【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
東京美術館。
黎明、朝霧宵花、白守祈、九条透の四人は、美術館の奥深くへと進んでいた。進むまでに既に、幾つもの怪異を倒している。
そして、その度に美術館の空間が少しずつ元に戻っていった。
歪んでいた廊下が真っ直ぐになり、高すぎた天井が元の高さに戻り、波打っていた床が平らになっていく。
徐々に戻りつつあるのは、黎明達の戦闘のおかげだ。そして、そんな黎明の様子を見ていたのは朝霧宵花。
彼女は、黎明を見ていて、ある結論を持った。それは──
(──この人、今まで出会ってきた全ての人間の中で……ぶっちぎりでイカれてる)
一般的な感性を持っている陰陽師からすればその感想は当然であった。そもそも、怪異とは恐怖の集合体なのだ。
人間から溢れ出てしまう、恐怖。それを誰もが止めることができない。そして、全ての人間が怪異を恐れてしまう。
だが、
「おっと、モンスター発見。経験値経験値うまうまだねー」
「最近、勇者の職業もマンネリだな。志乃もガンナーっていう新しい職業に転職してたし。俺も武闘家とか、賢者とか、もっと他のに転職するのも悪くないなぁ」
「あ、いたいた! あっちに隠れてる。よっしゃ経験値」
圧倒的な場違い。意気揚々と怪異を見つけて喜びながら、切り裂いていく。その光景に宵花は宇宙猫のような状態に陥った。
さらに、黎明は術を全て省いて使うことができる。疲れていた宵花の体を無条件で回復させたのだ。
(何この人。ずっと楽しそうに鼻歌歌ってるし、狩衣とか言霊も無視してるし、それなのに術を高性能で乱発とかしてるし)
(この空間を楽しんでる。イカれてる……)
「モンスターが減ってきて残念だね」
「……怪異をモンスターって呼んで、怪異が減ったのを残念がってる、不思議な人なんですね」
宵花は黎明の言動を見て、どう考えてもまともな人間ではないと結論をつけた。しかし、結論をつけても納得ができない。
「怪異、怖くないんですか」
「え、全然。むしろワクワクしない?」
「……普通はしないかと」
「それは、なんか、君変わってるね。せっかく成長出来る機会なのに。まぁ、最初はみんなそういうけどさ。ほら見て、このおじさんと祈も、今じゃ経験値を得ることが嬉しくて仕方なくて、それが全てなんだ」
え、黎明だけでなく、こっちの二人もイカれてるタイプか? と宵花は疑問の目を向ける。
「ボクは違うよ」
「オレもこんなイカれてはねぇ」
あ、どっちかというと常識人だったかと、彼女は僅かに安堵した。
(でも、この二人も狩衣なしで術を使ってた。そんなことが可能なの? 全てを省いて術を使うとか聞いたことがない。神からの補助とかを使ってないということなのかな?)
宵花は自分と三人の違いを考えていた。今までの常識がこの三人に、特に黎明には通用していない。
「あの、黎明、さんは楽しんでるように見えるんですけど」
「楽しいよ。道中に宝とかあるかもだし」
「あ、で、ですよね」
「宵花だっけ? まだ、子供なんだし、もっと楽しんだら? ほら、さっきもブラッティナイトとかいたよ」
「ブラッティ、な、ナイト? もしかして、
「え、いや、ブラッティナイトだよ。まぁ、マイナーな地方とかだとそう呼ぶのかな?」
「え、えと、どう、ですかね」
話が噛み合ってる感覚が全くしなかった。だが、その時だった。展示室の奥から、新たな気配が近づいてくる。
それは、これまでの怪異とは違う。もっと、大きな気配だった。
「……来る」
宵花が身構えをした。暗闇から現れたのは巨大な、阿修羅のような姿をした化け物。
全身を白い狩衣で包み、六本の腕を持っている。それぞれに武具を持ち、穏やかな笑みを浮かべていた。
だが、その笑みは、どこか歪んでいる。
「……阿修羅? なんだ、これは?」
透が困惑した表情で化け物を見た。これまでの怪異とは全く違う、化け物であると彼はすぐに見抜いた。彼だけではなく、宵花も同様である。
「普通じゃない、怪異。いや、これは……黎明さん、どう、思いますか?」
「人間みたいだね。ただ、半分はモンスターって感じ。初めて見たな。こんなの」
「そう、ですか。やっぱり、人間みたいですよね……」
宵花も微かに動揺をする。これが人間であるかもしれないと思い、このまま倒して、殺してしまっていいのかと。
しかし、そんな迷いなどないように黎明は刀を抜いた。
「──
白い光が、刀身に宿るのではなく――融け込んでいった。
炎のような熱もない。雷のような轟きもない。ただ、音すらも押し潰すような静寂が、刃の一点に凝縮されていく。空気が軋む。周囲の光が、まるで刃に吸い寄せられるように歪んだ。
その彼の白い光が、全ての闇を照らす。暗黒に急に現れた太陽のように。一歩が、世界を断ち切る号砲のように。
阿修羅が何かを叫ぶより早く、防ぐより早く、術を使うよりも早く、息を吸うより早く――刀が、奔った。
音が、遅れてやってくるほどに神速の一太刀。
大気を縦に裂く、濡れた鋭音。それはもはや斬撃の音ではなく、世界そのものにひびが入ったのではないかと錯覚するほど。光の尾が一筋、虚空に刻まれ、すぐに掻き消える。
