【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
影森町には平穏がずっと続いている。
これは黎明によって山神が倒されたことが大きな要因だ。しかし、もう一つ大きな理由がある。
スザクによって結界が貼られたことだ。
大きく力を取り戻した彼女は、自らのテリトリーを町全体に広げることに成功をし、そのまま結界として使用した。
これにより、この町に怪異が寄りつくことも棲みつくこともなくなった。
一般的な人間からすれば、喜ばしいことだろう。なぜなら、死ぬ可能性が激減するからだ。
怪異には人間は絶対に勝てないため、ありがたい話になるだろう。ただ、そのありがたみに普通の人間が気づくことなどないのだが。しかし、もし、それを知る人間がいれば感謝を惜しまないだろう。
だが、感謝をするのは普通の人間の場合である。
黎明の場合はむしろ、怪異が出ないことを残念に思うだろう。それどころか、ちょっとスザクを不満げな表情で見ることすらあった。
しかし、今更結界をどうにもできない。
そこで考えたのは──結界外への引っ越しだった。
影森町、そこにある山道を抜けた先に、人が棲みつかない広い空き地がある。かつては田畑だったのかもしれないが、今は草だけが伸び放題になっている。周囲に民家はなく、遠くに山の稜線が見えるだけだ。
黎明がここを選んだのは単純な理由だ。
ここには怪異が出る、それだけだ。
──黎明、スザク、九条透、九条瞳月の四人は、その空き地にやってきた。その中の透は端に座り、缶コーヒーを開けた。
隣に娘の瞳月が立っている。
「……本当にここで修行やるの?」
瞳月が周囲を見渡しながら言った。
「黎明がここがいいって言ったんだから、ここでいいんだろ」
「なんか、殺風景すぎない?」
「修行に景色は関係ない」
透はそう言いながら、空き地の中央を見た。
そこには二人が立っていた。
一人は黎明。赤と白の和服姿で、腰に刀を帯びている。白銀の長髪が風に揺れていた。いつもと変わらない、飄々とした表情だ。
もう一人はスザク。影森高校の制服のまま、腕を組んで黎明と向かい合っている。紅のツインテールが風を受けて揺れていた。その目は鋭く、真剣な色をしていた。
「ねぇ、パパ。模擬戦をあの二人がするのを見るのが修行って言われたけど。あーし達ここ居て大丈夫? 余波で死なない?」
「流石にそこは気遣うだろ。特に黎明は、言動以上に周りがよく見えてる」
九条瞳月と九条透、二人は黎明達に修行をつけてもらうため影森町の外れを訪れていた。
離島から引っ越してきて、すぐさま修行に入る二人はやる気に溢れていた。その理由も黎明と出会い、感化されているからだ。
そして、二人だけでなくスザクもまた、この二人を鍛えることに力を入れようとしていた。詩との約束もあり、黎明だけを頼るのではなく、他にも頼れる存在を作ろうと彼女は考えていた。
その最中、相手の実力を数値で見れる存在が現れる。特異な異能を持つ稀有な人間が、いきなり町に引っ越してきたのだ。これは成長をさせれば大きな戦力になることは間違いない。
だからこそ、この模擬戦を見学させようとしたのだ。
──現状、黎明陣営の最も強い二人の模擬戦を。
「始めるわよ」
スザクが言った。それに対し黎明が答える。
「うん」
「一応言っておくけど、模擬戦だからワタシは本気で行くわよ。見学の二人も生半可な勝負見せても意味ないしね」
「分かった。よし、やろ」
「……ワタシは本気で行くけど、アンタは手加減しなさいよ」
「あ、うん」
黎明が頷く。
その瞬間、空気が変わった。
瞳月が思わず息を呑んだ。スザクから溢れ出す霊力が、一気に膨れ上がったからだ。
「パパ、スザクさんから感じる霊力、すごい数値なんだけど。999から、000になったと思ったら、また999に……常に数値が動いてる」
「ああ」
透は缶コーヒーを一口飲んだ。隣では娘の瞳月がじっと黎明とスザクの様子を眺めている。
「あれは……今のオレ達とは文字通り格が違う。神格に近い実力だろうな。人間の陰陽師じゃ、触れることすら叶わねぇ。オレの瞳にも霊力の上限が見えないからな。五桁以上はスザクは持ってるってことだ」
「嘘、さすがはこの町の守り神。でも、あのスザクちゃんは怪異みたいなものなんだよね? そもそも安全な存在なの?」
「黎明が敵対してないなら安全だろうさ」
「えっと、どうやってスザクさんって生まれたの? 怪異も結婚とかするの?」
