【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

82 / 86
第62話 地獄

「これ、なんて醜悪で邪悪な霊力……黎明さん、駄目です! 中は――」

「──はい、これから俺に着いてきたい人ー!」

「まぁ、ボクは行こうかな」

「天才であるオレを置いていくなよ」

 

 

 

 

 宵花が言い終える前に。話が進んでいた。

 

 

 

 

「いやー、これすごいな。こんなダンジョン初めて見た。山神、それを超えてるね。さっきのモンスターも待ってるみたいだし。さっさと行こうか」

 

 

 未知の景色を見つけた子供。新しいゲームのステージに辿り着いた勇者のような表情だ。

 

 

 

「凄まじいMPを感じる。おおー、これ経験値多いわ」

「……凄まじい霊力、ただ純粋に邪悪。そんな感じですね」

 

 

 宵花には眼下には、地獄の裂け目が佇んでいる。入り口だけで、ビリビリと肌を刺す緊張感が湧いていた。生理的な嫌悪、それを感じて体が拒絶しているようだ。

 

 

 

 だが、黎明にとっては違った。ここから先は経験値。新ステージ。未踏破のダンジョン。ワクワクしてきている。

 

 

 

 

 

「じゃ、ちょっと行こうか。おじさんと祈は着いてくるとして。宵花はどうするー? 待ってるならそれはそれで」

「……黎明さん冷静になってください。ここから先は地獄です」

「俺さ、昔やってたRPGで地獄の帝王とかと戦ったんだ」

「え?」

「あいつ、すごく強くてさ。ワクワクしたんだ。それで倒した瞬間は一皮剥けた感じもしたんだ。そろそろ、この世界でも地獄の帝王を狩るか」

 

 

 

 

 そう言って黎明は裂け目の前に立つ。

 

 

 

「よっしゃ、地獄に行こうぜ」

「ですから、黎明さん、冷静に」

「俺さ、昔やってたRPGで地獄の帝王とかと戦ったんだ」

「わかりました、ワクワクしててノスタルジーに浸ってるのはわかりました。でも、もうちょっと冷静に──」

「──俺さ、昔やってたRPGで地獄の帝王とかと戦ったんだ」

「いや、わかりました。わかりました! こっちがはい、って言うまで無限に会話繰り返す感じ、やめてください、ゲームじゃあるまいし」

「あ、宵花もゲームやるんだ」

「え、あ、まぁ、息抜きとかですけど」

「なにやるの」

「え、あー。ソシャゲとか、陰陽師として働くとお金もらえるんですけど、使い道なくて、だから、課金とか多くしてると言うか」

「ほー、なるほどなるほど。さて」

 

 

 

 

 黎明はそう話を切り上げて、裂け目を見た。その先には地獄が広がっている。

 

 

 

 

「じゃ、行こうか。それで、宵花はどうする?」

「……ついていきます。ついていかせてください」

「お、いいね。ノリがいい」

「ノリとかじゃないですけどね」

 

 

 

 

 なんか、だんだん考えるのも面倒になってきたなと宵花は思った。そして、黎明一行は地獄へと降りたのだった。

 

 

 

 

 

◾️

 

 

 

 

 地獄へ落ちる。

 

 その感覚を、宵花は初めて知った。

 

 足場が消えた瞬間、体がふわりと浮いた。だが、それは空を飛んでいるような軽やかさではない。内臓を鷲掴みにされ、そのまま奈落へ引きずり込まれるような感覚。

 

 耳元で風が鳴る。いや、違う。風ではない。無数の声だった。呻き声に似ている、言葉にもならない不気味な言葉が何重にも聞こえてくる。それらが螺旋のように全て混ざり合い、獣の唸りのように宵花の鼓膜を震わせる。

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

 宵花は思わず歯を食いしばった。視界の端で、白守祈が表情を固めている。九条透も、軽口を叩く余裕を失っていた。

 

 

 そんな反応になるのも当然だ。ここは、人間が立ち入ってはならない領域。そして、四人はそこへ落ちたのだから。

 

 

 

──暗黒に落ちていく。その最中、彼らが見たのは

 

 

 

 

 

 

 

 

「溶岩!!!? だとッ!? 天才である俺もそれは予想してなかったッ!!」

 

 

 

 

 

 ──地面はなく、ただひたすらに溶岩の海が広がっていた。

 

 

 

 

「な、これは!」

「黎明、どうする!?」

 

