するな」

 

 

 黎明はリモコンを置いて、天井を見た。

 

 部屋の空気が、微かに変わったことに黎明は気づいていた。霊力の流れが、DVDのある方向から滲み出ており、それが部屋を包んでいる。

 

 

 

「あ、来てる来てる」

 

 

 黎明は少しだけ嬉しそうに呟き、霊力の流れを辿る。すると部屋の隅の暗がりに何かがいた。虫のような、笑い声を出し続ける小さな怪異だった。

 

 

 いひひ、いひひ。

 

 

「いた」

 

 

 黎明は手を伸ばして、それを掴む。咄嗟のことに怪異側も避けられず、あっさりと手に収まってしまった。そこから暴れ逃げようとするが、黎明の手の中から逃げられなかった。

 

 

「笑い声だけのモンスターか。図鑑に描いたことないやつだな。さてと、書きますか」

 

 

 まるで、昆虫日記を書く少年のように黎明は怪異を掴んだまま、筆を走らせる。

 

 

「黄金虫みたいだな。背中に顔みたいなのがあって、笑ってるのがいい味出してるなぁ。前から思ってたけど、昆虫食があるんだから、モンスター食があってもいいような。食(・)べ(・)て(・)み(・)よ(・)う(・)か(・)な(・)?(・)」

 

 

 

 い、いひひ──

 

 

 

 笑い声が、止まった。まるで引き攣ったかのように怪異は黎明に怯えている。しかし、黎明は鬼ではないので、怯える怪異を食べるなんて真似はしない。

 

 

 勇者なので、そのまま握り潰すだけだ。

 

 

 

 

──グシャっと音がして、そのまま怪異は煙のように消える。

 

 

 

 

 

「ありゃ、なんか、弱いな。経験値少なそう」

 

 

 

 黎明はノートを取り出して、怪異の特徴をさらさらと書き込んだ。そのタイミングで黎明のスマホが振動した。

 

 

 

「あ、祈からだ」

 

 

 

 

 最近、黎明と彼女は連絡を以前よりも頻繁にとっている。それは祈が想いを伝えたのもあるだろう。

 

 

 とは言っても会話内容は近況報告とか、次の修行を一緒にしようとか、そういうのが多い。

 

 

 

 

「あ、陸上部入ったんだ。へー。そう言えば、俺高校行った事ないんだよな、どんな場所なんだろうか」

 

 

 

 

 そんなことを考えながら、その日の夜は過ぎていった。

 

 

 

 

◾️◾️

 

 

 

 

【二日目・夕方】

 

 翌日の夕方、黎明はホテルを出た。

 

 

 

「あれー? 依頼人、電話繋がらない。でもメールは来てるな……しばらく旅行に行くか。気分転換でもしたいのかな?」

 

 

 

 黎明に呪いのDVDの調査などを依頼してきた、桐島七海。彼女は旅行でしばらくこの町を離れるとメールで連絡があった。

 

 黎明は調査が終わったら、まとめて報告すれば良いかと思って、了解とメールで返す。そして、彼女が言っていた通り、夕方に商店街を歩くことにした。すると、すぐに気づいた。

 

 

 影が、ついてきていたのだ。

 

 

 

 縦に長く引き伸ばされた、黒い影。人の形に似ているが、何の影なのかが分からない。

 

 

 

 

「おっ、来た来た」

 

 

 黎明は振り返った。影は止まった。黎明は一歩、影の方に向かって踏み出す。すると影が、後退した。

 

 

 

 

 そ(・)の(・)一(・)歩(・)で(・)、(・)彼(・)と(・)の(・)格(・)の(・)差(・)を(・)怪(・)異(・)は(・)理(・)解(・)し(・)た(・)。(・)

 

 

 

 

「あれ、逃げるの?」

 

 

 もう一歩。影がさらに後退した。

 

 

「なんだ、追いかけてくるって聞いたけど。逃げるパターンもあるのかな。まぁ、逃走するモンスターもいるよね。でも、逃走するモンスターは、経験値が多いのが基本!」

 

 