「怪異はそんなことはしない。恐らくあれは、人間の信仰を上手い具合に操作して、生まれた怪異だ。話だけは聞いたことあったが、上手く行った実例は初めて見たな」
スザクが右手を上げた。指先に、炎が灯る。
しかしそれは、人間が扱う炎宝とは別物だった。色が違う。人間の炎が橙色ならば、スザクの炎は深紅に近い。密度が違う。空気が歪んで見えるほどの熱量が、その小さな炎一つに宿っていた。
「御技、これは術ではないけど。黎明以外なら、参考程度にはなるでしょ。まぁ、ワタシは適当に見ておくでいいわ。黎明の動きさえちゃんと見てればね」
スザクが静かに言った。次の瞬間、炎が爆発的に広がる。
空き地全体を覆うような、巨大な炎の柱が立ち上がる。草が焼け、土が焦げ、空気が熱で歪む。瞳月が思わず後ずさった。透は目を細めて、それを見ていた。
「熱っ……パパ、これ、大丈夫なの?!」
「問題ないだろ。多分」
炎の中心で、黎明は動いていなかった。ただ、立っているだけだった。
炎がその周囲だけを避けるように、綺麗に巻いている。まるで、嵐の目の中にいるかのように。黎明の周囲だけが、静かだった。
その様子に瞳月は理解が追いついていない。
「あれ、炎が黎明くんから逃げてるの……?」
「いや、多分だが……自分の周囲の霊力の流れを操作して、相手の炎を自分の霊力で満たしたんだ。それにより、強引に制御権を奪い、自分から外してる」
透は状況を娘にわかりやすいように伝える。しかし、その目は怪訝な感情が浮かんでいた。
「あの技術、人間にできることじゃない。オレの霊眼で見ても、スザクの霊力量は計り知れない、五桁以上が確定している。そんな相手の術、いや御技を奪う場合どれほどの霊力が必要になるか。そして、霊力を奪ってそれを自由に操れるかはまた話が違う」
「え、そうなんだ」
「あぁ、霊力は全員が持っているがそれぞれで違う。四足歩行の動物が急に二足歩行で、百メートルを九秒で走れと言われたら無理だろ。それくらい本来なら違う感覚なんだ」
「えー、すごいね。黎明くんはなんで、そんなことができるの?」
「それは知らん」
炎を奪われたスザクが次の手を打った。
炎の柱を彼女はすでに捨てている。奪われたものを取り返すことも考えたが、黎明から炎の支配権を奪うのにどれほどの霊力が必要になるのか。
それを考えれば、さっさと土俵から降りて新たに、土俵を作ることが最善手なのである。
──今度は無数の炎の矢が生まれた。それぞれが意思を持つように動き、黎明に向かって殺到する。
これも御技の一つだ。火之迦具土神の眷属としての側面があるスザク。彼女が扱う炎は、単純な術ではない。神の力の片鱗を宿した攻撃だ。
「御技、千火矢」
百を超える炎の矢が、黎明に向かって一斉に降り注ぐ。瞳月が目を細めた。あの量が直撃すれば、どんな陰陽師でも無事では済まない。
しかし黎明は、ただ刀を抜いた。刀身が光を帯びる。炎が纏わりつき、赤く輝く。
「イグニス・セイバー」
黎明が静かに言った。次の瞬間、刀が動く。
速かった。瞳月には残像すら見えなかった。ただ、炎の矢が次々と斬り落とされていく音だけが聞こえた。一本、二本、十本、二十本。リズムが崩れない。乱れない。まるで、そよ風を払うように、炎の矢が全て斬り払われた。
「…………はぁ? え、全然見えないんだけど」
瞳月は、純粋に疑問を口にした。いや、これ参考になるのか? と素直に思ったようだった。
「これ、参考にならない気がするんだけど」
「当たり前だな、なるわけがねぇ」
「だったら、なんで見学とかしてるの」
「まぁ、高いレベルの試合は見るだけでモチベーションにはなるしな。それに今は参考にならなくても何度も見れば、発見があるかもしれない」
「……あ、なるほど。流石パパ」
「多分な」
「え?」
再び、瞳月は黎明を見た。この先も参考になるかな? とも思いながら、真剣な目つきで動きを観察する。
一見、普通の少年に見える。ただ、服装はちょっと現代からは外れている。和服を着て、刀を持っていて、少し間の抜けた顔をしていて。でも、その動きまさに異次元だった。
「黎明くんの方が人間じゃない可能性はないの?」
「あれは人間だろうな、理解し難いかもしれんが。だが、それくらいでいい。天才のオレが追うには生半可な存在は困るからな」
そう言って透は勢いよく缶コーヒーを飲み干した。そして、彼の視線の先で、黎明と相対するスザクが一度距離を取った。
息を整えるというより、次の手を考えているように見えた。その表情は真剣で、普段のツンとした雰囲気とは違う、純粋な戦意があった。
