【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
翌日。
安倍蓮と安倍紅は、東京都内にある陰陽庁本部を訪れていた。
目の前に建つのは、灰色を基調とした巨大な建物。外観だけを見れば、政府関係の事務施設にしか見えない。
しかし、その内部や地下には怪異の資料や霊具、各地の封印に関する記録が保管されている。
日本中の陰陽師へ指示を出し、怪異による事件を水面下で処理する場所。
陰陽庁。
つい先日まで、二人も所属していた組織だった。
「……辞めてすぐ戻ってくることになるとは思わなかったわね」
正面玄関を見上げながら、紅が呟く。
「思ってたよりは早かった。それだけだろ」
「分かってるわよ」
「それに、戻ってきたわけじゃない。オレ達はもう陰陽師ではなく、冒険者だ」
「そうね」
紅は短く答え、建物の中へ入った。自動扉を抜けると、広い受付が現れる。行き交う職員たちの多くが、二人に気づいた瞬間、足を止めた。
視線。小声。驚きと警戒、そして僅かな期待。
「……見られてるな」
「昨日の動画が原因でしょうね」
「あいつら、動画にグッドボタン押してるんだろうな?」
「さぁ、知らないけど。グッドの方が多い印象だったわね」
「バッドしてるのは土御門だろうな」
陰陽師専用の情報網である陰陽チャット。そこで、安倍蓮が怪異を討伐する映像が話題になっていた。
動画自体の再生回数は少ない。しかし、陰陽師の世界では大きな騒ぎになっている。
怪異は倒せない。
封印するしかない。
長く信じられてきた常識を、あの映像は真正面から否定していた。
「あれ、本物なのか」
「剣に何か仕込んでいたんじゃないか?」
「仕込んだところで、倒せるわけないだろ」
「でも、最近の安倍家の双子、怪異を倒してるって噂があっただろ」
「土御門家はどうするんだ……?」
そんな声が聞こえてくる。
蓮は特に気にした様子もなく前へ進む。一方、紅は周囲を一度だけ見回し、小さく息を吐いた。
「思った以上に反応が大きいわね」
「いいことだろ」
「そうね」
「チャンネル登録しろって、一声かけてくか」
「いや、やめときなさい」
「冗談だ。冒険者ジョークだ」
「わかりづらいジョークなのね」
受付に着くと、一人の女性職員が立ち上がった。恐らくだが、二人が来ることが他の職員には伏せられていたのだろう。
なぜなら、土御門の息のかかった陰陽師がいるからだ。長官である冴島は二人が来ることを秘密にすると約束している。
だからこそ、自身が信頼している職員のみにそれを伝え、二人を案内させた。
「安倍蓮様、安倍紅様ですね。こちらに」
「お願いします」
二人は職員に案内され、建物の奥へ進んでいく。そのままエレベーターで最上階へ。
そして、廊下の突き当たりには、陰陽庁長官の執務室があった。その扉を職員が叩く。
「長官、安倍家のお二人がお見えになりました」
「お入りいただいてください」
「失礼します」
扉が開いた先には広い執務室。壁には日本地図が掲げられ、全国に存在する封印場所が細かく記されている。棚には分厚い資料が並び、机の上にも複数の書類が積まれていた。
その中央。一人の男が立ち上がる。五十代半ば。白髪の混じった髪を後ろへ撫でつけ、銀縁の眼鏡をかけている。
その人物に二人は面識があった。安倍家がまだ陰陽の頂点にあった時、何度も両親と顔を合わせていた人物。
陰陽庁長官。
「お二人とも、お越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お時間を作っていただきありがとうございます」
紅が丁寧に頭を下げ、蓮も遅れて軽く頭を下げた。その後、三人は応接用のソファへ移動する。職員が茶を運び、静かに部屋から出ていった。
「それでは失礼します」
扉が閉じられ、部屋の中には、三人だけが残された。
「まずは、率直に申し上げましょう」
冴島は湯呑みに触れることなく、二人を見た。
「昨日の映像は、私に見せることを目的に投稿したものですね?」
「はい。思っていたよりも早く届きましたが」
紅は否定しなかった。
「陰陽師全体への勧誘も目的でした。ただ、やはり一番の目的は冴島さんに届けることです」
「なるほど」
冴島は穏やかに微笑む。しかし、その眼鏡の奥にある瞳は鋭い。蓮と紅の僅かな反応すら、見逃さないような視線だった。
「では、腹の探り合いはやめましょう。私は怪異を倒せる技術に興味があります。そして、あなた方は陰陽庁との協力関係を求めている」
「正確には、出資を求めています」
紅が答える。その言葉に、冴島は僅かに眉を上げた。
