【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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エピローグ 志乃のスカウト

 喰鹿が消えた翌日。

 

 祈は白守家の本邸にいた。昨日までは禁忌の象徴だった供島から、今は何の気配も感じられない。喰鹿、島民たちが島守様と呼んでいたあの怪異は確かに消滅したのだ。

 

 広間には、当主である白守当一(しろもりとういち)をはじめ、一族の重役たちが集まっている。みな、足元が崩れ落ちるような顔で、困惑した表情を浮かべている。

 

 島守様が消えた。

 

 長年この島を支配してきた存在が、たった一夜で消滅した。その事実を、彼らの頭はまだ受け入れられないようだった。

 

「……本当に、島守様は消えたのか」

 

 当一が喉の奥から絞り出すような震える声で聞いた。その声には、恐怖と困惑が入り混じっていた。

 

「ええ」

 

 祈は短く、しかし明確に答えた。

 

「あの怪異は倒された。もう、この島に島守様はいない」

 

 当一の顔が血の気が引いたように青ざめた。唇が小刻みに震え、額には脂汗が浮かんでいる。

 

「そんな……あの方が、倒されるなど……」

 

 当一は悪夢から覚めない者のように呟いた。

 

 だが、目の前に祈が立っている。本来なら喰鹿の贄として消えているはずの少女が傷一つなく生きている。その事実が、何よりも雄弁に全てを物語っていた。

 

 当一は恐る恐る祈を見た。

 

「……一体、誰が」

「黎明たち、とは言っても分からないだろうけど。存在くらいなら、島守から聞いてたんだろ。だから、生贄にさっさとあげるとか言ったんだから」

 

 祈はそう答えた。彼女の発する声はあり得ないくらい冷たい声だった。当一は氷水を浴びせられたように息を飲む。

 

 

「あの、白銀の髪をした少年……」

 

 当一の声には明らかな恐れが混じっていた。神格の怪異よりも恐ろしい何かを想像しているかのように。

 

 ──あの化け物を倒した人間。それが、どれほど恐ろしい存在なのか。

 

 新たな脅威が来て、それが島を支配するのではないかと考えていると、彼女には容易に想像できた。しかし、黎明や志乃がそんなことに興味を持っているわけがない。

 

 彼女にはそれがわかっていたので、いらない悩みだなと感じる。しかし、それをわざわざ教えてやる気分にもなっていなかった。

 

 ただ、それを知らない当一の頭の中では、そんな思考が渦巻いているようだった。

 

 祈はため息をついて当一を真っ直ぐ見据える。

 

 

「黎明なら、特にこちらに害を与えることはない。すぐに島を出るはずだ。あいつらは怪異を倒すことが目的だったからな」

「……狂人のようなやつらだ」

「そうかもな。まぁ、悪い奴では絶対にないけど」

 

 

 

 善悪の観念が黎明にあるかは疑問である。しかし、黎明は自分が戦いたいから、戦っている存在。

 

 それが彼女には真の意味で自由な人間に見えた。

 

 

(あいつの自由さ、そこは見習うべきか。まぁ、今は置いておこう。何よりも確認をしたいことがあるしな。)

 

 

「一つ、聞きたいことがある」

「……何だ」

 

 当一の声は、罪人が判決を待つように小さかった。

 

「この島の白守家は、安倍晴明が喰鹿を封印した時、その維持と封印場所の守護を命じられていた一族なんだろう?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、当一の顔がさらに青ざめた。決して触れられてはならない秘密を暴かれたかのように。

 

 

「……なぜ、それを」

「安倍晴明の書物を見た」

「……そんなのがあったのか」

「どこにあったのかとかは、どうでもいい。それでどうなんだ?」

 

 

 

 祈は天気の話をするかのように淡々と答えた。すると、当一はゆっくりと話し始める。

 

 

「陰陽師、怪異を封印する存在が昔から世界には存在している。そして、その原点とも言える安倍晴明は島守様、喰鹿を封印した。だが、安倍晴明の死後、喰鹿は復活した」

「……」

「そして、復活をした喰鹿は、人間を大量に虐殺した後、戦意を完全に折った白守家に取引を持ちかけた。島の住民には手を出さない。その代わりに、島で最も美しい人間を十年に一度、生贄として差し出せ、と」

 

 

 広間が時が止まったように静まり返った。重役たちの呼吸する音すら聞こえないほどの完全な静寂が訪れる。

 

 

「そして、白守家はそれを受け入れた。島民以外の人間が喰鹿に食われた時は、事後処理をする。島の人間に喰鹿を信仰させるため、島守という存在をでっち上げる。全ては、喰鹿の霊格を上げるためだった」

「……なんで生贄を出すことを怪異は望む? 封印された恨みで虐殺してもおかしくないとは思うけど」

「単純にあの怪異は食を楽しむ、怪異だったからだ。豚を食べたいが、全部食い尽くすバカはいない。なぜなら、全てが滅びればもう食べられないからだ」

「……」

「それに、あの怪異は放逐し、ある程度自由にすることで肉の鮮度を上げると語っている。あまりに過度に制限すれば質に影響をする。人間が家畜を育てるようなことをしていたわけだ」