だが、そんな彼女から出るセリフは表情からは真逆な言葉だった。
「アンタ! 本当に手加減してるんでしょうね!」
「してるよ」
黎明が素直に答えた。
「手加減しろって言ってたし」
「くっそ、ワタシも大分腕上げたのに。当然のように無碍にするのね。そして、押さえ込んでるはずなのにこの霊力の圧……どんだけよ、アンタ」
スザクは両手を広げた。
すると巨大な壁のような炎が、黎明の四方八方から押し寄せる。まるで籠に閉じ込めるように黎明の姿が見えなくなった。
「御技、炎獄牢」
黎明の周囲が、炎の壁に囲まれた。上も、横も、逃げ場がない。熱量が凝縮され、内側に向かって押し寄せる。
瞳月が思わず立ち上がった。
「これ、流石にやばくない?」
「いや、やばくないな。相手が誰だと思ってる」
──炎の壁は、一瞬で内側のエネルギーを抑えられなくなって崩壊する。
空気を入れすぎた風船のように、あっさりとである。そして、黎明はそのまま少しだけ加速をした。
垂直に、真上に飛んだ。空中で一回転し、スザクの頭上を取る。
そのまま、刀の柄でスザクの頭を軽く叩いた。コツン、という間の抜けた音が鳴った。
「あいたっ」
「とりあえず、これで終わり」
「……そうね、まぁ、良い経験になったわ。ワタシとその二人はね」
「あ、そう、ならよかった」
黎明が空中から着地しながら言った。その様子を見ていた九条透は、深く息を吸ってゆっくりと吐いた。
少し緊張感が解けたようだった。
(スザクも決して弱くない、むしろ明らかに強者に位置する存在のはずだ。霊力の量と操作、技の冴えと状況の分析。全てが高水準なんて言葉では生ぬるいほどだ)
(あれが人類の味方で心底安心する。あのスザクとか言う怪異は間違いなく、【神格】か、それに準ずる存在だ)
(だからこそ、それをあっさりと手加減した状態で負かす黎明が異次元。生まれる世界を間違えていると素直に思う)
(霊力を侵食させて相手の技を奪う、無理やり大量の霊力で炎を吹き飛ばす出力、そしてそれらをしても息一つ上がらない霊力量)
(全てが想定を超えている。そして、どこまで上があるのか読めない)
(だが、何より恐ろしいのは、この男はまだ上を目指すところだ。レベル上げだとか言って怪異をひたすらに倒し続ける)
(これほどの実力があるのに、こうも泥臭くあれるものなのか……?)
(本当に恐ろしいのは純粋な力ではなく、ここまでの力を持っているのにまだ喰らおうとする底なしの貪欲さ)
(オレだって天才とか言われて浮かれる時期すらあったんだがな……。こいつを見てるとそれが恥ずかしくて仕方がない)
九条透は内心で自分の過去を振り返った。そして、黎明を見て、かつての自分がいかに恥ずかしく、傲慢であったかを知った。
「パパ、黎明くんを見てて何か収穫あった?」
「現段階で、オレが学べる部分は霊力操作だな。他はどうやっても難しい。あー、あとはこれは霊力とかではないが刀捌きとかか。純粋な筋力とかもつけていかないとな」
「……あーしも霊力操作とかは学んだ方がいいかな。いやでも何も分からないって言うか、ただ、光って炎が出て、気づいたら黎明くんが勝ってたくらいだし」
「今はそれでいい。お前は戦闘経験も浅いしな」
透は静かに言った。そして、自らの手に微かに霊力を宿らせる。
(饗島で黎明の霊力操作を微かに真似しようとした。だが、そんなの劣化した模倣とすら言えない、拙いものだ)
(いきなり全身でこいつを真似るのは不可能。だからこそ、右手、いや指先だけでも真似をしていく。少しずつ慣らしていけばいずれは全身でも同じようにできるはずだ)
(霊力も無限じゃない。他の修行を積みつつ、確かな感覚を掴み、技術を向上させるには小さい部位から模倣していくべきか)
深く息を吸い、彼は右手の人差し指に霊力を集中する。その流れは黎明と比べれば明らかに不細工ではある。
しかし、この瞬間にも天才は成長をしていた。
(いずれ、こいつを追い越す)
硬い決意をし、彼は修行に励む。その様子を見ていたスザクと黎明は、この短い間に成長をした九条透に微かに注目をしていた。
これは、面白い仲間が増えたなと、黎明は嬉しそうに空を見上げたのだった。
「それにしても、黎明くんはすごいねぇ? 全然本気出してないんでしょ」
「うん、出してない。出すほどでもないしね」
「……いや、そうはっきり言われると」
瞳月が黎明を褒める。あれほどの力を持っていても、まだまだ本気を出してない。一体どこまで上があると言うのか。
そして、出すほどでもないと言われてスザクはちょっと凹んでいた。
