【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
老婆は震えていた。それは怪異を恐れているのではない。目の前の少年を恐れていた。
(なんじゃ……これは……)
長い人生の中、怪異に襲われた者を見てきた。他にも呪いで狂った者も見てきた。
だから知っている。怪異とは何か、それは人間には決して及ばない化け物。人間は封印をして、怪異を遠ざけるしか道がないことに。
そう、知っているからこそ……理解できなかった。
怪異たちは恐怖の象徴だった。そして、人間が逃げ惑う側だった。だが、ここでは反転をしている。
自分も怪異も、ただの、一人の少年をこれでもかと、恐れていた。老婆の目に映るのは信じられない光景。
たった一人の人間により、それら全てが蹂躙されていた。
それをそのまま、タオルでも持っているかのように振り回す。
「
怪異をまるで剣のように振り回す姿を、老婆は冷や汗を垂れ流しながら見るしかない。
(ありえぬ……に、人間ではない。か、神か、はたまた悪魔か……)
老婆の額から汗が流れ足が震える。何十年も怪異と向き合ってきた。その経験が全て通じず、全く意味がない理外の光景が広がり続けている。
「
右手に晶子、左手に律子、それぞれの足首を掴みそれを振り回し、残りの
などの怪異に体を当てて、全てをあたりに吹き飛ばす。だが、黎明が見たビデオの数は百を超える。
残った
子供が小石を投げて遊ぶように、桜子は吹き飛ばされていく。そこに黎明に一瞬で追いつき、さらにラリアットを入れて地獄の山に突き出す。
岩盤が大きく、クレーターのような大穴が空いて、そのまま怪異は霊力へと返った。
(あ、悪魔じゃ……)
こんな存在が、同じ世界に存在してもいいのか。
そんな老婆の疑問に答える者などここにはいない。明らかに人間とは別次元の存在。怪異ですら、ただ滅ぼされるしかないほどの化け物。
「さて、残りを倒すか。
まるで虫取りでもするような声。しかし、それに反して、煉獄に潜む、灼熱の溶岩。それが津波となり怪異を覆い消滅させていく。
苦しむ間もなく、怪異達は灼熱の津波に滅ぼされるだけ。
(何者じゃ……人間ではない。そして、こいつは怪異でもない。両方すら超越する、神。いや、もうこれはそれすらも超えているような……むしろ怪異なら理解が早かったッ)
しかし、黎明は人間だった。決して信じられないが、人間だ。
(こんな、人間が現れるとはな。だが、もしかしたら──)
恐ればかりを抱く老婆。しかし、微かにそこに光の感情が湧いた。もしかしたら、この少年がいる限り。
この世の怪異は、いつか根絶やしにされるのではないかと。
──そんな、確信めいた予感が恐怖の心を照らした。
◾️
三十分ほどで、地獄の中は静かになった。そして、それと同時に二人は元いた場所に戻ってくる。
「ふむ、こんなものか」
黎明はノートに書き込みながら言った。老婆は腰を抜かしたまま、天井を見上げている。
「……お、お前、本当人間か」
「人間ですよ。れっきとした」
「……そうか」
「それより、ビデオはあれで全部ですか?」
「……いや、実はもう一つだけあるんじゃ」
「え!? ならなんでさっき出さなかったんですか?」
「──そのビデオは、あまりに危険すぎるからじゃ。他のビデオは見た人間が最後に死ぬか、他の人間に呪いをなすりつければ話は終わる。じゃが、これはそう言うレベルではない。だからこそ、最悪お前が死ねば問題なと思い、あれらは渡したのじゃ」
そう語る老婆はなんだか疲れているようだった。
「じゃが、お前を見て……お前ならば問題ないと判断した。渡そう、【節子のビデオ】を」
やつれた様子の老婆は部屋を一度出る。その後、封印の札が何枚も貼られている木箱を一つだけ持ってきた。
「これは……
「へー、さっきのと似たような感じです?」
「そうであり、そうでもないと言える。この怪異は突然変異なんじゃ。この怪異は、ビデオを映すと、相手を喰らう。ここまでは普通じゃ。じゃが……ビデオが再生され続ける限りに、無限に怪異が増え続ける」
「え、まじ」
「本当じゃ。だからこそ、これは封印するしかない、万が一、これが世に出回りどこかで再生され続けることがあれば……この世は節子で埋め尽くされてしまう」
