【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
冒険者ギルドの設立が、陰陽師の世界に知れ渡ってから三日。
影森町にある白妙詩の自宅、そのリビングでは、安倍蓮が何度目かも分からないため息をついていた。
「……これ、本当に撮る必要あるのか?」
蓮の正面には、一台のビデオカメラが置かれている。操作をしているのは九条透だ。古びた三脚の高さを調整しながら、面倒そうに口を開く。
「必要だからやってんだろ。怪異を倒せるって口だけで言ったところで、信じる馬鹿はいねぇ。証拠を見せろって話だ」
「オレは何度も倒してるけどな。噂にもなってる。安倍家の人間が、モンスターを倒してるってな」
「それを見てない連中には関係ねぇよ。没落した安倍家が、復興のために嘘をついてるんだろって考える奴が大半だしな」
「……そうかい」
蓮が不満げな顔を浮かべる。カメラの前に立つ蓮は黒い上着に動きやすいズボン、ラフな感じだが、腰元には剣を持っている。その服装からは、陰陽師らしい風格が完全に消えている。
二人が何をやっているのか。
それは……陰陽師に向けた、冒険者への勧誘動画である。いきなり、数人が陰陽庁から離脱し、冒険者ギルドを設立したとしてもそこに大きな意味はない。
日本は広く、人手があればあるほど良い。だからこそ、それを確保するため勧誘動画を撮影しているのである。
「一つ思うんだが、オレとか黎明がいれば問題なくないか? 紅も強くなってるし、他にも原石はいる。おっさんだって、それなりに強いだろ」
「おっさん言うな。まだまだこれからの現役だ」
「いや、おっさんだろ。黎明も言ってる」
「あいつはおじさんって言うんだ」
「同じだろ」
安倍蓮の疑問は当然だった。現状、黎明を加えた冒険者側の戦力は過剰である。これ以上大きくする必要があるのかと言われたら、ないと答えることもできるだろう。
「蓮、お前の意見もわかるが。問題は、黎明とかが死んだその先だろ。オレは天才だが、あいつは次元が違う。一万年に一人ってレベルだろ。あいつが寿命で死んで、次の傑物が出るまでに、脅威が来て人類が滅んだとかじゃ意味がねぇ」
「確かに、そうだな」
「だからこそ、あいつは冒険者を名乗る。怪異をモンスターと再定義し、倒せる存在だと価値観を変える。育成係を隣につけ、独り立ちする冒険者を作る。それは、黎明がいなくなったあとも続いていく百年計画だ。あいつはそうすることで先の未来を、考えてるんだろうな」
「そこまで考えたのか」
──いや、考えていない。
黎明は時折、鋭い時もあったり、奇跡的に本質を突いている時もあるが、冒険者やモンスターという呼び方に関しては、ゲームに似ているから、なんとなくそう呼んでいるだけである。
九条透は天才であるが故に、深読みをしたりしてしまう。
「そうだろうな。それにあいつがここまで力を隠しているのも、理由がある」
「そうなのか。本人は詩が隠すように言ってたからと言っていたが」
「それもあるだろう。詩は万が一にも黎明を死なせないため、完全な力を身につけるまでは、その実力を伏せさせているんだろう。だが、黎明はもっと他のことも考えているはずだ」
「そうなのか」
「恐らくだが、海外を見据えてるな」
海外。
その名の通り、日本の外のことだ。日本でも怪異がいるように、海外にもそれに似た存在はいる。そして、それに対処する陰陽師のような存在も当然いる。
「黎明はそこら辺の嗅覚が鋭い。自分の力を見せれば、友好的に接してくる国はいくらでも出てくる。それだけでなく従属のようなことだって可能だろう」
「……だろうな」
「だが、さっきも言ったがそれは先を見据えた時、悪手だ。黎明がいなくなった瞬間に手のひらを返されたら、従う理由も仲良くする理由も消える。特に怪異が倒せると世界全体に浸透したなら尚更だ」
「自国で対処できるから、か」
「あぁ、人間一人、そこに依存し過ぎないための配慮だろう。一個人に全てを委ねた時、それが消えた瞬間、崩壊する」
「安倍晴明、それが消えた日本は封印が崩れて滅びるのを待つだけ。それと似た状況か」
いや、黎明はそこまで考えていない。詩が言うからそこまでアピールをしないだけだし、本人は経験値を求めているだけで、積極的に世間へ露出しようとは考えていないのである。
「あぁ、だからこそ、ある程度はオレ達でもやらないといけない。現状問題なのは、人手もあるが、資金も問題だ。冒険者として活動するのであれば、資金だって当然必須になる。他にも問題はあるが、この辺も黎明に頼ってたら、それはオレ達の首を絞める」
ここに関しては九条透が言ってることは正しい。現状、冒険者ギルドはとんでもなく課題が多い。
