【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第10話 実力

 夜の影森町。

 

 その外れ、山のふもとにぽつんと立つ廃病院。

 

 昼間でさえ不気味だったその建物は、夜の帳が降りるとまるで口を開けた獣のように見えた。

 

「……うわ、歓迎ムードな感じがするな。モンスターが勇者である俺を待ってるかのような」

 

 

 黎明は入口の自動ドアの前で立ち止まり、眉をひそめた。

 

 壁、床、天井。至るところに――

 

 赤黒い液体で書かれた文字があった。

 

 

『ようこそ』

『いらっしゃい』

『まってた』

 

 

 壁を這うようにして連なり、血のような液体がまだ乾いていない。ぽた、ぽた……と垂れる音が、やけに大きく響く。

 

 こんな事が起これば、大体の人間は恐怖に怯えてしまうだろう。

 

 

「おおー、歓迎されてるのか? でも、なんでこんな赤い液体で、出迎えの文字書いてるんだ?」

 

 

 黎明は幽霊などについて詳しくない。よくある、不気味な演出も黎明からすると変わった演出だなぁ、くらいしか思わなかった。

 

 

 黎明はその疑問を持った。しかし、その次に単純に、この液体が垂れてきて汚れたら嫌だなと思ったようだ。

 

 

「……でも、これ汚れてるし。帰りとかに垂れてきて、じーちゃんの和服が汚れたら嫌だし」

 

 

 

 そう言って、手を前に出す。

 

 

 

「――ハイドロ・バースト。勇者職業は万能、水魔法も覚えてたんだよね」

 

 

 

 ぼふっ、と軽い音を立てて、水の魔法が展開する。壁から床まで、赤黒い液体を勢いよく洗い流す黎明。

 

 

 それはまるで掃除のおばちゃんのように、律儀に全範囲を清掃していく。

 

 

 

「よし、これで清潔。やっぱりRPGのダンジョンは綺麗な方が探索しやすいよな」

 

 

 

 

 シュールな光景だった。血の文字を水魔法で洗い流しながら、鼻歌混じりに病院へと足を踏み入れる勇者。

 

 

 彼は知らない。その血が、嘗て人のものであったことを。そして、この建物がダンジョンではなく、死の存在が詰まった場所であることも。

 

 廃病院の中は、しんと静まり返っていた。蛍光灯はすでに壊れ、天井から吊るされた照明器具が揺れている。

 

 

 

 その度に、かすかな金属音が響いた。

 

「雰囲気出てるなぁ。ダンジョンなら、ボス部屋、どこかな……」

 

 黎明は炎の魔力を手に灯した。

 

 その光に照らされた廊下の壁には、無数の手形が――赤茶けて、古い血のように乾いていた。

 

 

──黎明は再び、血の跡を水の陰陽術で洗い流そうとした。しかし、乾いた血であるので、そう簡単に綺麗にならないかな?

 

 と考えていると……

 

 その時、廊下の奥でガラリと音がした。病室のドアが、勝手に開いたのだ。

 

 

 

 

「ん? モンスターかな」

 

 

 

 黎明は顔を上げた。暗がりの奥から、何かがゆっくりと這い出してくる。顔全体を包帯で覆い、両の腕には無数の点滴チューブ。指先は、銀の注射針に変じていた。

 

 ――【屍看(しかん)】。

 

 この病院で、死んだ病人を看取った看護師の思いが、怪異となってしまった存在。

病院が消えてしまった今もなお、冷たい廊下を巡り歩いている。その目は、次に看取る存在を探している。

 

 もはや、死を見る事が目的となり、生きている人間にも襲いかかり、死ぬ瞬間を眺めるだけになってしまった。

 

 

 

「看護師みたいなモンスター。ブラッディナースとか、名前かな?」

 

 

 黎明は帯刀していた刀を抜き、刃を構える。次の瞬間、紅蓮の火線が走った。

 

 屍看(しかん)が何かを叫ぶより早く、全身を炎が包む。焼け焦げた白衣が舞い、骨が音もなく崩れた。

 

 

 

 

 

 

「はい、経験値ゲット。山で出会ったモンスターもそうだけど、防御力低いのが多いなぁ」

 

 

 

