【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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エピローグ4 ??年後

 いつからだろう。

 

 東京の地下に、穴が開いたのは。

 

 そして、どうして穴が開いたのだろう?

 

 誰もその疑問に答えられる人間はいない。

 

 ただ、誰もが分かっていることがある。

 

 

 ──その【穴】はダンジョンと呼ばれ、そこにはモンスターが数多存在している。

 

 

 モンスターは人を襲い、いくらでも無限とも言えるほどに湧き出してくる。何度倒してもどこからともなく、現れるのだ。

 

 

 

 そして、その穴に挑む存在を【冒険者】と呼ぶ。

 

◾️◾️

 

 

 新宿の雑踏を抜けてわずかに進む。ガラス張りのビルが立ち並ぶ中に、それは唐突に存在していた。周囲から浮いている、という表現が正確だろう。

 

 石造りの外壁、アーチを描いた重厚な入り口、鉄製の燭台が左右に据えられた玄関。

 

——まるで中世ヨーロッパの館がそのままビル街に現れたような、奇妙な威圧感。

 

 

 その正面に掲げられた石板を見上げて、制服姿の少年——佐倉陽斗は、その石板を見上げて足を止めた。

 

 

 

 

「冒険者ギルド・新宿支部」

 

 

 

 ──ここが、冒険者ギルドか。ここだけ現代的な雰囲気とはかけ離れてるな。

 

 

 そんな感想を持ちながら、彼はその中へと足を踏み入れる。すると早速、彼に話しかけてくる存在がいた。

 

 

「ギルドは初めてか? 新人さんよ」

 

 

 

 声をかけてきたのは、ギルドの玄関を背に腕を組んで立っていた男だった。年の頃は四十を過ぎたあたりだろうか。日焼けで浅黒くなった肌に、顎には無精髭。肩幅が広く、首が太い。全身から【場数を踏んできた】という空気が滲み出ていた。

 

 

 

「あ、はい。今日、冒険者登録に来たんですけど……」

「そうか。俺は鈴木だ。Bランクの冒険者やってる。まあ、入れ」

 

 

 

 名乗りは短い。だが威圧感はなかった。どこか飼い犬を見るような、人懐っこい目をしていた。

 

 ギルドの内部は思ったより広かった。

 

 受付カウンターが横一列に並び、制服姿のスタッフが手続きをこなしている。壁には依頼の貼り紙、奥には食堂らしき空間。

 

 そして、特殊な甲冑に身を包んだ者、武器を持った者、傷の手当をしている者、笑いながら酒を飲んでいる者

 

 ——あらゆる人間がそこにいた。

 

 

「あの人たちって、【冒険者】ですか?」

「あぁ、そうだ。生で見るのは初めてか?」

「はい、テレビとかSNSならあるんですが、生だとこんな感じなんですね」

「これからお前もそうなるんだろう、まずはカウンターで登録。それが全ての始まりだ」

 

 

 

 鈴木に連れられてカウンターに進み、書類にサインをする。名前、年齢、緊急連絡先。手続き自体は拍子抜けするほど普通だった。受付の女性がにこりと微笑んで、一枚のカードを差し出してくる。

 

 

「では次は鑑定をお願いします。奥の機械に手をかざしてください」

 

 

 【鑑定】

 

 佐倉陽斗は奥へ視線を向けた——そして、思わず足が止まった。

 

 それは「機械」と呼ぶには大げさすぎるほど巨大だった。天井近くまで届く黒い筐体。表面には無数の発光する紋様が刻まれ、中心部に丸く切り取られたくぼみがある。人が手をかざすための、あの場所。

 

 

 

「えっと、これって」

「ステータス鑑定機器だ。今じゃ全国のギルドに設置されてる」

 

 

 鈴木がそう言いながら横に並んだ。

 

 

「あそこに手を置くと、お前の今の数値が全部出る。【攻撃】、【防御】、【敏捷】、【MP】の四項目。それと、持ってるなら【スキル】と【魔法】もな」

「……スキルと魔法って、本当にあるんですか」

「あるよ。俺にも一つずつある」

 

 

 あっさりと言う。

 

 

「ただ、【魔法】を最初から持ってる奴は少ない。大抵は経験値を積んでいくうちに目覚める。そして【スキル】は先天的な要素が強いから、最初はこの二つは出ないことが多いだろうな。まあ、とりあえずやってみろ」

 

 

 おずおずと手をかざした瞬間、機械が低く唸りを上げた。光が脈打ち、ディスプレイに文字が浮かぶ。

 

 

 

 【佐倉陽斗】

  攻撃:11

  防御:9

  敏捷:14

  MP:8

  スキル:なし

  魔法:なし

 

 

 

「……思ったより低い、ですね」

「最初なんてそんなもんだ。俺も最初は攻撃が13しかなかった。今は98を超えてるがな」

 

 ギルドのテラス席に移動し、二人は向かい合って座った。鈴木がコーヒーを一口すすり、組んだ腕を机に乗せる。

 

 

