【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第33話 冒険者

 影森町へ戻る道は、妙に静かだった。

 

 呪いの村を焼き払った直後のはずなのに、車窓に流れる景色は平然としている。コンビニの光、すれ違う軽自動車、夜の国道沿いのファミレスなどが過ぎていく。

 

 黒い車の中で、黎明は相変わらず眠っていた。昨夜のコンビニでは詩が抱きついたまま寝落ちしかけ、紅が困り顔のまま固まり、蓮が一瞬で感情を殺して無表情になった。

 

 驚くべきは、その空気のまま、影森町まで来てしまった感じがある。

 

 

(え、ワタシ悪くないわよね? 詩さんあれから全く話さないけど。見ちゃったワタシのせいじゃないわよね?)

 

 紅は黎明に抱きつく詩を見て睨まれたので混乱していた。確かに恥ずかしい場面かもしれないが、気づかない方が悪くね? とも思ってたりしている。

 

 

 

 

 そして四人は、一度影森町へ帰還した。

 

 本来なら双子は別の場所で泊まる予定だった。けれど蓮が言い出した。

 

 

 

「……黎明と話したい。今のまま帰るのは無理だ」

 

 

 

 紅は止めたかった。止めるべきだと思った。弟の目が、危ういほど真っ直ぐだったからだ。あんな目は、誰かを追いかけるときの目だ。強さに憧れて足を踏み外すときの目でもある。

 

 けれど、止める言葉が出なかった。もう、止めても無駄であると分かってもいたからだ。

 

 だって、自分も――あの少年を見て希望を持ってしまったから。

 

 結局、双子は影森町にあるホテルに泊まることになる。

 

 

 

 

 

 そして、一夜が明けた。

 

 影森町の朝は、澄んでいた。空気が冷たい。山の匂いがする。遠くで鳥の鳴き声がして、町のどこかから味噌汁の匂いが漂ってくる気がした。

 

 

 気持ちの良い町だなと双子は思っていたが、こうなったのはつい最近のことであることを知らない。

 

 ──この町は以前まで、負の霊力が時折漂っていたが、それが黎明によって変わったのを知らない。

 

 

 

 時間は昼前。

 

 

 

 蓮と黎明は、二人で町の外れへ歩いていた。

 

 舗装路が途切れ、山道に入る。木漏れ日が地面に落ち、苔が湿っている。遠くの沢の音が一定で、心臓の音と混じる。

 

 黎明は手を頭の後ろに組み、散歩みたいに歩いていた。

 

 

「ここ、凄く過ごしやすい場所だな。空気がうまい」

「あ、そう? この間まで違かったらしいけど」

「それに、怪異がいそうな感じがしないな」

「スザクがモンスターが出ないようにこの町に魔法で城壁を作ってるとか言ってたからねー。いらんことするよね」

「え……まぁ、お前はそう思うのかもな」

 

 

 

 蓮は思わず突っ込んだが、黎明は本気で言っているようだった。

 

 山の中腹あたりまで来たところで、二人は足を止めた。視界が少し開ける場所。岩があり、座れそうだった。

 

 蓮は、呼吸を整える。ここまで来たのは、逃げ場をなくすためだ。町中だと紅や詩が割って入る。けれど山の中なら、話を最後までできる。

 

 蓮は言った。

 

「……どうすれば強くなれる」

 

 単刀直入だった。

 

 黎明は「弟子入りのこと?」と軽く笑い、岩に腰掛ける。

 

「強くなりたい理由は?」

「……オレは弱いからだ。姉ちゃんを守れない。守りたいって言っても、守れない。怖いんだよ。怪異の前に立つと、足が勝手に震える」

 

 言った瞬間、蓮は喉の奥が痛くなった。自分で言葉にすると、弱さが確定してしまう気がしたからだ。

 

 その言葉を聞いて、黎明は村でのことを思い出し、蓮が震えていたのを思い出した。

 

「あー、確かに震えてたね」

「……あぁ、弱いから怖くて仕方ないんだ」

「弱いかー。陰陽師が蓮の職業だよね? 俺はその職業よく知らないけど。それが向いてないんじゃない?」

 

 

 一瞬、何を言っているのかわからなくなった。しかし、黎明が言っていることは本質をついてたと思い直し、蓮は言葉の意味を考え始める。

 

 

「……職業が、悪いか。いや、陰陽師だとどうにも、倒せないっていう認識が悪いってことか」

「まぁ、そんな感じ?」

 