 黎明はそのまま影に向かって走り出した。すると影が慌てたように動き始める。路地を曲がり、塀を越え、川沿いを走った。黎明はずっとついていく。

 

 

 

 なぜか、影の方が、逃げていた。

 

 

 

 黎明は追いかけ続ける。すると、影はびっくりしたように振り返る。何度も何度も振り返るが、黎明は追ってくる。

 

 

 

「っ!?!?!!!!!!!??!?!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!??!!?!?!?」

「へー、結構早いね」

 

 

 

 

 黎明は本当にすぐに追いつけたが敢えて泳がせていた。理由は、もしかしたら、この怪異には巣があって他の個体がいるかもしれないと思っているからである。

 

 

 

 

「うーん。結構走ったけど、巣とかはなさそうだね」

 

 

 

 ──ザシュ、そんな音がすると背後から黎明の腕が怪異の胸元を貫いていた。

 

 血が噴き出るわけもなく、黒い煙、霊力が漏れ出して徐々に姿が崩れていく。怪異はあっさりと経験値へと変わった。そして、それが終わると黎明はノートに影の特徴を書き込みながら、ホテルへ戻った。

 

 

 

 

◾️◾️

 

 

【三日目・昼】

 

 ホテルの部屋の扉を開けた瞬間、黎明は足を止めた。

 

 壁に文字が書かれていた。赤い文字で、いらっしゃいませ、おかえりなさいませ、ようこそ、と部屋中に敷き詰められている。血の匂いが濃く漂っていた。

 

 

 

「うわ、ホテルの人に怒られそうだな」

 

 

 黎明が最初に心配したのはそこだった。手のひらに水を生み出した。術ではなく、黎明の言い方では魔法だ。

 

 

「浄水(アクアクリア)」

 

 

 水が部屋全体に広がった。床を這い、壁を伝い、天井まで届いた。

 

 赤い文字が溶けるように消えていく。血の匂いが薄れていく。水が引いた後、部屋はチェックイン時よりずっと綺麗になっていた。

 

 

 

 

「よし、綺麗になったな。匂いもバッチリだし、もとよりだいぶ良さそうだな」

 

 

 

 黎明はふと一息。血の文字なども黎明からすれば特に問題はない。影森町でも似たようなことがあったなぁ。と思っているだけだ。

 

 

 

 

 ──その時、ピンポーンとインターホンが鳴る。

 

 

 

 

 誰だ、と思いながら黎明は扉を開ける。

 

 

 

 

「あんた、呪われてるね」

「あ、そうですか」

 

 

 急に、老婆が現れた。そう言えば依頼人もこんな事を言ってたな。そんな事を思い出し、せっかくなら都部屋に招き入れて椅子に座らせる。

 

 

「酷く呪われておる」

「あ、そうですか。すいません、今お茶菓子とかなくて……」

「いや、いらないが……」

 

 

 老婆が黎明を見た。黎明は対して恐怖を持ってるようではなく、堂々とむしろしている。

 

 

「……怖くないのか」

「特には」

 

 

 老婆は少し間を置いてから続けた。そして、部屋に置いてあったDVDを指差す。

 

 

 

「そのDVDを見た者は、五日目の夜明けに死ぬ。助かりたければ……他(・)の(・)者(・)に(・)D(・)V(・)D(・)を(・)五(・)日(・)目(・)ま(・)で(・)に(・)見(・)せ(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)」

「あー、それはいいです」

「……なぜだ」

「俺より強い人間いないし、見せたい相手もいないので」

 

 

 

 老婆が黎明をじっと見た。値踏みするような目だった。しばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。

 

 

 

「……強がっているのか。ここで自分が犠牲となり、呪いを受けて終わらせようとしているのか……? そうか、なら、せめてこれだけは持っておきなさい。貴重なお守りだが、貸してやろう」

 

 

 

 老婆が懐から取り出したのは、小さな御守りだった。古い布で包まれた、掌に乗るほどのもの。

 

 

 

「夜は外に出るな。その御守りがあれば多少は長生きできるかもしれん」

「ありがとうございます。てれてれてれてれごまだれー、老婆のお守りを手に入れた」

「なんじゃそれは」

「お気になさらず」

 

