【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第30話 VSクラミツハノオロチ【前編】

 赤い泉の水面が、ゆっくりと盛り上がった。

 

 水が持ち上がるのではない。水の下にある何かが巨大すぎて、水面そのものを押し上げている。ぶくり、と泡が弾け、血の匂いに似た鉄臭さが霧の中へ滲んだ。

 

 未知の霊力に紅の喉が、勝手に鳴った。そして、同じように蓮の指先が恐怖で固まる。

 

 目の前の泉から溢れる、邪悪な霊力に二人は悪寒が止まらず、顔色が一気に悪くなる。

 

 

 ――しかし、黎明だけが、楽しげに目を細めていた。

 

 

 ──三人の目線の先、泉の中心からまず鱗が顔を出す。

 

 その鱗一枚。

 

 たった一枚で、住んでいる世界が違うと二人は感じた。

 

 それは呪いの水を吸い込んだように重い黒。さらに表面に、赤い筋が脈打っている。まるで鱗の隙間から赤い泉が漏れ出し、皮膚そのものに凄まじい霊力が宿っている。

 

 次いで二枚、三枚。

 

 鱗が連なる。連なるというより――鱗の壁がせり上がってくる。

 

 ずずず、と湿った音。それと同時に泉の縁の石が押しのけられ、裂け、砕けた。赤い水が飛び散り、地面に落ちた雫が草を黒く枯らす。

 

「……嘘……」

 

 紅の声は掠れていた。目を閉じることができない。なぜなら、目を離した瞬間に殺されてしまうと思えてしまうほど、異質な霊力を感じたからだ。

 

 その泉から現れたのは、蛇。だが、知っている蛇ではない。

 

 呪いの水が生きて這い上がってきたような巨体。胴だけで家屋ほどの太さがある。そして、湿った鱗は光を吸い、そこに刻まれた古い縄の跡や、腐りかけた護符の切れ端が、まるで皮膚に縫い付けられた傷跡のように残っている。

 

 これは封印の名残である。過去、この村で生きた村人、その誰かが生贄を捧げることを拒み、戦った後が体に刻まれていた。

 

 

 しかし、人間ではそう簡単に太刀打ちができない。いくら試行錯誤し、封印を試みても人ではどうにもできない存在。

 

 これには、絶対に勝てない。

 

 

 紅と蓮はそう思ってしまった。

 

 

 そう感じるほどの、圧があった。また外見も恐怖を感じるものであった。特に頭部が恐ろしいと感じるだろう。

 

 なぜなら、頭部はひとつではない。複数存在するからだ。

 

 まず最初の頭が、水面を割って持ち上がる。眼窩が深い。そこにある瞳は、泉の底みたいに暗い。光を反射しないのに、こちらを見ているのが分かる。

 

 すぐ横から、二つ目。さらに、三つ目。

 

 三つの首が絡み合い、互いを押し合いながら並ぶ。そのたびに、赤い水が鱗を伝って滴り、地面に落ちて腐臭を立てた。

 

 牙は白くない。濁った黄。口を開くたび、濁水の匂いと腐った鉄の匂いが混ざった吐息が流れ出す。舌は二股ではなく、何本にも裂けた糸の束みたいで、霧の空気を絡め取るように揺れた。

 

 ――クラミツハノオロチ。

 

 かつて水神の依代が穢れ、怪異となったもの。紅の膝が笑う。蓮の喉が、からりと乾いた音を立てた。

 

 見た目はヤマタノオロチの、首がミツマタになっていると言えばわかりやすいだろうか。

 

 頭部は竜にも見える蛇のようで、大きく裂けた口には鋭い牙が何重にも並び、噛みつかれた瞬間に命が終わると直感させる禍々しさがあった。

 

 二人からすれば、その全てが恐ろしかった。

 

(……勝てない、勝てるわけがない、逃げたい、逃げたい、死ぬ、死んじゃう……)

(ダメだ、これは……お、オレ達はただの餌としか思えなくなる……。次元が、違う……)

 

 

 理屈ではなく、本能で身体が理解してしまう。

 

 今までの怪異がどれだけ前座だったか、今ようやく分かった。ここに来るまで遭遇した穢れも怨霊も、この泉の主からしたら、ただの雑魚に過ぎない。

 

 

(ワタシ達が勝てない怪異も、これの手下にすぎないなんて……)

 