 あんまり、分かってなさそうだが黎明は肩をすくめた。

 

「陰陽師って、絶対倒す! みたいな思想の人が居ないって俺の知り合いが言ってたんだよね。もし、蓮が倒す方向で強くなりたいなら、転職したほうが早いんじゃないって思ってるだけかな?」

 

 

 その言葉は筋が通っていると、蓮は素直に感じた。黎明が語ったことは確かに、的を射ているからだ。

 

 

 安倍家の宿命。封印。倒すことではなく、維持すること。その呪いみたいな家訓が、今も胸の奥に残っている。

 

 

(生まれてから怪異は封じるしか出来ない、と言われてきたからな。確かにその認識と陰陽師は深く結びついている……その認識を取らないといけないだろうな)

 

 

「……オレは、黎明みたいになりたい。どうしたらいい? 職業を変えると言ってもそれってどうするんだ?」

 

 

 

 蓮は黎明がいう職業とは、ゲームのような意味合いであるとは気づいていた。しかし、それってどうやって職業を変えるのか?

 

 その疑問が解決できていない。

 

「なら最初は【冒険者】がいいかなー。転職の方法は、どうするんだろうね? なんか、格好とか変えたりでいい気がするなぁ? ゲームだと神殿とかで変えたりしないといけないのもあったけど。コマンドであっさり出来たりもあるしー。気分で変わるぞ! とかで案外いいのかも」

「そういう感じなのか? それと、職業は冒険者?」

 

 蓮が聞き返すと、黎明は淡々と語りだす。

 

「冒険者って、最弱職みたいな扱いかな。ただ、誰もが最初に通る道でこれを極めないと次にはいけない基本職。全体的に低め。けど色んな魔法が使える。火も風も水も、ちょっとずつ。万能だけど器用貧乏。……でも、最初はそれでいいと思うね」

「いきなり黎明みたいには無理だよな」

「まぁ、それは無理じゃないかな。でも、冒険者やっておいた方がいいかもよ。基本だからこそ、自分に何が向いてるか分かるから」

「確かにな。オレにはオレに合う戦い方があるのかもしれない」

 

 

 

 黎明のようになりたいとは言ったが、蓮もここまでなれるとは思えない部分もあった。それも当然だ、あんなとんでもない破壊光線を出す存在になれると思えるほど、馬鹿ではない。

 

 

「そうだな、最初は地道にやっていくか。それで、オレは何をすればいい?」

「先ず、格好とか変えた方がいいよ。その狩衣とかも、なんかダサいし、動きづらそう」

「……そうか? これないと術が発動できない。いや、それも思い込みか?」

「慣れれば大丈夫だと思うよ。この町にいる知り合いも、そういうのを着ないで、炎とか出してたし」

 

 

 

──狩衣を着なければ、神の補助が消えてしまい、術は発動できない。

 

 

 その認識が陰陽師の中にある。しかし、それは陰陽師の中の話であることに、蓮は気づいた。

 

 

 

「すべての認識を変える、常識を越えるような度胸が必要ってわけか」

 

 

 

 蓮は自らの手を見る。これまでの自分の感覚や知識、全てを壊すかのようにする必要がある。

 

 

「……今までのオレを変えないとな」

「そういえば……蓮と紅は、MPの感知の熟練度がまだまだなのかな? 多分だけど気づいてないよね?」

「……なにが?」

「オレがオロチと戦ったでしょ。その時、同じパーティーだったから、経験値が二人にも入ってる。MPとかも増えてるはずだけど、それに気づいてないでしょ? かなりMPが増えてるよ」

 

 

 

 そう言われて、再度自身の手の平を見つめる。しかし、蓮はまだ分かっていないようだった。

 

 

「それが最初の課題だね。蓮は体に流れるMPを強く感じられてない」

「……なんとなくは分かる。お前が多大なのも、オロチが凄まじかったのも」

「いや、分かってないね。現に自分のMPが増えてたのに気づいてないし。MPは呼吸とか心臓とか、そういうのと同じでさ。体に流れてるんだよ。これが出来ないと操作は難しい。先ずは感じるっていうのが課題」

 

 

 黎明は自分の胸の中心を指で叩く。

 

 

「多分、蓮はまだ分かってない。今、俺の胸にどれくらいMPがあるのか、分かる? 数字で言ってみて」

「え……す、数字? いや、基準がわからないし」

「それなら、俺の右手と胸にMPが集まってる。右手の方に多く集めてるけど、右手を百とした時、胸はどれくらいだと思う?」

「……半分?」

「違うね。四分の一だよ。両方とも多く集めているけど、蓮はなんとなく多いしか分かってない。MPの感知はこれからやっておいた方がいいね」

 

