【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

87 / 110
5章 宗教編
序章


 また、同じ夢を見ていた。

 

 空が黒く染まっている。

 

 夜ではない。太陽も月も、最初から存在しなかったように消えていた。

 

 京都の町は半分以上崩れている。道路には何台もの車が乗り捨てられ、建物の窓から黒いものが溢れ出していた。

 

 人が逃げている。子供を抱えた母親。

 

 血を流しながら歩く老人。狩衣を着た陰陽師達。

 

 誰もが同じ方向へ逃げていた。だが、どこへ向かっても意味はない。

 

 山の向こうも、海の向こうも、既に黒く染まっている。

 

 逃げ場など、この世界のどこにも残っていなかった。

 

 

「助けて」

 

 

 誰かが、わたしの足元で手を伸ばした。

 

 知らない女だった。

 

 顔の半分が黒い泥のようなものに覆われている。その泥は少しずつ広がり、口も、鼻も、残った片目も呑み込んでいく。

 

 わたしは、その手を取らなかった。取っても意味がないと知っていたから。

 

 

「助けて」

「……無理よ」

「なんで? 助けてよ」

「……ごめんね」

 

 

 女の姿が黒いものへ沈んだ。次に、遠くの山が消えた。

 

 壊れたわけではない。

 

 山を覆うように現れた巨大な何かが、木も、土も、そこに残っていた人間もまとめて呑み込んだ。

 

 続いて町が消える。

 

 地面がなくなり、建物が傾き、逃げていた人達が暗闇の中へ落ちていく。

 

 陰陽師達も例外ではない。何百人もの陰陽師がゴミのように闇へ呑まれていった。

 

 最後には、誰がどこにいたのかも分からなくなった。

 

 黒いものが全てを覆う。声も、光も、何も残らない。

 

 その光景を、わたしは何度も見ていた。

 

 結末はいつも同じ。

 

 

 京都は消えて、日本も消える。さらに人類は滅びる。世界は、暗闇に呑み込まれる。

 

 

◆◆◆

 

 

 目を開けると、自分の部屋だった。

 

 見慣れた天井。

 

 枕元に置かれた時計は、午前四時を示している。

 

 外はまだ暗い。

 

 綾乃は上半身を起こした。寝間着が汗で背中へ張りついている。呼吸も速くなっていた。

 

 

「……また、これね」

 

 

 初めて見たのがいつだったのか、正確には覚えていない。

 

 幼い頃には、既に同じ夢を見ていた。

 

 世界がなくなる。こんなのはただの悪夢だと思っていた。父親に相談しても、怪異と接する日常によるストレスと言われ、それを彼女は信じ続けていた。

 

 だが、悪夢はあまりに現実味を帯びており、そして、何度も同じ夢を見る。

 

 次第に、あれはただの夢ではないと、彼女はそう確信していた。

 

 そして、あれが遠い先に起こる未来であるとも、理由はないが確信してしまった。

 

 だからこそ、彼女は頑張った。最悪の未来を変えるために修行をし、強さを求めた。

 

 だが……。

 

 

『夢の中で、何度も闇によって殺される』

 

 

 いくら頑張っても、どうしようもない。人間には絶対にどうにもできない領域。

 

 それがあるのだと、年齢を重ねるごとに悟っていった。

 

 努力をしても、怠けても、誰かを助けても、見捨てても、最後には全員が黒いものへ呑み込まれる。

 

 

「本当に、くだらない」

 

 

 綾乃は寝台から下り、窓を開けた。早朝から仕事へ向かう車が道路を走り、遠くでは電車も動き始めていた。

 

 これから起きる者がいる。学校へ行く子供がいる。

 

 会社へ行き、金を稼ぎ、家へ帰る者がいる。

 

 恋人を作り、結婚をして、子供を育てる者もいる。

 

 家を建てる。物を残す。

 

 次の世代へ何かを渡そうとする。

 

 全てが滑稽に思えた。だって、全て消えるのに。

 

 

「よく頑張れるわね」

 

 

 綾乃には理解できなかった。積み上げても壊れる。

 

 大切にしても失う。生まれた人間は、怪異に殺されなくても、いずれ死ぬ。

 

 人類そのものにも終わりがある。

 

 それを知らないから、皆は笑っていられるのだろう。

 

 綾乃だけが結末を知っている。だから、何にも期待しない。

 

 世界に価値などない。人間にも、家族にも、自分自身にも。

 

 全部、どうでもいい。

 

 そう思っていれば、滅びが訪れた時に失望しないで済む。

 

 

◆◆◆

 

 

 朝になると、土御門家へ新しい報告が届いた。

 

 安倍紅と安倍蓮。

 

 四年前に立場を失い、全国の封印任務を押しつけられていた双子が、再び陰陽師達の間で名前を知られ始めている。

 

 清泪村で怪異を封印した。

 供島から生還した。

 美術館へ現れた怪異にも関わっている。

 

 最近では、怪異を倒すことができるとまで主張しているらしい。

 

 

「どう思われますか、綾乃様?」

 

 

 報告を持ってきた男が尋ねた。

 

 

「何が?」

「安倍家の双子についてです。怪異を倒したという話が事実なら、陰陽師の常識が変わります」

「変わらないわよ」

「しかし……」

「怪異は倒せない。封印したものを、倒したと言い張っているだけでしょう」

「……」

「それに……万一、真実だとしても、一体や十体を倒したところで、何も変わらないわ」

 

 

 報告書を机へ戻す。

 

 双子が嘘をついているのか、本当に怪異を消滅させたのか。綾乃には、どちらでもよかった。

 

 

「冒険者ギルドなどという組織を作ろうとしているようです」

「そう」

「陰陽庁へ支援も求めていると」

「好きにさせればいいじゃない」

「安倍家が再び力を持てば、土御門家の立場にも影響が出ます」

「だから?」

 

 

 男は言葉を止めた。

 

 

「安倍家が評価されても、土御門家が評価されても、最後は同じよ。どちらが上に立つかなんて、滅びる順番が少し変わるだけでしょう」

「……綾乃様。そのようなことを、当主様の前では」

「言わないわ。面倒だもの」

 

 

 綾乃は柔らかく笑った。

 

 父親は、土御門家をさらに大きくしようとしている。

 

 陰陽庁の中で発言力を増やし、他家を従え、安倍家に代わって陰陽師の頂点へ立とうとしている。

 

 兄弟達にも、それぞれ目的がある。

 

 誰もが何かを欲しがり、そのために人を利用している。

 

 滑稽だった。

 

 世界が終わると知れば、どんな顔をするのだろう。

 

 それでも家の名を残そうとするのか。

 

 当主の座を争うのか。

 

 消える直前まで、自分だけは生き残れると信じるのだろうか。

 

 

「くだらないわね」

「何か仰いましたか?」

「別に」

 

 

 綾乃は再び報告書へ目を落とした。

 

 安倍紅。

 安倍蓮。

 

 

 二人はこれまでの歴史から外れた存在になった。怪異を倒せる異端児になったと書かれている。

 

 

「くだらない。どうせ、未来なんて変わらないのに」

 

 

 綾乃は報告書を閉じた。もう読む必要はない。

 

 そう思ったのに、捨てることはしなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。