【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第63話 地獄決着

常世津神(とこつよかみ)はゆっくりと両腕を広げる。

 

 

 

 

 

『では、今度はこちらが驚かせる番か』

 

 

 

 

 

 

 その声と共に地獄全体が脈動した。どくん。まるで巨大な心臓が動いたように、それと同時に地獄の大地から赤黒い霊力が噴き上がる。

 

 

 

 極寒の大地、吹雪が溢れる場所を割いていくように常世津神(とこつよかみ)の元に集まっていく。

 

 

 

 

「な……」

「おいおい、マジか」

「……っ」

 

 

 

 宵花、透、祈、全員の顔色が変わる。なぜなら、その霊力の圧が、先ほどの黎明よりも大きかったからだ。

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 

 黎明でも、微かに眼を見開いている。しかし、ただ茫然と常世津神(とこつよかみ)を見続けている。

 

 

 

 地獄の至る所に縛られた魂は苦しみ続け、それが全て地獄へと還元されていく。それにより地獄は更に強くなる。

 

 

 そして、それを常世津神(とこつよかみ)は吸収した。

 

 

 

 

『美しい。やはり、人間の魂は。そして、素晴らしい』

 

 

 

 

 常世津神が恍惚と呟く。徐々に常世津神(とこつよかみ)の霊力に黄金に変わっていった。全身から漂う霊力、そして頭の炎も黄金に染まっていく。黄金虫みたいだなぁと、黎明はこっそり思っていたりもする。

 

 

 

 

『恐怖こそ輝き、絶望こそ芸術、苦痛こそ宝石を磨く砥石』

 

 

 

 

 霊力が止めどなく、集まり続ける。そして、常世津神へ流れ込んだ。

 

 

 

 轟ッ!!

 

 

 

 極寒地獄が吹き飛び、空が裂ける。周囲の空間が悲鳴を上げ、黎明と同じく霊力だけで世界が軋む。

 

 

 

 ──黄金の炎の輝きが、怪異を照らす。

 

 

 

『あぁ、素晴らしい。いかがかな、これこそが人間の魂の輝き。美しいとは思わんか』

「黄金虫みたいだね」

『ハハハ、まだそんな呑気なことを言ってる暇があるか。どう考えても今の儂の霊力は貴方を凌駕しているが』

「……あー、そうとも捉えられるかもね。いや、びっくりした、ここまでのMPを持つモンスターは初めてだ。魔王だったりする?」

『魔王というものではないが、王と評されるのは光栄と言っておこうか』

「魔王じゃないのか、まぁ、確かにね」

 

 

 

 

 

 

 黎明はこれまでの敵の中で最も強い、そう評した。しかし、それは黎明だけではなかった。

 

 

 

 

「おい……おいおいおい」

 

 

 数値も見えない。それでも分かる。分かってしまう。

 

 

 

「黎明より上だ」

「……黎明」

「黎明を超えてる、そんなやつがいるとはな。くそ、黎明は大丈夫なのか、眼が見えればもっとサポートかも出来たかもしれないのにっ」

 

 

 

 透も祈も微かに不安を抱き始めた。まさか、黎明が負けるかもしれない。そんな不安だ。

 

 

 今までなら、黎明はどんな敵にも負けない、そう思ってしまう存在だった。現に、先ほどまで地獄を押し返していたのも黎明だった。

 

 

 

 しかし今は違う。

 

 

 

 常世津神の霊力が黎明を遥か上を上回るような、圧力を出している。宵花も結界を爪で引っかきながら、悔しそうな顔をしていた、

 

 

 

「黎明さん……」

 

 

 思わず声が漏れた。目線の先では、黎明と常世津神(とこつよかみ)は向かい合い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

『今なら降参をすれば、楽に殺してやろう。貴様のような人間の魂は、是非とも収集し、眺めていたいものだからな』

「そんなことはしないさ。それにしてもアンタのMPで、吹雪が吹っ飛んじゃったけど、大丈夫なの? せっかくステージ変えたのに」

『構わん、溶岩では貴様に傷をつけられそうではなかったので場所を変えたかっただけ。少しでも有利になるように取り敢えず吹雪にしただけだ。もっとも、ここまでの霊力を確保できれば、どこであろうと勝てる』