 手ごたえがないモンスターが多いなと軽口を叩きながら進む黎明。だが、病院の奥へ進むほど、空気が重くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥の階段。その影の奥から、ぬるり……と何かが這い降りてきた。見た目は人間の形を保ちながらも不自然に膨れ、皮膚は紫色に変色、ところどころに黒い静脈が浮き上がる。

 

 

 瞳孔は開ききり、眼の奥が不気味な赤に光っており、目だけ見るとカエルのようにも見えた。

 

 

 

 そして、その怪異が現れた瞬間に、腐臭のようなものが辺りに充満した。

 

 

 

 

「ん? なんか、臭いな」

 

 

 

 ――【癒骸群(ゆがいぐん)】。

 

 

 

 

 

 廃病院の奥に巣くう、薬毒で命を落とした患者たちの怨念が融合した塊。かつて、この病院には薬を、毒とすり替える異常な看護師が存在していた。

 

 その看護師のせいで、死んだ人間の恨みの集合体。

 

 

 

 

 

「……おー、なんか、毒属性な感じのモンスターだな。顔色紫だし。変な匂いがするのも、毒なのかな?」

 

 

 

 黎明はそう呟き、刀を軽く抜いた。炎の刃が一瞬で空気を裂く。癒骸群(ゆがいぐん)が呻くように声をあげる。

 

 

「あ……たら……血を……よこせ……」

 

 

 

 だが黎明はそんな言葉を聞く気もなかった。既に臨戦態勢へと移行していた。

 

 

 

 炎が閃く。

 

 

 黎明の一歩――それは爆風のようだった。火線が床を走り、辺り一面を輝かしく照らす。

 

 彼の刀から飛び散る赤は、鮮烈な花のように一面に広がる。

 

 

「――イグニッション・カット」

 

 

 その叫びと共に、階段全体が紅蓮に包まれた。癒骸群(ゆがいぐん)の身体が燃え上がり、血液が沸騰する音が響く。

 

 白衣が弾け、体が千切れ、最後の瞬間、男のような声が一言だけ漏れた。

 

 

「……まだ……生きた……かった……」

 

 

 そして炎の中に、黒い影が崩れ落ちた。残ったのは、焦げた血の匂いと、灰になった白衣のみだ。

 

 

 黎明は刀を軽く払って、鞘に戻す。

 

 

 

「……なんか、山から出てきたけど。あんまり変わらないな。この町の全部のモンスター、動き鈍いし。場所を変えたのに、新たな発見がない……」

 

 

 彼はそれだけ言って、何事もなかったように階段を上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ここ、ダンジョンだけど、雑魚しかいない感じなのかな」

 

 

 

 

 

 

 冗談混じりの声。だが、次の瞬間――廊下の奥から人が歩いてきた。

 

  中年の男性。古びたスーツ姿。だが、顔の皮膚はただれ、片目が焼け落ちている。体からは煙のような黒い霧が漏れ出していた。

 

 

 

 

「……あれ、人型モンスターか。ちょっとは強いといいけど」

 

 

 

 男は無言だった。ただ、焦げた喉から、ひゅうひゅうと空気が漏れる。

 

 

 

「……い……つか……ま……えた」

 

 

 

 

 男の指先が震え、床を叩いた。その瞬間、床に描かれた古い陣が赤く光る。そこから無数の腕が伸び、黎明の足を掴もうとする。

 

 

 

「うわ、デバフ効果っぽい感じか。ようやく、変わったモンスターが出てきた……と思ったけど、全然大した事ないな……」

 

 

 

 黎明は炎を纏い、周囲の腕を一気に燃やす。床ごと爆ぜるほどの火力。黒煙が渦巻き、男の顔が苦悶に歪んだ。

 

 彼の胸の奥から、焼け焦げた声が漏れる。

 

 

 

「……たすけて……しの……」

 

 

 黎明は一瞬だけ首を傾げた。

 

 

 

「……誰かの名前? 気のせいか?」

 

 

 

 だが、答えを聞く前に、男の身体が火に包まれた。悲鳴も上げられず、炎に飲み込まれて消えていく。

 

 

「やっぱり弱いモンスターだけか。もっと他の場所探そうかな? 明日、色んな場所回るかぁ」

 

 