先ずは拠点。詩の家を一時的に借りているだけ。依頼を受けるための窓口もパソコン一台で管理していた。
何より問題なのは、資金である。
報酬をどの程度にするのか、人件費をどう確保するのか、負傷した際の補償はどうするのか。
組織として続けていくには、とにかく金が必要だった。
「この動画は陰陽師たちに向けたものだ。だが、それ以上に、陰陽庁長官へ届ける意味合いのほうが大きいだろう。特にお前、安倍蓮がモンスターを倒してるところを動画に載せて、それが陰陽師の中で話題になれば、あっちは嫌でも気にかける」
「確かにな、美術館の一件もあるし。信憑性も十分になる」
「そうなった場合、陰陽庁からの接触が考えられるだろ。特に話を聞く限り、現在の長官は日本に有益と考えれば、融資をするようなやつだ」
「確かに、親が話してるところを見たことがあるがそんな印象だったな」
「あぁ、現状、土御門のほうが有益だと思っているかもしれないが、美術館の一件もあり、その天秤が傾きつつあってもおかしくはない。そこへ、ダメ押しの動画だ」
そう言って、九条透はカメラを手に持つ。そして、そこまで話を聞いて蓮は納得をしたように、外へと向かった。
「それなら、行くか」
「あぁ、だが、その前に単純な冒険者についての説明動画を撮りたい。冒険者ギルドの設立理由。活動内容。加入者の募集。それから、怪異を倒せるという証明」
──二人が動画撮影について話し、今後の流れとかについても確認をしている時、別室ではスザクがゲームをしながらテレビを眺めていた。
「あら、とんでもなく大きな事態になってるのね。まぁ、当然か」
画面には、美術館事件に関するニュースが流れていた。
東京、千葉、埼玉。
三か所で同時に起きた大規模な異変。政府や警察は、いずれも施設内で起きた事故だと発表しているが、インターネットには説明のつかない映像が大量に残されている。
その多くは加工された映像として扱われていたが、全てを否定するには目撃者が多すぎた。
さらに、美術館を訪れた観客たちの謎の失神。一部の観客が行方不明になっているという話もあり、話題が尽きない。
「まぁ、興味ないけど。どうせ、アンタがどうにかするし」
しかし、スザクは手元のゲームをぴこぴこ鳴らしながらプレイする。そして、それをしながら、隣に座っている黎明に捨て台詞を吐いた。
「え? 俺?」
「そうよ。これだけ恐怖が集まった怪異。あぁ、モンスターのことね。それが出たとしても、アンタなら余裕でしょ」
「まぁ、強いモンスターなら歓迎だね」
「でしょうね」
「あ、スザク、そのゲームに出てるそのキャラ裏切るらしいよ。あんまレベル上げない方がいいかも」
「ネタバレやめなさいよ! 楽しみながらやってるんだから」
「あ、ネタバレ嫌なんだ」
二人は九条透や安倍蓮とは違い、ゆるーい空気感を漂わせながら過ごしていた。
「そりゃ嫌よ」
「へー」
「軽いわね。もっと重々しく謝りなさいよ」
「いや、スザク先知ってるかと思って。占い師として人気と聞いたから」
「あぁ、あれね。ちょっと人間が騒いでるだけよ」
「チャンネル登録者40万超えたんでしょ? すげー。まぁ、どれくらい凄いのかは知らないけど」
「凄いことは間違いないけど。それほど多くの人間に支持されても、アンタの霊力に全く及ばないほうが凄いけどね」
スザクはゲームで遊び続ける。黎明はそれを隣で見ながら、ほほう? と唸ったりしながら時間を潰す。
「そのゲーム、前にちょっとだけやったけど名作だよね。いやーまさか、主人公の実家に裏ボスがいるなんてね」
「だから、ネタバレやめてって言ってるわよね」
「あぁ、ごめん」
「まぁ、いいけど。アンタ、今日は一人なの?」
「みんな忙しいみたいで」
「あぁ、ギルドとかでね。仕方ないわね、ワタシが少しだけ構ってあげなくもないわ」
「お、さんきゅー」
黎明は意外にも寂しん坊である。スザクはそれをなんとなく察知しており、彼にはいろいろと恩もあるため、構ってあげることにしている。
「冒険者ギルドの設立に向けて、いろいろ動いてるらしいけど。アンタはどう思ってるの? 設立を提案したのはアンタでしょ」
「俺は別に。モンスターを倒せて、みんなでわちゃわちゃ出来る空間が欲しくて」
「あ、そう。思ってたより考えてないのね。九条透とか謎の深読みとかしてたけど」
「あぁ、おじさんね。なんか、よくわからないこと言ってるよね。まぁ、空気読んで笑顔で頷くことにしてる」
「あら、空気が読めるのね。成長してるじゃない」
「まぁね」
スザクは、黎明も以前より話が通じるようになったと、素直に感心していた。いろいろな人間と関わることで、コミュニケーション能力も格段に上昇している。