「【新人には手ほどきを】それが冒険者のルールだからな。教えてやる。まず大前提として——初心者は単独でダンジョンに潜るな。これは絶対のルールだ」

「絶対のルール、ですか」

「ギルドが定めた規則だ。お前みたいな登録したての奴が一人でダンジョンに入ろうとすると、受付が止める。入り口には必ずギルドの職員がいるからな。全てのダンジョンの入り口に、必ずギルドが存在する。それはどこも変わらない」

 

 

 陽斗は頷いた。しかし、そこに疑問が湧いた。

 

 

 

「それ聞いたことはあったんですが、なんでそういうルールに?」

「死ぬからだよ」

 

 短い答えだった。コーヒーカップを置く音が、やけに大きく聞こえた。

 

「最初からステータスが低い状態で挑むと、倒す前にやられる。シンプルな話だ」

「……殺される、ってことですか」

「そう。殺される」

 

 鈴木の言葉には遠慮がなかった。だからこそ、陽斗の背筋には冷たいものが走る。

 

「ダンジョンの浅い層にいるモンスターでも、生身の人間より身体能力が高い。まず一撃で終わる。だから最初はベテランに無料で稽古をつけてもらう——正確に言えば、一緒に潜ってもらいながら経験値を積ませてもらうのが習わしなんだ。ある程度ステータスが上がれば、話は変わってくる」

「……ある程度って、どのくらいですか」

「心配すんな。そんなに遠い話じゃない。三ヶ月もあれば浅い階層は一人でもいける」

 

 ベテラン冒険者である鈴木は、矢継ぎ早に佐倉に情報を渡す。しかし、いきなり色々言われても佐倉は情報を処理しきれないようだ。

 

 

「……いきなり、冒険者の細かいルールを、こんなに言いすぎてもな。混乱するか……ちょっと違う話もするか」

 

 

 

 鈴木が遠くを見るような目をした。陽斗は思わず背筋を正す。

 

 

「この世界で最初の冒険者って、知ってるか」

「……あ、それは流石に聞いたことはあります。確か——」

「【勇者レイメイ】だ」

 

 

 その名前には、奇妙な重さがあった。

 

 

「どんな人間も冒険者になれる資格を持つ。だが、その男の場合は違った。その者は生まれながらの勇者、原点にして頂点と言われた男。ギルドという組織を最初に作ったのも、このレイメイだと言われている」

 

 鈴木は少し間を置いた。

 

「もはや伝説だ。始まりの男、とすら言われてる」

「……本当にいたんですかね?」

「そりゃ、居たんじゃないか? 記録とかに名前が沢山残ってるしな。居たと思う方が、ロマンもあるしな」

「……まぁ、そうですね」

 

 

 鈴木はそう言いながら目を輝かせた。年齢は中年とも言える見た目だが、まだまだ憧れを持つ男であるようだ。

 

 

「まぁ、どこまで本当かは分からんのも確かだ。勇者は平安時代に封印されたモンスターを倒し回ったらしい。その中で太陽を魔法で生み出し、倒したこともあったとか」

「それは……流石に話が盛られてません?」

「流石にそれはな。俺もどうかと思う」

「ってか、モンスターって平安時代からいたんですね」

「歴史の授業で妖怪とか化け物って習ったろ。鬼とか、河童とか、天狗とか」

「あー、そうだったかな? あんまり授業聞いてない時あって」

「ちゃんと聞いておけよ。あれな、実はモンスターだったんじゃないかって説がある」

 

 

 

 ベテラン冒険者である鈴木は、佐倉に説明を続ける。

 

 

 

「平安の頃の記録を調べると、出てくるんだよ。正体不明の獣に村人が襲われたとか、山の中で霧に包まれた化け物を見たとか。人間を喰う化け物とか。それらがモンスターじゃないかって話だな」

「モンスターって昔からいたんですね」

「あぁ、昔から居た。それらモンスターを人間が誰でも討伐できるように世界を整えたのが、勇者だ。ステータス鑑定機器も勇者考案だと言う。作り方とかはブラックボックスらしいがな」

 

 

 そう説明された陽斗は静かに窓の外を見た。

 

 普通の街が広がっている。コンビニがあり、信号があり、スーツ姿の人間が早足で歩いている。

 

「……なんか、外と冒険者の世界って違いますよね。ここだけ、建物の感じとかも違うし」

 

 ぽつり、と声が出た。

 

 

「あぁ、そういう感想を持つ奴は多い。このギルドのデザインとかも中世ヨーロッパというか、そんな感じだしな」

「ゲームのRPGみたいな雰囲気ありますよね? ステータスとか、ギルドとか」

「そうだな。まぁ、ゲームほどに上手くはいかないだろうがな。さて、話は終わりだ、そろそろダンジョンに入ってみるぞ」

「え、いきなりですか」

「やってみなければ、分からないからな」

 

 

 それだけ言って、鈴木は歩き出した。陽斗は少しだけ遅れて、その背中を追いかけた。

 

 これは、とある冒険者の始まりの一風景。しかし、これはどこにでもある当たり前くらいの光景である。

 

 誰もが冒険者に憧れる時代。

 

 

 ──世はまさに、冒険者の時代だ。

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