 

 

 怪訝な顔をしながら老婆は去っていった。黎明は御守りを手の中で転がした。確かに霊力が宿っている。丁寧に作られた、本物だった。

 

 

 

◾️◾️

 

 

【四日目・夜】

 

 

 翌日の夜、黎明は外に出た。

 

 

 

 ──なぜなら、老婆に夜は出るなと言われたので、出てみたのである。

 

 

 

 すると、すぐに怪異が寄ってきた。昨日より多い。黒い霧のような小さいものから、人の形をした大きなものまで、様々な種類が路地の奥から現れてくる。

 

 

 

 

「な、なに!? どんどんモンスターが寄ってくる! これ、志乃と同じ体質になってる!! すっげぇぞ、あのDVD!!」

 

 

 

 

 

 黎明は嬉しそうに呟いた。怪異が集まってくるのは、経験値がもらえることと同義。ほぼ、給付金と同じである。なので一体ずつ、炎で払いながら、ノートにメモを取り続けた。

 

 

 

 

「いやーしかも、見たこともないモンスターばかりだ。すごいなぁ。しかし、これは……」

 

 

 

 しばらく歩いたところで、御守りに気づいた。怪異が近づいてこない間合いが、御守りを持っている方向だけ少し広くなっている。

 

 

 

 

「あ、これモンスターがちょっとだけ避けてる。邪魔だな」

 

 

 

 黎明はその場で御守りをしまった。すると、怪異が一斉に近づいてくる。

 

 

 

「こっちの方がいい。捨てちゃおうかな……あ、でもこのお守り返したほうがいいかな。なんか大事な物っぽいし」

 

 

 それからさらに歩いて、黎明は考えた。この御守りは老婆が手ずから作ったものだ。昼間に老婆にあっており、霊力の波長はわかっている。ならばと……

 

 

 

 霊力の残滓を追った。路地を曲がり、坂を上り、細い参道の奥に辿り着いた。古い神社だった。小さな社が建っており、社務所の灯りがついている。

 

 

 

 

 黎明はチャイムを鳴らした。扉が開いて、老婆が出てきた。すると、老婆は黎明を見て、固まった。

 

 え? なんで、ここがわかったんだ? と驚愕しているような表情だ。しかもパジャマ姿なので、寝る前であった。

 

 

「昼間はどうも」

「……ど、どうやって、ここが」

「老婆のMPを辿りました」

「……老婆言うな。いやMPとは?」

「MPはMP」

「……いや、わからぬ。それに、なぜ生きておる。なぜここにいる」

「普通に生きてます。それと御守り、返しに来ました。貴重品とのことでしたが、俺には不要なので」

 

 

 

 老婆は長い間黎明を見てから、深く息をついた。

 

 

 

「返すな。持っておけ」

「要らないです」

「なぜだ」

「モンスターが来た方が経験値になるので。それとDVDについて何か知ってます? いろいろ気になることがあって」

「……もし、明日も生きていたらまたここにきなさい。真実を話そう。あのDVDについてもな」

「あ、どうも、それならまた明日」

 

 

 それだけ言って黎明はさっていく。そして、参道を戻りながら、暗がりから出てきた怪異を三体倒した。老婆はその光景をじっと見つめ、驚愕に顔を染めていた。

 

 

 

 

「な、なんなんだ、あいつは……」

 

 

 

 

 

 

◾️◾️

 

 

【五日目】

 

 

 朝起きた黎明は老婆の神社に向かった。

 

 

 

「おはようございます」

「……信じられん。夜に出歩き生きておる。しかも、お前、怪異を倒しておったな?」

「まぁ、あとモンスターですね」

「モンスター……怪異をそう呼ぶやつと会うのは初めてじゃ」

 

 

 

 老婆は黎明を社務所に上げた。お茶を出して、向かいに座った。お茶菓子はどら焼き、黎明は和菓子が結構好きなので、もしゃもしゃと食べながら、老婆と向かい合った。

 

 

 