「出資ですか」
「はい。冒険者ギルドを組織として運営するには、資金が必要です」
「どのような用途を想定していますか?」
「まず拠点です。今は白妙詩の家を一時的に使用していますが、依頼の受付や新人の育成を行うには狭すぎます」
紅は事前にまとめていた資料を取り出し、テーブルへ置いた。
「他にも所属者への報酬、怪異に関する情報収集、装備の購入、負傷者への補償。それから、将来的には新人冒険者が安全に修行できる場所も必要になります」
「なるほど」
冴島は資料を手に取った。数枚めくり、中身を確認していく。
「想像していたより、しっかり考えられていますね」
「大半は九条透さんと詩さんがまとめました」
「九条透……白妙詩、お二人とも冒険者になると言っていましたね」
冴島は、再び資料へ目を落とす。
「冒険者ギルドが陰陽庁から依頼を受け、その対価として報酬を得る。さらに、運営の資金援助も求めているということですか」
「そうです。我々は怪異を倒せます。さらに、他の人間も怪異を倒せるようにする育成手段があります」
「……他の人間でも怪異を倒せるようにできる? その再現性は、どこまであるのですか?」
「陰陽師であれば、全員が倒せるようになります。一般人でも、倒せるようにできるかと」
陰陽師であれば誰でも倒すことができる。つまりはそこまで強くできる育成システムが構築されている、ということになる。
「それが本当であれば、凄いことですね。にわかには信じられませんが。どうやってそこまで強くするのですか?」
「答えた場合、支援を約束していただけますか?」
「……ふむ、それは難しいですね。しかし、本当かどうか、判断できない限りはなんとも」
「……まぁ、これは言ったところで真似はできないと思いますし」
怪異を倒せるほどに強くなる方法。最初は秘密にしようと思ったが、よくよく考えたら、一般陰陽師に真似などできるはずがないので、彼女は話すことに決めた。
「我々は怪異を討伐できるのですが、怪異を倒した際、その霊力が霧散します。その時にその霊力を吸収することでどんどん強くなれます」
「なるほど、それは倒せる存在がそばにいることが前提になるわけですね。確かに真似はできないわけだ」
「はい」
「……つまりは、あなたたち二人も同じような方法で強くなったわけですか?」
「えぇ」
淡々と話し合いをする中、冴島はあることに気づいた。
「お二人とも、最近急に強くなられたのもその方法によるものなのですね。つまりは、二人を強くした、怪異を倒せる陰陽師……いや、冒険者がいたというわけですね?」
「……それに関しては黙秘とさせてもらいます」
黎明の存在に完全に気づいたわけではないが、二人以外にも強者がいたと冴島は気づいた。紅は、冴島が思っていた以上に鋭いため、余計なことを話しすぎないようにしなければと気を引き締める。
「そうですか。ただ、一つだけ聞きたいのですが、お二人を育成したその存在。まさか、人間を改造して作られた存在ではないですよね?」
「……いえ、違います。美術館に放たれた存在の力は借りていません」
「……美術館? それに関しては分かりませんが、なるほど理解しました」
冴島は土御門に改造人間を作るための援助をした。そして、土御門はそれを使い、双子を排除するために美術館に放った。
だが、結果は失敗している。紅達はその改造人間に土御門と陰陽庁が関わっていると予測していた。だから、それを遠回しに鎌をかけるように話したのだが、簡単に見透かされた。
「しかし、怪異を倒せるというその話は、あながち嘘ではないと私は思っています。嘘をついている人間とそうでない人間くらいは、分かりますしね」
「では、援助を?」
「いや、ここですぐにとは難しい。私以外にも根回しは必要でしょうし、陰陽庁にはさまざまな考えを持つ陰陽師がいます」
そこまで言って、冴島は少しの間黙る。そして、ゆっくりと再び口を開く。
「実績を作ってください」
「実績?」
「土御門家も、陰陽庁の職員も、他の陰陽師たちも。冒険者ギルドの価値を認めざるを得ないほどの功績です」
全ての人間が認めざるを得ない功績。それさえあれば、出資をすることができる。そう冴島は語った。
「実は、ちょうど陰陽庁でも厄介な事案があります」
そう言い、冴島は立ち上がる。執務机へ向かい、鍵のかかった引き出しを開けた。取り出したのは、一冊の黒いファイル。表紙には赤い文字で【極秘】と記されている。
「本来、陰陽庁を離れた人間に見せる資料ではありません」
冴島は二人の前へファイルを置いた。
「ですので、今からお話しする内容は、この部屋の外へ漏らさないでください」
