【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
埼玉の美術館。
安倍蓮、安倍紅、篝火志麻、九条瞳月の四人は、その異質な空間に足を踏み入れていた。
扉をくぐり、エントランスを抜けた瞬間、世界が切り替わる。
本来なら三階建ての美術館のはずが、今や果てしなく続く廊下が広がっている。天井は見えないほど高く、壁は歪み、床は波打っていた。
「……うわ、マジ異次元じゃん」
瞳月が、周囲を見回しながら呟いた。
「空間が歪んでいる。外と内側で広さが随分と違うわ。とすると、これは怪異による結界と考えたほうがいいかしら」
「だろうな。ダンジョン化してる。色々とギミックもあるはずだ」
「そうね」
「それにうようよとモンスターの気配もある。エンカウントも多そうだ」
紅と蓮、二人は美術館の気配から、異変の状況を考察する。蓮も言い方は変わっているが、感覚は正しい。
今ここでは霊具に封印されていた怪異、それが解き放たれている。そして、それらの怪異がそれぞれ結界を発動させて、魔境となった。
「なぁ、姉ちゃん。ここ、あの時と似てるな」
「……そうね。
「ナギサマ、か。確かにMPが似てるな。規模は及ばないけど」
安倍家壊滅の夜。あの時に感じた、邪悪な気配。ナギサマと呼ばれた存在が放っていた、あの禍々しい霊力。
それにここの美術館の霊力は似ていた。
「さっさと行こうぜ。昔はどうとか、関係ない。オレはモンスターを倒したいだけだ」
「そうね。ごちゃごちゃ考えていても仕方ないし。進まなければ何も解決しないわ」
四人は、廊下を進み始めた。安倍蓮と安倍紅は自信を持って進む。しかし、残りの二人は違った。
この四人の中で、双子は陰陽師として長く、怪異と接してきた。
だが、志麻と瞳月は慣れていない。なぜなら、最近怪異を知ったからだ。
「ねぇ、瞳月ちゃん。大丈夫ー? わたしはここの雰囲気好きに慣れなくてぇ。ちょっと気分悪いっていうか」
「あーしも、結構良くないかも。なんか、すっごい別世界な感覚。これがパパが言ってた結界なんだ」
足音が、異様に響く。まるで、この空間全体が一つの大きな闇のようだった。そんな闇の中を彼らは歩き続ける。
やがて、最初の部屋に辿り着いた。
「うっ」
思わず、瞳月は声を漏らす。同じく、志麻は声こそ出さないが、目を伏せる。
そこには、死体があった。美術館の観客だったのだろう。何人もの人間が、床に倒れている。
そして、床には血が大量に流れており、それが一面に広がっていた。約十名ほどだろう。
「全員死んでるわね。確かこの美術館はかなりの人数が来てたはず」
「あぁ」
「他の美術館と合計すれば……最高で死亡者数が四桁にいく可能性だってある。これは、ワタシ達の家が壊滅した時と同等、それ以上の事件かもしれないっ」
「観客はどうなってるのかわからないがすでに死者が出てるのは事実。これ以上、被害拡大がないようにモンスターはすぐさま全部狩る」
「美術館から、いつ怪異が外に出るか分からないしね。今は昼間だから暴れないだろうけど、このまま夜になったら、外に出て暴れる可能性もある。急ぎましょう」
紅、蓮、やはりこの二人はこういった残酷な状況には慣れており、すぐさま前を向く。その時、二人は異変に気づいた。廊下の奥から、何かの気配が近づいてることに。
「……モンスターが来てるな。この惨状を作ったやつか」
「そうかもしれないわね。瞳月さん、近づいてくる相手の霊力は見えるかしら。それと志麻さんも術の発動を準備して、貴方はこの中で最も霊力が多いわ。火力も高いはず、頼りにしてる」
「あ、うん。確かに来てる。えっと、霊力が【312】、すごく高い」
「わたしも、術発動準備するね。わたしは霊力多いけど、発動まで時間かかるしぃ」
怪異の気配にそれぞれが動き出す。双子二人が前衛、残りの二人は後ろで待機しながらサポートに回る。
そして、目の前に黒い影が迫った。それは、ゆっくりと、しかし確実に四人に向かってくる。
やがて、その姿が現れた。
首のない鎧武者。それが一目の印象だった。首から上が存在せず、切断面から黒い霧が漏れている。
封印が解けた怪異の一体、その名は
「サムライゾンビって名前を黎明なら付けそうだ」
「そうね。二人とも、蓮が言ってることはちょっと無視してね。あれは記録でしか見たことないけど、
