【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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幕章 土御門の疑惑

 陰陽師の世界には、表に出ない情報網がある。

 

 怪異の目撃情報、封印の状況、各地の霊力異常。そして、陰陽師同士の悩み相談など。

 

 そういった情報を共有するための、匿名の掲示板が存在していた。

 

 

 名を【陰陽チャット】という。

 

 

 陰陽師であれば誰でも書き込める場所であり、最も大きな目的は情報共有のための場所だ。

 

 しかし実態は、陰陽師たちの愚痴、噂話、時には名家への不満を吐き出す場所となっていた。

 

 その夜、掲示板には一つの話題が持ち切りとなっていた。

 

 

【安倍の双子、最近やばくね?】

 

 

名無し陰陽師:いや、マジで言う。ワイは東北担当なんやが。ワイじゃ、封印が難しいレベルだったんだけど、気づいたら双子が来て、あっという間に片付けてたんだよな。

 

名無し陰陽師:それ本当に双子? 安倍の?

 

名無し陰陽師:間違いない。蓮の方だよ。いつの間にあそこまで強くなったんだ。

 

名無し陰陽師:いや、でもさ、四年前の京都の件から、安倍家って実質崩壊してたじゃないですか。生き残りが二人しかいない状態で、どうやって力つけてるの。

 

名無し陰陽師:それが分からない。霊力の量が明らかに変わってる。前に見かけた時と全然違う感じや

 

名無し陰陽師:羨ましいよな。こっちは何年かけても同じところをウロウロしてるのに。結局才能やん。本当に死ぬ思いで封印してるんやけど。

 

名無し陰陽師:羨ましいはちょっと違くない? 安倍家、色々あったんだし。

 

名無し陰陽師:まぁそれはそうか。京都の件は今でも気の毒だと思ってる。

 

名無し陰陽師:長女の方とは一度仕事で一緒になったことあるけど、あの子、なんか変わったよな最近。雰囲気が全然違う。以前は少し暗かったんだけど、今はなんか、芯が出来たみたいな感じ?

 

名無し陰陽師:紅さん、前に会ったことあるけど苦労人っぽい感じやった。土御門のこと聞いたら、あからさまに表情が固まってたし。

 

名無し陰陽師:土御門のこと聞くとか、鬼畜やん笑。宗家だった人間が、家崩壊して分家に。そして分家の土御門が宗家になったのに。それ聞くのは人の心無いんか?

 

名無し陰陽師:土御門の悪口は別スレでやれ。

 

名無し陰陽師:別スレ立てたところで削除されるだろ。どうせあそこが管理してるんだから。

 

名無し陰陽師:管理してる証拠はないけどな。

 

名無し陰陽師:証拠がないから怖いんだろうが。

 

 

 ──しばらく雑談が続いた後、話題は核心へと移っていった。

 

 

名無し陰陽師:あのさ、聞いていい? 双子が怪異を倒したって話、本当だと思う?

 

名無し陰陽師:倒す? 人間が怪異を? さすがにそれはないでしょ。

 

名無し陰陽師:俺も最初そう思ってたんだけど。目撃した人間が複数いるんだよ。しかも全員、話が一致してる。

 

名無し陰陽師:封印の間違いじゃないの?

 

名無し陰陽師:いや、ワイも見たけど、明らかに封印とは違う感じだった。なんか、炎の術を出して、消し去ってた感じなんやけど。

 

名無し陰陽師:それ本当なら革命じゃないですか。

 

名無し陰陽師:だから言ってるんだよ。ただ、信じられないのも分かる。ワイたちが何百年もかけて当たり前だと思ってきたことを、あの二人があっさりひっくり返してる可能性がある。

 

名無し陰陽師:でも、人間が怪異に勝てるわけがない。それは事実だろ。

 

名無し陰陽師:事実だと思ってたけど、双子を見てると少し揺らぐんだよな。てか、そもそも狩衣姿でもないんやけど。どういうことなん? なんでそれで術とか使えてるんや? 下に着てるとか?