「分かりました」
紅がファイルを開く。最初に目に入ったのは、巨大な施設の写真だった。
白を基調とした建物。広い庭には何百人もの人間が集まり、全員が両手を組み、空を見上げている。
老人。若者。そして、子供。不自然なほど、誰もが同じ笑顔を浮かべていた。
「……これは?」
「【
紅がページをめくる。そこには集会の様子や信者の勧誘の写真がずらりと並んでいる。
さらに、山間部に作られた独立した居住区もあった。学校、病院、農地。外部とほぼ関わらず、教団内だけで生活が成立するように作られている。
「完全に孤立した集落みたい……」
「ええ。信者の多くは、家族や友人との関係を断ち、施設内で共同生活を送っています」
「それだけなら、宗教なのでは?」
「それだけならば」
次のページを開いた瞬間。紅の手が止まる。それは山中で発見された、一体の死体だった。
顔の皮膚は剥がされ、両腕には奇妙な模様が刻まれている。
「これは……」
「教団から脱走した元信者です」
「殺されてるんですか?」
「警察は事故死として処理しています。しかし、死体から僅かな霊力の痕跡が確認されました」
さらにページをめくる。別の死体の写真、そして失踪者の一覧がずらりと並んでいる。
「この一年で、教団との関係が疑われている失踪者は四十七名。確認されている数だけです」
「多い……」
「教団内部で殺人が行われている可能性があります。確実な証拠がないため、警察なども動けていませんが」
教団と死者の関係。宗教活動の裏で何が行われているのか。いずれにも疑いはあるが、外から確認することができない。
「さらに、いちばんの問題は……この教団には怪異が関わっている可能性が高い」
冴島は一枚の写真を指差した。集会の中心を写した写真だが、教祖らしき男の背後に黒い影が写り込んでいる。
人間の輪郭にも見えるが、頭部から枝のような角が伸び、腕が異様に長かった。
「断定はできません。ただ、人間である可能性は低いでしょう。一か月前に、陰陽師を三名派遣しましたが……全員、行方不明です」
「連絡も?」
「施設へ潜入した翌日から、途絶えています」
「死体は見つかってないのですか?」
「何も」
部屋に沈黙が広がった。紅は資料を読み進める。そこには陰陽師が最後に送った報告が記されていた。
──教団員の一部が、人間とは思えない力を使う。
夜になると、施設の地下から不気味な声が聞こえ、信者たちは、【神】の復活が近いと話している。
それが最後だった。
「神ですか。まさかとは思いますが【神格】の怪異とか?」
「ええ。なので、お二人にはこの教団を調査し、あわよくば潰してほしいところです」
そう言って、彼は二人に目線を向けたまま真剣な表情で語り続ける。
「教団と怪異の関係を明らかにし、行方不明となった陰陽師の捜索。殺人が行われているのであれば証拠を確保し、さらに教団を潰す。難しいですが、大丈夫ですか? 非常に危険な任務になりますが」
「はい。大丈夫です。ワタシと蓮でやり遂げます」
紅がそう語ると、冴島は微かに笑った。そして、その答えを予想していたかのように、封筒を手渡した。
「では、この封筒には資料が入っています。そして、京都へ向かう日程ですが――」
冴島が口を開いた、そのときだった。執務室の外から、足音が響いた。慌てるような早足の音だ。
そして、直後。けたたましい警報音が、陰陽庁全体に鳴り響いた。
「長官、大変です!!!! 庁内に怪異が出現しました! それと、爆弾を持った人間が庁内に侵入しました!!」
陰陽庁の建物には、怪異を遠ざけるための強力な結界が張られている。多少の怪異であれば、入ることは難しい。人間であれば近づくことすら不可能だ。
しかし、そこを簡単に越えて両方が入ってきている。
「怪異の数はッ?」
「三十ほど……それと、侵入してきた人間ですが、特徴的な白衣を着ており、恐らく宗教団体の手の者かと」
「……っ、すぐに怪異を封印するため陰陽師を向かわせてください! 人間のほうは銃火器などで制圧するように!」
冴島が命令をすると、職員は指示を伝えるため、急いで走り去る。それと同時に、紅と蓮は立ち上がり、扉のほうに向かった。
「ワタシ達も加勢します」
「ありがとうございます。しかし、三十も怪異がいるとなると……」
「問題ないです。ワタシ達なら」
そう言って、二人もそこから走り去っていく。陰陽庁史上初となる、大規模な怪異テロが始まった。
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そして、明日も11時更新!! お楽しみに!