(み、見えなかった。瞬きをしていなかったはずなのに。記憶の中に急に穴が空いたように、彼の刀の軌道がない)
(でも、切り終えた後、光の線があったのは分かる。だけど、振る姿を僅かでも知覚すらできない、なんて……)
宵花の驚きの感情、それが途絶えることはない。目にも止まらぬとかならまだわかるが、時間が飛んだように黎明の動きが早いからだ。
「……終わった?」
「終わっちゃった。珍しいモンスターだったけど、この先にもいるかな? 図鑑に登録する前に思わず倒しちゃったから、先にもいるといいけど」
そう言って黎明達は先へと進んでいく。すると、彼らは再び大きな扉を見つけることになる。
◾️
美術館のどこか。
黎明達が進んでいる展示区画とは別の場所。そこでは今もなお、多くの人々が出口を求めて彷徨っていた。
いや――彷徨っている、という表現すら生温い。
彼らは追われ続け、逃げ続けていた。
何から逃げているのかも分からないまま、ただ本能だけで走り続けていた。
壁一面に飾られていたはずの絵画は姿を消し、代わりに現れたのは果ての見えない回廊だった。
右へ曲がっても。左へ曲がっても。階段を降りても。やがて同じ場所へ戻ってくる。
そして、気付けば誰かがいなくなっている。そんな状況が既に何時間も続いていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
スーツ姿の男が壁に手をつきながら息を荒げる。
顔面は蒼白。
その額からは大量の汗が流れていた。
そして、隣では小さな少女を抱いた女性が泣いている。
「もう無理……」
「助けて……誰か……」
しかし、その願いに応える者はいない。いや。正確には見ている者はいた。
ただし、助ける気など最初からない。
巨大な展示室。
そこだけは迷宮の中心にある玉座の間のような空間だった。天井は異様なほど高く、無数の人骨を組み合わせた柱が並んでいる。
その中央。
まるで占い師の館にでもありそうな巨大な水晶球を囲むようにして、三つの影が佇んでいた。
「うふふふふふっ♪」
最初に笑ったのは少女だった。いや、少女の形をしているだけの何か。漆黒の瞳を持ち、血を塗りたくったような赤い唇。
日本人形のような姿をした怪異――
「見て見てぇ♪ また泣いてるよぉ♪」
その小さな指が水晶を指差す。映し出されているのは、観客として来ていた人間達だった。
必死に娘を抱き締める母親と、恐怖で震える少女。その光景を見て、童子姫は嬉しそうに頬を染める。まるで大好きな玩具を見つけた子供のように。
「いいなぁ……やっぱりいいなぁ。ねぇ、お兄ちゃん達。もう少し遊んでもいいよね?」
その声音は無邪気だった。だからこそ不気味なのだろう。そして、その場にいる怪異は一体ではなかった。
「好きにしたらどうかの」
低く響いた声に、展示室の空気が僅かに震える。
この怪異は
「どうせ人間は全て死ぬ。それが正しいことだからな」
吐き捨てるような声だった。短い言葉であったが人間への憎悪が彼からは溢れていた。
「徹底的に恐怖させ、霊力を集めたらどうせ殺すわけだしな」
そんな彼の言葉に、同意したようにしゃがれた笑い声が重なる。この場には三体の怪異がいた。
「いいねぇ。本当にいいねぇ」
その最後の一体、
白髪の老婆のような見た目が印象的だ。何より、もうすでに死んでしまっているかのような異様な細長さと顔色の悪さが目立つ。
ぐう、と腹の虫が鳴いた。
「お腹が空いたねぇ。怖がる人間を見ると余計にお腹が空くねぇ。でも、怪異もうまそうに見えるねぇ」
かさついた唇から覗く歯は獣のように鋭い。そこから微かに漏れるヨダレは、人間だけでなく、側にいる怪異にも向けられている。
「人間も食べたい。怪異も食べたい」
そう言って笑う姿は、もはや餓鬼そのものだった。そこで火車坊が僅かに眉をひそめる。
「……妙だ」
その一言で空気が変わる。
「何がぁ?」
「何かなぁ?」
童子姫と飢津御前が同時に振り向く。すると火車坊は水晶の一角を指差した。そこには別の結界が映っている。
そして。映像の中では、怪異達が次々と消えていた。
「まただ、儂の雑兵が消えた」
映像の中で亡者が斬り飛ばされる。さらにそこに写っているのは和服姿の白髪の人間だ。
「陰陽師かなぁ? 封印でもしたとか」
童子姫が首を傾げた。しかし、それに対して明確な否定の感情を向けたのは飢津御前だ。
「違うねぇ。あれは変だねぇ。封印されると、押さえ込まれるような感覚があるけど。あれはどちらかというと祓ってるようだねぇ」
しばし沈黙。しかし、次の瞬間には火車坊が鼻で笑った。
「人間なら恐れるに足らん。だが、狩衣を着ていないか……土地神、人間に味方をする怪異もいると聞くがそういうのに近いかもしれん」
その言葉に、二体の怪異も考えるようなそぶりをする。確かに、と。あの動きと刀捌きはどう考えても人間ではない。
「ねぇ、食べちゃえばいいよねぇ?」
「そうだねぇ。あれはすっごく美味しそうだぁ」
だが、そんなのは関係はない。殺したければ殺し、食べたければ食べればいい。常に怪異は自由、相手を殺すのも生かすのも全て怪異側が決めるべきなのだ。
そう、封印が消えた彼らは自由だった。
「あたしが、行こうかねぇ。あの白髪は美味しそうだぁ」
そう言って暗い部屋から一人飛び出していく。