【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
──転校生が来る。
影森町の高校に、噂が広まるのは早かった。朝のホームルームが始まる前から、すでにざわめきが廊下に満ちている。
「転校生、見た?」
「見た見た。なんか、すごい白い髪で」
「顔がやばい。人形みたいで、なんか怖いくらい綺麗だった」
「え、どこのクラス?」
「一年二組らしい」
その一年二組の廊下で、篝火志麻は教室に向かいながら、そのざわめきを聞いていた。
白い髪、整った顔立ち、まるで人形のように美しい祈の噂は既に学校中に回っている。
そして、志麻が教室の扉を開けた瞬間、窓際の席に視線が集まっているのが分かった。なぜなら、そこに転校生は座っていたからである。
白い髪が光を受けて淡く輝いている。前髪は目元にかかるほど長く、右目の下に涙ぼくろが特徴的。そして、黄色の瞳が、窓の外をぼんやりと眺めていた。
その表情は死んでいるように静かだが、その顔立ちは誰もが思わず目を向けてしまうほどに整っていた。
白守祈。
(あの人が、志乃の友達の子かぁー。すごい美人だねぇ。引っ越してきたのは聞いてたけど、まだ挨拶したことなかったんだよね。あとでしよっと)
ホームルームが始まるまでまだ時間がある。その時間を使い、クラスの男子数名が一斉に祈の席に向かった。転校生に声をかけるという、ある意味で分かりやすい動きである。
「え、えっと、どこから来たの?」
「離島から」
「そ、そっか。えっと、部活とかは?」
「入らない」
「そ、そうなんだ。あの、もしよかったら一緒に昼ご飯」
「別にいい」
返事は短い。愛想がないのではなく、そもそも会話を続けるつもりがないような返答だった。男子たちが徐々に居場所を無くし、散り散りになっていく。
(わたしも、話かけよっと。志乃から気にかけてるように言われてるしねぇー)
そのやり取りを見ながら、志麻はゆっくりと祈の席に近づいた。
「白守さんって、こんにちは。わたし、篝火志麻って言いますぅ」
「……あぁ、志乃の姉だろ」
「あ、そうですよぉ。志乃から話は少し聞いてましたよぉ」
「ボクもな。志乃がよく話してた。姉のことが大好きらしい」
志麻はにこにこと笑った。妹から慕われていると言われて、嫌な気分になどならないから当然である。
「あ、嬉しい。志乃ってわたしのこと好きなんだぁ」
「姉を慕ってるとは言ってたな」
「えー、嬉しい。祈さん、まだ慣れてないですよねぇ? 色々案内とかしましょうかぁ?」
「……あぁ、頼む。かなり急に来てな、この辺のことが何もわからないんだ」
「あ。そもそもここにはどうして引っ越してきたんですか?」
志麻は志乃から、祈が来ることは聞かされている。しかし、どうしてくるのかなどの細かい部分は聞いてないのだ。
だからこそ、謎だった。どうして、離島から急に引っ越してきたのか。
「あ、えと、言いにくかったら別に言わなくても大丈夫ですけどぉ」
「いや、別にそんなことはない……あまり島が好きじゃなかった。それと背中を追いかけたくなったやつがいたから」
志麻はその言葉の意味をすぐに理解した。
「……もしかして、黎明さんのことですかぁ?」
「あぁ」
志麻のにこにこした表情が、わずかに固まった。
(黎明さんの背中を追いかけたくなった、か……)
それはどういう意味の「追いかけたい」なのか。志麻には判断がつかなかった。しかし、胸の奥がほんの少しだけざわついた。
(いや、これは強さとかそういうことでしょ、きっと。黎明さんに憧れてる人は沢山いるんだしぃ)
志麻は内心を押し込めて、また笑顔に戻った。
「強くなりたいんだ。だから、放課後は修行をお願いしている」
「そう、なんですねぇ」
「志麻は修行とかは一緒にしないのか」