 

 

 

 宵花も祈も、見渡す限りの溶岩を恐れた。捕まる場所はなく、着地できる場所もない。それでいて、徐々に皮膚が焦げるような熱さが満ちていく、

 

 

 あの溶岩は間違い無く本物であり、落ちた瞬間に絶命する。そんな確信が彼らの中にあった。

 

 

 

 

 

 

「──風圧の誘い(ウィンドフォール)

 

 

 

 

 しかし、突如として黎明の身の回りから突風が発生し、全員が鳥のように飛翔した。

 

 

 

 

「いきなり溶岩とは、しかもこれが全部MPとはね」

 

 

 

 

 更に、黎明は3名を結界で包み空間にて座標を固定した。3人は干渉もできないが、干渉されることのない安全圏に一気に逃れたことになる。

 

 

 

 

「これは、結界、ですか。言霊も神の補助もなしで、よくこんな分厚いのを……」

「危なかったな。天才である俺も冷や汗をかいたぜ」

 

 

 

 

 宵花は黎明の結界に関心をしつつも、九条透は割と張り合うタイプなんだなぁと、見ていて感じていた。

 

 

 

 

(天才って自分で言うんだ。まぁ、自己表現は悪いことじゃないけど。ただ、この結界は本当にすごいな、それに黎明さんは浮いたまま)

 

 

 

(この結界も含めて、術を併用しても高水準で運用が可能。賞賛するしかないほどに規格外)

 

 

 

 

 

──目線の先では、黎明は只管に溶岩能見を見つめている。そして、そんな時、どこからか声が響いた。

 

 

 

 

 それは、溶岩の海そのものから湧き上がってくるようでもあり、空の奥から降ってくるようでもあった。

 

 

 

 

『ようこそ、ようこそ。よくぞ参ったな。封印を解き、地獄に儂を帰らせてくれたこと。まずは深く感謝しよう』

 

 

 

 一応感謝を述べているが、そこに温度はない気がした。本質は邪悪な声音に聞こえる。

 

 

 

 

「……っ、そうか、地獄の主……火車坊(かしゃぼう)。いや、常世津神(とこつよかみ)

 

 

 

 宵花がぽつりと、名前を呟きながら周囲を見回す。だが、声の主はいない。あるのは溶岩の海と、赤黒い空が広がるだけ。

 

 

 

 

『ほう、儂の真の名を知っていたか。いかにも、あの火車坊(かしゃぼう)はただの仮の姿。常世津神(とこつよかみ)、それこそが本来の名前だ』

「……随分と違う名前を使い回すんだな」

 

 

 

 

 透が疑問を持つように、言葉を発した。確かに火車坊(かしゃぼう)常世津神(とこつよかみ)とでは名前が大きく違う。全く異なる系統の怪異とも思えるからだ。

 

 

 

「元々は戦乱で死んだことで生まれた怪異。しかし、その後地獄を発見して、自らを死者の世界に導く神と自称し多くの信仰を手に入れた。そうして、今の名前になったとか」

「なるほど。怪異も神を自称して、信仰を手に入れたというわけか。さっきは山伏装束を着てたようだったが、あれは信仰に関連してるとも取れるしな」

 

 

 

 

 やはり、宵花は透でも知らない情報をたくさん持っている。その理由は不明だが、透は知らないならばと、彼女に聞き続けた。

 

 

 

「ただ、火車坊(かしゃぼう)ってのは何回か聞いたことがある名前だ。霊格もそこまで高くないし、個体数も他に居たんじゃなかったか? ただ、常世津神(とこつよかみ)天才である俺の脳にもそんな怪異の記録はねぇ。どういう怪異だ?」

「……常世津神(とこつよかみ)は戦乱で死んだ人間を地獄に導く怪異。神と名づけるだけあって、信仰されていた時代もあった。しかし、本質は人間の魂を地獄に抑留し、生きる人間すらも地獄に導く」

「なるほど。友好的な態度は外面だけか」

「はい。そして、この地獄と常世津神(とこつよかみ)はそれぞれ別の怪異。地獄には意思のようなのはありませんが、常世津神(とこつよかみ)が地獄を操作し、人間の魂を永遠に抑留させて、霊力を絞り上げていた。だから、封印をされました」

「……そういうことか。地獄は意思のない怪異。だから、それを火車坊(かしゃぼう)なんていう低級の怪異が使いまわせたのか」

「はい、そうなります」

 