「えー」
「霊格だけで言えば節子は、低いが。突然変異でもあり、脅威は神格、に届くかもしれん。だが、お前なら、これを扱っても平気じゃろう」
そう言って、老婆は黎明に節子のビデオを受け取った。その時、黎明の脳内に電流が走る。
「……これ、地獄でテレビを再生するじゃないですか」
「あの場所に電気があるのか?」
「電撃魔法使います」
「そうか。便利じゃの」
「はい。それで、再生し続けたら永遠にモンスターが出てくる……一定時間経ったら、節子モンスターを仮に地獄入って狩る。その後、また出る……しばらく時間経ったら……これ繰り返したら経験値が永遠に手に入りませんか?」
いや、何言ってるんだこいつ。さっさと破壊してくれよ、と老婆は思った。
「いや、知らんが。さっさと破壊してくれんかの」
「これ革命では……経験値の積立NISA!!」
「いや、破壊してくれんかの」
「とりあえず、この貴重品は預かります。有効的に活用させてもらいます。それと、あのビデオデッキとテレビもらってもいいですか?」
「……もう、勝手にしてくれ」
老婆はやつれた顔で黎明を見た。それから窓を開けて空を見上げる。空は異様なほどに澄んでいた。
「……こんな形でわしの旅が終わるとはな」
老婆は深く、深く、息をついた。しかし、どこか笑みを持っていた。
──そこに、誰かが急いで走ってくる音が聞こえてきた。
参道の入り口に、黎明に依頼をした七海が立っていた。七海は焦ったような表情で黎明の元に向かう。
「……れ、黎明さん」
「あ、七海さん。どうしたんですか、こんなところに旅行行ったんじゃ?」
「あの……すいません、それは嘘で。いや、全部が嘘で……それを謝りたくて」
七海は俯いた。そのまま一滴涙をこぼし、懺悔をするように口を開き始める。
「私、嘘をついていました。DVDを見てもらったのは……本当は呪いを移そうとしていたからで。黎明さんが来てから連絡しなかったのも、呪いが移れば私は助かると思って、遠くに逃げていたんです」
黎明は少し首を傾げた。彼女は泣いているが、黎明からすれば泣くような状況ではないからだ。
「え、そうだったんですか」
「……え、あ、はい。本当にすいません」
「いえ、お気になさらず」
七海が黎明を見た。しかし、彼の瞳に一才の非難がないことに驚く。むしろ、どこかスッキリしているようだった。
「怒ったり、しないんですか……?」
「普通に依頼だと思って来たので。まぁ、なにより楽しかったんでね」
七海はしばらく黎明を見ていた。それから、泣きそうな顔で続けた。
「……その、あれは呪いのDVDで。友達にも、家族にも、移せなかったんです。誰かを巻き込むくらいなら死んだ方がいいと思ってたけど、死ぬのも怖くて。それで全然知らない人なら、と思って依頼を出したんです。本当に、ごめんなさい」
黎明はしばらく考えてから、答えた。
「あ、そうでしたか。まぁ、それも含めて依頼みたいなもんでね。あと、経験値も沢山もらえたので」
「……あ、えと。あのそんなあっけらかんとしてるのはどうしてですか?」
あんな怖い呪いを移したのに、何とも黎明は思っていない。それが七海には謎で仕方なかった。しかし、そこに老婆が現れる。
「それは、この男には呪いなんてチンケはものは効かんからだ」
「あ、あの時のおばあさん」
「久しぶりじゃ。黎明。お前さんに呪いを移すように提案したのはわしだ。正確には、別の人間に移さないと死ぬと言ったのがな」
「あ、そうなんだ」
「流石に死ぬとわかってるのを見過ごせなかった。対処療法としてもな。じゃが、心配は何もいらん。この男は原因療法がができる。紛れも無い傑物、凡人のお前が心配などする必要がない」
そう言われて、七海は黎明をゆっくりと見る。彼女からしたらそんなすごい人間には見えず、ただのコスプレ侍にしか見えない。
「あえと、大丈夫だったってことですか?」
「うん、俺は気にしてないよ」
「よく、分からないですけど……それなら」
その時、境内の奥の暗がりから、黒い影が動き出した。これは、黎明の結界から逃れた、最後の怪異である。
「お、俺の魔法をすり抜けてたか。まぁ、まだ慣れてないしね」