「……お前に話しておかなければならないことがある」

「どうぞ、もしゃもしゃ」

「お前、女子大生からDVDを押し付けられたな?」

「あー、依頼で見てくれと。もぐもぐ」

「あれは……呪われたDVDと言われてるものだ」

「へー、もしゃもしゃ」

「……おかわりいるか?」

「あ、いただきます」

 

 

 

 呪われたDVD。そう聞いて、黎明はふーんと適当に返した。どら焼きを食べながら、老婆の話を聞き続ける。

 

 

「この映像……元は怪異が仕掛けたものだ。見た者に恐怖を与え、その恐怖を糧にし続ける。呪いを移すために他の者に見せると、新たな恐怖が生まれる。怪異はその恐怖を永遠に吸い取り続ける仕組みだ」

「なるほど」

「そして、DVDだけではない。ビデオテープ、USB、手紙。形は様々だが、同じ仕組みのものが全国に散らばっている。わしは長年、それらを最後に見て死んだ者から回収して、この神社に納めてきた

「全部で何本ありますか」

「……97本ほどか」

「いや多いな。でもそれだけあるなんて、ワクワクしますね」

 

 

 

 そう聞くと、黎明はちょっと目を輝かせた。一本でもあれほどの怪異が来たのに、千本近くも見たらどうなるのか。

 

 

 ワクワクしてきたのだ。

 

 

 

 

「全部見せてもらえませんか?」

「……なに?」

「全部見れば、全部のモンスターが来るじゃないですか。俺なら倒せます。しかも、そうすれば、呪いとか状態異常に怯える必要もなくないですか?」

「……お前は正気か」

「冒険なんて、正気の沙汰ではないですよ」

 

 

 

 

 老婆は長い間沈黙した。それから立ち上がって奥の部屋に行き、箱を持ってきた。それは封印の御札が幾重にも巻かれた、古い木箱だった。

 

 

 

 

 

「……後悔しても知らんぞ」

「おおー。木箱これだけ?」

「まだまだあるぞ」

 

 

 

 その後、何個も何個も老婆は木箱を持ってきた。途中から数が数なので、黎明も普通に運ぶのを手伝い始める。

 

 

 

 

「ほほー、かなり量ありますね」

「これは全て呪い。見るなどど正気ではない」

 

 

 

 そうは言いながらも、黎明に老婆は渡すのは、黎明に【可能性】を感じているからであろう。

 

 

 

「まぁ、大丈夫ですって」

 

 

 

 木箱の封印が解かれた。中にはビデオ、DVD、USB、数多詰まっている。それぞれから悪臭に近い醜悪な匂いが漂っていた。

 

 

 

「パソコンとか、あります?」

「DVDプレイヤー、ビデオデッキ、その他も全部あるぞ」

「お借りします。飲み物とかポップコーンとかは……」

「いや、映画か。無いが……買ってくるから待っておれ」

 

 

 

 

 

 

 そして、黎明は次々と呪いのDVDや、ビデオを見始めた。しかし、量が量なので、倍速視聴などが多かった。

 

 

 

 

「ふむ、中々数が減らない。流石に百本近いとな……パソコンの方は四倍速で見るか。もう何映ってるのかよく分からないけど」

 

 

 

 

 ビデオ、DVD、USB、次々と呪いの内容を目におさめていく。ポップコーンをたまに摘んだりしながらも、只管に内容を見続けた。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、全部似たような内容だな。白いワンピース、黒い長い髪の女の人がやたら出てくるのはどうしてだろう。流行りなのかな?」

 

 

 

 

 

 ──黎明の疑問。なぜ、似たような女ばかり映るのか。それには理由がある。

 

 それは、人間が最も恐怖し、連想する呪いの姿だからだ。ビデオやDVDと言った呪いあるある……白いワンピースに顔も隠れる長い髪を持った女の霊が出てくるのが様式美みたいなところがある。

 

 

 怪異は人間の恐怖によって作られる。だからこそ、わかりやすい姿が多いのだ。

 

 

 

 そして、黎明はすべてのビデオやDVDを見終わった。全部、倍速視聴や、退屈した、黎明はアニメと一緒に流し見をしてたのであんまり内容は覚えてない。

 

