【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
影森町の夜は静かだ。
山の方から風が吹き、木々がざわりと揺れる。その音だけが聞こえる縁側で、白妙詩はタバコに火をつけた。紫煙が夜気に溶けていく。
隣に腰を下ろしているのは、スザクだった。
彼女は詩の隣に陣取っている。紅のツインテールが夜風に揺れていた。本来の姿は人間ではないが、彼女は志乃達と生活をする中で今の姿を崩すことはほぼなくなった。
「最近、陰陽師の間で双子の名前がよく上がるようになった」
詩が口火を切った。
スザクは視線を動かさない。ただ、持ってきたゲーム機でぴこぴこと音を鳴らし遊びながら、耳は立てている。
いつの間にか、彼女はすっかり現代に馴染んでいた。少し真面目な雰囲気の二人だが、スザクが【人類アイラブ】という表記があるシャツを着てるため、どこかシリアスから遠ざかる感じである。
「二人の霊力量、実力、どれをとっても陰陽師の中では頭一つ抜けてきた。怪異が出た地域に向かえば、あっという間に片付けてくる。当然、評価は上がる」
「黎明の特訓のおかげね。今私がやってるゲームと同じで、特訓すればそれ相応に強くなる。まぁ、そこに加えて安倍家の血筋の力も多少はあるかもだけど」
スザクは相変わらず目線を動かさない。それどころか、入れ込むようにゲーム機の画面を見ている。
詩は少し眉を動かしたが、何も言わず続けた。
「あぁ、そうだ。双子の成長には驚くばかりだ。特に蓮、現時点で黎明、そして、スザク、その次に強いが誰かと言われれば蓮かもしれない」
「そうかもしれないわね。まぁ、人間にしては大したものね。黎明を除けば人類最強はあの子じゃないかしら。あー、でも、最近来た
離島での一件以降、白守祈と九条家の二人は影森町に引っ越しをしてきた。そして、
霊力の動きから、体の動かし方、一目で才能の片鱗を見た。紛れもない天才。黎明を除けば単純な才能は、安倍晴明に匹敵する。
そう、感じさせた。
「あぁ、
「あら、そうなのね。確かに天才と言われるのも納得かもね。あれがアンタ達側に来たのは心強いんじゃない? いやまぁ、黎明が居たらあんまり関係ない心持ちだろうけど」
「まぁ、そうだな」
黎明がいれば戦力的に、他に追随を許すことはない。そんな考えが詩にあるのは間違いない。
だが、彼女は黎明だけに頼ることはよく思ってない。
「だが、黎明だけに全ては任せたくない。黎明は最強だが、だからと言って全てを抱え込ませるのは間違いだ。まだ、子供だしな」
「ふーん、まぁ、未成年だけど。そんな心配する必要もない気がするけど。それはいいわ。今は双子なんでしょ」
「あぁ、今二人は黎明の存在を隠している。これまで倒した怪異、その功績も名義上引き受けることでな。黎明が動いた場所でも、表向きは双子の仕事として処理されていることが多い」
「愚かな話ね。あれほどの存在を隠す必要があるなんて。って、あぁ、負けちゃった……」
がっくりと肩を落とし、ゲーム機を膝に置いた。どうやら、ゲーム内の戦闘で負けてしまったようだった。しかし、そんな状態でも彼女はずっと話を聞き続けている。
「まだ、必要だ。黎明が万が一でも疎まれて、死ぬことでもあれば……人類の損失だしな」
「そう。それで双子の評価が大きくなることで、何か動きがあるかもって思ってるのね」
「まったくその通りだ」
タバコの煙が夜に溶けていく。しばらく沈黙が続いた。虫の音が遠くから聞こえる。
「土御門は、どう動くと思う」
詩が問いかけた。スザクは少し考えてから答える。
「双子が力をつけてきたことは、向こうも把握しているでしょうね。安倍家の復興は、土御門にとって最も都合が悪い話だもの。何かしら動いてくるとは思うわ。あ、そう言えば土御門は陰陽師の頂点、なら、陰陽庁とかも協力とかしてくるんじゃないの?」
「あぁ……確かに土御門と陰陽庁のトップは何らかのパイプがあってもおかしくはない。それに没落前の安倍家に長官が招かれていたことがあったと、双子も言っていたしな」
「あら、そうなると陰陽庁まで二人を狙うのかしらね。そうなったらちょっとやばいんじゃない。流石の安倍家でも」
「いや……そうとも限らない。今の陰陽庁長官は国の有益性で動く人間だと聞く。双子が力をつけてきた今、下手に手を出して双子を敵に回すよりも、利用する方向で考えるかもしれない。だから、土御門と長官の利害が完全に一致しているとも限らない」
白妙詩は陰陽師として全国を駆け回っている。ここまで精力的に活動する陰陽師は少ない。だからこそ一定の信頼があり、情報も一般人より多く回ってくる。
「ふーん、一枚岩ってわけでもないのね。現代の人間についてはそこまで、分からないけど。ごちゃごちゃしてるのは昔も変わらないのね。平安の世も晴明を疎むのは居たけど」
「土御門が二人を狙ってくる。いや、もう暗殺は始まってる。二人の実力があるから不発に終わってるが、これで終わるはずもない」
「……まぁ、そこまで心配も必要ない気がするけど。以前の二人とは別人だし。あの清泪村の件、饗島の件を経て、蓮も紅も霊力の扱い方が飛躍してる」
──スザクは呑気に再びゲームを始める。
再び、ぴこぴこと夜の町に音が響き渡る。しかし、詩の顔つきは硬いままだ。
「あぁ、確かにな。私も、これに関してはそこまで問題ないとは思っている。二人も自分達で解決できると言ってたしな。本題はここから、もっと大きな問題がある」
