【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
展示室の奥。先ほどまでは壁だったはずの場所に、巨大な両開きの扉が現れた。まるで黎明達を招くようだった。
黒漆のような艶を持つ木製の扉。そこには、無数の口が彫られていた。笑う口。泣く口。叫ぶ口。歯を剥き出しにした口。舌を垂らした口。
まるで、この先にあるものが何であるかを告げているかのように。
「うわ、いかにも中ボス部屋って感じ」
黎明が嬉しそうに言った。その横で、朝霧宵花は喉を鳴らす。
嫌な気配がする。
これまでの怪異とは明らかに違う。廊下の奥から漏れ出す霊力だけで、肌が粟立つ。息を吸えば、肺の内側まで何かに舐められているような不快感があった。
「……待ってください」
宵花は思わず声を出していた。黎明が振り返る。
「どうしたの?」
「この先、います。かなり強い怪異が」
「だろうね。扉のデザインがもうそれっぽいし」
「そういう意味じゃなくて……!」
軽い。あまりにも軽い。
宵花の感覚では、目の前の扉は死地への入口だった。少なくとも何の準備もなく踏み込む場所ではない。
白守祈も、九条透も表情を引き締めている。特に透は、扉から漂う霊力に目を細めていた。
「この気配……荒神級かもしれねぇな」
宵花の声が震えた。荒神。それは、上位の怪異に与えられる呼称の一つだ。
土地を呪い、人を喰らい、祀られ、恐れられ、長い年月をかけて存在を膨らませたもの。単なる怪異ではない。災害に近い存在。
陰陽師が単独で相手をするものではなく、複数の術者が結界を組み、封印具を用意し、命を賭してようやく対抗できる相手。
それが、この先にいる。
「黎明さん、これは――」
「荒神……Aランクってことだね? 神格がSランクのモンスターってことだしね。よし、行こうか」
「待ってくださいって!」
宵花の制止より早く、黎明は扉に手をかけた。瞬間。ぎぎぎ、と重い音を立てて扉が開く。
まるで、内側から招かれているようだ。扉の中から、冷たい風が吹き抜けた。
その風には、腐肉と線香と、甘ったるい果実が混ざったような臭いがある。鼻の奥にこびりつく、吐き気を誘う匂い。
扉の向こうは、展示室ではなかった。
美術館の内部にあるとは思えない空間だった。床は黒い石でできており、壁には巨大な掛け軸のようなものがいくつも垂れ下がっている。だが、描かれているのは絵ではない。
無数の口。
口。口。口。それぞれが開き、笑い、泣き、血を垂らす口の群れ。そして、その中央に一体の怪異が立っていた。
白髪の老婆。
痩せ細った体。骨に皮だけを貼り付けたような腕。だが、背筋は妙に伸びている。目は落ち窪み、口元からは涎が垂れていた。
「ああ……来たねぇ」
声は老婆のものだった。しかし、その奥に獣の唸りが混じっている。
「美味そうだねぇ。本当に、美味そうだ。あんた、何を食べてそんな味になったんだい?」
「え、俺?」
黎明が自分を指差す。飢津御前の視線は、最初から黎明だけに向けられていた。宵花も、祈も、透も見ていない。
ただ一人。
白髪の少年だけを見つめている。
「そうさぁ。あんただけでいい。他はいらないねぇ。干からびた雑魚は腹の足しにもならない。けど、あんたは違う」
ぐううう、と。飢津御前の腹が鳴った。その音だけで、空間が震える。
「食べたいねぇ。あんたの霊力、全部。わかる、うんうんわかるよ、アンタは本当に美味いってねぇ」
「……俺って美味しそう?」
「……どうでしょうか」
「食べたらお腹壊しそうだな」
「オレも食いたくねぇ」
黎明の疑問の声に、宵花、祈、透の順で答える。なんとなくゆるい雰囲気が流れる。しかし、それを切り替えるように宵花は再び頭を抑える。
──また、頭痛が来たからだ。
「うっ」
「大丈夫? 頭痛いの?」
「は、はい。たまにこれって起こるんです。でも、頭痛が起こると、情報が頭の中に流れ込んで……
「おや、あたしを知ってるんだねぇ」