「あーし、よく知らないんだけど。黎明くんって、どれくらい霊力あるの?」
「えー? 知らないな。自分でもよくわからん。最近増え続けて自分でも把握してない。あとMPね」
「……あ、うん。どれくらいなのかな? スザクさんの三倍とか?」
「いや、スザクの三倍程度ではないと思うよ。もっと多い」
「ふーん。ちょっと気になるねぇ」
「少し出してみようか」
「あ、うん、みてみたいかも」
そう言われて、その瞬間だった。
空気が――沈んだ。
「……え?」
最初に異変を感じたのはスザクだった。風が止まっている。
いや、違う。空気そのものが重くなっていた。
地面に見えない何かが落ちてきたような圧迫感。呼吸がわずかに苦しくなる。肌に粘つくような威圧感が、周囲一帯を覆い始めていた。
黎明はその場で目を閉じたまま、静かに霊力を練っているだけだ。
だが――。ゴゴゴゴゴゴ……。
地面が、低く唸った。
「……パパ?」
瞳月の声が震える。透は返事をしなかった。いや、できなかった。彼の霊眼が映していたのは、もはや人間という枠組みを完全に超えた何かだったからだ。
(なんだ……これは。霊力の数値が異常な速度でずっと動いてやがる、しかも、目の前に霊力の核爆弾でもあるかのような圧迫感っ!)
黎明の周囲の霊力が、視認できるほど濃密になっていく。
白銀。いや、違う。白と黒が混ざったような異質な霊力が、煙のように立ち昇っている。
それは炎にも似ていた。しかし熱ではない。純粋な霊力だ。
バチッ――!
空中で黎明の霊力同士が衝突し、青白い火花が散った。空間そのものが悲鳴を上げているようだった。
「…………っ」
スザクの表情から余裕が消えた。普段なら絶対に崩さない彼女の顔が、驚愕に染まって固まる。
「あ……なんてやつなの……完全に神すらも超えている……」
だが、霊力は止まらない。むしろ加速している。
ドゴォッ!!
突如、周囲の地面が陥没した。空気圧だけで土が吹き飛び、草木がなぎ倒される。
その衝撃に瞳月が悲鳴を上げた。
「きゃっ!?」
「下がれ瞳月!!」
透が娘の肩を掴み、強引に後ろへ飛ぶ。その直後、黎明を中心に円状の衝撃波が走った。
木々が揺れる。それにより山の鳥達が一斉に飛び立った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
大地が揺れる。本当に、揺れていた。
「……地震?」
「いや、違うな」
瞳月が青ざめながら呟く。しかし、これは自然現象ではない。透には分かっていた。これは黎明が霊力を高めていることによる余波である。
術でも御技でもない。ただの、霊力の高まりによる余波。
あまりに量が多すぎるが故に、そのエネルギーが別の場所に無理矢理に干渉をしてしまう。
もはや霊力というより、災害そのものだった。
黎明の髪がふわりと浮く。
足元の小石が宙へ浮き始める。
空気が震え、耳鳴りが鳴り止まない。
「……まだ上がるの?」
スザクが乾いた声で言った。黎明を中心に新たな惑星が誕生するかのようなエネルギーが集まりつつある。
「……いや、もうちょっと。さらに二段階くらい高められそうかな」
「あ、そう」
その瞬間。
ピロンッ!!
九条透と瞳月のスマホが同時に鳴った。透が反射的に画面を見る。
『緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください。岩手県を中心とした地震が発生』
その音声が鳴って、スザクは流石に止めに入った。
「そこまでよ、このままだと影森町がもたないわ」
「えー」
「えーじゃないわよ。岩手県も危ないかもしれないのに」
「岩手県も危ないのか、それなら仕方ない」
「どういう倫理観してるのよ」
すると、黎明は霊力を鎮める。すると、浮いていた小石は地面に落ち、風も地震も一気に止まる。
「ふむ、MPのコントロールが未熟だと別の場所に干渉しちゃうんだよね。大事なのは外に出すのではなく、内側の循環。MPが増えすぎたことで、操作が難しくなってるね」
「あ、そう、まぁ、そんなに霊力使うこともないでしょうから問題ないでしょ」
「そうかもだけどさ。偶に全力出したいと思う時もあるしね」
そんな、呑気なことを言いながら黎明は背伸びをした。そんな彼を三人は引き攣った表情で見るしかなかった。
しかし、九条透は、これくらいの方が追いかけ甲斐があると震えながら思っていた。
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