 

名無し陰陽師:これ双子が駆け上がる可能性ある? もし安倍家が復興したら、土御門はどうなるんですかね。

 

名無し陰陽師:それ書いちゃっていいの。

 

名無し陰陽師:匿名だし。

 

名無し陰陽師:まぁ確かに、四年前から土御門の力が強くなりすぎてる感はある。陰陽庁との関係も、前よりずっと深くなってる感じするし。

 

名無し陰陽師:安倍家が元気だった頃の方が、なんだかんだバランス取れてた気がする。

 

名無し陰陽師:それは同意。でも、安倍家の時もなんだかんだで息苦しさは多少あった気がする。まぁ、今ほどではないかもだけど。

 

名無し陰陽師:どっちかと言うと安倍家の方がね。土御門はちょい怖いんよな。長女とかも物凄い嫌味だし

 

名無し陰陽師:あの人本当に嫌味言ってくるよなー。ワイも言われたわ

 

名無し陰陽師:結局、現代貴族様みたいなもんやからな。しゃあないわ

 

 

 

 掲示板の書き込みは、この先も続いた。

 

 

 誰もが名前を伏せ、思い思いの言葉を並べてそれぞれの意見が伸びていく。

 

 

 それが陰陽チャットの日常だった。

 

 

◆◆◆

 

 京都、嵯峨野。

 

 土御門家の本殿に、静かな怒りが満ちていた。

 

 広間には当主、土御門秀春が座っている。濃紺の和装に身を包み、膝の上で扇子を開け閉めしている。その動作だけが、彼の感情を示していた。

 

 向かいに座っているのは、土御門の配下である陰陽師の一人だ。当主である秀春は報告書を見つめ俯いたままだ。

 

 

「……三度目の失敗です。派遣した陰陽師が、全員返り討ちにあいました」

「三度目、か」

 

 

 秀春の声は静かだった。それだけに、重かった。

 

「蓮の方に向かわせた三名は、接触すらできなかったと。紅の方に向かわせた二名は、気づかれた瞬間に霊力で制圧されたと報告があります」

「……」

 

 秀春は扇子を閉じた。

 

「四年前の、あの二人とは別人というわけか」

「……はい。霊力の量が、全く変わっております。特に蓮の方は、怪異を封印ではなく消滅させたという報告が複数あり」

「消滅……だと?」

 

 秀春の目が、僅かに細くなった。そのままゆっくりと口を開いて、語り始める。

 

「人間が怪異を消滅させる。有り得ない話だと、私も思っていた」

「はい。怪異を倒す、そんな芸当が陰陽の祖以外に可能とは……、安倍晴明は生涯で三十の怪異は祓えたと語られております。それも尾ひれがついた伝説かと言われておりました。しかし、現実として、その子孫であり、元宗家の二人が倒したと報告が上がっております」

「……あり得ぬ、あり得ぬ、あり得ぬが。万が一、それが真実であった時、土御門が再び陰陽の頂点を退かねばならぬわけか」

 

 

 

 家臣は答えられなかった。答えられるものなど、どこにもいない。

 

 秀春は立ち上がり、窓の外を見た。嵯峨野の夜は静かだ。暗い木々が、風に揺れている。

 

「安倍家が復興する」

 

 独り言のように、彼は呟いた。

 

「私が四年かけて積み上げてきたものが、崩れていく」

 

 その声には、確かな焦りがあった。

 

 この世に生を受けてから分家として、ずっと安倍家の下に置かれてきた屈辱。四年前の機会を利用して、ようやく手に入れた地位。陰陽師の世界の頂点に立ったと思っていた。

 

 しかし今、それが揺らいでいる。

 

「次の手を打て。今度はもっと優秀な者を」

「は。しかし、どれほど優秀な陰陽師を派遣しても、今の双子には」

「ならば数だ。十人送れ。倒せなければ二十人送れ」

「……かしこまりました」

 

 

 家臣が退出した後、広間に秀春一人が残った。

 

 彼は扇子を再び開いた。そこには家紋が刻まれている。土御門の紋章が陰陽界の象徴となった。

 

 それは……ようやく、手に入れたものだ。

 

 渡してやるつもりなど、毛頭ない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 同じ日の夜。

 

 土御門の別室では、

 

 ──当主の息子である宗一が電話をしていた。

 

 声を低くし、窓の外を確認してから口を開く。

 

「……はい、長官。聞いていただけましたか」

 

 電話の向こうから、【陰陽庁長官】冴島瑛二(さえじまえいじ)の落ち着いた声が返ってくる。

 

『安倍家の双子のことですね。父君から報告は受けていたが、こちらでも動向を追っています。にわかには信じられないですね。怪異を倒すなどと。しかし、双子が確実に力をつけていることは事実のようです』

「父は今夜も暗殺者を差し向けるようです。しかし、正直なところ、もう無理だと思っています」

 

 宗一は静かに、しかし明確に言い切った。既に度重なる失敗をしている。相手も馬鹿ではない、誰が暗殺を企てているかくらい分かるだろう。

 

 それに、奇襲であってこそ暗殺は最大の効力を発揮する。だからこそ、繰り返せば失敗の確率が上がるのは自明の理。

 