唐突に彼女の頭の中に溢れた情報。
全てが頭の中に宿る。
「……っ、お、収まった。黎明さん、あれは危険です。霊格は荒神で、
「それは陰陽師の思考ってやつだね。俺は勇者だからさ……倒すしかないんだよね」
「ちょ、ちょっと、話をっ!」
宵花は叫んだ。同時に残りに二人にも黎明を止めるように目を配る。だが、白守祈は動かない。九条透も、刀に手をかけたまま、黎明を止めようとはしなかった。
「ど、どうして止めないんですか!?」
「止めても止まらないんだ。あいつ、ボクより足速いから」
「天才のオレでも無理だ」
「もうちょっと真面目に止めてくださいよ、仲間なんですよね?」
宵花は愕然とした。仲間が死地に向かおうとしているのに、この二人は呑気に後ろ姿を見送るだけだからだ。
ただ、祈はそんな彼の姿を柔らかい眼差しで見送っている。
「それに、黎明は負けないよ」
「……でも、荒神の怪異ってやばいんですよ? 安倍晴明はあれを封印するのに……人柱三人と沢山の貢ぎを用意して」
「安倍晴明、ってボクはあんまり知らないけど。黎明に比べたら大したことないと思う。黎明は同じ人間の括りにしちゃいけない、宇宙人みたいなもんだから」
黎明は止まらず前に進んでいく。一歩一歩と互いの距離が迫る。
飢津御前が、嬉しそうに口を裂いた。人間の顔ではあり得ないほど、頬が左右に広がっていく。
「あたしと遊んでくれるのかい?」
「うん。初見のレアモンスターっぽいし」
「もんすたぁ? はは、変なことを言う子だねぇ」
次の瞬間。飢津御前が消えた。
「っ!」
宵花の目が追えなかった。だが、黎明は反応していた。
轟音。黒い床が砕け散る。飢津御前の爪が、黎明の首を狙って振り抜かれていた。それを黎明は刀の峰で受けている。
火花が散りぎりぎりと音を立てる。怪異の爪と刀がぶつかったとは思えない、金属同士の衝突音。
「へぇ、速いね」
「あんたもねぇ!」
飢津御前が笑う。次の瞬間、二人の姿がぶれた。
右へ。
左へ。
床へ。
壁へ。
天井へ。
激しく、縦横無尽に移動をしながら互いの拳と爪と刀がぶつかり合い、そのたびに空間が爆ぜる。
これは、人間の戦いではない。
宵花は目で追おうとしたが、すぐに諦めるしかなかった。見えるのは、衝突の結果だけ。床が割れ、壁が抉れ、掛け軸が斬り裂かれ、空気が悲鳴を上げる。
「な、なんで……」
声が漏れた。怪異が速いのはわかる。荒神ならば、人を超えた身体能力を持っていてもおかしくない。
だが、黎明も同じ速度で動いている。狩衣もない。言霊も唱えていない。術を使っていない。それなのに、荒神と真正面から殴り合っていた。
「くっ、はははははっ!」
飢津御前の笑い声が響く。細い腕が、黎明の刀を弾く。そこへ膝蹴り。黎明は片腕で受けるが、衝撃で床を滑った。
黒石に靴裏が焦げる。
「強いねぇ。いいねぇ。食べる前に遊べるなんて最高だぁ」
「こっちも楽しいよ。やっぱり中ボスはこうでないとね」
「ただぁ、あんたぁ、霊力を使ってないねぇ。身体能力は互いに差がなさそうだから、体を強化して再戦といこうかぁ」
「そろそろウォーミングアップも終わりにしようか」
黎明は刀を構え直す。その体から、白い光が噴き上がった。霊力による身体強化。その精度がどれほどのものなのか、宵花にも、それが分かった。
黎明の周囲で空気が歪む。霊力が筋肉に流れ込み、骨に絡み、神経を加速させる。術を使わずあそこまで体を強化できるはずがない。だが、結果として起きている現象は明らかだった。
(一気に、黎明さんが強くなった気がする。霊力による身体強化、単純なのに圧迫感が飛躍的に上昇したっ)
宵花は黎明に驚く。ここから彼は、さらに速くなる。そう思った瞬間。
(でも、その怪異は霊力を……)
飢津御前の口が、開いた。
「いただきまぁす」
ぐぱぁ、と。人間の顔が壊れるほど大きく開く。口腔の奥に、黒い穴があった。
ただの闇ではない。まるでブラックホールのような吸い込む闇。