 

 しかし、彼は確かにやり遂げたのだ、百本を超える呪いの視聴を。それが終わると、老婆が部屋に入ってきた。

 

 

 

 

「あ、老婆さん」

「老婆さんというでないわ。なんじゃ」

「全部見たんだけど、これって、似たような内容が多いですね。全員同じような人が出てくるけど。同一人物? 全部、似たような人がこっちを見てるような感じだったんですけど」

「それは違う。全て違う存在じゃ」

 

 

 

 

 

 そう言って、老婆は一本のビデオを手に取る。

 

 

 

「例えばこれは、晶子(あきこ)」

 

 ――古びたビデオテープを手に取った。

 

 ラベルは黄ばんでおり、端の方が剥がれかけている。そこに細い筆跡で、ただ一言だけ名前が書かれていた。

 

 晶子。

 

 

 

「平成の頃から出回った呪いのビデオじゃ。見た者の家の浴室に現れ、鏡越しに首を絞める」

「へー、晶子さん」

 

 

 

 

 そして、老婆は次々とビデオを拾っては黎明に見せつける。表情は至って真剣である。

 

 

 

「こちらは静子(しずこ)。誰かにこのビデオを見せなければ、呪いで死ぬ。ここら辺から、呪いの電波が始まったかの」

「ふむふむ、歴史ありってわけだ」

「これは澄子(すみこ)。同じように誰かにビデオを見せない場合、呪い殺される」

「ほうほう」

「そして、次に文子(ふみこ)。説明は割愛する」

「うん」

「次に律子(りつこ)。説明は長いので割愛する。ただ、言っておくとしたら死ぬ前にピアノの音が鳴るらしい」

「はい」

「雪子(ゆきこ)。説明は割愛する」

「なるほど」

「綾子(あやこ)。説明は割愛」

「ほほー」

「和子(かずこ)。割愛」

「そうですか」

「園子(そのこ)。割愛」

「うん」

「千代子(ちよこ)。割愛」

「……うーん」

 

 

 

 老婆は、木箱の中から次々と呪物を取り出していく。

 

 ビデオテープ。

 DVD。

 USBメモリ。

 古い写真。

 

 

 どれも形は違う。けれど、そこに宿る気配は似ていた。湿った髪のようにまとわりつき、腐った水のように鼻の奥へ残る。人の恐怖を吸い続けたもの特有の、重く濁った霊力である。

 

 

 

「なんか、似たような説明……」

「まだまだ。律子(りつこ)、雪子(ゆきこ)、恭子(きょうこ)、雅子(まさこ)、房子(ふさこ)、恵子(けいこ)、澪子(みおこ)、祥子(しょうこ)、翠子(みどりこ)、紀子(のりこ)、菫子(すみれこ)、琴子(ことこ)……他にもまだまだある」

「……覚えられないですね。しかも、律子(りつこ)二回言ってるし」

 

 

 

 そこで、あと思いついたように黎明が手を上げた。

 

 

 

「なんじゃ」

「みんな最後、名前が子で終わりますね」

「……そうじゃな」

「え、なんで? 流行りとか?」

「ふむ、人間の恐怖が形になっておるからの。ビデオとかDVDとかの呪いと言えば、名前の最後が【子】でおわり、姿もどれも女性で白い服に顔が隠れるほどの長い髪となる」

「白い服で、髪が長くて、名前が子で終わるモンスターが多いのか。なるほど。確かにどのビデオとかもちらっとそんなのが出てきような……」

「雑に理解するでない。どれも人を殺してきた恐ろしい怪異じゃぞ」

「あ、そうなんですか」

 

 

 

 

 

 そして、その時だった。二人の部屋の電灯が、ちかちかと瞬く。

 

 

 不安定な明滅が、畳の上に並んだ呪物の影を歪ませた。さらに部屋の隅にある古いテレビが、勝手につく。

 

 

 映ったのは砂嵐。ざあああああ、という耳障りな音が流れた。さらに画面の奥に、白いものが浮かぶ。

 

 最初は布のように見えた。だが、次第にそれが人の形をしていると分かる。

 