「わたしは、偶に。今は結構、その、配信とかしてて。そっちも忙しくて」
「配信活動してるのか。すごいな。ボクには向いてなさそうだ」
「いや、その美貌なら何しても同接高くなりそうですけど……」
祈は相変わらずの無表情で話を続ける。ある程度話していると、教師が教室に入り、そこで二人は一度別れた。
◾️◾️
祈は志麻と学校で過ごし、一日を終えた。その後、すぐに祈は学校を出て、ある場所に向かって走っていった。
しかし、彼女の前に大量の生徒が立ち塞がった。
「祈さん、ちょっと部活見学に来ない?」
「いやいや、うちに来てよ」
「うちのマネージャーとかどう!?」
祈からすれば、さっさと黎明の元に向かいたい。しかし、あまりに無碍にするのも良くないかと思い直し、少しだけ話を聞くことにする。
「悪いけど、ボクは部活入る気はないんだけど」
「ちょっとだけ体験入部とかはどう? 祈さん、足長いから足早そう。陸上部とかどう?」
「いやいや、サッカー部のマネージャーとかもあるよ」
「前の学校は部活やってたの?」
「陸上部だったけど」
祈がそう言った瞬間、陸上部の勧誘組の空気が変わった。
「マジ!?」
「やっぱり! 絶対足速いと思った!」
「ねぇ、一回だけ! 一回だけ走ってみてよ!」
祈は露骨に眉を寄せた。これなら冷たく突き放した方が良かったかと、思ってしまうほどだ。
なぜなら、黎明との修行の約束がある。それに遅れる方が、彼女にとっては問題だ。
「いや、ボクはもう部活やるつもりない」
「そこをなんとか!」
「体験だけでいいから!」
「一本だけ! 本当に一本だけでいい!」
祈はしばらく沈黙した。周囲にはいつの間にか野次馬まで集まっている。
(面倒だ……)
しかし、ここで断り続けると更に長引きそうでもあった。
「……一本だけ」
「!!」
「それだけなら」
「もちろん!!」
陸上部員たちが一気に盛り上がった。
◾️◾️
グラウンド。放課後の空は赤く染まり始めている。祈は借りた運動靴を軽く履きながら、無表情のまま周囲を見た。
男子も女子も集まってきている。
噂の超美女転校生。それだけでも注目されていたのに、いきなり走ると言われたら、誰だって気になる。
「じゃあ、100メートルだけで!」
「スタブロ使う?」
「いや、適当でいい」
祈はスタートラインへ立つ。さっさと走るか、そう思った時に、彼女に近づく女性が一人。
「待て。私も走る」
「
「そんな! いきなり
「……いや、誰なんだ? ボクは知らないんだが」
周りは大盛り上がりだが、祈は急に現れた女子生徒が張り合ってるようにしか見えず、混乱していた。
「彼女は影森高校、陸上部主将……
「あ、そう」
隣の生徒に説明をされたが、あんまり祈にはピンと来ない。まぁ、さっさと走って帰れるなら、どうでもいいかと思い返す。
「白守、構わないか」
「あ、はい。一本走って帰れるなら……」
祈は一緒に走るのを承諾する。さっさと走るかと、彼女は意識を切り替える。
特に何もしていないが、立ち姿だけで、空気が少し変わる。
(一発でわかる、彼女は速い。ふっ、いつかの
祈を見て、過去の自分を勝手に重ねる足塚。一方で祈はなんかニヤニヤしながらこっちを見てる……この部活は絶対やめておくか。と考えていた。
「
「でも、実力で黙らせてきたんだろ?」
「その足塚部長が目をつけたあの新入生は何者なんだ?」
影森高校陸上部、その面々も白守祈が気になっているようだ。
それなのに、わざわざ彼女を気にかけてる理由が気になるのだ。
白守祈……その印象は。
細い、そして、華奢だ。筋肉があるというわけでもないし、体が極端に大きいわけでもない。
だが、不思議と速そうだった。
「位置についてー」
祈が軽く腰を落とす。隣の
その瞬間。空気が静かになった。
「よーい……」
パンッ!!
スタート音。次の瞬間だった。
――ドンッ!!