 

 

 

 宵花はスラスラと常世津神(とこつよかみ)や地獄についての情報を語る。それを見て、なぜここまで情報が知れるのか。その脅威さに九条透もわずかに舌を巻く。

 

 

 

 

(随分な天武だな。急に情報が頭の中に溢れるなんて。)

 

 

 

 

 

 しかし、そんな彼らの驚きをよそに黎明は暗黒の空を見上げて、言葉を返した。

 

 

 

「お、ボスっぽい感じだね」

『ボスか。面白い表現をする人間だ。改めて、儂は常世津神(とこつよかみ)と言う』

「よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、地獄の奥……暗い部屋があった。

 

 

 

 その壁には骨が飾られている。人の指骨を繋げた簾。肋骨を削って作った椅子。魂を薄く伸ばし、硝子のように固めた装飾品。

 

 

 

 その中央に、巨大な水晶が浮かんでいた。そして、その水晶には黎明の姿と、結界に包まれる三人の姿が映し出されている。

 

 

 

 どうやら、ここから黎明を見つつ声をかけているのだろう。

 

 

 

 ──そして、その水晶の前に立つのは、二メートルを超えるほどの怪異がいる。

 

 

 

 山伏装束を着ており、人間のような二足歩行の体躯。両腕は人の腕に似ていながら、指先が刃のように尖っていた。

 

 

 顔は人間に近いが、髪の毛が全て炎で燃え上がっている。そして、その炎がさらに燃え上がり、全身から異様な霊力を醸し出す。

 

 

 

 

『人間が四人もここに来てくれるとは喜ばしいこと。歓迎しよう』

「そりゃどうも」

『さて、もう少し自己紹介を続けよう。久しぶりに完全解放されたからか、どうも饒舌になっているようだ』

「俺も話だけなら少しは聞くぜ。いきなり戦うと言うのも風情がないし。RPGでもある程度は戦闘前に会話するし」

『変わった思想だ。しかし、会話の席を設けてくれたことには感謝しよう。儂はただ、人間を地獄に導く存在。なぜなら、地獄こそが人間が最も輝ける場所だからだ。これから、生きとし生きる人間を全て地獄へと導く。できれば邪魔をしないで欲しいが』

 

 

 

 

 

 常世津神は水晶を撫でる。その中には、溶岩の海に浮かぶ黎明たちの姿が映っていた。

 

 

 

 

『人間は本当に美しい。しかし、場所がイマイチだ。人間の魂が宝石のように輝く場所、それがこの地獄。恐怖に震えた時、絶望に沈んだ時、最も美しく光る』

「ふーん。そう言う考えなんだ」

『うむ、現世では死んだら魂は消えていく。しかし、魂は宝石。ゆえに、失わせるなど勿体ない。永遠に地獄へ留め、削り、磨き、飾る。それこそが敬意。人間への賛歌なのだ』

「そりゃ、聞けない相談だね」

 

 

 

 

 

 黎明は常世津神(とこつよかみ)の願いを棄却する。当然である、到底承諾できるような内容ではないからだ。

 

 

 

 

 

「人間は美しいってのは同意。俺は誰でも可能性に溢れてると思ってるからね。俺が昔やってたRPGでも、それぞれに特徴があって、輝く場所があった」

『ほう?』

「ただ、輝く場所はそっちが決めることじゃない。それと、死んだ魂ってのは消してあげなくちゃ」

『ふむ、それはわからぬ? 魂が完全に消えたら、何も残らずこの世界から消えるが』

「分かんないじゃん。転生があるかもよ」

『転生? あり得ないな。人間の魂が廻るなど。なるほど、やはり話し合いでどうにかなることはないわけか』

 

 

 

 

 

 

──黎明達の周り、地獄の溶岩が吹き上がり始める。

 

 

 

 それと同時に霊力が高まっていき、九条透の【霊眼(れいがん)】はその数値の上昇を捉える。

 

 

 

「……おいおい」

 

 

 思わず、透からそんな声が漏れた。それもそのはず、彼の瞳には凄まじい霊力の数値が表示されているのだから。

 

 

 

「この地獄そのものの霊力、とんでもねぇぞ。どんどん上昇してやがる。さっきまで40291だったのに、今は80193。いや、まだまだ、上がって91873、93918、96919、99181、99999……ッ!? オレの瞳は五桁までしか表示できねぇッ。六桁以上は確定か。スザクと同レベル、いや、この上がり幅はそれよりも上か」