周囲の空気が悲鳴を上げる。床に散らばった石片が浮き上がり、掛け軸が裂け、黒い穴へと引き寄せられていく。
そして、黎明の身体から噴き上がっていた白い光も。一気に、飢津御前の口へ吸い込まれた。
「あ――」
宵花が息を呑む。黎明の身体強化が、剥がされた。それも力任せに。
「ん、んんんんんっ……!」
飢津御前が恍惚と目を細めた。老婆の頬に赤みが差す。
「あまぁい……濃い……熱い……なんだい、これは……! べっとりとして、ねっとりとして、ぐちゃぐちゃとして、口の中がずっとネバネバしてるじゃないかい!!!」
「食レポクソ過ぎない? 俺のMPそんなまずい?」
ぞくぞくと身を震わせ、飢津御前は両腕で自分の体を抱き締めた。ただし、感想があまりに雑なので思わず黎明がツッコミに回ってしまった。
「そんなことないさぁ。今まで食べた陰陽師の霊力なんか、泥水だったねぇ。これは、蜜だ。神酒だ。いや、それよりもっと……ああ、腹の底が喜んでるよぉ!」
「う、うーん、褒められてるのか、貶されてるのか……」
「黎明さん!」
宵花は思わず駆け出そうとする。だが、透が腕で制した。
「行くな。巻き込まれる」
「でも!」
「むしろ邪魔だ。天才であるオレでも、まだこのステージじゃねぇ。それならただのガキであるお前じゃ無理だ」
「……天才なら、止めてください。このままだと霊力を吸い尽くされて死んでしまいます」
「天才だから、わかる。この勝負、黎明の勝ちだ」
透の言葉で、宵花は黎明を見る。理由になってない、と思いながらも不思議と黎明の敗北の姿は浮かばなかった。
今も身体強化を吸われたというのに、焦りがない。むしろ、何かを試しているような顔。
「なるほど。MP吸収タイプか」
「あんたの言うMPってのは霊力のことかい? いいねぇ。もっとおくれよ。もっと、もっと食べたいねぇ」
「いいよ。こっちは有り余ってるからさ」
黎明があっさりと言った。
そして。再び、霊力を高めると白い光が爆発する。先ほどよりも強い。濃い。美術館そのものを塗り潰すほどの圧。
宵花はその霊力に膝が震えた。呼吸が苦しい。ただ近くにいるだけで、巨大な滝の前に立っているような感覚に襲われる。
しかし、飢津御前は歓喜した。
「はははははははっ! いいねぇ! いいねぇ!」
口が開く。闇が渦巻く。黎明の霊力が、また吸われていく。
ごっそりと。普通の陰陽師なら、その時点で干からびてもおかしくない量。だが、黎明は倒れない。
むしろ、さらに霊力を放出した。
「じゃあ、どれくらい食べられるか試してみようか」
「な……」
宵花の声が凍る。何を言っているのか分からなかった。
(霊力を吸われる相手に、霊力を出す。それは自殺行為!!)
しかし、それは少なくとも、陰陽師の常識での話。だとしても、相手は霊力を吸うほどに力を増していく。こんな意味のないことをなぜやろうとするのか。
「黎明さん、やめてください! 食べさせたら駄目です!」
「大丈夫。大丈夫、大丈夫、大丈夫」
「なんで4回行ったんですか!」
「大丈夫ってことを示すため?」
──黎明の軽い返事とは裏腹に、彼の体からは霊力が大量に溢れ出していた。
「あああああああっ!」
飢津御前が叫ぶ。歓喜の声。
吸う。吸う。吸う。黎明の霊力を、無尽蔵に。そのたびに、飢津御前の姿が変わっていった。
最初は痩せ細った老婆だった。
だが、頬に肉が戻る。落ち窪んでいた目が艶を帯び、白髪が黒く染まり始める。曲がっていた背筋が伸び、皺だらけの肌が滑らかになっていく。
老婆から、女へ。飢えに狂った餓鬼から、妖艶な美女へ。それは怪異の変化というより、若返りに近かった。
「綺麗に、なってる……? ど、どんどん強くなって……」
宵花が呆然と呟く。飢津御前は、自分の頬に触れた。
「ああ……戻る。戻っていくよぉ。腹が満ちる。体が満ちる。あたしが、あたしがぁ……!」
その姿は確かに美しかった。艶やかな黒髪。白い肌。赤い唇。人を惑わすような瞳。
「クククク、今のあたしは【神格】と言っても差し支えないんじゃないかい?」