「……ふーん、まぁ、そうかね」

 

 

 

 

 黎明は辺りを見渡しつつ、再び、常世津神(とこつよかみ)を見つめた。常世津神(とこつよかみ)からは信じられないほどに霊力が溢れ、ビリビリとまるで帯電してるかのような雰囲気があった。

 

 

 

 

 

『──この地獄には人間の魂が抑留され、そこで永遠と恐怖させられてる。だからこそ、霊力を大量に作り出すことが可能なのだ。そして、それを何度も回収ができる』

「あらら、確かにかなりのMP。このままだと壁が破れちゃうんじゃない?」

『そうかもしれないな。なぜなら、まだまだ上がるのだから』

 

 

 

──さらに、常世津神(とこつよかみ)の霊力が肥大化していく。もはや、地獄の結界すら打ち破りそうな程に。

 

 

 

『今の儂は【神格】なんて括りでは収まらないだろう。名付けるなら、そうだな、捻りはないが……【超神格(ちょうしんかく)】とでも言っておこうか』

「本当に捻りがなかった。まぁ、俺は【SSランク】って言っておくよ」

『相変わらず、不思議な表現をする。しかし、無駄話はここで終わり、では、行くぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──霊力の爆発。

 

 

 

 

 常世津神(とこつよかみ)は黎明の近くに霊力を大きく解き放ち、甚大な爆発を起こした。

 

 

  爆炎の嵐が急に起こったかのような衝撃音。一瞬のうちに地獄を塗り替えるかの如くの一撃であった。

 

 

 常世津神が解き放った黄金の霊力は、黎明付近で大きく爆発を起こす。それにより空間そのものを押し潰し、極寒の大地に積もっていた豪雪を根こそぎ吹き飛ばした。

 

 白かった世界が、瞬く間に赤へ変わる。

 

 氷山は砕け、雪原は蒸発し、爆心地から溶岩が噴き上がった。先ほどまで骨の芯まで凍らせる極寒だった場所が、一瞬で灼熱の地獄へ戻されていく。

 

 

 

 

『素晴らしい!分かるか?人間の魂から溢れ出た霊力はこれほどまでになるのだ! ふふ、豪雪の地獄に変えたのも、意味がなかった。見よ、再び、溶岩のように熱気が溢れてきておるわ』

 

 

 

 雪が炎に呑まれ、氷が赤く溶ける。空気が燃え、地面が煮え、世界の色が変わった。再び、溶岩の海に近くなっていく。

 

 

 

 

 

「黎明ッ!!」

 

 祈の声が響いた。爆発の中心に、黎明がいた。いや、いたはずだった。

 

 しかし、その姿は捉えられない。黄金の霊力の奔流が大地を抉り、視界を覆い尽くしている。結界に守られている三人ですら、その余波だけで息が詰まった。

 

 

 

 

「……神格、それよりも上があるなんて」

 

 

 

 

 宵花が呟く。冷静に判断しようとしても、体が先に震えてしまう。

 

 今の一撃は、これまでの怪異の攻撃とは次元が違った。単純な破壊力だけで言えば、黎明の霊力放出に匹敵する。いや、それよりも上回っているように感じた。

 

 

 

 

 

「おい、どうなった!?」

 

 

 両目に血の滲む布を押し当てたまま、九条透が叫んだ。

 

 

「見えねぇ! くそ、今のをまともに受けたのか!?」

「……爆心地にいました。おそらく直撃かと」

「馬鹿な……」

 

 

 

 

 透が歯を食いしばる。天才を自称する男の顔から、余裕が消えていた。

 

 黎明は強い。規格外であり常識の外側。それは分かっている。だが、今の常世津神もまた、常識の外側にいた。

 

 

 

 

『ふふ』

 

 

 

 黄金の霊力の向こうから、常世津神の笑い声が響く。

 

 

 