 長い髪。濡れた白装束。顔は見えない。けれど、こちらを見ている。そう理解した瞬間、画面の中の女が一歩近づいた。

 

 

 

 

 

「き、来おった……」

 

 

 老婆の顔色が変わる。黎明はポップコーンの残りを摘まみながら、画面を眺めた。

 

 

「お、みたいですね」

 

 

 テレビの内側から、白い指が出た。爪の隙間に黒い泥を詰めた手が、畳を掴む。ずるり、と音がして、髪の長い女が這い出てきた。

 

 その動きは遅い。さらに濡れた髪が畳に垂れ、青白い手が黎明の方へ伸びる。

 

 

 

 

「き、来おったぞ!! 晶子(あきこ)じゃ!!!!」 

「うん? いや、このMP感じは。多分、このビデオのモンスターですよね。これとMPが似てるし。でも、このビデオの名前さっき静子って言ってたような?」

「き、来おったぞ!! し、静子じゃ!!」

「やっぱ静子なんだ」

 

 

 

 

 

 老婆が叫んだ。だが、異変はそれだけでは終わらない。

 

 ビデオデッキの隙間から、別の髪が溢れた。黒い糸の束のように畳を這い、やがてその中から白い顔が浮かび上がる。

 

 鏡が曇った。そこに、こちら側にはいないはずの女が立っていた。

 

 

 

 写真立ての中で、端に写っていたはずの人影が中央へ移動する。封筒の中から赤い染みが広がり、紙の上に細い指の跡が残った。

 

 

 ひとつ、またひとつ……。

 

 

 あらゆる部屋の場所、そこから怪異が滲み出す。それと呼応するように、部屋の空気が冷えた。畳の目に水が染み、柱の隙間から黒い髪が垂れる。天井板の節穴には、いつの間にか白い目が覗いていた。

 

 

 

「うわ、増えてきた。でも、期限以内に見せないと襲ってくる話でしたよね?」

「恐らく、お前が全部のビデオなどを見たからじゃろう。本来なら人間の恐怖を食い尽くすことを目的としてる奴らじゃ。別の怪異に標的が取られると思って、慌てて前倒しで来ているんじゃろう」

「あ、そう。それなら余計に全部見てよかった」

 

 

 

 黎明は少し楽しそうに言った。しかし、隣では恐怖の顔になった老婆は御札を握りしめる。

 

 

 目の前の怪異達は標的の取り合いを始める。怪異達の髪が絡みつつあり、白い腕が別の白い腕を押し退ける。

 

 

 

 黎明。餌は一つ。それに老婆によってビデオやDVDはずっと封印されていた。だからこそ、しばらく恐怖をろくに食べられていない。

 

 

 だからこそ、バトルロワイヤルのようになっていた。

 

 

 

 女達は互いを睨み、髪を絡ませ、腕を引き千切る。長い爪が白い頬を裂き、裂かれた顔はすぐに黒い霧で塞がった。

 

 それでも争いは止まらない。誰が最初に喰うのか。誰がこの人間の恐怖を得るのか。

 

 誰が最後に魂を持っていくのか。言葉にしなくても、空気がそれを語っていた。

 

 

 

「……なんじゃこれは」

 

 

 梅子が呆然と呟く。見たこともない、呪いの映像、その怪異同士の争い。もはや、勝手に戦えと言わんばかりだ。

 

 

 

 しかし、それでは終わらない。そこから、次々と気配が集まり始めた。なぜなら、黎明が見た映像の数は百に近いのだから。

 

 次々と彼女達の元に怪異は集まってくる。そして、その姿は全員、似ていた。けれど、すべて別の怪異である。

 

 

 

晶子(あきこ)

静子(しずこ)

澄子(すみこ)

文子(ふみこ)

律子(りつこ)

雪子(ゆきこ)

綾子(あやこ)

和子(かずこ)

園子(そのこ)

千代子(ちよこ)

雪子(ゆきこ)、

恭子(きょうこ)、

雅子(まさこ)、

房子(ふさこ)、

恵子(けいこ)、

澪子(みおこ)、

祥子(しょうこ)、

翠子(みどりこ)、

紀子(のりこ)、

菫子(すみれこ)、

琴子(ことこ)