黎明は刀を抜いた。炎が刀に纏い、猛々しく燃える。闇夜全てを照らす太陽のような輝きだった。
「狩るか」
「……あぁ、すごい。それに温かい」
七海はその淡い光に目を奪われていた。そして、その炎は怪異に向かっていく。黎明が振り下ろした刀により、怪異(
そのまま炎は空へと昇り、霊力となり霧散する。
微かに漏れ出た霊力、その様子を見て桐島七海は理解した。彼が老婆の言う通り、異次元の強さを持っていたことに。
「これ、本当に人間か怪しいの……まぁ、今更か」
「……人間ってこんなことできるんだ……」
「諸説ありに決まっておるじゃろ」
老婆が呆然と空を見上げていた。七海も、空を見るしかない。それほどの衝撃だからだ。
老婆も桐島七海も思わず、天を仰いでしまった。理解ができない存在を見ると、誰でもこうなる。二人は明るい空を眺め続けた。
◾️◾️
翌朝。七海は依頼料を用意して、黎明の前に差し出した。二人は町の喫茶店で向かい合って話している。
「……本当に、ありがとうございました。これ、相場が分からないのですが、私に出せる範囲で精一杯持ってきました」
「あ、どうも。あと、一つお願いが」
「なんですか」
「冒険者ギルドのサイトに、レビューを書いてほしくて。それと写真とか嫌じゃなければ、それとできれば星五つで」
七海は少し間を置いてから、笑った。
「……分かりました。それぐらいなら」
「助かります。初依頼なので」
ニコニコと笑う二人、そこに老婆もやってきた。
「わしも書こう」
「え、本当ですか」
「わしも、救われたしな」
後日、冒険者ギルドのサイトに二件のレビューが投稿された。
◾️◾️
【依頼者:
呪いのDVDの件で依頼をさせていただきました。
まず最初に、本当にありがとうございました。
今だからこうして落ち着いてレビューを書けていますが、依頼を出した当時の私はかなり追い詰められていました。
知り合いから送られてきたDVDを見てから、おかしなことばかり起きるようになったんです。
夜になると誰もいないはずの部屋から笑い声が聞こえる。
外へ出れば黒い影がついてくる。
家に帰れば壁や床に血のような文字が浮かび上がる。
最初は気のせいだと思おうとしました。でも、一日ごとに状況は悪くなっていき、気づけばまともに眠ることもできなくなっていました。
そのうえ、誰かに相談することもできませんでした。
友達や親に話しても信じてもらえない気がしましたし、自分自身ですら現実だと認めたくなかったからです。
だからこそ、冒険者ギルドのサイトを見つけた時は、本当に藁にもすがる思いでした。
ただ、実際に来てくださった方を見た時は、別の意味で驚きました。担当の方が高校生くらいにしか見えなかったからです。
しかも和服姿で刀まで持っていて、正直に言うと「大丈夫なのかな……」と思ってしまいました。
ですが、その不安は話し始めてすぐになくなりました。というのも、私がどれだけ支離滅裂な話をしても、最後まで真剣に聞いてくれたからです。
笑われることもありませんでしたし、怖がりすぎだと言われることもありませんでした。
むしろ、どんな話をしても当たり前のように受け止めてくれました。
私は、自分のことだけ、自分が助かることだけを考えて行動していたのに、この人は全く違いました。精神的な余裕が違い、その上で凄まじい強さと腕を持っており、すぐさま解決をしてくれました。
未熟な私の言動に目くじら立てることもなく、優しく安心させる言葉を何度もかけていただきました。
彼によって救われたのは、呪いだけではありません。ずっと自分を責め続けていた心まで救われた気がしました。
また、最後に化け物を倒す場面も見ることができました。正直に言うと、今でもあの光景は忘れられません。
燃え上がる炎。刀に宿る赤い光。そして、それを振るう姿。
現実離れしすぎていて、まるで映画や物語の中の勇者を見ているようでした。格好良いという言葉だけでは足りません。
むしろ、本当に同じ人間なのか疑ってしまったくらいです。それでも、人を助ける時はどこまでも優しくて、偉そうなところも全くありませんでした。
正直言えば、超常現象なんて、もう二度と経験したくありません。ですが、もしまた何か起きてしまった時は、迷わずお願いすると思います。