 黎明は不満げに頷き、廃病院を後にした。紅蓮の光を背に、静かな夜の町へと歩き出す。

 

 

 ――気づかないままに。

 

 

 

 背後で、燃え落ちる男の中にわずかな人の記憶が戻っていたことを。焼ける中で、男は微かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【しの】と呼んだ娘の小さな手のぬくもりを思い出しながら――炎とともに、彼の魂は静かに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾️

 

 

 

 

 場面が変わる。炎の残穢がまだ漂う廃病院。その入口に、志乃とスザクが立っていた。

 

 

 

「……す、すごい。廃病院なのに、あったかい風があります」

「残穢の温度が高いのよ。普通なら消えてるはずなのに、燃え続けてる」

「こ、この中に居るんですか? さっき言ってた異質な存在が」

「……いや、多分、この炎の感じからして、もう立ち去っているわね。ただ、ちょっと中に入るわよ」

 

 

 

 

 スザクは廃病院の炎の中へ歩み出す。志乃が慌てて止めようとするが、もう遅い。スザクはその炎に手を伸ばし――口元で小さく息を吸った。

 

 

 

 

 

「……ん、やっぱり濃いわね。こんな濃い残穢なんて初めて」

「え、え!!? ほ、炎を食べた!?」

 

 炎が彼女の体内に吸い込まれていく。通常なら焼かれ死ぬはずの残穢を、スザクはまるで食べるように吸収していった。

 

 

 その瞬間――全身を走る衝撃。力が、溢れる。視界が鮮やかに開け、体が軽くなる。

 

「……四倍……いや、それ以上かも。残穢を吸収するだけで……やっぱり、使い手はとんでもないわね」

「す、スザクさん!? だ、大丈夫ですか!? なんか、落ちてるの食べてる人みたいですよ!?」

「愚か! 食べてるんじゃない、取り込んでるの! 力の循環よ!」

「で、でもお腹こわしたらどうするんですか!? 残穢って体に悪そう!」

「悪そうって何よ! ワタシを何だと思ってるの!?」

 

 

 

 志乃の素直な心配に、スザクは額を押さえた。それでも、口元はわずかに緩んでいる。この子は本当に、怖さよりも心配が勝つのだ。

 

 炎の名残が風に舞う。廃病院の中は、もはや静寂に包まれていた。怪異の気配は一つも残っていない。

 

 

 

「……やっぱり、ここにいたのね。強力な存在が。でも、やっぱり、すでに去った後――」

「き、強力な存在……って、神様とかですか?」

「分からない。けど、少なくとも、ワタシが全力を出しても勝てる気がしないわ。全盛期であったとしてもね」

 

 

 

 スザクは病院の中の炎を、吸収しながら歩き回った。その様子を見ながら、志乃はなんとも言えない顔をし続ける。

 

 

 

「あ、あの、そんなに美味しいんですか?」

「そうね、濃くて美味しいわね」

「……た、食べてもいいですか?」

「アンタじゃ無理よ。ワタシは特別だから、出来るけど」

「あの、もしかして、その炎を食べるためにここに来た、とか?」

 

 

 

 

 志乃はスザクに対して、その疑問をぶつける。それに対して、スザクは少しだけ目を逸らした。

 

 

 

「まぁ、それも目的の一個ね。相当純度高いから、吸収だけで、ワタシも霊格が上がるのよ。つまり強くなるの」

「へ、へぇ?」

「そうなると、怪異と出会ったとしても、ある程度戦えるわ」

「あ、それならもっと他の場所も調べられるって事ですか!?」

「そうよ。それに、この持ち主については調べておきたいしね」

 

 

 

 

 スザクはそう言いながら、病院の奥へと進む。

 

 やがて、焦げた床の上に、一人の男が横たわっていた。

 

 

「ひっ……! ひ、人が……!」

 

 志乃が口を押さえる。しかしスザクは目を細めた。

 

「待って。……あれは怪異ね。そして、もう祓われているわ。」

 

 男の身体が、微かに揺れた。炎の痕から、弱々しい声が漏れる。

 

 

「……し……の……」

 

 その名を呼ぶ声に、志乃の体が跳ねた。

 

「え……その声……お父さん?」

 