 

 

 蓮は黙った。確かに、どれくらい多いのか、細かくは分からない。霊力を重視していないわけではない。だが、どちらかというと神からの補助によって術を発動させることが重視されていた。

 

 

 

 だからこそ、基本がかなり疎かになっている。

 

 

 

「そうか、これからか」

「でも、蓮はMPを絶って隠れるのは得意そうだね。オンオフが出来てるのは、素人とは違う点」

「……まぁ、隠れるのが基本だったからな」

 

 

 

 蓮は封印と隠れるという技術を主に得意としていた。これは、怪異には勝てないからこそ、隠れて封印の機会を窺うという陰陽師の基本の戦い方である。

 

 ここに関しては、蓮はかなりの技術を持っていた。

 

 

 

「まぁ、兎にも角にも先ずは感知からね」

「どうすれば、細かく霊力、いやMPの総量が分かるようになる?」

「反復かな。俺が右手を出したら、その手の中の指、そのうちどの指が一番MPが集まっているか。そして、一番多い指のMPを百とした時、それぞれの指がどれくらいあるのか、これをひたすら繰り返す」

「分かった」

「そして、これは筋肉トレーニングをしながらやってもらう」

 

 

 

 

 黎明はそう言って前を見据えた。前には山道が広がっている。

 

 

「ここを走りながら、体も鍛えて、それで勘も磨こう」

「は、走りながら?」

「実際戦ったら、常に動きながら分かるようにしないと。あ、最初は無理だと思うよ。大事なのは、【やってみること】。挑戦しなければ成果はない、戦わないと経験値はないからね」

 

 

 

 蓮は、今までの人生を振り返った。

 

 

 

(やってみる、か)

 

 

 

 失敗は死ぬことに直結する世界。少しでも危険ならば、逃げることを姉から薦められていた人生。

 

 

 

(思えば、オレは真の意味で困難に挑戦をしたことがあったか)

 

 

 

(いや、ないな)

 

 

(オレは、挑戦をする。今までの自分を全部壊す)

 

 

 

「戦わないと経験値ない、か。面白い、やってやる。オレは今から挑戦をする人生にする」

「お、いいね。それなら宣言してみてよー。俺も付き合うからさ」

「あぁ、分かった」

 

 今まで、安倍蓮という少年は陰陽師として生きてきた。それが彼の誇りでもあり、心の支えでもあった。

 

 偉大なる陰陽師の一族、それを捨てる。

 

 それがどれだけの、大きなことなのか、蓮は理解をしていた。

 

 安倍家は殆どが死んでいる。その数少ない生き残りでもある彼が、それを捨てようとしてる。

 

 それは、なぜか……?

 

 理由は一つ。

 

 ──そうするまでの、可能性を彼は感じていたからだ。

 

「蓮は陰陽師をやめるの?」

「あぁ、やめる。オレは陰陽師をやめる!」

 

 ──辞める。

 

 その言葉を彼は噛み締め、自らの中で何度も宣言をした。

 

( 陰陽師をやりながら冒険者もやるのではない。陰陽師をやめて、冒険者一本でいく)

 

 

( 名家の誇りもプライドも驕りも全て捨てる。今のオレに必要なのは、知識とか、常識とか、歴史とか……過去じゃない)

 

(挑戦、自由、可能性……冒険をするような未来だ)

 

 

「それなら、冒険者になるの?」

「あぁ、なる。オレは冒険者になる」

 

(──そうだ。オレは冒険をする)

 

(冒険をするものになる)

 

(今この瞬間……安倍家の生き残りである片割れは死んだ)

 

(ここにいるは、ただの冒険者であるオレだ)

 

 

(怪異ではなくモンスターとよぼう。霊力ではなくMPとよぼう。あいつらは倒せると信じよう)

 

(オレは、冒険者になったのだから)

 

 

「冒険をする者として生きる!」

「お、いいね。冒険をする感じ。なんか、転職できたんじゃない?」

「あぁ、変わった気がするかもな」

 

 

 

 彼の中で何かが変わった。急激に霊力が増えたわけではない。

 

 だが、彼の中で枷が外れたのは確実だった。

 

 

「──オレは、冒険者になる」

 

 

──蓮は、この時、冒険者となった。

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