紅は、そう言って、炎を手のひらに生み出した。それと同時に蓮も炎を生み出す。まずは挨拶代わりと言わんばかりに怪異に対して炎を発射した。
「
「
炎の球体が、首刀に向かって飛んでいく。だが、首刀は鎧で防いだ。炎が、鎧に弾かれて霧散する。
霊力も一切減ることはなく、ダメージを与えている様子もない。
「っ! 全く効いてない。普通の怪異とは違うわね」
「あぁ、これまでとは違うモンスターだ。経験値が多そうだ」
「次、わたしがやるねぇ!」
その二人の横から、さらに大きな炎が現れる。それは志麻が生み出した、
それは安倍家の二人の比ではない大きさである。彼女は山神の一件の時、黎明の次に多くの霊力を手に入れていた。
「──
規模だけで言えば、軽く十倍はあるのではないかと思うほどに極大の炎だった。二人より強力なのは明らかである。まさに砲台、その炎はそのまま相手の体を撃ち抜く、いや、巨大な風穴を開けた。
「マジ!!? 志麻ちゃんって、こんな強いの!?」
瞳月が炎の強力さに、驚きを隠せない。安倍家の双子でさえ、初撃で倒せなかった怪異。にも関わらず、その倒せなかった相手が紙屑のように簡単に倒れたのだ。
「凄いわね。山神を倒した時、黎明くんの近くに居たから霊力を多く吸収したとは聞いてたけど」
「あぁ、魔法発動まではかなり時間かかるが、威力は申し分ない。砲台役として、使えそうだ」
「ワタシ達が前衛、分析は瞳月さん、後衛で砲台を放つのが志麻さん。これで決まりね」
話し合いにより、今後の戦い方が決まる。
そして、そこへ新たな首刀が現れた。
「もう一体来たぞ」
先ほどと同じ、志麻がフィニッシュを決める方向性で動き始める。まず、時間確保のため蓮が剣を抜いて、怪異へと迫った素早い身のこなしで、懐に入り、そのまま腰付近を切り裂く。しかし、鎧の部分で阻まれる。
──ガギイイィィン!!!!!
と分厚い鉄の塊を殴ったような音が響く、蓮の刀は相手の体を切断するまでに至らない。
「物理防御も高いタイプか。やっぱ普通のとは違う、ランクが高いか。なら、魔法と物理、両方ならどうだ」
──蓮の剣、そこに何重にも風の膜が出来る。その刀は渦を巻き、刃が見えないほどの風の層が生まれる。
「
蓮の刀が、一閃。風の刃が、首刀に向かって飛んでいく。それは鎧に直撃し、再び、ギィンという金属音が響いた。
何かが削れるような音がしたと思ったら、首刀の鎧に亀裂が走った。
「お、これなら行ける。志麻の出番は今回はねぇな」
蓮が、さらに踏み込む。だが、首刀もただやられるわけではない。腰の刀を振り上げ、蓮に向かって振り下ろす。
蓮は咄嗟に刀で受け止めたが、その衝撃が蓮の全身を襲う。
「おっ……! 良い威力じゃねぇか」
「油断しない!
紅のサポート、見えない鎖が、首刀の全身を縛る。それにより首刀の動きが、一瞬止まった。
その一瞬を、蓮は見逃さない。
「今だッ!」
蓮の体が、疾風のように動いた。
一瞬で首刀の懐に潜り込み、刀を大きく振りかぶる。風の層が、さらに厚くなった。刀身が完全に見えなくなるほど、風が渦巻いている。
そして──
「
蓮の刀が、連続で振るわれた。一閃、二閃、三閃。風の刃が首刀の鎧を切り裂いていく。それにより亀裂が広がり、次々と鎧が砕け散る。
まるで、古びた石壁のようにボロボロと鎧は形をなくしていく。
「終わりだ!」
蓮の刀が、首刀の胴体を真っ二つに切り裂いた。ズバァン!
首刀の体が、爆発するように砕け散った。黒い霧が噴き出し、やがて消えていく。床には、砕けた鎧の破片だけが残っている。
「……よし」
「蓮くん! すっごいじゃん!」
蓮は小さく息をついた。刀を振り、風を払う。そんな彼を見て、瞳月は思わず拍手をしてしまった。
「まぁ、このくらいは当然だろ。黎明には及ばないしな」
「そりゃ、そうでしょ。黎明くんは基本的に基準にするなってパパも言ってたし」
蓮は刀を鞘に収めた。しかし、すぐさま刀を抜いた。どうやら、すぐに新手が来たようだ。
「まだまだいるわね」
「あぁ、ワクワクしてきたな」
紅が廊下の奥を見た。そこから、さらに多くの気配が近づいてくる。
無数の怪異が現れた。でかい蛇のような怪異、トカゲのような怪異、さまざまだった。
その無数の目が、一斉に四人を目視し、呻き声を出す。それを聞いた志麻が、顔を顰めた。
「うっ、気持ち悪い……」
「来るぞ!」
蓮が構えた。怪異達は一斉に四人に向かって走ってくる。その動きは、異様に速かった。
「さっき準備してた分!!