 紅は、無意識に一歩下がった。蓮も同じだった。足が勝手に引ける。魂が、距離を取れと叫んでいる。

 

 それと同時に、横にいる黎明の姿が目に入った。この瞬間に二人は理解する。今この場で自分たちは邪魔以外の何者でもないと。

 

 

(クソ、この場は黎明の邪魔になるに決まってるッ。足手纏い、なんて言葉じゃ生ぬるい! 恐怖で足が思ったようにうごかねぇ)

(れ、黎明くんからしたら、邪魔でしかないはず。くっ、今すぐでも動きたいけど、体が硬直して……)

 

 二人はオロチの威圧的な霊力で、体が固まっていた。それによって、逃げることも満足にできないでいた。

 

 それにより彼に守らせることになる。そして、足手まといになり、彼の選択肢を削る。

 

 ――そして、それによって彼が死ぬ可能性が生まれてしまう。

 

 紅は、そんな未来を考えてしまい、絶望をした。自身達を何度も守り、圧倒的な強さを誇っていた黎明が死ぬかもしれないと思ったからだ。

 

 この怪異は今までとは次元が違う、違いすぎる。だからこそ、少しでも勝てる可能性を増やさなくてはならないはず。だが、ここに自分達がいることで、可能性は間違いなく下がっている。

 

 本来ならば、今すぐにでも二人は離脱をすべきだった。

 

 

 しかし、二人の事情を怪異が汲んでくれるはずもない。

 

 

 

 ──オロチの三つの頭が、ゆっくりと揺れた。

 

 言葉はない。だが、怒りだけが色濃く宿っていた。なぜなら、黎明はこの村の怪異を狩り尽くした者。そして、餌を奪った者。

 

 

 

 今までの行動全てがクラミツハノオロチの逆鱗に触れている。そして、その激怒に触れた存在が目の前にいる。

 

 だから殺す――その意思が、霧の中で重く鳴っている。

 

 怒りのマグマのように泉の水がぶくぶくと泡立ち、次の瞬間、尾が持ち上がった。地面が震え、石が跳ねる。

 

 尾が振り下ろされ、泉の縁の石が砕けた。破片が飛び、赤い水が弧を描いて散る。紅の頬に飛沫が当たり、肌が粟立った。冷たくも熱くもないのに、皮膚の内側に異物が染み込むような感覚。

 

「……っ!」

 

 紅は息を止めた。吸ったら終わりだと分かる。濁水は、口からだけじゃない。肌からでも入る。

 

 蓮が歯を食いしばり、手を突き出し術の準備をする。だが、動けない。目の前の圧が、身体を縫い付ける。

 

 その時、黎明が一歩前に出た。刀に手を置き、目を輝かせる。

 

 

 

 

「……うん。間違いない」

 

 

 少年は静かに言った。

 

 

「この村の中で、いちばん格上。大物だね」

 

 

 あまりにも軽い言い方だった。こっちもこっちで化け物だった! そう感じた紅は、背筋が凍った。

 

 

「それと、紅、さっきの状態異常は回復しておくよ。【ヒール】」

 

 

 陰陽術【陽遁術】光ノ奏(ひかりのそう)を発動し、先ほど濁水を浴びてしまった紅を黎明は即座に癒す。

 

 

 どちらも規格外。

 

 

 

「あ、ありがとう」

「いいよ。回復役も兼任できるのが勇者の職業の良いところだからね」

 

 

(この状況で、黎明くんはいつも通りなんて……)

 

 

 

 紅は三度黎明に驚く。しかし、蓮は別の意味で驚きを持っていた。そして、その驚きは今まで謎だった疑問の答えでもある。

 

 

 

(……そうか、ようやくわかった。こいつとオレ達の違い。黎明は全く微塵も怪異に対して恐怖の感情がないッ)

 

 

 

 そう、黎明は怪異に対して一切の恐怖を覚えない。寧ろ、経験値だと思い、喜びを持っていた。

 

 

 だからこそ、体は柔軟に動き、怪異に対して大きく優位に動ける。なぜ、恐怖を感じなければ優位に動けるのか。

 

 

 それは、怪異の生態に関係しているが、今は置いておこう。

 

 

 ただ、その瞬間、蓮は強さの本質を確かに掴んだ。

 

 

 黎明は恐れていない。それが強さの秘訣だった。

 

 そんな彼は笑みを浮かべている。そして、対面する怪異が動き出す。

 