『いかがかな。これが【超神格(ちょうしんかく)】。地獄に囚われし万の魂、その恐怖を束ねた力。やはり人間というのは素晴らしい。万人程度の魂でこれなら、全ての人間を地獄に収めたときにどうなってしまうか、今から楽しみで仕方がないわい』

 

 

 

 

 溶岩の海の上に、常世津神は立っていた。黄金に輝く神。その身には万単位で魂が抑留されており、その一つ一つが苦痛の光を放っている。

 

 

 

 

 

『貴様は強い。認めよう。だが、ここは儂の地獄。儂の収集庫。儂の芸術庭園』

 

 

 

 

 常世津神が腕を振る。溶岩が螺旋を描いて舞い上がり、巨大な槍となった。

 

 

 

 

『ゆえに、ここで儂に勝つことはできぬ』

 

 

 

 

 溶岩の槍が降る。一本ではない。百本、千本。赤熱した槍が雨のように爆心地へ突き刺さった。

 

 

 火柱が何本も立ち上がり、その度に地獄の空が赤く染まった。

 

 

 

 

 

「やめろ……!」

 

 

 

 

 祈が結界の内側で拳を握る。けれど、届かない。

 

 黎明の作った結界は三人を守っている。外からの干渉を防ぐ。だが、同時に中から外へ出ることもできない。

 

 

 観戦しかできない。だからこそ、祈は歯を食いしばるしかなかった。

 

 

 

 

「黎明……!」

 

 

 

 その時。爆煙が裂けた。白い光が、灼熱の霧を割る。そう、黎明が飛び出してきた。

 

 服の端が少し焦げている。頬にも薄い傷。だが、致命傷には程遠い。しかし、常世津神は既に目の前にいた。

 

 

 

「いやー、今のはびっくりしたかも」

『遅い』

 

 

 

 神の腕が【鎌状】に変化する。そして、黄金の霊力を纏った刃が、黎明の腹部へ叩き込まれた。

 

 

 

「っ」

 

 鈍い音と共に、黎明の体が吹き飛ぶ。溶岩の海を裂きながら、遠くの氷山の残骸へ叩きつけられた。山が砕け、破片が空へ舞う。

 

 

 

「黎明さん!」

『まだまだァ!!』

 

 宵花の叫びと共に常世津神が消えた。いや、跳んだ。もはや神速としか思えない速度。空間を踏み潰すような移動で黎明の前へ現れ、さらに拳を振り下ろす。

 

 

 黎明は刀で受ける。だが、押し負けた。衝撃が地獄を走り、黎明の足元が崩れる。続けて常世津神の膝蹴り。黎明は腕で防ぐが、また後退。黄金の霊力が爆ぜ、白い霊力が散った。

 

 

 

 

「押されてる……ッ」

 

 宵花の声がかすれる。今まで見たことがない光景だった。

 

 

 

 黎明が防ぐ。

 黎明が後退する。

 黎明が、力負けしているように見える。

 

 

 

『はははははははは! 素晴らしい! 素晴らしい、貴様は! ここまで耐えるとは! やはり貴様の魂は最高の宝石になる!』

 

 

 

 拳。鎌。蹴り。翅による衝撃波。

 

 

 黄金の霊力弾。

 

 

 常世津神の攻撃は止まらない。巨大な体躯でありながら、動きは異様に速い。さらに一撃ごとに地獄の霊力が上乗せされ、攻撃のたびに空間が軋む。

 

 

 黎明は刀で受け、拳で弾き、空中を蹴って回避する。だが、完全には避けきれない。

 

 

 肩に一撃。

 脇腹に鎌。

 背中に霊力弾。

 

 

 白い光が揺らぐたび、三人の心臓が締め付けられた。

 

 

 

「くそ……! 見えねぇのが、こんなに歯痒いとはな……! 今、数値が見えてりゃ、何か分かったかもしれねぇのに!」

「……透さん、無理しないでください」

「無理する場面だろうがよ……! くっそ」

 

 

 

 透は血で濡れた布を外そうとした。しかし、祈はその行動に待ったをかける。

 