 

 

 祈は話を聞きながら当一を睨んだ。つまり、ここにいる全員は祈の母親が家畜のように、食われることを黙認していたのだ。

 

 

「それで、母を……」

「あれは……仕方のないことだ。あれに勝てる人間などいない。全員がそれを認識していた。一度は陰陽師が来たことがあったが目の前で殺された」

「……仕方なかったとしてもお前がいうなよ」

 

 

 当一は、何も答えなかった。口を開こうとするが言葉が出てこない。祈は凍てついた湖のように静かに言った。

 

 

「そうか、お母さんは白守有紗(しろもりありさ)。美色として選ばれ、喰鹿に食われた」

 

 そして、冷たい言葉とは裏腹に強く拳を握った。爪が掌に食い込むほど、強く。

 

 

「母は、美味しかったと。甲乙丙なら、甲だったと。そう言って、笑っていた。お前たちも……」

 

 

 当一は言葉を失った彫像のように固まっている。祈は当一に向かって歩いた。一歩、また一歩。その足音が、静寂の中で異様に響く。

 

 そして、拳を振るった。

 

 当一の頬に、祈の拳が叩き込まれる。鈍い音が響き、当一の体が横に倒れた。

 

「ッ」

 

 広間にいた重役たちが雷に打たれたように息を飲んだ。だが、祈は止まらなかった。

 

 祈は殴った後、当一の妻、白守明子(しろもりあきこ)を見た。

 

「お前も、知ってて、ボクにずっと母親の嫌味を言ってたのか」

 

 明子は罪を暴かれた犯人のように目を逸らす。

 

「……」

「母が美色だったこと。生贄だったこと。全て、知っていた」

 

 

 祈は明子に近づいた。その足音が、明子の心臓の鼓動と重なる。

 

 

「それに、ボクも生贄だったのを知って、ずっと嫌味を言っていたのか」

 

 明子の顔が仮面が剥がれ落ちるように歪んだ。

 

 

「……そうよ」

 

 明子は長年溜め込んでいた毒を吐き出すように言った。

 

「有紗は、いつも注目されていた。美しくて、優しくて、みんなに愛されていた。私は、いつも影だった。いつも、有紗の引き立て役だった」

 

 明子は祈を睨んだ。その目には、長年の嫉妬が渦巻いていた。

 

「だから、有紗が生贄になった時、私は嬉しかった。ようやく、あの女がいなくなったと。ようやく、私が日の当たる場所に立てると」

 

 祈は明子の言葉を聞いて、再度拳を握った。

 

「……そうか」

 

 そう言って、明子を殴った。明子の体が叩きつけられるように地面に落ちる。

 

「……生きるために他者を売るのは、仕方なかったのかもな。でも、八つ当たりしないと気が済まなかった」

 

 事実を述べるように淡々と言った。しかし、一切許す気がないことは彼女の未だ震える拳に現れている。

 

 

 そのまま、彼女は次に美奈を見た。当一と明子の娘で、ずっと怪異を倒しながら四人で夜を過ごした。

 

(あまり好きではないが、一緒にいてくれていたことには恩があった。高貴目当てなのは分かっていたし、ボクの悪口を学校で流していたのも知っていた)

 

(だが……夜に危険を承知できてくれていたのは感謝すべきと思っていた)

 

 

 美奈は祈を見つめていた。その目には、恐怖と、困惑と、そして何か複雑な感情が浮かんでいた。

 

 

「……美奈」

「……何」

 

 美奈の声は針で刺されるように小さかった。

 

「お前、ボクのこと嫌いだっただろう。そして、ボクが贄なのも知ってたんだな」

 

 

 美奈は何も答えなかった。ただ、唇を噛みしめて、視線を落とした。だが、その沈黙が、どんな言葉よりも雄弁に全てを物語っていた。

 

 

「そうか」

 

 

 祈はそう言って、小さく笑った。それは、諦めとも、解放とも取れる笑いだった。

 

 

「別に、いい。ボクも、お前のことは好きじゃなかった。それと高貴のこと。ボクは、何とも思ってない」

 

 

 美奈の目が信じられないものを見たかのように見開かれた。

 

 

「……え?」

「お前が好きなら、好きにすればいい。ボクは、この島を出ていくから」

 

 

 そう言って、美奈に背を向けた。

 

 

「じゃあな」

 

 

 祈は振り返ることなく広間を後にした。それがこの家で発する彼女の最後の言葉だった。

 

 

 

 

◾️◾️

 

 

 

 白守家を出た後、ボクは一人で歩いた。

 

 

 足は自然と海へと向かっていた。考えることが多すぎて、頭の中が整理できない。だが、ゆっくりとこれまでを振り返る。

 

 父が自殺した理由。

 

 それはきっと母を失ったショックだったんだろう。生贄として最愛の妻を奪われ、絶望の淵に立たされて、死を選んだ。

 