 オロチの一つ目の頭、その瞳が輝く。次の瞬間。泉の水が槍になった。

 

 赤い水が空中で固まり、矢のように飛ぶ。数本ではない。何十本も。何百も。それはまるで矢の雨のようだ。

 

「……マジか」

 

 一つ一つが飛び抜けた殺傷力を持ち、かすれば呪われる可能性もある。一瞬で目の前には死の選択肢しか残っておらず、思わず諦めるように蓮が叫んだ。

 

 そう、本当に避ける暇がない。同じように紅も身構えたが、何もできるはずがないと体を動かすことをやめていた。

 

 死――そう思った瞬間。

 

 黎明が踏み込んだ。そして、刀が走る。

 

 矢の雨を全て刀で斬り刻む。その閃光のような刀速はクラミツハノオロチ以外には見えないほどだ。

 

 全ての矢が切断され、霧になって散る。彼は傘を持っているわけでもないのに、矢の雨により、わずかでも濡れることはなかった。

 

 

「へー……毒水で状態異常にするモンスターのイメージなのかな」

 

 黎明が言う。観察している。楽しげですらある。

 

 

 しかし、オロチは楽しげではなく焦りを持っていた。今の攻撃は人間であれば避けられるはずがないものであるからだ。僅かな緊張が走り、確実に殺すため、攻撃を重ねる。

 

 二つ目の頭が口を開く。

 

 

 その口元に霊力が集中する。そして、そこから、黒い煙が放たれた。

 

 吐き出されたのは水ではない。黒い靄。濁水の蒸気。地面を這い、草木を枯らし、石を腐らせていく。

 

 

「……濁水の瘴気……!」

 

 

 紅が声を漏らす。喉が焼ける気がする。吸っていなくても、近いだけで圧が来る。

 

 だが、黎明は霧すらも斬った。

 

 正確には、刀を振るった瞬間に生じた凄まじい風圧が、霧そのものを押し退けたのだ。

 

 霧が、まるで布のように裂ける。

 

 その一瞬の隙間へ飛び込むように、少年は地を蹴った。

 

 泉の縁を踏み、迷いなく――

 

 狙うは、オロチの胴。そこに向かい斬り上げ。

 

 

 白銀の閃光が、闇を引き裂いた──かに見えた。

 

 

 実際はガン、と鈍い音。刀が弾かれた。蓮と紅の目が見開く。

 

 

(黎明の攻撃が効かない、だと!?)

(……弾かれた? 嘘、黎明くんの刀が!?)

 

 

 

 今まで斬れなかったことがないように見えたのに。紅と蓮は初めて、彼の刀が切れない場面を目撃した。

 

 そして、驚きは二人だけでなく黎明もだった。黎明の目が、ほんの少しだけ見開かれる。

 

 

「……お、硬いね」

 

 

 その瞬間だった。オロチの尾が、黎明を狙い地を薙いだ。

 

 轟音。

 

 大地が抉れ、砕けた石が弾丸のように跳ね飛ぶ。

 

 黎明は尾が自分に向かっていること気づいた――

 

 だが、間に合わない。

 

 ──尾が、黎明の脇腹を掠めた。

 

 

 衝撃に弾かれ、少年の身体が宙へ放り出される。そして、次の瞬間、叩きつけられた。

 

 土が跳ね、霧が巻き上がり、赤い水が飛沫となって散る。

 

 

「黎明くん!!」

 

 紅の声が裂けた。同時に蓮も叫ぶ。

 

「黎明!!」

 

 だが、二人の身体は動かない。助けに行けない。

 

 行ったところで、何ができる?

 

 封印?

 

 ここで?

 

 今?

 

 犠牲無しで?

 

 いや、無理だ。

 

 

 喉元まで絶望がせり上がる。オロチの三つの頭が、それぞれ霊力を集める。そして、そこから、霊力の塊をまるで砲撃のように叩きつけられた黎明の元に放つ。

 

 

 

 その爆発で、あたり一面の木々が空に飛び、地面は焦げたような匂いが充満する。

 

 

 双子は黎明とは反対方向にいたおかげでなんとなかった。しかし、その衝撃と霊力の量により、流石に黎明が死んだと感じる。

 

(終わった)

(……黎明が、死ぬ)

 

 紅は、弟の肩を掴んだ。震えが止まらない。蓮は歯を食いしばったまま、声にならない声を吐く。

 

 

 

 その時。土の中から、声がした。

 

