【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

43 / 64
幕間 新時代幕開け

──とある、陰陽師は走っている。

 

 足音が、自分のものか、それとも背後から迫る、それのものか、もう分からない。

 

 息が喉に引っかかり、肺が焼けるように痛む。視界の端が暗く滲み、木々の輪郭が歪んでいく。何度も転びそうになりながら、それでも陰陽師の男は必死に森を駆けていた。

 

「……く、そ……!」

 

 振り返る勇気はない。

 

 振り返った瞬間、終わると本能が理解している。

 

 背後から聞こえるのは、ぬちゃり、と湿った音だった。土を踏みしめる足音ではない。何か柔らかいものを引きずり、擦り潰すような、不快な音。

 

 ――追ってきている。

 

 男が遭遇した怪異は、正式名称すら定まっていない存在だった。

 

 人の形をしているが、関節がすべて逆向きに折れ曲がっている。首はありえない角度で傾き、顔は布で覆われているように見えるが、目も鼻もない。ただ、口だけが異様に大きく裂け、そこから常に粘ついた黒い液体が滴っていた。

 

 その怪異は恐怖に反応する。

 

 心拍が上がるほど、呼吸が乱れるほど、距離を詰めてくる性質を持っていた。

 

 だから男は、必死に平静を保とうとした。符を切り、簡易結界を張り、陽動をかけた。だが、それらはすべて無意味だった。

 

 恐怖は、消えない。逃げれば逃げるほど、怪異は速くなる。

 

「はぁ、はぁ……っ!」

 

 足がもつれ、男はついに倒れ込んだ。苔むした地面に膝をつき、片手を突く。もう立ち上がれない。

 

 背後で、音が止まった。終わりだ、と男は悟った。

 

 ここで自分は喰われる。骨も、魂も、恐怖ごと。

 

 そのときだった。

 

「――そこまで」

 

 澄んだ、しかしよく通る声が森に響いた。男の視界に、二つの人影が割って入る。

 

 一人は白装束を現代風に着崩した少年。もう一人は、巫女装束を思わせる服を着た少女。

 

 怪異が、ぴたりと動きを止めた。恐怖に反応するはずの怪異が、まるで様子を窺うように、距離を取る。

 

 

「……さて、倒すか」

 

 少年が、気負いもなく言った。男は呆然と二人を見上げる。状況が理解できない。

 

「大丈夫? もう、無理に動かないで大丈夫だから」

 

 少女が短く告げる。

 

「そいつ、恐怖を餌にするからな。あんた、今はもう何もしなくていい」

 

 そう言って、少年は静かに前へ出た。怪異が低く唸り、再び動き出そうとする。

 

 だが、次の瞬間――

 

 

「――遅い」

 

 少年が一歩踏み出した。符も、呪文もない。ただの踏み込み。だが、それだけで空気が変わった。怪異の動きが鈍り、まるで重力が増したかのように地面に沈む。

 

「……え?」

 

 男の口から、間の抜けた声が漏れた。少年は淡々と続ける。

 

「オレはもう、ビビってねぇ」

 

 怪異が口を大きく開き、黒い液体を噴き出す。だが、それは少年に届く前に霧散した。

 

「紅、結界を頼む」

「了解」

 

 少女――紅と呼ばれた彼女が、素早く結界を展開する。逃げ場を失った怪異は、初めて明確な焦りを見せた。

 

 目の前の存在は、確実にこちらを打破しようとしていると悟ったからだ。

 

 そして、驚くべきは術の発動速度。

 

 言霊も発しておらず一瞬で取り囲まれた。

 

 さらに狩衣を着ているわけでもない。それなのに一瞬で術を発動させたことに、男の陰陽師も驚きを隠せない。

 

 

「今、言霊使ってない!?」

 

 

 そして、終わりは一瞬だった。少年が持っていた刀を抜く。そして、その刀に炎を纏わせた。

 

 

「イグニス・セイバー」

 

 

 

──そのまま、怪異を両断した。

 

 

 怪異は、崩れ落ちるように消滅した。音もなく、痕跡すら残さずに。森に、静寂が戻る。

 

 男は、しばらく声が出なかった。

 

 

「……え、倒した、のか?」

「倒しただろ。見てなかったのか。まぁ、その反応は当然だがな」

 

 少年はあっさり答えた。

 

「封印じゃなくて?」

「倒した」

 

 男は、ごくりと喉を鳴らした。

 

 陰陽師として長く活動してきたが、怪異を倒す光景を、見たことはない。

 

 

「……君たちは、一体……」

 

 その問いに、少年が振り返る。

 

「自己紹介しとく」

 

 彼は軽く手を挙げた。

 

「安倍蓮。職業は冒険者」

 

 続いて、少女が一歩前に出る。

 

「安倍紅。一時的にだけど……ワタシも冒険者よ」

 

 男は、その姓を聞いて、目を見開いた。

 

「安倍……? まさか……」

 

 

 安倍家と言えば陰陽師の世界では有名な一族。しかも、十年前に壊滅をした話が有名だ。

 

 

「細かい話は後でいいだろ。とりあえずは生きていることを喜んでおけ」

「あ、あぁ、ありがとう。本当に助かった……」

 

 紅も、穏やかに微笑む。

 

「……大丈夫。もう追われないですよ」

 

 

 男は、震える手で地面を掴みながら、深く息を吐いた。

 

 ――助かった。

 

 それだけは、確かだった。

 

 森の奥で、二人の冒険者は、静かに次の戦いへと歩き出していった。

 

 

 

──九月。双子は黎明との訓練により、格段に上の実力を手に入れていた。

 

 

 

 怪異でも、霊格が穢れであれば倒せるほどに。

 

 

 

「さて、他にもモンスターがいれば経験値にしてやるんだがな」

「え? も、モンスター?」

「あ、すいません。蓮は怪異がいれば倒して、修練を積みたいって意味で言ってます」

 

 

 

 蓮は黎明のように怪異をモンスターと呼んでいる。徐々にだが、彼は黎明のような思考になっていた。

 

 

 

 陰陽師の男は、何が起こっているのか分かってはいない。名家ならば怪異を倒せるのか? そんな話は聞いたことがないが?

 

 と、悩みに悩んでいる。

 

 

 ただ、彼の感覚は正しい。名家であっても怪異は人間が倒せるわけがない。

 

 

 

 この二人が、唐突に例外になったのだ。

 

 

 

 そして、この二人は徐々に頭角を現していく。

 

 

 それは、新時代の幕開けのように。

 

 

 ──ただ、その事実に他の陰陽師が気づくのはまた別の話。

 

 

 

 ──そして、何よりも、黎明と言われる革命の中心、台風の目に気づくのもまだ先の話なのだ。




ここまでお付き合いありがとうございました!

これにて2章完結となります! 応援感謝です!

さて、3章になりますが、現在製作中です! もうちょっとお時間かかるかと思いますのでお待ちください!

それと、まだしてない方は高評価などもして頂けると嬉しいです!

それではまた!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。