 そうか、母はボクと父を捨てたわけじゃなかったんだ。

 

 母は、ボクと父を愛していた。ただ、生贄として選ばれてしまっただけだ。

 

 

(お母さんは、ボクたちを裏切ったわけじゃない)

 

 

 ボクはその事実を何度も心で唱えた。

 

 長年、ボクの心を縛っていた鎖が、音を立てて外れていく感覚があった。

 

 ボクは海が見える崖にやってきた。

 

 波の音が子守唄のように静かに響いている。ボクは、一人で海を見つめた。

 

 その時、後ろから足音が聞こえた。

 

「祈さん」

 

 振り返ると志乃がいた。

 

「……志乃」

「一人で、何してるんですか?」

「考え事」

 

 

 ボクはそう答えた。そして、志乃がボクの隣に座る。それが当然のように。

 

 

 

「……何を考えてたんですか?」

「色々」

「……色々ですか」

「……聞いてくれるか?」

「うん」

 

 

 そして、これまでのことを話した。白守家の真実。母が生贄だったこと。父が自殺した理由。これまでのことを、ぽつりぽつりと、それでも止まらず話し続けた。

 

 志乃は黙って聞いていた。途中で口を挟むこともなく、ただ静かに耳を傾けていた。

 

 

 

「……でも、分かったんだ」

 

 

 そう言って、海を見た。

 

 

「全ては、思い違いだった。母と父は、ちゃんと愛し合っていた。母は、ボクたちを裏切ったわけじゃない」

 

 

 ボクは小さく笑った。それは、長年の重荷を下ろした者の笑いだった。

 

 

「それが分かって、安心した」

 

 

 志乃はボクを見つめた。

 

 

「……祈さん、本当に強いですね。辛いことがあったのに、前に進もうとしてて」

「そうでもない」

 

 

 ボクは、そう答えた。

 

 

「ボクはただ、怖がってただけだ」

 

 

 ボクは続けた。

 

 

「両親を見ていて、あんなに仲が良かったのに、母が失踪して、父が自殺した。それを見て、何も信じられなくなった。愛し合っても、いつか終わるんだと。だから、人に情を持てなかった」

 

 

 ボクは拳を握った。だが、もう怒りを保てないように、拳がゆっくりとほどけていった。

 

「でも、そのわだかまりが解けた。母は裏切ったわけじゃない。ただ、生贄になっただけだ。父も母を愛していたから、だから、自分で命を絶ってしまった」

 

 

 

 本当は父は母を愛して、母も父を愛していた。だから、あんな残酷な結末になってしまった。

 

 残酷だけど、どこか安堵がある。

 

 

「……お二人はちゃんと愛し合ってたんですね」

「ああ、そう思う。すっきりしたよ」

「……これからどうしますか?」

「さて、どうしようかな。新しい生き方をしてみてもいいかなって気分ではあるね。それに、この島には流石に居づらくなったし、居たいとも思えないしね」

 

 

 当主らもぶん殴ったしな。周りも生贄としてボクを認識してたし。今更あわせたい顔もない。幸い、両親が残した貯蓄はある。

 

 どこへでも行ける。

 

「えっ、そ、そうなんですね……」

「あるいは今と真逆に、恋と友情に生きてみようかな?なんて。はは」

「あ、あの。では。えっと。ごほん、あの、えっとですね……祈さん」

「ん?」

「わ、私達のところにきませんか?」

 

 

 志乃が意を決したようにボクを見据える。ただ、ボクは彼女が言う場所がどこなのか、よく分からない。

 

「……それって、どこに?」

「岩手県の影森町って場所です。黎明さんとか、皆んな集まってます!」

 

 そう言えば、かなり遠くから来たとか言っていたな。確かにどうせ外に出るなら近くではなく、遠くがいいかもしれない。

 

「あ、えと、こんなことは、おこがましいかもですけど。わ、わたしたち、友達ですから。い、一緒に過ごせたら嬉しいなと、思いました」

 

 

 ボクは志乃を見た。

 

 友達。そんな臭いセリフを恥ずかしそうな顔で言う志乃。

 

 ボクは小さく笑ってしまう。

 

 

「……お前は、本当に強いな」

 

 

 志乃は褒められた意味が分からないという顔で首を傾げた。

 

「へ、へへ、ど、どうも」

「変わった笑い方だな」

「あ、よく言われます」

「そうか」

 

 

 再び海を見た。波の音が、静かに響いていた。

 

 

 ボクの心が春の雪のように、少しずつ溶けていく気がした。

 

 「外の世界か……」

 

 挑戦してみたい気持ちはある。

 

 こういう気持ちを、なんというんだったか。

 

 そう、冒険心というんだったか。

 

 それが、芽生えた気がした。

 




いつも読んでいただき感謝です!

ちょっとリアルの仕事が忙しすぎるので、三日程更新を空けさせていただきます。



ちなみにこの第三章は実は黎明の人生にとって大きな転換点であり。
残りのエピローグで、黎明の中にある大きな野望が明らかになっていきます。お楽しみ。
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