「……あー……今の、普通に痛かった」

 

 

 黎明が起き上がった。

 

 服は裂け、脇腹が血で濡れている。息が乱れている。

 

 よく見ると、右腕が吹き飛んでいた。肘から先がなくなり、赤黒く皮膚が濡れている。

 

 紅の目に涙が浮かぶ。蓮の拳が震える。

 

 

――初めて見る弱っている黎明。

 

 その姿を見た瞬間、双子の胸に希望と恐怖が同時に灯った。

 

(……生きてる)

(……でも、次は本当にダメかもしれない)

 

 

 オロチはこの攻撃は効くと理解したのか、三つの頭をゆっくりと持ち上げた。先ほどの砲撃をするつもりなのだろう。

 

 しかも、今度は溜めが長い。泉の水位が一段下がり、代わりに空気が重く沈む。

 

 

 

 霊力が、集まっている。紅の喉が鳴る。

 

「……また来るわ」

「今度は、さすがに……くっそ、オレが……行っても、無駄なのはわかってる!!」

「蓮、ごめんね。黎明くんでも、どうにも出来ないならワタシ達も死ぬしかないわ。本当にごめんなさい」

「姉ちゃん……」

「本当は貴方には陰陽師を辞めて普通の人生を歩んで欲しかった。普通に結婚して、誰かと子供を育てて、それが見れればもう、死んでもいいとも。でも、ごめんなさい、もっと強く止めればよかったわね。それに黎明くんにも、本当に申し訳ないわ、ワタシ達がいなければもっと戦えたかもしれない」

 

 

 次の瞬間、霊力の奔流が線になった。

 

 再度、霊力の砲撃。それはまるで光線のように一直線に黎明の元に飛んでいく。

 

 黎明の姿が、光の中に消えた。

 

「――っ!」

 

 紅は目を逸らした。蓮も、もう耐えきれずに歯を食いしばる。

 

(今度こそ……)

(死んだわね……ごめんなさい、黎明くん)

 

 

 

 

 その光線の余波は凄まじいものだった。あたり一面の木々が嵐のように揺れて、地面もマグマのように焦げている。

 

 

 そして、途轍もない熱線が通ったように蒸気が煙のように上がっていた。

 

 

 ──これで、跡形もなく死んだ。

 

 

 クラミツハノオロチと双子はそれぞれ、そう感じる。あれをくらってどうやって生きてるというのか。生きているはずがない。

 

 

 全員がそう思いかけた時──

 

 

 

「……今のも痛かったなー。結構MPを腕に集めたつもりだったんだけど、少し想定以上だったかも」

 

 

 

 ──煙の向こうから、声が聞こえた。そこには黎明が立っている。今度は膝をつきながらだが、確実に生きている。

 

 

 ──しかし、今度は左腕、肘から先が吹き飛んでいた。

 

 

「……黎明、まだ、生きてるのかよ。お前ってやつはどれだけ凄まじいんだ。だが……くそ、あれじゃもう戦えそうにない。もう、終わりだ……」

「……確かにあれを耐えられる人間がいるのは驚きだけど。やっぱり怪異には人間は勝てない、のね……」

 

 

 

 

 ──この時、誰も気づいていないが、先ほどの攻撃で吹き飛んだはずの右腕が、復活をしている。

 

 

 

 双子は、もう、黎明が生きてるだけで凄いとしか思っていない。しかし、それによって大事なことを見逃しているのだ。

 

 

 ──黎明の右腕は先ほどのオロチの砲撃で吹き飛んでしまっている。

 

 にも関わらず、黎明の右腕は復活をしている。

 

 ──なぜ、復活をしたのか。

 

 

 黎明は陰陽術超光ノ命(ちょうこうのめい)を使用し、再度腕を生やしていたのだ。

 

 

 この術は完全回復が可能だが、黎明の調子がピークになった時にしか使えない。

 

 黎明は尻上がりに調子を上げるタイプなので、戦闘開始直後は使用不可。つまりは彼が戦いを始め、体の調子が上がりきったタイミングで使用が解禁される。

 

 そして、丁度、オロチが二度目の砲撃をする間際に彼の調子はピークに達した。

 

 

 余談だが、黎明のこの状態を白妙詩は【ゾーン】と名付けている。そして、黎明は超光ノ命(ちょうこうのめい)を【セイクリッド・ヒール】と呼んでいる。

 

 

 

「クソ、黎明が死ぬのに、オレは何も出来ないのか!」

 