地面が爆ぜたような音が鳴る。
「は?」
誰かが間抜けな声を漏らした。祈の姿が、消えていたからだ。いや、違う。速すぎて見えなかった。白い髪だけが尾を引くように視界を横切る。
フォームが異常だった。美しく、無駄がない。そして、一歩一歩が異常に長い。まるで地面を蹴っていないようにすら見えた。
滑るように、一直線に加速していく。
「う、そ……」
陸上部主将、
──自分の目に狂いはなかったッ
もはや、人間が走っているというより、獣か怪物に近い。祈はそのまま自然に減速し、振り返った。
少し遅れて、
「あの、ではこれで、いいですか?」
「白守」
「え、あ、はい」
「お前は……影森高校、陸上部の柱になれ」
え、何言ってるんだ、この人……と祈はまたしても困惑する。しかし、
そして、そろそろ帰りたいと思う彼女の意思を無視するように……とある部員が声を上げる。
「じゅ、十……」
タイムを見ていた部員の手が震えていた。
「じゅ、十……」
声が裏返る。
「10秒……0……?」
一瞬、空気が止まった。
「はぁぁぁぁぁっ!?」
「え、待って待って待って!?」
「世界レベルじゃん!?」
「いや女子でそれは意味分かんないって!!」
「化け物だろ!?」
一気にグラウンドが騒然となる。祈は少しだけ困った顔をした。
(ちょっと速かったか……? まぁ、島では一番だったけど……黎明に比べたら遅いくらいだし。黎明のバック走でも追いつけないんだが)
本人はかなり抑えたつもりだった。黎明やスザクの動きを見た後だと、自分の身体能力など大したものではない感覚になっている。
しかし、一般人基準では全く違った。
「白守さん!!」
「全国行けるって!!」
「白守、お前は影森の柱になれ」
「いや世界狙えるレベルだよ!?」
「お願いだから入部して!!」
陸上部顧問まで駆け寄ってくる。祈は小さくため息を吐いた。あれ、全然話が違う、とちょっと困った表情になる。
「……とりあえず、今日は予定があるから」
まだ後ろから勧誘の声は飛んでくる。だが祈は振り返らなかった。
(そろそろ行かないと、黎明との約束の時間だ)
そう言って、祈はその場を去っていく。その様子を見ていた。足塚邦子は再び、つぶやいた。
「白守、お前は影森の柱になれ」
──祈は入部してもいないのに、影森高校陸上部の柱として期待をされていた。
◾️◾️
陸上部との一件が終わり、彼女が向かったのは、町外れの森だ。
祈が到着すると、既に黎明、蓮、紅が待っているようだった。
「すまない、遅れた」
「問題ないよー、俺もこっちの双子も今来たところだし」
黎明、蓮、紅、そして祈。この四人で今日は修行をする予定となっている。修行が始まる前、蓮が祈に目を向けた。
「改めて、安倍蓮、こっちは姉の紅。これからよろしく頼む」
「こちらこそよろしく。島では色々世話になった」
「いや、そうでもない。こっちもモンスターの経験値が欲しかっただけだ」
「そうか」
蓮の話を聞いて、黎明のぱくりみたいなこと言う男だなと、祈は思った。そして、話の間で今度は紅が軽く頭を下げた。
「改めて、よろしく。白守祈さん、だったわよね」
「あぁ、よろしく」
「祈さんが安倍晴明の秘伝書を島で見つけたんでしょ? あれ、ワタシ達が回収したんだけど、かなりのものだったわ、ありがとう」
「いや。ボクより安倍家の子孫が持ってた方がいいだろうしな」
「そう言ってもらえると助かるわ。あれ、かなりの値段で売れるかもしれないし。価値ある霊具とかって秘匿して、勝手に売買とかする人もいるから困るのよ」
「……そうなのか、ちなみにあれはどれくらい価値があるんだ」
「そうね。数百万くらいでるかもしれないわね。流石にこれをタダで貰うのはあれだから、お金は払うわ」
「いや、いらない。命を助けてもらってる。その謝礼だ」