 

 

 九条透の持つ【霊眼(れいがん)

 

 

 相手の力を分析できる。具体的に霊力(れいりょく)(ごう)(じん)(けん)と三種類が見える。

 

 

 しかし、この地獄には霊力(れいりょく)しかない。だが、それだけでも凄まじい数値を叩き出し、まだまだ上がある。

 

 

 

 

「どんどん上がってやがる、上限はないのか……? 黎明以外にこんなポンポン上がるわけが……いや、待て。()()()()()()()()

『ご明察。ここは地獄。太古より人が恐れた死後の世界。そして、儂は地獄の管理者にして、魂の収集家。永遠に恐怖し続ける人間の魂、そこから漏れ出した霊力によりこの地獄は無限の力を得れる』

 

 

 

 

 そう語った直後、溶岩の海が泡立つ。赤い水面が盛り上がり、巨大な影が姿を現した。

 

 

 一体ではない。三体、五体、十体。続々と出現する。

 

 

 カマキリ、ムカデ、甲虫、蜘蛛。それらを無理やり人型に近づけたような、巨大な怪異たち。溶岩を纏い、甲殻から火を噴き、複眼をぎらつかせて黎明を見上げる。

 

 

 

 

『まずは肉を焼こう。人間の肉は余分な脂質のようなもの。真に価値があるのは魂だけ。まぁ、骨くらいは別に加工してもよいが。まずは魂、魂、魂、それを欲している。収集し飾るのが楽しみで仕方がない』

「お、急にモンスターが十体も。いいねぇ。こっちは経験値に目がなくてね。狩らせて貰おうか」

 

 

 

 そういって、黎明は刀を抜こうとするが彼はわずかに動きを止めた。そして、辺りを見渡し、眼を細める。その後、ぽつりとつぶやいた。

 

 

 

「このフィールド魔法の壁、めちゃくちゃ分厚いな」

『壁? あぁ、それもそのはずだな。この地獄は結界ですが同時に怪異。それに【神格】、ここに入ったら最後、完全に断絶されたこの世界で永遠を生きるしかないからな』

「なるほどね。断絶されてるのか。気遣いがいらないね」

 

 

 

 

 

 黎明の表情が変わる。普段であれば、押さえ込んでいる自らの枷を、制限を外していい場所を見つけた。その嬉しさに溢れている。

 

 

 

 

「なら、遠慮しないぜ」

 

 

 

 次の瞬間。地獄が揺れ始めた。まるで、恐怖をしてるかのように。

 

 黎明の体から、白い光が噴き上がる。膨大な霊力が溢れ出し、溶岩の海が大きく波打ちを始める。

 

 

 宵花の髪が逆立ち、体から突風が溢れるようになった。

 

 祈が息を呑み、透の瞳が見開かれる。

 

 

「地獄が震えている……?」

「……五桁、そんなのは当然のように越していくか。まだ、オレの瞳じゃ、どれくらい強いのか、それを判ることすらできないのかよ」

 

 

 

 五桁に届くのはもう当たり前、ここはもうそんな世界。化け物どもが住む魔境。

 

 

 

 

「……くっ、眼、眼が!!」

 

 

 

 

 九条透の視界が白く焼けた。ぶちり、と嫌な音がして、そこを見ると透の右目から血が流れていた。

 

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

「おい、大丈夫なのか?」

 

 

 

 宵花、祈が心配した様子だが、透はそれを手で制す。そして、微かに歯を食いしばりながら片目を抑えた。

 

 

 

 

 

「……測定不能。あまりに数値が急上昇して、それを見る、眼がオーバーヒートしたみたいだ」

 

 

 

 

 白い霊力が、彼の周囲を渦巻いている。

 

 髪が逆立つように揺れ、空間そのものが軋む。地獄の重圧すら、彼の霊力に押されて形を歪めていた。

 

 

 

「黎明……本当にすごいやつだな、お前は。だが、オレは天才だ。この程度で折れないんだよッ」

 

 

 

 

 潰れた瞳、その反対側で黎明の霊力を見続けた。五桁までしか見れず、片目がオーバーヒートしたのにも関わらず、再び測定を試みる。

 

 

 

「強さくらい、分からなきゃなッ。背中くらい見せてもらう。天才なんでなッ」

 

 

 

 