「ふーん。そうかな確かにSランクとも言えるかも」
「黎明さん、これ以上は!!」
「──でも、俺に勝てそうではないかな」
けれど、その美しさは一瞬だけ。次の瞬間には、また変化が始まる。
膨らむ。腕が太くなる。腹が膨れる。頬が丸くなり、顎が重なり、肉が全身にまとわりついていく。
「もっと……もっと……もっとぉ……!」
「まだいける? フードファイターモンスター」
黎明の霊力が、さらに増えた。空間が白く染まる。チカチカと暗闇を黎明の光が何度も吐いたり消えたり、豆電球のようだった。
「どんどん、怪異の霊力が増しているッ、神格には間違いなく届いてしまっていますッ」
「ボクはよく知らないけど、確かに相手やばそうだな」
「あの、かなり落ち着いてますが本当にやばいです。あんなのが一般社会に出てしまえば、日本は崩壊の可能性が」
「そうか。でも、饗島のあいつほどの圧は、あの怪異から感じない」
飢津御前の姿は、もはや美女ではなかった。
肉塊。
肥え太った体が床に沈む。腕は丸太のようになり、腹は波打ち、首は肉に埋もれている。それでも口だけは大きく開いていた。
吸うために。食らうために。飢えを満たすために。
「あ、ああ……お腹が……でも、やめられないねぇ……美味しい……美味しいよぉ……!」
「まだまだあるよ。こんなのわんこ蕎麦なら3杯目くらいだろ」
「や、やめ……いや、やめ……やめ……!」
飢津御前の目に、初めて恐怖が宿った。それでも口は閉じられない。
黎明が無理やり霊力を送りつけているのだ。いらないと言っても何度も何度も大量の霊力を。
満腹でも、苦しくても、破裂しそうでも、食べずにはいられない。
「──ちょっと出力あげるね」
黎明が、静かに笑った。瞬間。白い光が柱となって噴き上がった。
それは霊力というより、天へ伸びる極光だった。展示室の天井を突き抜けるのではないかと思うほどの輝き。掛け軸が燃えるように白く染まり、床の黒石に亀裂が走る。
飢津御前が、それを吸った。いや、無理に押し付けられた。
「――――」
声にならない声。急激な体の膨張。そして、全身が内側から押し広げられる。それにより皮膚が裂ける。肉が割れる。目が飛び出し、口から白い光が漏れる。
「ごちそうさまでした」
黎明の軽い声の直後。
飢津御前の体が、吹き飛んだ。白い光と黒い肉片が混ざり合い、爆発が展示室を揺らす。
凄まじい衝撃波が起こる。宵花は祈に抱えられ、透は刀を床に突き立てて踏み留まる。視界が真っ白に染まり、耳が一瞬何も聞こえなくなった。
そして、光が収まった時。そこには、何も残っていなかった。ただ、黒い床に巨大な焦げ跡があるだけ。
「ふむ、面白いモンスターだった。さて、次行こう」
──宵花は思わず黎明から距離を微かにとった。
(あれほどの霊力を、荒神が神格になれるほどの霊力を出しておきながら、まるで疲労をしている様子がないッ。あんな小さい体のどこに、それほどの器があると……っ)
(怪異でも、霊力を過剰供給されると吹き飛ぶ。そんなのは初めて見た……)
その異常さに、宵花は改めて震えた。恐怖と、安堵と、理解不能な頼もしさが混ざった震えだった。
◾️
一方、黎明の様子を水晶で見ている怪異がいた。戦いの結果を見て、火車坊と童子姫は、沈黙をするしかない。
映像には、飢津御前が爆ぜた瞬間が映っていた。肉も、骨も、霊力の残滓すらも、白い光に飲まれて消えた。
火車坊の炎の髪が、低く揺れる。
「……何だ、あれは」
その声には、初めて警戒が混じっていた。人間の霊力ではない。少なくとも、火車坊の知る陰陽師のそれではなかった。
濃度が違う。量が違う。何より、質が違う。
霊力とは、通常ならばあそこまで多く保有などできない。どんな存在でも霊力を貯める器のようなものがあり、その器は簡単には大きくできないのだ。
だが、あれは違う。異常なほどに器が大きい。
「うふふ」
隣で、童子姫が笑った。火車坊が横目で見る。
「笑うことか」
「だって、面白いんだもん」