 焼け焦げた男の瞳が、ゆっくりと動く。視線の先――そこに立つ娘の姿を見て、微かに笑った。

 

「……ああ……志乃か」

 

 

 

 声は掠れ、今にも消えそうだった。だが、確かにそこには人間の意識があった。

 

 

 

 

「……お父さん、なんでこんなところに……!?」

 

 

 スザクは黙って見守る。男――篝火志夜(かがりびしや)は、途切れ途切れに語り始めた。

 

「……お前の……呪いを……解こうとしたんだ……。火の鳥様という……神を探して……ここに……」

「火の鳥様……?」

「……それを追って。この近くに火の鳥様の神社があってな……でも……」

 

 

 

 志夜は苦しげに息を吐く。スザクが膝をつき、そっと手をかざした。彼の魂が崩れかけている――もう時間がない。

 

 

 

 

「……ごめんな……母さんとも……うまくいかなくて……お前を……守れなかった……」

「や、やめて……そんなの、もういいから……」

 

 

 

 志乃は涙をこぼしながら、父の手を握った。その手はもう、ほとんど透けている。

 

 

 

「……愛してるよ、志乃……」

 

 その言葉とともに、志夜の体が光となって消えた。炎でも、影でもなく、ただ静かな浄化。残ったのは、温かい風だけだった。志乃は涙を拭い、俯いたまま呟いた。

 

 

 

「……お父さん、私の方こそ、ごめんなさい」

 

 

 

 その場に、倒れ込んで志乃は居なくなった父に謝罪を送る。そんな彼女の、肩に優しくスザクは手を置いた。

 

 

 

「……あんまり、自分を責めるのはやめなさい。世の中にはどうしようもない事があるのよ」

「……でも」

「でも、じゃないの。悪いけど、厳しい事かもしれないけど、ここで落ち込んでる暇はないわ」

 

 

 

 志乃はその言葉に肩を震わせた。そんな事は分かっていた、しかし、父親が死んでいた事実が彼女の体から、力を奪っていた。

 

 

 

「──姉を、助けるんでしょ。つらいでしょうけど、立ちなさい」

 

 

 

 

──志乃、助けて

 

 

 

 

 頭の中に、姉の声が響いた気がした。まだ、姉は生きていると、彼女は確信をした。

 

 

 後悔、それを二度としたくない、その思いが彼女の体に力をもう一度、吹き込む。立ち上がり、涙を流しながら、スザクに彼女は告げた。

 

 

「……お姉ちゃんも、きっとどこかにいますっ、だ、だから、今度こそ、助けますっ」

「……そう。変わってきたわねあなた。いい覚悟ね」

 

 

 

 二人は焦げた廃病院を後にした。夜風が静かに吹き抜け、炎の残穢がゆっくりと消えていく。

 

 

 

 

 その夜、あらゆる場所を探しては見たが、姉も炎の持ち主も見つける事は出来なかった。

 

 

 

 しかし、志乃は、次の日も朝から、行動することを決めた。わずかではあるが、彼女は変わり始めていた。

 

 

 

 

◾️

 

 

 

 翌朝。影森町の空は、昨日の夜が嘘のように澄み渡っていた。志乃は制服姿に着替え、小さなバッグを肩にかける。

 

 

 顔は、たくさん泣いたのが分かるくらいに、目元が腫れている。志乃は早朝に家に戻り、父が死んだことを再度、実感し泣き続けた。

 

 

 その後、泣き続けた疲労と、夜の町の緊張感から解放から、気絶するように倒れた。昼頃にようやく、起きて、外に出る決意を固める。

 

 

「スザクさん、行ってきます。図書館で昨日、お父さんが探していた神様、火の鳥様を調べてきます」

「気をつけなさいよ。朝は大丈夫だろうけど、暗い場所には怪異の気が残ってるから」

「はい。必ず、火の鳥様の情報を掴んできます」

 

 

 

 そう答えた志乃は、家を飛び出していく。その背中を見送りながら、スザクは小さく呟いた。

 

 

 

「……火の鳥様、ね。失望しないといいけども……ね」

 

 

 

 

 

 

 そう呟き、スザクは志乃の自宅の、その二階の窓を開ける。そして、志乃の姿が見えなくなるまで、彼女の後ろ姿を眺め続けた。

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