「わかったわ。でも完全にタダというのも気が悪いから、何割か振り込ませてもらうわね」
祈は断ろうとしたが、何度も断るとそれはそれで印象が悪いかと思い、そこで承諾をした。彼女からすれば、命を救われているので数百万くらい安いものなのだが……紅も律儀なので謝礼をすることで会話が決着する。
黎明は三人の会話が終わるのを待っていた。そして、一段落したタイミングで、祈に視線を向ける。
「祈、修行したいって言ってたよね」
「あぁ。結局、ボクは偽物だった。怪異を倒させられてただけだったから。だから、強くなりたい」
「そっか。怪異じゃなくてモンスターね。怪異って呼ぶとちょっと、マイナーな感じするし。まぁ、好きにすればいいんだけど。とりあえず、今日はかくれんぼをしようかな」
三人が同時に黎明を見た。そして、蓮が眉を上げる。
「……かくれんぼ?」
「そう。俺が隠れる。そして、三人が探す。見つけたら、そっちが勝ちだね」
「なるほどな」
「あと、ダミーを置いておく。葉っぱとかに霊力を乗せて、俺のに見せかけたやつ。それに惑わされないようにする練習にもなる」
「……範囲は?」
「この森の中。端から端まで走っても十分くらいかな」
三人は修行の意図に納得をしているようだ。中でも蓮はかなり気合が入っており、既に体から霊力が溢れている。
「よし、じゃあ始めるよ」
黎明がそう言った次の瞬間、消えた。先ほどまで、目の前にいたのに視界から忽然と幻のようにいなくなったのである。
「…………一瞬だけ見えたな」
蓮が呆然と、黎明の斜め後ろ方向を向く。どうやら、その方向に黎明は消えたようだ。しかし、紅と祈には全く見えてなかった。
「蓮、見えたの?」
「あぁ、それとMPがこっちの方に流れてる」
「そう、黎明くん、高速移動をしてたから身体強化の際の霊力が出てしまったのね」
「いや、それは違う。オレの眼で捉える程度だから、そもそも身体強化をしてねぇ。素の体の動きだろ。あれはわざとMP垂れ流して、感知の修行をさせたんだろ」
あまりに黎明は強すぎる。だから、霊力で強化し、本気で動けば、動きを眼で追えるわけがない。
だが、身体強化をしてない状態であれば多少は追える。それを蓮だけは視界にとらえることができたのだ。
しかし、蓮であっても黎明が身体強化をしていれば動きは捉えられない。つまり、黎明は身体強化はしてないが、敢えて霊力を微かに流した。
それこそ、霊力感知の修行のために。
「なるほどね。確かに霊力の修行の最初の段階は【感霊】、霊力を感じるのが基礎中の基礎。祈さんも居るし、基本をやってるわけなのね」
「だろうな。後、霊力じゃなくてMPな」
「あ、うん。蓮、そこは細かいのね」
──この一瞬で、祈は感じた。
黎明との大きな差だけではなく、この目の前の双子とも大きな差があることを。特に蓮は凄まじく強い、それを彼女は肌で感じた。
(黎明の動き、全然見えなかった。でも、安倍蓮、黎明のパクリみたいなやつ……こいつには見えてたのか……)
「こっちに黎明は行ったが、だとしてもその後方角変えて動いてるかもしれねぇ。地道に探してくか」
「そうね。祈さん、それでいいかしら?」
「……あぁ」
三人は散開した。それぞれで黎明を探すことにする。そして、祈は森を走り回るが、黎明の影も形も見つけられない。
「……くそ、全然分からない。ん? この感じは」
彼女は黎明の霊力を感じた。木々を掻き分け、霊力の元を辿る。しかし、そこには黎明がおらず。霊力を纏った葉っぱが置いてあるだけだ。
「ダミーか」
いくつかの場所で、霊力を帯びた葉が見つかった。黎明が仕込んだダミーだ。一見すると黎明の霊力に似ているが、質が微妙に違う。
(……! そこら中で黎明の霊力を感じる。これ全部ダミーか……?!)