 

 

「駄目だ。今行っても、足手纏いになるだけ……くそ、ボクも何もできずに苛立ってる。この結界も解くことすらできずに見てるしかないんだから」

「くっそ」

 

 

 

 

 声は震えていた。それほど、今の常世津神は強大だった。

 

 

 

 

『どうした!』

 

 

 常世津神の鎌が黎明を打ち上げる。

 

 

『先ほどの威勢はどこへ行った!』

 

 

 

 空中へ投げ出された黎明へ、常世津神が追撃する。そして、拳と拳がぶつかった。

 

 黄金と白。二つの霊力が爆ぜる。再び爆心地のように大きな衝撃が当たり一面に突風を巻き起こす。

 

 一度目。黎明が押される。

 二度目。さらに押し込まれる。

 三度目。常世津神の拳が黎明の防御を抜き、胸を叩いた。

 

 

 三度の撃ち合いに敗北した黎明が地面へ落ち、大地が陥没し、溶岩が噴き出した。黎明は地面に蹲ったまま立ち上がることはなかった。

 

 

 

 

『終わりか?』

 

 

 

 地面に落ちた黎明を、常世津神が見下ろす。

 

 

 

『ならば、ここから加工の時間とするか。まずは肉を剥ぎ、骨を洗い、魂を

いただく。これで終わりだ』

 

 

 

 

 その言葉を聞いて、ようやく黎明が立ち上がる。溶岩の赤を背に、白い霊力を静かに纏っているが、先ほどまでのように大きく噴き上げてはいない。

 

 

 

 むしろ、驚くほどに小さく、何よりも薄く静かであった。だが、さっきより弱くなったようには見えない。その変化に、常世津神は言葉にできない不安を抱いた。

 

 

 

(なんだ、この霊力の量は……あまりに小さすぎる。先ほどの十分の一、その程度にまで落ちている。霊力も無限ではない、あれほど体を強化していれば量が減っていくのは必然。何よりも儂の攻撃を何度も受けてもいたわけだし、量が減っていくのは何もおかしくはない)

 

 

 

(しかし、それにしても減りが速過ぎる。どういうことだ)

 

 

(いや、何を不安に思うことがあるというのか。霊力とは精神状態も大きく関係する。単純に、恐怖し、勝負を投げた、勝てないと悟った)

 

 

(それだけだ、そして、そのことに本人も気づいていない。立ち上がりこそしたが、霊力が物語っている。すでに勝敗が決した、それだけのこと)

 

 

 

 

 

 

 黎明の霊力はみるみるうちに、まるで寿命が来た風船のように萎んでいた。だが、彼は全く諦めたような様子ではない。

 

 

 

 むしろ、ようやく準備が整ったと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「──そろそろ、狩るか」

 

 

 

 

 そう自分にだけ呟いて、彼は上空に佇む、常世津神に視線を再び向けた。

 

 

「アンタ、すごいMPを持ってる。それは間違いない。変な小細工使ってたみたいだけど。今まで戦った中なら、文句なしの一番だね」

『ほう、それは光栄だ』

「ただ、一番の故に色々と雑で、配慮がない」

『配慮?』

 

 

 

 常世津神の複眼が細く歪む。その声音には、まだ余裕があった。黎明を殴り飛ばした。爆心地へ叩き込み、追撃を重ね、地獄の大地へ沈めた。

 

 

 その事実がある。だからこそ、微かな不安があれど常世津神は笑えた。

 

 

 

『強がりだ。貴様は確かに強い。だが、今の儂は地獄そのものを背負っている。これは貴様一人の霊力で、どうにかなる相手ではない』

「まぁ、待ってよ。こっからだからさ」

『ほう? それでは試してみるといい』

 

 

 

 常世津神が腕を振る。すると、黄金の霊力、その塊が数百と現れる。そして、それが刃となって黎明へ殺到した。無数の刃が空を埋め尽くし、逃げ場を奪う。

 

 

 黎明は刀を抜くと、それと同時に鞘に収める。キィんと金属音が響き渡り、霊力の刃が一斉に砕け散った。

 

 だが、その背後にはもう常世津神がいた。

 

 

 

(なるほど、先ほどのは貴様の純粋な剣技だったか。大したもの、この姿でようやく見えたぞ。しかし、今の儂からすれば遅い!!!)