 そう言う彼の瞳に徐々に変化が現れた。眼が黄色く点滅し、【数値】が徐々にもう一つ見えるようになったのだ。

 

 

 

 

──そう、彼の霊眼。さらに大きく相手を推しはかれるようになったのだ。

 

 

 

 

「見える、見えるぞッ。数値がもう一桁!! 当たり前だよなぁ? こっちは天才なんだ!!!」

 

 

 

 

 

──しかし、彼の瞳には黎明の霊力は【999999】と一瞬見えた後に、【000000】となり、そこから再び【000643】となり、さらに上昇をしていった。

 

 

 

 

 

「マジかッ。ま、まだ桁が上だとでも言うのか。ただ、地獄は【539201】か。恐らくだが、これは正しい数値だろう」

「凄いな。見えるのか、因みにボクは今どれくらいだ?」

「美術館で黎明が倒した怪異の霊力をもらってるからな。だが、【491】だな。雑魚だな」

「……まぁ、黎明とかに比べたらそうなるのか」

 

 

 

 

 未だ、黎明の背中は見えず。しかし、更に成長をした九条透は、血を流しながらも黎明を見続ける。

 

 

 

「天才だからな。こうなったら七桁まで行ってやる!!」

「お、おい、あんま無茶すると」

「ぐ!!? め、眼が。両眼が!!!」

「だから、無理するなって、瞳月がいってたぞ。パパは急に無茶するから心配って。ほら、ティッシュあげるから、これで血を拭いたらどうだ」

 

 

 

 

 

 九条透の両目は潰れてしまった。祈は治癒の術などは使えないため、せめて血を止めるためにとティッシュを差し出す。宵花も同様なため、ハンカチなどを手渡すしかできなかった。

 

 

 

 

「あぁ、すまない。だが、黎明の野郎……どこまで数値があるんだ? 強すぎるだろう」

 

 

 

 

 

 

 その声には、信頼と畏怖が混じっていた。その声に同調をするように、宵花はただ、呆然とする。

 

 

 

 

 

(これが……全力に近い黎明さん……?)

 

 

 

 何度も規格外だと思った。何度も常識を壊された。

 

 

 

 だが、違う。今まで見ていたのは、それでも一部に過ぎない。彼が本当に霊力を解き放つ場所は現代にはなかった。

 

 

 そんな事実を、今さら理解させられる。

 

 

 

 

 

『……なんと言う、霊力ッ 儂の場所までもその力が伝わってくるだとッ』

 

 

 

 

 水晶の向こうで、常世津神は驚愕の感情を抱いた。それもそのはず、予想を遥かに超える力を黎明は持っているから。

 

 

 

 

 

『ふ、ふははは。なんと、なんと美しい。これは素晴らしい。これほどの魂、これほどの霊力を持っているとは。是非とも魂を収集したい、楽しみだッ』

 

 

 

 

 言葉とは裏腹に、常世津神の指先が僅かに震えていた。それは黎明の霊力の余波により起きてる地震ではなく、彼自身が黎明の強さに恐怖を抱いたからである。

 

 

 

 一体、何が起こり、こんな存在が生まれたのか。強さへの恐怖と同時に、こんな化け物がどのようにして、生まれ育ったのか。そのような疑問が心の中で渦巻き始めた。

 

 

 

『これほどとはなッ ならばこちらも出し惜しみは必要ないッ』

 

 

 

 その言葉と同時に襲い来る溶岩の怪異たちが、一斉に跳んだ。

 

 巨大な甲殻を持つ怪異、虫のような怪異、トカゲに近いような怪異。それら全てが黎明に襲いかかる。全てが【神格】に届きうる怪異であり、人間はどんなに束になっても決して勝てない存在。

 

 

 

 

 

 その全てが、黎明へ殺到する。

 

 

 

 

──だが、次の瞬間。キィィン、と金属音が静かに響いた。

 

 

 

 一体、何が? そう思う瞬間、先頭の怪異が消し飛んだ。

 

 甲殻が砕け、腕が千切れ、胴体が爆ぜる。続く二体目も、三体目も、衝撃波に巻き込まれて溶岩の海へ叩き落とされた。

 

 

 

 

「は?」

「え?」

「ん?」

『え?』

 

 

 

 宵花、祈、透、常世津神(とこつよかみ)、四者が間の抜けた声を出した。なぜか、時間が飛んだように怪異は溶岩に沈む。その光景を理解できなかったからだ。

 