「まぁ、俺は難しいことはわからないけど。モンスターは倒して、経験値に変えるのって楽しいから。それを続けるだけかな」
「ふーん、まぁそういう単純な動機が一番かもね。ただ、アンタ、未来のこととか、先のことをあんま考えてないわね。一部は、アンタが先を見据えて行動してるとか思ってるのに」
「俺は未来わからないよ。そもそも俺もネタバレは嫌いなんだ。今を楽しむよ」
「……ふーん。そう」
スザクはそう言いながら、再びゲームに視線を戻した。
(まぁ、雑だけどこいつに妻が百人いて、種馬のように子供を産ませたら戦力も維持できるし。解決できるような気がするけど。でも、さすがにそれは雑すぎるかしら)
そんなことを思ったが、わざわざスザクも口に出すことはしなかった。彼女も成長しており、生々しい話とかはあえて言わないことを配信で覚えたのだ。
◆◆◆
ある日の夜。一本の動画が陰陽チャットに投稿された。それは安倍蓮が映っている動画であった。
撮影された映像は簡単な編集を施されており、とある動画サイトに投稿された。それに気づいた一部の陰陽師が、陰陽チャットでそれを語り、一気に話題となる。
なぜなら、その内容が衝撃だったからだ。
・冒険者ギルド設立の宣言。
・怪異を倒す方法を広めるという目的。
・そして、最後に蓮が怪異を討伐する場面。
これに一気に陰陽師達は反応を示す。大元の動画サイトでは123回程度しか撮影されておらず、たいして話題にはなってない。
しかし、陰陽チャットでは大騒ぎだ。
信じられない。何か仕掛けがある。怪異ではなく、式神を使った演出ではないか。
そんな疑いの声が上がる一方、映像を何度も確認し、封印とは明らかに異なると認める者も現れ始める。
さらには最近の双子の功績や、目撃情報から信憑性があるのではと言う声がさらに上がる。
たった一つの映像が、長い間変化のなかった陰陽師の世界へ波紋を広げていく。
だが、その反応を最も真剣に見ている男は、影森町にはいなかった。
東京。陰陽庁本部。
広い執務室の中で、一人の男が動画を繰り返し再生していた。
年齢は五十代半ば。
白髪の混じった髪を後ろへ撫でつけ、銀縁の眼鏡をかけている。表情は穏やかだが、その瞳だけは鋭い。
陰陽庁長官――
「……封印ではない、ようですね」
確かに怪異を持っている剣で切り裂き、倒している。
加工された可能性も考えた。しかし、映像を解析した職員からは、不自然な編集は確認できないと報告を受けている。
「人間が、怪異を倒したと言うわけですか」
数百年、いや、それ以上。誰も成し遂げられなかったことを、安倍家の双子は実現している。
ただし、冴島は喜ぶことができなかった。
土御門家はこの映像を見て、動かないわけがない。今、陰陽庁には土御門の息のかかった陰陽師が多くいる。
双子がここまで強くなり、再び安倍家に大きく力や権力が動こうとすれば争いが内乱状態のようになる可能性もある。
「だとしても、完全に倒せるのであれば革命だ。新時代、とでも呼びましょうか」
美術館事件以降、日本全体で恐怖が大きく広がった。その影響で各地で封印の緩みが報告されている。現状の陰陽師だけで、今後も日本を守り続けられる保証はない。
封印ではなく、討伐。もし、それが本当に誰にでも可能なら。
「……確かめる必要がありますね」
冴島は机の上に置かれた電話を取った。
連絡先は……冒険者ギルド代表者として公開されていた番号である。
数回の呼び出し音。やがて、電話が繋がった。
『はい。冒険者ギルド、安倍紅です』
「突然の連絡を失礼します。私は陰陽庁長官、冴島瑛二と申します」
電話の向こうで、僅かな沈黙が生まれた。
『……陰陽庁長官が、ワタシ達に何の用ですか』
「腹の探り合いはやめましょう。この動画も私の元に届くことを目的として、流したはずだ。端的に言いましょう、お二人と、直接お話がしたい」
『……はい、ワタシ達もしたいと思っています』
「このことは、土御門家には内密にすることはお約束しましょう。絶対にお二人に危害を加えたり、不利な状況に置くことをしない、それも固く誓います。私は単純に興味があるのです」
冴島は停止した映像を見つめる。炎を纏う剣を持ち、怪異を恐れず、前へ踏み込む少年。
「──怪異は、本当に人間の手で倒せるのか。その答えを、あなた方の口から聞かせていただきたい」
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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そして、明日も11時更新!! お楽しみに!