 

 

 

 

 加速する思考の中で、常世津神(とこつよかみ)は黎明の技術の正体を掴む。そして、巨大な拳が黎明の顔面へ放った。

 

 

 

 

(貰った!)

 

 

 

 

 

 入った、そう確信をした……だが、黎明は左腕で受けとめていた。衝撃が腕を伝い、地獄の大地へ沈む。

 

 

 拳の風圧は大地を震わせている。それでも、今度は吹き飛ばない。

 

 

 

 

『なに……?』

 

 

 

 

 常世津神の声がわずかに揺れた。しかし、その揺れが一瞬の命取り。黎明の拳が、常世津神の腹部へ叩き込まれた。

 

 

 

『ぐ……ッ!?』

 

 

 

 

 

 常世津神(とこつよかみ)の黄金の肉体、それがほんの数歩傾いた。

 

 ただ、それだけ。しかし、その数歩が異常だった。先ほどまで押し込んでいたのは常世津神だったはずなのに、今は黎明の拳が通っている。

 

 

 

 

「黎明……?」

「今、押し返した……?」

 

 

 祈が小さく呟く。宵花も息を呑んだ。

 

 

 

 

『小癪な!』

 

 常世津神の腕が鎌へ変わる。黄金の霊力を纏った刃が、左右から黎明を挟み込んだ。

 

 黎明は身を低くする。鎌が頭上を通過した瞬間、彼は常世津神の懐へ潜り込んでいた。

 

 

 そして、殴打殴打、殴打殴打殴打、雷光が通り過ぎたの如く、放たれる攻撃。しかもそれは止まらない。

 

 連撃が続く。

 

 一撃ごとに黄金の甲殻が軋み、ひびが走る。常世津神は怒りに任せて霊力を爆発させたが、黎明はその爆風を体を捻って受け流し、逆に踏み込んだ。

 

 殴る。弾く。蹴る。斬る。

 

 派手な術ではない。だが、動きが変わっていた。

 

 先ほどまで、黎明は常世津神の攻撃を受け止めるように戦っていた。ところが今は違う。攻撃の中心を外し、余波を殺しながら、最短距離で反撃している。

 

 

 

 

「押し返し始めた。黎明が。さっきまで負けたと思ったのに」

「そうか。オレも目は見えないが分かるぜ。黎明の野郎、何か隠してやがるな」

 

 

 

 

 速すぎて詳細は把握できないが、祈にも黎明の状況が好転し始めているのは理解できた。そして、透も微かな常世津神(とこつよかみ)の反応などから、それを悟る。

 

 

 

 

 

 

『なぜ……!』

 

 常世津神の拳と黎明の拳がぶつかり、黄金と白の霊力が爆ぜた。だが、今度は黎明が押し勝つ。

 

 常世津神の腕が跳ね上がり、胸が空いた。

 

 

 

 

「回し蹴り!」

 

 

 黎明の蹴りが突き刺さる。常世津神の体は熱によって溶ける大地に激突し、勢い収まらないまま吹き飛んだ。

 

 

 

『が、は……ッ!』

 

 

 

 甲殻が砕け、黄金の霊力が漏れ出す。

 

 だが、常世津神はすぐに体勢を立て直した。地獄の溶岩を巻き上げ、巨大な竜の形に変える。

 

 

 

 

『潰れなさい!』

 

 

 

 

 溶岩の竜が黎明へ喰らいつく。黎明は刀を振るった。

 

 

 白い斬撃が竜の首を断つ。さらに、彼はそのまま竜の胴体を駆け上がるように飛んだ。空中で身を翻し、常世津神の頭上へ。

 

 

 

『上か!』

 

 

 

 常世津神が翅を広げ、無数の霊力弾を放つ。空が黄金で埋まるが、黎明は避けない。

 