 

 蓮の声が裏返る。

 

 そんな彼らの前でクラミツハノオロチは激昂していた。なぜなら、あれほどの攻撃をくらわせたのに人間が生きているからだ。

 

 仮にも神の依代、そして、別の神の呪いを受けた存在。たかが人間にここまで粘られたのが癪でしょうがないのだ。

 

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッ!!!!!」

 

 

 オロチが怒り狂ったように、泉の濁水を引き上げる。今度は先ほどとは違い、矢のようにではなく、巨大な槍のように水を固める。

 

 

 

 ──そして、それを凄まじい霊力を纏わせ、黎明に喰らわせようとしていた。

 

 

「避けられない……!」

 

 

 紅が叫ぶより早く、濁水の槍が降り注いだ。疾風の如く、振り下ろされた水の巨槍は黎明へとまっすぐ向かう。

 

 

 

 ――二人は、黎明が今度こそ死んだと思った。

 

 

 

 その水の巨大な槍が、到達した。

 

 轟音が炸裂し、空気そのものが叩き潰される。

 

 地面は深く抉れ、砕けた土砂と石が衝撃に弾き飛ばされた。

 

 しかし、水槍はなおも勢いを失わない。突き刺さった先から大地を裂き、溝を刻みながら突き進む。

 

 周囲の木々は根元から薙ぎ倒され、幹が折れ、枝葉が宙を舞った。

 

 すべてが通り過ぎた後、そこには――破壊だけが残っていた。

 

 紅は、もう目を閉じて、黎明がいた場所を見なかった。いや、痛々しくて見れなかった。

 

 蓮は呆然と、諦めたようにただ立ち尽くす。

 

 だが、二人はまだ知らない。

 

 

 ──黎明の底知れぬポテンシャルを。

 

 

「へぇ、ここまでの出力は凄いね。大分ダメージはくらったな、ダメージの総量だけなら、山神以上かもね」

 

 

 軽く普通に聞こえる声。紅が恐る恐る目を開けると、そこにいた。

 

 ほぼ無傷の黎明が。

 

 まるで、当然のように立っている。

 

 

 

 

「……ま、まだ立てるのか、しかも生きてるのかよ、どれだけすごいんだ、お前ってやつは!! でも、クソ、さっきの攻撃で腕が消えて……あれ?」

「……ねぇ、蓮」

「いや、わ、分かってる。なんで、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

──黎明の両腕は、完全に復活をしていた。

 

 

 

「まぁ、どんなすごい攻撃も回復すれば問題ないよね。死にさえしなければ何度でもやり直せるのは、ゲームの頃からの習わしだし」

 

 

 もはや恐怖よりも、困惑が勝っていた。その時、二人はようやく気づく。

 

 

 黎明の周囲に渦巻く霊力が、最初とは比べ物にならないほど濃くなっていることに。

 

 それだけでなく、霊力の出力、その総量全てが桁違いに上がっている。

 

 

「……なんていう霊力の量だよ。急にどっから出てきたんだ……! クラミツハノオロチを完全に超えてやがるッ」

「どうやって急にここまで増やしたというの!?」

 

 

 そもそも黎明はスロースターター、それ故に先ほどよりも霊力が増えていることに二人は驚く。

 

 しかし、そもそも、黎明は多大に霊力を出さないようにしているというのも原因である。

 

 あまりに大きく霊力を出すと、怪異が逃げてしまうからだ。ただ、どちらにしても、黎明が先ほどとはさらに高い次元に居ることには変わりない。

 

 

 

「……さて、互いに体も暖まってきたし、最終決戦と行こうか。詩は寂しやがり屋だから、早めに戻ってあげたいしね」

 

 

 その言葉と共に、さらに黎明の霊力が高まる。

 

 その様子に紅は、乾いた笑いを漏らした。

 

 

 

「……まだ霊力が上がり続けてる。それに、腕は? どうして治ってるの?」

「あいつの陽遁術は無くなった体の器官も再生できるってこと、なのか?」

「完全回復、そんなのが人間に可能だというの。しかも、あれだけの耐久力もあって? それってズルくない?」

「あぁ、ズルイな、もう、笑うしかねぇ」

 

 

 

 蓮も、心の底から同意していた。そして、冷や汗を流しながら彼は笑っていた。

 

 

 

 

 ──クラミツハノオロチと黎明。最終決戦が始まる。

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