 

 

 

 

 名前を持ち、呪いを持ち、人を殺してきた存在達。その群れが、ひとつの餌へ向かって押し寄せている。

 

 

 

「うーん、やっぱり見分けがつかない。これモンスター図鑑の作る時、どうしよう」

 

 

 

 

 一瞬だけ悩む黎明。しかし、すぐさま気を取り直して黎明は畳を踏みしめた。

 

 

 

 

「まぁ、どちらにしろ、せっかく来て貰ったわけだし。全員経験値に変えるか。試したいこともあったしね」

 

 

 

 

 黎明の足元から、赤黒い炎が滲む。その炎が徐々に部屋全体に広がり、触れた場所から、世界の輪郭が変わっていく。

 

 それは外へと伝染し、空間を歪めていく。

 

 

 これは結界、内と外を分ける境界。しかし、ただの結界ではない。それは、美術館で黎明が見た地獄、それを模倣している。

 

 あの【地獄】は怪異でありながら、同時に巨大な結界でもあった。内側に入った者を逃がさず、外からの干渉を断つ、完全に閉ざされた領域。

 

 黎明はその構造を、模倣しているに過ぎない。だが、模倣のはずなのに、オリジナルよりも優れている。

 

 

 

 

 

「勇者煉獄の間(インフェルノ・ゾーン)」

 

 

 

 

 赤黒い炎が、神社を包んだ。すべてが炎の円陣の内側に呑み込まれ、外の世界から切り離される。

 

 町の音が消え、風の流れも止まる。虫の声すら聞こえない。

 

 

 

 ここは地獄を模した、勇者の戦場。

 

 

 

 

 

「……な、なんだ、これは」

 

 

 

 老婆が低い声を出した。彼女も、結界の内側にいた。すると黎明は少しだけ気まずそうに振り返る。

 

 

 

 

「あ、すみません。慣れてないので、老婆さんも一緒に入っちゃいました」

「……っ」

 

 

 

 老婆はもう、驚き腰をぬかてしまった。そこは、紛れも無い地獄だったから。現実とは圧倒的に隔離している異様な風景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(な、なんじゃこの、赤黒く炎が蠢き、人の世界とは断絶したような場所は……ッ。ま、まるで、これは……じ、地獄。どういうことだ、なぜ、わしは、地獄にいるッ そして、この空間の異様な霊力の波長。圧迫感と緊張感、あの小僧がやったのか!?)

 

 

 

(あ、あの小僧、まさか、怪異……? こ、こ、これは、人間の手が及ぶ領域ではないッ)

 

 

 

 

 

 老婆は体が硬直していた。それは、自身の目に入ってきた光景に、驚愕し動くことすら忘れてしまっていたからだ。

 

 

 

 煉獄の炎がどこまでも続き、遠くには山のようなものも見える。どこか禍々しく、居るだけで心臓が波打ちが高くなる場所。

 

 

 人間が絶対に来てはいけない、そんな大地に足を踏み入れてしまった。

 

 

 

 

 

 しかし、そんな焦りは人間だけでは無い。怪異もまた、似たような感情を抱いていた。

 

 

 

 ここは、絶対に踏み入ってはいけない場所。そう悟り、これを作り出した人間を恐れた。

 

 

 

 

 呪ってはいけない、人間を呪ってしまった。あれ、テレビの中に帰った方がいいか? と思ったがもう遅い。

 

 

 怪異たちは悟った。ここは現実ではない。空は血のように赤黒く染まり、地平線の彼方では巨大な炎の柱が幾本も立ち昇っている。

 

 大地はひび割れ、その隙間から溶岩にも似た赤い光が脈打っていた。

 

 

 ──ここは、【地獄】

 

 

 

 そして、目の前の存在は狩る存在ではなく、自分たちが狩られる存在であることに。怪異達はようやく気づいた。

 

 

 

 

 

 

「さてと、大分モンスターも集まって百近く集まったし……そろそろ、狩るかッ」

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