童子姫は水晶球に映る黎明を見つめながら、うっとりと頬に手を当てた。
「あのお兄ちゃん、壊れてるねぇ」
「壊れているのは飢津御前の方だがな」
「違うよぉ。飢津御前は食べすぎただけ。でも、あのお兄ちゃんは最初から壊れてる」
くすくす。少女の姿をした怪異が笑う。
「怖がってない。迷ってない。楽しんでる。普通の人間は、あたし達を見ると泣くのに。逃げるのに。命乞いするのに。あのお兄ちゃん、玩具を見つけた子供みたいな顔してる」
「だから厄介というわけか」
火車坊は低く唸った。
「恐怖を集めるこの場で、恐怖しない人間など邪魔でしかない。しかも、あの霊力。放置すれば結界そのものを壊される」
「……ふーん、じゃあ、あたしが行くねぇ」
童子姫が、ぴょんと跳ねるように水晶から離れた。火車坊の視線が鋭くなる。
「勝てると思っているのか」
「うん」
即答だった。あまりにも無邪気な声。
「飢津御前は食べようとしたから負けたんだよ。あれはお腹が弱点だもん。だったら、あたしは違う遊びをする」
「……策があるのか」
「あるよぉ」
童子姫の唇が、赤く歪む。
「あのお兄ちゃんが怖がらないけど、他の人間は怖がるからねぇ」
その言葉に、火車坊は沈黙した。童子姫は人形のような袖を揺らし、くるりと回る。
「あのお兄ちゃんは……多分人間の救出に来たわけだよねぇ。だから、無理やりに結界を壊そうとしない。そんなことをすれば余波で全員死んじゃうからぁさぁ」
「そうかもしれん」
「それなら……あとは簡単。足手纏いを増やしてあげればいいんだよねぇ。あ、【雑兵】全部借りるね。倒してくるからさぁ」
「……好きにしろ」
「うん。遊んでくる」
童子姫は笑いながら、闇の中へ駆けていった。その足音は軽い。まるで子供が祭りへ向かうような、弾む足音。
だが、その背中にまとわりつく霊力は、どす黒く、冷たかった。
「あいつらは時間稼ぎだけ、してくれればよい。あと少し、あと少しで……地獄の門が開く」
一人になった火車坊が、ポツリとそう呟いた。
◾️◾️
飢津御前が消えた展示室に、新たな扉が現れた。先ほどと同じように、何もなかった壁に、ぬるりと浮かび上がる。
今度の扉は白い。白木で作られたような、古びた扉。
だが、そこには小さな手形が無数についていた。子供の手形。大人の手形。血で押されたものもあれば、墨のように黒いものもある。
「お、また扉が。ボスを倒すと次の扉がある感じか」
黎明は白い扉へ手を伸ばした。すると再び、扉の方から開いた。
ぎぃ、と。
子供部屋の扉が開くような、軽い音。その向こうから聞こえてきたのは、泣き声だった。
「……っ」
宵花の表情が変わる。黎明も、ちょっとだけ目を見開く。飛び込んできた光景を見ながら四人は扉をくぐる。
そこに広がっていたのは、巨大な展示ホールだった。
天井は高く、壁には美しい絵画が並んでいる。けれど、その床一面に人々が座り込んでいた。
観客達。これは美術館に来ていた一般人だった。
老夫婦。親子連れ。学生。スーツ姿の会社員。泣きじゃくる子供。怪我をして動けない者。放心したまま壁を見つめる者。
数百人。彼らは皆、結界のような薄い膜に囲われ、逃げることもできずに閉じ込められていた。
「助けて……」
「誰か……」
「もう嫌だ……」
か細い声が重なっている。その光景に、宵花は息を呑んだ。そして、黎明は静かに呟く。
「人質的なやつかな?」
その言葉が落ちた瞬間。展示ホールのどこかで、少女の笑い声が響いた。
「うふふふふっ♪」
無邪気で。甘くて。背筋が凍るほど、楽しそうな声だった。
「ふーん、変わったイベントだな」
そう言いながら、黎明はその光景を見つめていた。
明日も11時更新!!
本小説がAmazonで予約開始されてます! 口絵とか最高にかっこいいので、ぜひ手に取ってもらえると嬉しいです!
いや、マジで半端ないです!
表紙イラスト
【挿絵表示】
Amazon予約リンク
https://www.amazon.co.jp/dp/4815642303