詩はタバコを指で弾いた。灰が夜の庭に落ちる。
「安倍晴明の封印が、同時期に各地で解けてきている」
その言葉に、スザクの表情がわずかに変わった。
「……それは、ワタシも感じていたわ」
「お前も察してたか」
「影森町、
やはりと、詩は深く息を吸った。
「安倍晴明が封印を施したのは、平安の時代だ。それだけの年月が経てば、封印も弱まる。それは分かっていた。しかし、このタイミングで一斉に緩み始めているのは、偶然とは思えない」
「同じ時期に同じ術者が施した封印は、同じ時期に弱まる。それで理屈として通るでしょうね」
「ああ。影森町は山神がちょうど封印する手前だった。
詩は静かに、これまでのことを振り返るように目を閉じた。
「影森町の山神。あれが完全に解放されていれば、間違いなく日本は壊滅していただろう。私は黎明が倒した瞬間を見てないから実感が薄いが、話を聞く限りあれは本来、国を一つ滅ぼせる規模だ」
「そうね。山神は格が違う。あの怪異に、今のワタシでも太刀打ちできないわ。あれから霊力が戻って、鍛錬を積んだワタシでもね」
──山神。これは他の怪異とは別次元の強さを持っている。
文字通り、奇跡。少しでもタイミングが違えば人間が大量に死んでいてもおかしくはない。
スザクはこれまでの怪異を思い出す。
「清泪村のクラミツハノオロチ。あれも封印が解けていたと聞いたわ。人間の手には余る怪異なのは間違いないわね。観光地として人を呼び込んでいた土地。そのまま放置されていれば、被害は絶えず出続けていたでしょうね」
「……あぁ、そうだろうな」
「次に饗島の喰鹿。あの島、ずっとあの怪異に支配されていたんだって? 人間を家畜のように扱い、定期的に食すなんて。あれは現地の人間も腐らせていくという意味でも面倒な怪異でしょうね」
「……」
「どちらにしろ、黎明のおかげで人的被害は大きくないじゃない。奇跡というべきかしら?」
スザクの話を聞いて詩は目を開けた。夜空を見上げる。星が出ている。
「この奇跡的な連続を喜びたいが、これからも似たように封印が解ける、既に解けていることも考えられる。私は、それが心配なんだ」
「……アンタ、黎明が、いや黎明だけが心配なのね。双子とか、心配してる素ぶりはあるけど……本当は黎明以外はどうでもいいのが本心なんだ。酷い人間ね」
話を続けるうちに、スザクは詩が黎明だけを気にかけていると気づいていた。双子を心配するそぶりも見せてはいるが、結局黎明が全ての中心だった。
「なに? 黎明が心配なのは怪異を殺せる存在として有益だから?」
「……いや、私は単純にあの子が心配なだけだ。あの子は、強いがどこか寂しそうに見える、心配、なんだ」
「……何が心配なのか、ワタシには分からないけど。まぁ、封印が各地で解ける傾向なのは同意見よ。だから、アンタが何を言いたいのか分かるわ。ワタシも怪異については協力しろってことね」
「あぁ」
「もうしてると思うけどね。念押ししたいわけね」
詩は無言だが、肯定であると告げているようなものだった。そして、スザクも黎明には恩があるため、断る理由もなかった。
「まぁ、あいつには何回も命を救われてるみたいなもんだしね。いいわ」
「……そうか、ならいい」
用が済んだと言わんばかりに、詩はタバコの火を消して彼女の元を去った。スザクはゲームを続け、ひと段落すると息を軽く吐く。
「人間って、いつの時代も面倒なのが多いのね。晴明、アンタと同じね」
──ふと、彼女の頭の中にはかつて出会った陰陽の祖が思い出される。
(同時期に封印が解け始めてる。これは封印をした時期が晴明の存命した時期と被るから。これは納得できる)
(ただ、安倍晴明、アンタが封印が解けた後のことを考えてなかったとは思えないわね)
(あれだけ生涯を、人を救うことに費やしてたんだもの。何か、してたとしてもおかしくはない)
(守り神として人間を信仰させ、ワタシを生み出したように。何かしてても……)
(いえ、それともそこまでする余裕がなかったのかしら。今となっては確認することも出来ないけど)
彼女はゲームを止めた。そして、それをしまうと志乃と志麻が待つ家にスザクは足を向ける。
「まぁ、ワタシもある程度は協力してあげるわ。晴明との約束も多少はあるし。それに黎明と出会って、霊格も神格に近くなってるわけだし。今どれくらい強くなったか、興味もあるしね」
──黎明との出会い、山神の霊力の吸収、黎明と共にした鍛錬、最近の配信活動を通じた信仰の高まり。
それにより、彼女は霊格的には神格に近くなっていた。
以前とは比べ物にならない力を持つスザク。その力がどれほどのものなのか、彼女自身も興味があった。
そして、それを振るう場所がすぐに訪れることはまだ誰も知らない。
──その時、ゴゴゴゴ、と大地が揺れる音が響く。
まるで、不吉の予兆のように大きく揺れて、心に揺さぶりがかかるようだった。その揺れを感じ、スザクも目を鋭くした。
「……っ これはまさか……大地が揺れているっ? なに? まさか、封印が解ける予兆」
そこまで思ったが、スザクはハッとする。影森の山の方からその揺れがきていることに気づく。
「いや、これは黎明の修行ね……。霊力も感じないから、ただの踏み込みかしらね。これ、ワタシいるかしら?」
やっぱり、黎明だけで十分では? と彼女は思った。
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