 刀を前に出し、回転するように振るう。霊力弾が斬られ、弾かれ、軌道を変えられて地獄の彼方へ飛んでいった。

 

 その隙間を縫って、黎明が落ちる。斬撃。それにより、常世津神の肩から脇腹まで、白い線が刻まれた。

 

 

 

 

『ッ――!?』

 

 

 

 

 常世津神は本能的に距離を取る。

 

 おかしい。明らかにおかしい。先ほどまで攻撃は通っていた。黎明は防御に回り、吹き飛び、追い込まれていた。

 

 

 なのに、今は違う。同じ霊力。同じ自分。それなのに、なぜ。

 

 

 

 

(なぜ急に、こちらが押されている……?)

 

 

 

 常世津神の思考に、初めて焦りが混ざった。それを待たない黎明が踏み込む。常世津神は迎撃する。鎌を振り、拳を叩き込み、翅から衝撃波を放つ。

 

 

 それら全てを、黎明は潰した。

 

 

 鎌の根元を叩き、拳の軌道をずらし、衝撃波の中心を斬る。そして、反撃を繰り出してくる。

 

 

「正拳突き。からの兜割り」

 

 

 拳が常世津神の胸を穿ち、刀が甲殻を裂く。蹴りが膝関節を砕き、白い霊力が内側へ流れ込んで爆ぜた。

 

 

 

 

『ぐ、あああああああああああッ!』

 

 

 

 

 常世津神が初めて悲鳴を上げる。宵花は、その光景に言葉を失った。先ほどまで絶望の象徴だった怪異が、いまや黎明に追い詰められている。

 

 

 だが、単に力で上回っているだけではない。

 

 

 黎明の動きは、常世津神の霊力の流れを読んでいるようだった。どこに力が集まり、どこから漏れ、どの瞬間に隙が生まれるのか。その全てを見切っている。

 

 

 

 

「すごい……黎明さん、急に動きが良くなった」

「さっきまで手を抜いてたのか? いや、黎明はそんなことはしないか」

「……わかりません。しかし、急に黎明さんの一方的な展開になってます」

 

 

 

 

 宵花もジッと戦いを見ていたが、どうして黎明が急に強くなったのか、その理由がわからなかった。

 

 

 そして、黎明の攻撃で常世津神は大きく後退する。黄金の霊力が乱れていた。先ほどまで周囲を圧倒していた巨大な霊圧が、今は不安定に揺れている。

 

 

 

 

『クッ。まさか、まだ霊力が足りないのか!!! 地獄よ!』

 

 

 

 

 常世津神が叫ぶ。両手を掲げて、大声で地獄中に響くように語りかける。

 

 

 

 

『もっと、もっと霊力を寄越せ!!!! 人間の魂をこれでもかと、痛めつけそこから生じた霊力により、儂を強化しろ!!!! 先ほどよりももっと多くの霊力を渡せぇぇぇぇえ!!!!!』

 

 

 

 

 一時的に好転した状況は、地獄の霊力を吸収したからである。だからこそ、先ほどと同じく、いや、それよりも多くの霊力を求めた。これは間違っている選択ではない。

 

 勝てないのであれば、勝てるまで強くなろうとする。闘争とはそういうものだ。

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 

 

『なぜだ!』

 

 

 

 

 常世津神が叫ぶ。その叫びは無慈悲に地獄に響き渡り反響するが、誰も応えない。

 

 

 

 

 

『なぜ地獄の反応がない!!!!』

 

 

 

 

 

 黎明の拳が頬にめり込む。常世津神の巨体が横に吹き飛んだ。そのまま地面に叩きつけられ、何度も跳ね、溶岩を散らしながら転がる。

 

 起き上がった時、常世津神の複眼には怒りよりも困惑が浮かんでいた。

 

 

 

 

(なぜだ。儂はこの地獄の霊力を何度も吸収ができるはず。人間達の魂を恐怖させ、そこから生まれた霊力を。何度でも。何度でも、吸収出来るはずだッ)

 

 

 

 

(だが、今は全く増えていないッ!!! これは、どういうことだッ)