 

 

『そうでしょうね』

「現段階の陰陽師では、今の双子には届かない。それが現実です。であれば、我々が以前から進めていたものを使うべき時ではないでしょうか」

 

 電話の向こうで、沈黙があった。宗一は続ける。

 

「試運転も兼ねて、双子を標的にする。もし成功すれば、研究の成果が証明される。失敗したとしても、双子の実力のデータが取れる。どちらに転んでも、我々にとって損はないでしょう」

『……例の改造人間ですか』

「えぇ」

 

 

 宗一の口元に、薄い笑みが浮かんだ。

 

 

「未だにどのように試すかを考えていましたが、これが絶好の機会でしょう」

『……なるほど。確かにそうかもしれないですね。しかし、陰陽庁としても優秀な陰陽師をおいそれと消されるのも本心ではありません。現在土御門家が陰陽界のトップであるため、多少のことにも目を瞑っていますが、どうにか安倍家の子孫も残す方向性を探りたいものですね』

「それは不可能ですね。父はこの地位をなんとしても守りたいと強く思っている。それにその考えは土御門家全体の認識でもあります。ここで、双子の台頭を許しては、我々と双子の全面的な戦争になりかねないでしょう。それにより大きく不利益を得るのは陰陽師の全体。どちらが現在、大きな力を持つか、冴島さんもご存知のはず」

『なるほど。確かに、今現在は土御門の方が大きく力を持っているかもしれないですね。特に、【阿修羅兵】を戦力に加えればですが』

 

 

 

 微かな沈黙があった。その間に宗一は再び笑みを浮かべ、絶対的な自信を持ちながら、告げる。

 

 

「ここで確かめた方がはっきりするでしょう。安倍家と土御門家、どちらが現在大きな力を持ち、今後の陰陽界の未来を照らすのか。そうしたほうが、陰陽庁としても支援に迷わずに済む」

『……』

「冴島さんの考えもわかります。貴方は日本の未来を真剣に考えてる人だ。だからこそ、揺れがある。()()()()()()()()、どちらにつくのが今後の日本にとって有益なのか」

『えぇ、その通りです。日本国民全体が安心安全に、健やかに過ごせるのであれば多少の融通は効かせましょう。それができるのであればですが』

「安心してください。土御門家、次期当主である土御門宗一(つちみかど・そういち)こそが日本の未来を約束します」

『……それは心強い。では、結果をお待ちしています』

 

 

 

 電話が切れた。

 

 宗一は携帯を置き、静かに息を吐いた。

 

 父は暗殺者を使う。それは間違いではないやり方だ。しかし、現段階の安倍家の双子は、それでは仕留められない。

 

 今の双子は、一般的な陰陽師よりも一段上に昇華したのだ。だからこそ、そう簡単に殺すことは不可能。

 

 

 双子は強くなり、もう普通の力では抑えられない。ならば、こちらも普通ではない力で対抗するだけの話であると、彼は考えていた。

 

 

 

(父は改造人間に反対でしたが、やはり独断で冴島と進めていてよかったですね。何もしなければこのまま双子に、天下を取られていた。やはり彼は当主の器ではない、なぜなら保守的な人間だからだ)

 

 

(陰陽師を改造し、さらに別次元の存在へと変える)

 

 

(これにはどうしても嫌悪を示し続けていた。だが、陰陽庁長官、冴島瑛二という男は現在の陰陽界に疑問を持っていた。このまま封印だけを続けて、日本が良い方向になるのかと)

 

 

(それを見抜き、裏で連絡を取っていた僕の采配は神がかりを感じざるを得ない。これが成功すれば、そのまま当主にも死んでもらいましょう)

 

 

(この先の陰陽界を統べるのは、僕以外にあり得ない)

 

 

 野望を内心に抱き、彼は未来を考える。全てを手に入れた自分、今よりも遥か高い地位に存在する自分。

 

 それを想起し、至福に至る。その後、宗一は立ち上がり、部屋の灯りを消した。

 

 

 暗闇の中で、彼は一度だけ呟いた。

 

 

「全ての頂上に立つため、安倍家は、ここで終わってもらう」

 

 

 その声には、感情がなかった。まるで、業務の確認をするような、淡々とした口調だった。

 

 

 双子を消すための計画が、静かに動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





本日から、投稿再開します!

幕章と四章、合わせて20話超えるくらいかなと思いますのでお付き合いください。毎日昼11時に投稿していきます!

それと、本小説がAmazonで予約開始されました!!

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{IMG253298}


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