 

 

 

「今のは、まさか、刀を納める音……?」

 

 

 

 

 最初に気づいたのは宵花だった。そして、その考えは正解だ。先ほど聞こえた金属音は、黎明が刀を鞘に収める音。

 

 

 

 本当に刹那の瞬間に、勝負が決した音であった。

 

 

 神速、そんな表現がまさに正しく、神業と呼ぶにふさわしい攻撃。だが、それはただの剣術であると言う恐ろしさ。

 

 

 もはや、術すらも黎明には必要ではない、そんな想いが彼に浮かぶ。なぜなら、黎明が今見せたのはただの刀捌きなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『時を飛ばす能力、なのか?』

 

 

 

 

 

 

 

 だが、常世津神(とこつよかみ)は別の解答を選んでいた。あまりに速すぎる攻撃、目にも止まらぬ、いや、目にすら映らぬ神速。

 

 

 ただの刀捌きであり剣術である。そんな発想は出てこなかった。

 

 

 

 

『……なるほど、ここまでの強さを持っているとは。だが、時を飛ばすにしても、儂には勝てない。儂の霊力は、確かに貴方に劣っているが、【地獄】の霊力を全て吸収すれば話は別』

 

 

 

 

 

──水晶の先では、黎明が次々と怪異を切り裂いてく様子が写っていた。

 

 

 

 そして、それを見て常世津神(とこつよかみ)も覚悟を決めたように、暗い部屋を後にし、外に出る。

 

 

 

 

──決戦に行くように。

 

 

 

 

◾️

 

 

 

「お、もう終わりかな。しかし、久しぶりに体が全開でテンション上がるなー」

 

 

 

 

 全ての怪異を斬り終えた黎明、その様子を見てた三人は未だ刀身を見ることも叶わない。

 

 

 

 

「す、すごい、黎明の刀捌きが一切見えない」

「あぁ、天才であるオレにも」

「いや、おじさんは眼が潰れてるから仕方ないと思うけどね」

 

 

 

 

 祈は透に思わず突っ込んでしまった。両目が潰れてるのだから、そもそも見れないだろう、ただ、どちらにしても見えないことには変わりなかった。

 

 

 それほどに速い。鬼神、そんな状態になっている黎明は別の霊力をそこで感知した。

 

 

 

『見事。実に見事』

 

 

 

 常世津神の声が再び響き、拍手のような音が地獄に反響した。

 

 

 

『素晴らしい。本当に素晴らしい。儂では、勝てないと率直に思った』

「ん? 降参するの? でも経験値は頂くよ」

『いやいや、降参などない』

「ならよかった。戦う気がないのを潰すのは気分が良くないから」

『ほう、勝利宣言か。確かに貴様は強い。だが、まだまだ。ここは地獄。戦乱に死に、焼かれ、斬られ、踏み潰され、泣き叫んだ魂が万単位で沈む場所。その恐怖は今なお巡り、地獄へ霊力を還元し続けている』

 

 

 

 

 溶岩の海が、再び脈打つ。先ほどよりも濃い霊力が、地獄の底から湧き上がってきた。

 

 

 

 

『封印が解けた今、歯車は再び回り始めた。魂は恐れ、恐怖は霊力となり、霊力は地獄を満たす。儂の庭は、これよりさらに強くなる』

 

 

 

 常世津神は笑っていた。黎明の力を見て、驚愕したものの、まだ余裕が残っている。なぜなら、地獄は尽きない。万単位の魂が恐怖し続ける限り、霊力は増え続ける。

 

 

 そして常世津神(とこつよかみ)は、その全てを利用できる。

 

 

 

 

 

『では、ここから本番と行こうか。それに伴い、場所を変えさせてもらう』

 

 

 

 その言葉通り、地獄が反転した。溶岩の赤が消え、熱が消える。代わりに、世界を白が埋め尽くしている。

 

 

 

 次の瞬間、三人の結界を吹雪が叩く。凄まじい吹雪が降り積もる極寒。骨の芯まで凍らせる、白い地獄だった。黎明はその中心で、少しだけ笑っている。

 

 

 

 

 

「お、次は氷ステージか」

『その余裕もいつまで持つかな』

 

 

 

 

 

 

──互いに、戦いは佳境へと入る。黎明にはどう考えても、まともな方法では勝てない状況。

 

 

 だが、常世津神(とこつよかみ)には何か秘策があるようであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。