 

 

 

 

 

 常世津神は人間の魂を、地獄にて縛っている。その魂から溢れる霊力は地獄に溜まり、それを何度でもいつでも、無限に供給が可能となっていた。

 

 

 

 だが、それが急に途切れた。

 

 

 

 

(おかしい。地獄は儂の庭。儂の肉体、儂の標本箱。なのに、なぜ反応がない? 地獄が拒否をした? いや、地獄は意思などない怪異のはず……)

 

 

 

 

 

 だが、地獄は完全に動かなかった。一切、応えることもなく、無視が続き今もなにも変化が起きない。

 

 

 

──どうして……

 

 

 そんな疑問に常世津神(とこつよかみ)はようやく、ハッとする。いや、まさか、ありえない。しかし、だが、そんなことがあり得るのか……?

 

 

 とうわごとのように呟きながら、黎明を驚愕の表情で見つめる。

 

 

 

『まさか……』

 

 

 

 常世津神の中に、嫌な予感が生まれる。この地獄において、自分より上位の支配権を持つ存在などいるはずがない。だが、今なにも起きない。

 

 

 それは……誰かが、支配権を奪ったからではないか?

 

 

 

『貴様……貴様、儂の地獄を……奪ったのか?』

「奪ったってほどじゃないけどね。モンスターもテイム出来るってだけ」

『……っ』

 

 

 

 

 常世津神は、そこでようやく理解した。理解してしまった。なぜ、先ほどまで自分が勝っていたのか。

 

 

 

(まさか……先ほどまで押されていたのは……)

 

 

 

 黎明は負けていたのではない。常世津神の攻撃を自分へ向けさせ、相殺しながら、同時に地獄の結界へ自分の霊力を流し込んでいた。

 

 

 

 

(儂の攻撃を受けながら、霊力をこの地獄、全てに侵食をさせて支配権を奪ったとでもいうのか……ッ!!!!!)

 

 

 

 その予感は正しかった。現に、何度も何度も地獄から、霊力を呼ぼうとするが地獄はそれに応えない。それは当然だ。

 

 

 

 

 もう、地獄は主人を変えているのから。

 

 

 

 

 

 

『……くっ、地獄を儂から奪っただと!!」

 

 

 

 

 

 まずい。まずいまずいまずいまずい、大きな焦りが常世津神(とこつよかみ)に溢れ出した。地獄を奪ったということは、自分のように霊力を供給することができるということ。

 

 

 しかし、そんな気持ちを汲んだように黎明はふっと笑った。

 

 

 

 

「安心して。下手な小細工は使わない。一対一(さし)でやろう。俺はただ、安心できる闘技場でやりたかっただけだから」

『──どこまでも、舐め腐りやがってッ!!!!!!』

 

 

 

 

 そこで、常世津神(とこつよかみ)はようやく気づいた。黎明がなぜ、一時的にやられてまで、地獄を手中に収める必要があったのか。

 

 

 

 

【配慮】

 

 

 

 

 それが答えだ。常世津神(とこつよかみ)は地獄から大きく霊力を集めてしまった。そのせいで地獄という怪異であり、結界の壁が脆くなり、現実世界への余波が懸念されたのだ。

 

 

 このまま戦えば、結界が割れて現実の世界、美術館に被害がいくかもしれない。そうなれば、人間や観客が被害にあるのは必然。

 

 

 ならば地獄の外郭を補強するために。地獄を強奪する。

 

 

 

 そう、驚くべきことに黎明はただ【配慮】をしていたのだ。現実に住む人間たちに対して。

 

 あまりに余裕の現れに常世津神(とこつよかみ)は激昂し、同時に結界の中の三人が凍りついた。

 

 

 だが、宵花は、そこで全てが繋がった。

 

 

 

「そうか……戦いながら常世津神の攻撃を受け止めて、余波を殺して、それと同時に地獄の外郭を補強。この状況で【配慮】をする余裕なんて、な、なんであるんですか……?」

「はは……そりゃ、さっきまで押されてるように見えるわけだ。殴り合いの最中に、地獄の操縦席を乗っ取ってたんだからよ」

 

