【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
序章
また、同じ夢を見ていた。
空が黒く染まっている。
夜ではない。太陽も月も、最初から存在しなかったように消えていた。
京都の町は半分以上崩れている。道路には何台もの車が乗り捨てられ、建物の窓から黒いものが溢れ出していた。
人が逃げている。子供を抱えた母親。
血を流しながら歩く老人。狩衣を着た陰陽師達。
誰もが同じ方向へ逃げていた。だが、どこへ向かっても意味はない。
山の向こうも、海の向こうも、既に黒く染まっている。
逃げ場など、この世界のどこにも残っていなかった。
「助けて」
誰かが、わたしの足元で手を伸ばした。
知らない女だった。
顔の半分が黒い泥のようなものに覆われている。その泥は少しずつ広がり、口も、鼻も、残った片目も呑み込んでいく。
わたしは、その手を取らなかった。取っても意味がないと知っていたから。
「助けて」
「……無理よ」
「なんで? 助けてよ」
「……ごめんね」
女の姿が黒いものへ沈んだ。次に、遠くの山が消えた。
壊れたわけではない。
山を覆うように現れた巨大な何かが、木も、土も、そこに残っていた人間もまとめて呑み込んだ。
続いて町が消える。
地面がなくなり、建物が傾き、逃げていた人達が暗闇の中へ落ちていく。
陰陽師達も例外ではない。何百人もの陰陽師がゴミのように闇へ呑まれていった。
最後には、誰がどこにいたのかも分からなくなった。
黒いものが全てを覆う。声も、光も、何も残らない。
その光景を、わたしは何度も見ていた。
結末はいつも同じ。
京都は消えて、日本も消える。さらに人類は滅びる。世界は、暗闇に呑み込まれる。
◆◆◆
目を開けると、自分の部屋だった。
見慣れた天井。
枕元に置かれた時計は、午前四時を示している。
外はまだ暗い。
綾乃は上半身を起こした。寝間着が汗で背中へ張りついている。呼吸も速くなっていた。
「……また、これね」
初めて見たのがいつだったのか、正確には覚えていない。
幼い頃には、既に同じ夢を見ていた。
世界がなくなる。こんなのはただの悪夢だと思っていた。父親に相談しても、怪異と接する日常によるストレスと言われ、それを彼女は信じ続けていた。
だが、悪夢はあまりに現実味を帯びており、そして、何度も同じ夢を見る。
次第に、あれはただの夢ではないと、彼女はそう確信していた。
そして、あれが遠い先に起こる未来であるとも、理由はないが確信してしまった。
だからこそ、彼女は頑張った。最悪の未来を変えるために修行をし、強さを求めた。
だが……。
『夢の中で、何度も闇によって殺される』
いくら頑張っても、どうしようもない。人間には絶対にどうにもできない領域。
それがあるのだと、年齢を重ねるごとに悟っていった。
努力をしても、怠けても、誰かを助けても、見捨てても、最後には全員が黒いものへ呑み込まれる。
「本当に、くだらない」
綾乃は寝台から下り、窓を開けた。早朝から仕事へ向かう車が道路を走り、遠くでは電車も動き始めていた。
これから起きる者がいる。学校へ行く子供がいる。
会社へ行き、金を稼ぎ、家へ帰る者がいる。
恋人を作り、結婚をして、子供を育てる者もいる。
家を建てる。物を残す。
次の世代へ何かを渡そうとする。
全てが滑稽に思えた。だって、全て消えるのに。
「よく頑張れるわね」
綾乃には理解できなかった。積み上げても壊れる。
大切にしても失う。生まれた人間は、怪異に殺されなくても、いずれ死ぬ。
人類そのものにも終わりがある。
それを知らないから、皆は笑っていられるのだろう。
綾乃だけが結末を知っている。だから、何にも期待しない。
世界に価値などない。人間にも、家族にも、自分自身にも。
全部、どうでもいい。
そう思っていれば、滅びが訪れた時に失望しないで済む。
◆◆◆
朝になると、土御門家へ新しい報告が届いた。
安倍紅と安倍蓮。
四年前に立場を失い、全国の封印任務を押しつけられていた双子が、再び陰陽師達の間で名前を知られ始めている。
清泪村で怪異を封印した。
供島から生還した。
美術館へ現れた怪異にも関わっている。
最近では、怪異を倒すことができるとまで主張しているらしい。
「どう思われますか、綾乃様?」
報告を持ってきた男が尋ねた。
「何が?」
「安倍家の双子についてです。怪異を倒したという話が事実なら、陰陽師の常識が変わります」
「変わらないわよ」
「しかし……」
「怪異は倒せない。封印したものを、倒したと言い張っているだけでしょう」
「……」
「それに……万一、真実だとしても、一体や十体を倒したところで、何も変わらないわ」
報告書を机へ戻す。
双子が嘘をついているのか、本当に怪異を消滅させたのか。綾乃には、どちらでもよかった。
「冒険者ギルドなどという組織を作ろうとしているようです」
「そう」
「陰陽庁へ支援も求めていると」
「好きにさせればいいじゃない」
「安倍家が再び力を持てば、土御門家の立場にも影響が出ます」
「だから?」
男は言葉を止めた。
「安倍家が評価されても、土御門家が評価されても、最後は同じよ。どちらが上に立つかなんて、滅びる順番が少し変わるだけでしょう」
「……綾乃様。そのようなことを、当主様の前では」
「言わないわ。面倒だもの」
綾乃は柔らかく笑った。
父親は、土御門家をさらに大きくしようとしている。
陰陽庁の中で発言力を増やし、他家を従え、安倍家に代わって陰陽師の頂点へ立とうとしている。
兄弟達にも、それぞれ目的がある。
誰もが何かを欲しがり、そのために人を利用している。
滑稽だった。
世界が終わると知れば、どんな顔をするのだろう。
それでも家の名を残そうとするのか。
当主の座を争うのか。
消える直前まで、自分だけは生き残れると信じるのだろうか。
「くだらないわね」
「何か仰いましたか?」
「別に」
綾乃は再び報告書へ目を落とした。
安倍紅。
安倍蓮。
二人はこれまでの歴史から外れた存在になった。怪異を倒せる異端児になったと書かれている。
「くだらない。どうせ、未来なんて変わらないのに」
綾乃は報告書を閉じた。もう読む必要はない。
そう思ったのに、捨てることはしなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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そして、第5章の毎日更新を始めます。
全20話くらいになる予定ですので、引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです!
それでは、また明日の11時に更新します!!