私にとっては命の恩人です。本当にありがとうございました。
【依頼者:神主・
若い頃、呪いのビデオによって両親と兄二人を亡くしました。
それ以来、自分と同じ被害者を少しでも減らしたいという思いから、全国各地に散らばる呪いのビデオ、DVD、USB、その他の呪物を回収し続けてきました。
気が付けば数十年です。回収し、封印し、保管する。その繰り返しでした。
ですが、被害者はなくなりません。一つ封印しても別の場所で新しい呪いが生まれる。一人救っても、また別の誰かが犠牲になる。
私のやっていたことは結局のところ対処療法であり、根本的な解決など不可能なのではないか。
そんな風に考えたことも一度や二度ではありません。むしろ、それが現実なのだと半ば諦めていたと言っても良いでしょう。
だからこそ、最初はこの若者のことも信じておりませんでした。失礼ながら、どうせまた一人の犠牲者が増えるだけだと思っていたのです。
ですが、その考えは完全に覆されました。私が何十年もかけて集めた呪物。数にして百近く。
それら全てを、この方はたった数日で終わらせました。
誇張ではありません。
本当に全てです。
私が人生を費やした問題を、この方は終わらせてしまいました。そして何より衝撃だったのは、その過程です。
怪異を恐れる様子が一切ありません。むしろ興味深そうに観察し、図鑑の虫でも眺めるように接していました。
私からすれば恐怖の象徴であり、家族を奪った存在です。ですが、この方にとっては違いました。
怪異とは恐れるものではなく、倒すものだったのです。私は長年怪異と向き合ってきました。
それなりの修羅場も見てきました。ですが断言します。
私がこれまで見てきた数多の存在……誰一人として、この方には及びません。
比較にすらなりません。実際に目の前で見たからこそ言えます。常識の外側にいる存在です。
そして、私は見ました。化け物が人間を恐れる光景を。それも一体や二体ではありません。
数え切れないほどの怪異が、一人の少年を前に怯え、逃げ惑い、消えていきました。
あの光景を私は生涯忘れないでしょう。さらに言えば、私は化物よりも彼を恐れました。
決して悪い意味ではありません。それほどまでに圧倒的だったのです。人が到達して良い領域を超えている。
そう思わずにはいられませんでした。ですが、その恐怖と同時に希望も感じました。
もしこの方がいるのであれば。
もしこの方が今後も怪異と戦い続けるのであれば。
怪異による被害は本当に終わるかもしれない。私が長年夢見ていた未来が実現するかもしれない。
本気でそう思えたのです。数十年続けてきた私の役目は、この日終わりました。
それを寂しく思う気持ちもあります。ですが、それ以上に安心しています。
私が死んだ後も、この世界は大丈夫だと思えたからです。料金についても正直申し上げます。
安すぎます。
私が見たものを知れば、誰もがそう思うでしょう。知人に呪いの人形や呪物を管理している者が何人もおりますので、ぜひ紹介したいと思っています。
これはお世辞ではありません。長年怪異と向き合ってきた人間として断言します。
この方は本物です。そして恐らく、人類史上でも類を見ない存在です。常識が通用しない、新時代の幕開けを感じました。
何かあれば、ぜひまた頼りたいと思います。
書籍版『救いのない怪異世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ』が、発売中です!!
週末までの売り上げが非常に重要でして、購入検討の方がいらしたらぜひ、お願いします!!
【また、書籍版について】
・編集からの話では本日中に、地方も含めてほぼ全ての本屋に行き渡っているそうです。ですので、是非とも、本日本屋に見に行って、手に取って頂きたいです!!
・本当に序盤の売り上げが大事ですので、ぜひとも!
・すでに購入頂いている方。ありがとうございます! 本当に力になります!!
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そして、本章ですが、明日で最後となります。最後までお楽しみに!