 

 

 常世津神の顔から余裕が消える。丁寧な仮面も、芸術家めいた微笑も、もうない。

 

『返せ。これは儂の地獄だ。儂の庭だ。儂の収集庫だ。装飾品の分際で、触れてよいものではない!』

「俺に勝ったら、ドロップするぜ。だから、やろう」

 

 

 

 

 その言葉に常世津神の霊力が暴発する。怒りによって黄金の光が膨れ上がり、黎明へと迫る。

 

 

 

 

『殺す……貴様だけは、必ず殺す! 地獄は儂の魂の収集棚!! 人間がワ儂から奪うなぁぁぁ!!!』

 

 

 

 常世津神が全ての霊力を鎌に集めた。

 

 黄金の刃が巨大化し、空を覆うほどの大鎌となる。翅に埋め込まれた魂が悲鳴を上げ、地獄そのものが最後の抵抗をするように震えた。

 

 黎明は、静かに言う。

 

 

 

「今までの中なら、一番だった。良い経験値になるよ」

 

 

 

 そう言って、刀に霊力を纏わせる。それと同時に常世津神も大鎌を振り下ろす。

 

 黄金の光が黎明を両断しようと迫る。もはや、巨大な斧が振り下ろされるように隕石が落ちるように、黎明に迫る。

 

 対して、黎明の刀は線が細い。だからこそ、微かな勝機があると常世津神(とこつよかみ)は考えていた。

 

 

 

 だが。ぶつかった瞬間、黄金が裂け、大鎌が砕ける。黄金の霊力が真っ二つに割れ、その中心を白い斬撃がまっすぐ抜けていく。

 

 

 

 

 

勇者断獄(ブレイブ・ゲヘナブレイク)

 

 

 

 音が遅れて響いた。常世津神の胸に、白い線が刻まれる。

 

 

 

 

『……な』

 

 

 

 

 次の瞬間、線が光へ変わった。体中がひび割れ、頭の黄金の炎も徐々に小さくなっていく。

 

 

 

『やめろ……それは儂の標本だ……儂の、美しい……』

「おー、随分とドロップアイテムが多いな。拾えそうにないけど」

 

 

 

 

 次々と解放される魂を見て、黎明はそんな言葉を吐いた。全てが終わり、刀を納めると静かな金属音が響く。

 

 それを合図に、常世津神の巨体が白い光へ崩れていった。地獄の支配権を失い、魂を失い、常世津神という怪異はただ崩壊していく。

 

 

 

 

『もっと早く……封印が解けていれば……もっと魂が恐怖していれば……儂……くそ、あの、役立たずどもめ……封印を解くのが、遅かったから』

 

 

 

 

 常世津神(とこつよかみ)が言ってるのは美術館で黎明達の様子を見ていた、二体の怪異のことだ。

 

 あの怪異は、実は地獄に住んでいた怪異であり、封印が薄くなり、微かな地獄の隙間から先に出てきた存在だったのだ。

 

 

 戦乱、そんな時、飢餓に飢えて、死んだ人間。遊びたくても遊べずに死んだ子供。

 

 

 それぞれの魂が、この地獄で痛めつけられ怪異となってしまっていた。無論、人間であることも忘れてしまっているが。

 

 

 今、黎明はすでにそのうちの二体を倒している。倒される最中、ようやく解放されたと安堵を怪異がしていたのかどうか、それは知る由がない。

 

 

 

 

 

「ホタルみたいだなー」

 

 

 

 

 しかし、白く光り輝きながら天へと帰っていく魂。そこから推測するに……きっと、この全ての魂がようやく解放され、安堵していたのだろう。

 

 

 

──常世津神の姿が完全に消えた瞬間、地獄全体に白い光が広がった。

 

 

 

 無数の光が、黎明の周囲をゆっくり巡った。

 

 

 

「あ、事情はあんま知らないけど、お疲れ様。来世ではもっと自由になれると良いね」

 

 

 

 

 そして、地獄は白く砕けた。

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