志麻が炎を放った。大きく広がった大砲のような炎は次々と、怪異を巻き込んで彼方へと飛んでいく。それにより、約十体以上の怪異が一度に倒された。
しかし、まだまだ怪異の進行はそれで終わらない。
「なんて多いの……」
「ボーナスステージだな!!」
紅と蓮、二人は同時に刀を抜いて術を発動する。すると刀身に炎が纏わりつく。
「「
紅の刀が、横薙ぎに振るわれた。炎の軌跡が、怪異達を焼き払っていく。三体、四体、五体。
紅の刀が通過した軌跡には、炎の尾が残り、怪異の体は燃え上がった。
次々と薙ぎ払っていく二人。この時点でもかなりの攻撃力であるが、蓮はさらにそこに
「──最近生み出した、オレの新たなスタイル。名付けて、
・蓮がたどり着いた新たなる戦闘スタイル。陰陽術を同時に二つ発動し、その二つの術を融合させることができる。
一見シンプルな能力ではあるが、術の併用と融合が出来るのは大きなアドバンテージを持つ。
一度に霊力を二回、自身の限界値まで高める。それをすることによって、この技術を獲得した。現在は二回までだが、そのうちにさらに何回も術を使えるようになれると蓮は感じている。
やはり、安倍家の末裔だけであってポテンシャルは大きい。蓮が炎と風で怪異を切り裂き、次々と絶命させていく。威力は志麻ほどではないが、それでも併用をしつつ素早く動き続けると、大きな攻撃力であることは変わりない。
集中力、霊力操作、身体機能、それを全て加味すれば彼はこの中で最も強い。
「後ろからも来てるぞ! 志麻そっちは砲台で蹴散らせ!」
「あ、はいぃ」
そして、志麻が圧倒的な火力で殲滅し、瞳月が霊力を測定しながらサポートする。四人は、怪異を次々と倒していった。戦いは、数分で終わった。
やがて、廊下に静寂が訪れた。そこでようやく一息、彼らはつくことができる。
「……終わった、かな?」
「ああ。この辺りはほぼ消えてる。おかげで随分と経験値が入った」
志麻が、周囲を見回した。蓮が、小さく息をついた。確かに、空間の歪みが僅かに弱まっている気がした。
壁の色も、少しだけ元に戻っているように見える。
「このまま進めば、美術館全体を元に戻せるな」
「そうだといいんだけど……」
紅が廊下の奥を見た。その表情には、まだ警戒の色が残っている。
「「ッ!」」
「これは怪異とは違う。でも、怪異に近い、なに、これ?」
だが、その時だった。廊下の奥から、新たな気配が近づいてきた。紅が思わず嫌悪感を表す。そんな、気持ち悪い気配だった。
「……何だ、これ」
その気配は、これまでの怪異とは明らかに異質だった。邪悪さの中に、人間の気配が混じっている。
「瞳月さん、分かる?」
「えっと……あれ、霊力が測れない……? あれ、違う、でも、なにこれ?
瞳月の声が、僅かに震える。数値として霊力を測れる彼女であっても、意味が分からない。理解不能、それが第一の感想だった。
やがて、その姿が現れた。
頭が三つ。腕が六本。歪な姿をした、化け物。だが、それはどこか生きた人間の気配に酷似している。
「……に、人間の顔?」
志麻が、顔を引きつらせた。化け物は、ゆっくりと四人に近づいてくる。
その足音は不規則だった。ズン、ズン、ズン──まるで、複数の生き物が同時に歩いているような、歪なリズム。
三つの頭は、それぞれ別の方向を向いている。六本の腕は、それぞれに霊具を握っていた。右側三本は刀、左側三本は槍。
まるで観音のような存在。そして、その三つの頭全てが四人へと向く。いや、正確には安倍蓮、安倍紅の二人に向いた。
「どうやら、オレ達狙いだな。安倍家狙いか。安倍晴明に封印されたモンスターか?」
「……でも、あれ怪異とは気配が違う。なんかまるで……」
──生きてる人間みたい。
そんな感想を紅は抱いた。しかし、そんなことを考えている暇はない。なぜなら、目の前の化け物はすでに二人へと襲いかかってきたからだ。
「連戦か、臨むところだな」
蓮の声により、謎の阿修羅の化け物との決戦が開始した。
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