森の中には百を超える黎明のダミーが存在していた。しかも、一個一個がそれなりに距離があり、まだまだ増えている。
(今、新たにダミーが生まれた場所。そこに黎明がいる可能性が高い。だけど、増えてる最中に、そこに既にダミーがあって、ややこしい)
新たにダミーが生まれた場所、そこに黎明がいると考えた祈。それは正解である。しかし、既に森に大量のダミーがあり、それが感知を鈍らせる。
「とりあえず、増えてる場所に行くしかないッ」
走りながら彼女は感覚を研ぎ澄ませる。しかし、ざっくりした場所がわかるだけで、確信には至れない。
(MP、感知をするには研ぎ澄ませないと……どうする。どうすればいい)
(今、ボクは感知だけに集中をすべきだ。ボクはこの中でダントツに弱い。複数を併用して行うなどは愚の骨頂。感知だけを徹底すべき、なら、それ以外は捨てる)
──彼女は走っていた足を止めて、目を閉じた。
体の全てを、霊力をたどることだけに集中するために。
目を閉じることで視界からの情報を閉じる。走るのをやめて、酸素を頭に多く回す。
ゆっくりと歩きながら、黎明の霊力をダミーに惑わされず追う。
(なんとなく、分かる。黎明がどこにいるのか……それに今急にダミーも動き出した。今までなら止まっていただけなのに)
(これもこちらを混乱させるため、でも、ゆっくりなら辿れる。くっそ、でも神経がすり減る感覚だ。体から汗が飛び出るッ)
感知を集中させる。霊力の流れ、動き、質。そこだけに全てを費やす彼女は常に大きく体力を消耗させていた。
普段、使わない筋肉を使えば消耗するのと同じ。彼女は霊力の感知などまともにやったことがない。だからこそ、必要以上に消耗する。
「疲れる、けど、場所が分かってきたぞ。そこに居るんだな、黎明」
ゆっくりとだが確実に黎明の元に向かう、祈。
──だが、そこで彼女の視界は暗闇のまま続く。
(あれ……、なんか、頭がふわふわ)
そのまま倒れた。慣れないことをしたせいで、体が限界を迎えたのである。
◾️◾️
「あ、起きた?」
「……っ」
祈は気づくと、黎明が覗き込んでいたことに気づく。思わず目を伏せてしまうが、すぐに周りが森でないことに気づく。
とある家のリビング、そのソファの上に寝ている。
「気絶しちゃったみたいだね」
「……そうか、ボクはリタイアしたのか。まだまだだな」
「いやいや、かなりよかったよ。俺の方に向かってきてるのは分かったし」
「そうか、こっちの動きは完全に読まれてたわけだな」
派手に動きダミーを作りながらも、自分の動きを悟られていたことに、またしても壁の高さを感じる。しかし、この男からそうだろうなとも、彼女は思った。
「回復はさせてるから、いつでも帰れるとは思うよ」
「あぁ、確かに体が軽いな」
「あ、でもご飯食べてきなよ。今日は詩がいなくてさ、一人だと退屈だし」
「……そうか、一人なのか」
「そうそう、今から作るからちょっと待ってて」
そう言って黎明は台所に向かった。それを見て、彼女も立ち上がり台所に向かう。
「手伝う」
「ありがと。何にしようかな」
「黎明は得意料理あるのか」
「いや、ないよ。料理はあんまりしなくてさ。いつも冷凍とか食べてる。詩もあんまりしないし」
「そうか、ならボクがやる。自炊派なんだ」
「え、そう、なら任せようかな」
──祈はずっと一人で暮らしていたため、料理の腕は高かった。
テキパキ、と手際よく彼女は料理を進める。オムライスを作るようでチキンライスをフライパンで炒め始めた。
黎明はその様子をジッと見ている。
「そんな見るもんでもないと思うが」
「いやいや、俺料理したことほぼないからさ。新鮮」
「……したことないのか?」
「うん。じーちゃんと暮らしてたけど、料理とかはじーちゃんが全部やってた。だから、教わったこともないんだよねー。前の親も決まったものしか食べさせてくれなかったし」
「……祖父と暮らしてたのか」
「そうそう、じーちゃんはずっと封印役で山で暮らしてるんだ」
ふと、黎明のことを何も知らないと思った祈。強さも考えも異質だが、それ以外何も知っていない。
だから、聞こうと思ったのだ。
「前の親っていうのは、どういう意味なんだ」
「そのままだよ。前の親は宗教の教えを大事にしてたから。毎日経典が指示したの食べてた、へんな粘土みたいなのとか、消毒されたご飯とか」
「……そうか」
これ以上は何も聞かないようにしようと、祈は考えた。それは黎明からしたら、辛い記憶かもしれないと思ったからだ。
「……一緒にやるか? 今、炒めてるところだから、教えてやる」
「え、まじ、やるやる」
黎明は興味津々と言った顔でフライパンの前に立つ。そして、後ろから祈が黎明の手を掴み、一緒に動かそうとする。
「ほら、フライパンを持て」
「あーい……あれ?」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
「なんだ、気になるだろ」
「いや、別に」
「言え。怒ったりもしない」
「……この距離で後ろに立たれてるのに、胸が当たらない。詩なら当たったのに」
──祈はキレた。
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